
日本株にはPBR(株価純資産倍率)1倍割れと呼ばれる、解散価値(純資産)を下回る株価水準の銘柄が多数存在します。こうした割安株に注目する投資家は、自社株買いという株主還元策を契機に株価見直しが進む可能性を探っています。東証が低PBR企業に資本効率改善を要請したことで、最近は日本企業による自社株買いがかつてない規模で相次いでいます。本記事では財務健全性や株主還元の姿勢、過去の実績から見て「自社株買いの可能性が高い」日本株トップ10銘柄を厳選し、分かりやすく比較・解説します。各銘柄のPBRやROE、財務状況や株主還元方針、自社株買い余地などを表でまとめ、投資妙味を読み解きます。
東証のPBR改善要請と自社株買いブーム
2023年3月末、東京証券取引所は継続的にPBRが1倍を下回る上場企業に対し、資本コストを意識した経営への具体策を開示・実行するよう異例の要請を行いました。低迷する株価を放置してきた経営者への強いメッセージであり、市場では「低PBR企業が収益性を改善する」との期待から海外投資家の買いも入りました。実際、日本市場ではこの要請を背景に空前の自社株買いラッシュが起きています。東証は約3300社に改善策提出を求めましたが、その半数以上にあたる約1800社がPBR1倍割れ企業だったのです。TOPIX500採用銘柄でも43%がPBR1倍未満であり、米国S&P500の5%、欧州STOXX600の24%と比べても日本市場の割安銘柄の多さが際立ちます。東証はこの状況に強い危機感を持ち「低PBRの放置は経営として許されない状態」だとし、企業に意識改革を促しています。
PBR1倍割れとは「会社を畳んで純資産を分配したほうが株主リターンが大きい」状況を意味し、市場から「現経営では企業価値を生めていない」という烙印でもあります。こうした低PBR企業に対し、自己株式の取得(自社株買い)は手っ取り早い改善策として注目されています。自社株を市場から買い戻して消却すれば分母の自己資本が圧縮され、ROE(自己資本利益率)が理論上向上するためPBR改善が期待できるからです。さらに需給面でも発行株数減少による株価押し上げ効果が見込めます。ただし、一時的な自社株買いだけでは限界もあり、本質的には収益力向上や成長戦略など中長期の手立てが不可欠との指摘もあります。
東証自身も「一過性の対応にとどまらず中長期の対策を」と企業に求めていますが、短期的には株主還元策の強化が株価見直しのきっかけとなるケースが増えています。以下では、財務基盤が盤石で自社株買い余力が大きく、実際に積極還元に動き始めている銘柄を中心に10社をピックアップし、それぞれの魅力と注意点を解説します。冒頭の表で各社の指標と還元状況を比較し、その後に個別のポイントを詳述します。
自社株買い期待の低PBR銘柄トップ10比較
まず、今回取り上げる低PBR・自社株買い期待銘柄10選を一覧表にまとめます。それぞれPBR(直近実績)、過去の自社株買い実績や株主還元方針、財務健全性の指標、そして自社株買い実施の可能性について簡潔に比較しました。
銘柄(コード) | PBR(実績) | 株主還元姿勢・自社株買い実績 | 財務体質・収益性 | 自社株買い実施可能性 |
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コメリ (8218) | 約0.7倍 | 中期計画で機動的な自社株買いを基本方針に掲げ、22年・23年に実施。配当も7期連続増配予定。 | 自己資本比率60%超と堅固、ROE約6% | 高(還元策に積極的) |
八十二銀行 (8359) | 約0.4倍 | 近年毎年約100億円規模の自己株取得を継続。25年5月に発行株2.5%・上限100億円の取得決定。 | 地銀で資本潤沢だがROE低迷(6%台)。政策株保有多く改善余地。 | 高(改善圧力強く実施) |
ヤマダホールディングス (9831) | 約0.5倍 | 22~23年に自己株最大1000億円枠を設定し自社株買い積極活用。自社株比率28%超保持。累進配当。 | 家電小売でキャッシュ創出力大。純利益に対し配当+買戻しで還元厚め。ROE低め。 | 高(財務改善目的で継続) |
