社会

レイジー・ガール・ジョブ(怠け者女子の仕事)(Lazy Girl Job)に関する最新研究動向

導入部

近年、仕事よりも私生活や心身の健康を重視する価値観の広がりの中で、「レイジー・ガール・ジョブ(怠け者女子の仕事)(Lazy Girl Job)」と呼ばれる現象が注目を集めています。TikTokでは「#lazygirljob」のハッシュタグが約2,300万回(2025-05-30時点)再生されており、特に若い女性を中心に「高収入でありながら過度なストレスや長時間労働を伴わない職」を志向する動きとして急速に認知が広がっているのです。仕事に人生を捧げるのではなく、ワークライフバランスを最優先する考え方はポストパンデミック期の潮流とも合致し、「静かな退職(Quiet Quitting)」や「仕事中心主義へのアンチテーゼ」とも呼応しています。

本記事では、この「レイジー・ガール・ジョブ」が示す社会的・文化的変化を最新の研究知見に基づいて考察します。社会学およびジェンダー研究の観点から背景と影響を分析するとともに、従来の働き方との比較やジェンダー平等への示唆を検討します。

背景

用語の定義と歴史的経緯

「レイジー・ガール・ジョブ(怠け者女子の仕事)(Lazy Girl Job)」は、リモートワークなど柔軟な勤務形態が可能で、低ストレスかつ一定水準以上の報酬が得られる職種を指す言葉として2023年に提唱されました。提唱者とされるSNSインフルエンサーは、過酷なハードワーク文化に警鐘を鳴らし、「仕事は人生を維持する手段であって、自分を犠牲にすべきものではない」というメッセージを発信しています。こうした考え方はパンデミック後に一部で台頭した「反ハードワーク文化」と重なり、「静かな退職」や「大退職(Great Resignation)」と呼ばれる労働観の転換と同じ文脈に位置づけられます。

また、「静かな退職(Quiet Quitting)」は労働契約上の最低限の責務のみを果たし、それ以上を進んで引き受けない働き方と定義されます。これは実質的に長時間労働や企業への過度な献身を拒否する行動であり、若い世代を中心に広がっています。歴史的には、労働組合がストライキ戦術として行ってきた順法闘争(Work-to-rule)との類似性が指摘されており、過重労働に対する「静かな抵抗」の側面も指摘されています。

関連する概念と潮流

「レイジー・ガール・ジョブ」という呼称は刺激的ではあるものの、実態としては「柔軟性」や「働き手のウェルビーイング」を重視する働き方の総称といえます。これは女性が長年求めてきた労働と生活の調和や、バーンアウト防止へのアプローチと軌を一にするものです。実際、パンデミック期以降、特に女性のバーンアウト率が顕著に増加しているという調査報告があり、健康を損なわずに働き続けるために過度な「自己犠牲的労働」から距離を置く動きが浮上しました。さらに、かつて過労や奮闘を過度に美化していた「ガールボス」的な文化への反動として、より身の丈に合った働き方や定時退社の奨励を称揚する風潮も見られます。

分析

女性労働者の意識変化と「レイジー・ガール・ジョブ」の台頭

過去数年にわたる各種調査データからは、若年層の労働観が大きく変化していることが読み取れます。Deloitteの「2025 Global Gen Z & Millennial Survey」によれば、Z世代の多くは仕事よりも私生活や柔軟な働き方を重視しており、管理職登用への意欲を持つ人は限定的です。しかし、これは野心の喪失とは必ずしも言えません。同じ調査では「学習や成長の機会があること」を重視する人も多く、仕事そのものへの向上心は維持しつつ、「激務で心身をすり減らすこと」は望まないという姿勢が浮かび上がりました。

さらに、Lean InとMcKinsey & Companyの共同研究によれば、若い女性の大半は引き続き昇進意欲を持ちながらも、「柔軟な働き方があってこそ長期的なキャリア目標を追求できる」と感じている人が多数派を占めています。これは、決して「女性だけ」の問題ではなく、同じような低ストレス職志向やワークライフバランス重視は男性にも見られる傾向です。ハイブリッド勤務やリモートワークなど多様な働き方が普及することで、従来就労が困難だった層を含む多くの人々が労働参加しやすくなる可能性が指摘されています。