リコー (7752) | 約0.8倍 | 21年度に発行株の20%(上限1000億円)の大型自社株買いを発表し実施。以降も機動的還元継続。 | 債務少なく現金潤沢。主力事業成熟で過剰資本気味。ROE一桁台。 | 高(余剰資本活用に前向き) |
伊藤ハム米久HD (2296) | 約0.96倍 | 毎年10~20億円規模の自己株買い枠設定を継続。22年度は上限50億円に拡大。配当利回り6%超で還元厚い。 | 食品大手で安定収益。自己資本比率50%前後、財務健全。ROE6%程度。 | 中(安定還元も規模限定) |
トヨタ自動車 (7203) | 約1.0倍 | 毎期巨額の還元を実施。24年3月期は最大1兆円(3%)の自社株買い決定、年間配当総額も1兆円超。 | 圧倒的なキャッシュ創出力。純資産潤沢だが資本効率改善に注力(ROE13%超)。 | 高(継続的に大規模還元) |
ニッコンHD (9072) | 約1.5倍 (注) | 24年に株主還元方針を刷新しDOE4%以上+累進配当を掲げ、29年3月期までに400億円の自社株買い方針。米ファンドが17%超保有。 | 物流大手で安定黒字。持ち合い解消進行。自己資本比率高め。ROE低めも改善目標。 | 高(アクティビスト促し積極策) |
上組 (9364) | 約0.9倍 | 中期計画(23~25年度)で総額300億円の自社株買い目標。既に240億円弱実施済み。発行株の5%超は消却方針も明示。 | 港湾物流で財務安定。自己資本比率50%超、8期連続増配中。ROE6%台。 | 高(計画通り継続見込み) |
三菱UFJFG (8306) | 約0.8~0.9倍 (推定) | 近年メガバンクで最大級の還元策。22年度に自己株買い4500億円実施、25年度も2500億円(1.5%)決議。配当も3年で60%増額。ROE目標を9-10%→12%に引上げ。 | 日本最大の金融グループ。財務健全性十分で過剰資本を還元へ振り向け。最高益更新中。 | 高(経営陣がPBR改善コミット) |
キヤノン (7751) *補足 | 約1.3~1.4倍 (改善) | ※PBR1倍超の番外銘柄。近年積極還元で企業価値向上の好例。24年は2000億円の自社株買い実施と増益でROE9.4%に上昇。25年も上限1000億円・2.8%の取得枠発表。 | 無借金経営で余剰資金豊富。構造改革進展で収益復調。市場評価が純資産上回る水準に。 | ―(PBR改善達成、今後も還元継続) |
※注:ニッコンHDのPBRは直近株価上昇で1倍超となっていますが、低PBR状態からの改善途上にある銘柄として選出しています。
上記の表より、各社とも財務の健全さを背景に積極的な株主還元策を打ち出しつつある点が共通しています。特にトヨタやMUFGのような巨大企業は桁違いの規模(自社株買い・配当各1兆円規模)の還元を実行し始めており、低PBRの解消に本腰を入れています。また、コメリや上組のように中期経営計画で具体的な自社株買い目標を掲げる企業も登場し、株主に対するコミットメントを強めています。以下では、各社ごとにもう少し踏み込んで「なぜ自社株買いに前向きなのか」「どんな点に投資妙味があるのか」を解説します。合わせて、アクティビストの動きや株主提案の有無など株価材料となり得る要因にも触れていきます。
1. コメリ (8218) – 地方密着ホームセンター、高財務で機動的還元
コメリは新潟発祥のホームセンター大手で、「農家のコンビニ」と称されるほど農村地域に根ざした店舗展開が強みです。足元の業績はDX投資など先行費用で営業減益となったものの、2025年3月期は増収増益を確保しています。それでも株価は純資産の0.8倍程度と割安に放置されており、自己資本比率は60%超と盤石な財務体質だけに配当と株価リターンの両立が期待できる状況です。
実際、コメリは株主還元に前向きな方針を掲げています。同社の中期経営計画では「機動的な自社株買いの実施」を基本方針の一つとして明記しており、直近でも2022年と2023年に自己株式取得を実施しました。配当も安定・継続的な増加を目指しており、2024年3月期で7期連続の増配を予定しています。こうした着実な株主還元姿勢から、自社株買いの余地は十分と考えられます。PBR1倍割れ是正策としても自社株買いは有効打になり得るため、財務にゆとりある同社がさらに踏み込む可能性は高いでしょう。