ジェンダー視点から見た功罪:エンパワーメントか後退か

「レイジー・ガール・ジョブ」が女性にとって健全なキャリア構築をサポートするという肯定的評価がある一方、用語そのものがステレオタイプを助長する恐れも指摘されています。特に「ガール(girl)」という呼び方が成人女性の専門性や権威を弱めるとの批判は根強く、「怠け者女子」と表現されることで仕事に対する責任感を軽んじられる印象を与えかねないという懸念があります。

また、このムーブメントを実践できるのは一部の特権層だけではないかという見方もあります。高学歴やデジタルスキルを有している人なら在宅で良好な条件の職を得やすい一方、現場業務を担う人々や経済的に困難な状況にある層は「楽な仕事」を選択する余地がない場合も多いからです。さらに、スキルアップやキャリア形成を怠ることで将来的にAIに仕事を奪われる可能性を指摘する声もあります。

したがって、このムーブメントは女性のエンパワーメントや新たな労働価値観を象徴する一方で、用語選択や享受できる層の限定性に対する批判もあり、その評価は一様ではありません。

結論

「レイジー・ガール・ジョブ(怠け者女子の仕事)(Lazy Girl Job)」は、ポストパンデミック期に急速に変化する労働観とジェンダー動態を映し出す現象といえます。決して労働意欲が低下したわけではなく、多くの若者—特に若い女性—が「仕事に人生を支配されない」働き方を求め始めた結果でもあります。ワークライフバランスや柔軟な勤務形態を重視しながらキャリアアップの機会を模索するという姿勢は、今後も労働市場全体で拡大すると考えられます。

同時に、「レイジー・ガール・ジョブ」という言葉が持つ刺激的な響きや、特権性・ステレオタイプの問題など課題も山積しています。しかし、バーンアウトを防ぎ、より持続可能な働き方を模索する動きが社会全体で広がっているのは確かです。企業や政策立案者がこうした声を拾い上げ、労働環境や制度を柔軟かつ公平に整備していくことが、これからの大きな課題となるでしょう。

最終的に、このムーブメントが問いかけるのは「私たちは何のために働くのか」という根源的なテーマです。働くことで自己実現を図りたい人もいれば、暮らしを維持する手段と割り切りたい人もいます。多様な価値観を受容できる社会を築くためには、「レイジー・ガール・ジョブ」が映し出す労働者の声を真摯に受け止め、働き方の選択肢をさらに広げていくことが不可欠だといえるでしょう。

参考文献

  • Berry, S. (2023). Are TikTok’s “Lazy Girl Jobs” Really Freeing, Or Is It Just Privilege Talking?. Refinery29.
  • Catalyst. (2024). Catalyst Spills the Tea on Lazy Girl Jobs (Video Series Episode). Catalyst.
  • Deloitte. (2025). 2025 Global Gen Z & Millennial Survey. Deloitte.
  • Gallup. (2023). Debunking “Lazy Girl” Jobs: What Women Really Want at Work. Gallup.
  • Lean In & McKinsey & Company. (2023). Women in the Workplace 2023.
  • Saraiva, M., & Nogueiro, T. (2025). Perspectives and realities of disengagement among younger Generation Y and Z workers in contemporary work dynamics. Administrative Sciences, 15(4), 133. DOI: 10.3390/admsci15040133
  • Spratt, V. (2020). Why We Must Get Rid Of Girlboss Culture For Good. Refinery29.
  • Zhong, X., Al Mamun, A., Masukujjaman, M., & others. (2023). Modelling the significance of organizational conditions on quiet quitting intention among Gen Z workforce in an emerging economy. Scientific Reports, 13, 15438. DOI: 10.1038/s41598-023-42591-3
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  • International Labour Organization. (2022). The future of work: The gig economy and beyond. Geneva: ILO.

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