コメリの場合、店舗網拡大やDX推進への投資と並行して還元策も取れる体力があります。農業・リフォーム需要を取り込みつつ利益成長が続けば、市場の評価も見直され、ROE改善→PBR改善の好循環が期待できます。業界内で地方ドミナント戦略を確立した地位も鑑みれば、中長期の成長余地と株主還元の両面で投資妙味がある銘柄と言えるでしょう。
2. 八十二銀行 (8359) – 低PBR常連の地銀、株主提案を受け大型買戻し
八十二銀行(長野県)は地方銀行の中でも資産規模が大きい銀行ですが、長らくPBR0.3~0.4倍台と慢性的な低評価に甘んじてきました。自己資本が厚い反面、貸出利ザヤの低迷やROE6%前後の低さが原因で、市場から「資本効率が悪い」と見做されていたのです。こうした中、東証の要請や株主からの圧力もあり、近年は自社株買いによる株主還元に動き始めました。
2023年以降、八十二銀行は毎年約100億円規模の自己株式取得を実施しており、2025年5月にも発行済株式数の約2.5%(上限100億円)にのぼる自己株買いを決議しています(取得期間2025年5月~6月)。これは経営環境の変化に対応した機動的な資本政策の一環であり、長年の低PBR状態から脱却するための踏み込んだ策と言えます。
実は2025年の株主総会において、海外ファンドから「自己株式の取得」を求める株主提案が出されていました。同行取締役会は提案に反対したものの、提案が示す趣旨(=低PBR是正には自社株買いが必要)には一定の理解を示すかのように直後に大型買いを発表した格好です。提案書でも「PBR1倍回復の道筋を確かなものにするため、自社株買いが必要」と指摘されており、経営陣も低収益ゆえの株価低迷という悪循環を断つべく重い腰を上げた形です。
もっとも、自己株買いはROE向上策として有効な半面、銀行としては自己資本規制もあり無制限にはできません。今後は保有する政策株式の削減や業務効率化による純利益増など、本業面でのROE改善も求められます。低PBRゆえに浮上した物言う株主の提案は、地方銀行セクター全体にも影響を与えており、八十二銀がどこまで持続的な改善策を示せるかが注目されます。とはいえ、高い純資産に対し株価が依然低水準である以上、自己株買いの追加実施余地は大きく、当面の投資妙味は大いにあるでしょう。
3. ヤマダホールディングス (9831) – 大量の自己株取得で財務改善を目指す
ヤマダホールディングス(ヤマダ電機)は家電量販店最大手で、全国に店舗網を展開しています。同社の株価は近年低迷し、PBRも0.5倍前後と解散価値の半分程度にとどまっていました。一方で堅調なキャッシュ創出力があり、自己資本も厚いことから、経営陣は積極的な自社株買いによる財務指標の改善に乗り出しています。
特筆すべきは2022年5月に取締役会決議した「上限2億株・1000億円」の自社株買い枠です。発行済株式数の約30%に相当する非常に大規模な枠で、市場でも驚きを持って受け止められました。その後1年間で実際に取得した株式は約87億円分(約1967万株×複数回)に達し、発行株数の減少とともに自社株比率が28%超にまで高まっています(取得株式は将来消却か戦略用途に充当予定)。このように、経営陣自ら大株主となる規模で株を買い戻した点は極めてユニークです。
ヤマダHDは「積極的な自社株買いで各財務指標の改善を目指す。その中にはPBRも含まれる」と公言しており、実際に大規模買いでROE・EPSの向上を図りました。直近期のROEはまだ5%程度と高くはないものの、自己株消却や利益成長が進めば一段の改善余地があります。また同社は配当も増額傾向にあり、利益還元性向を引き上げています。こうした攻めの資本政策は、株価にはポジティブに働く可能性が高いでしょう。
留意点としては、自社株買いによる一時的な株価押上げ効果はあっても、本業の成長が伴わねば再評価は限定的との指摘です。ヤマダの場合、住宅・リフォーム事業への多角化など成長ドライバーも抱えています。自社株買いで財務効率を上げつつ、新事業育成で利益成長を実現できれば、大幅な株価リバウンド余地も見えてくるでしょう。
4. リコー (7752) – 20%自社株買い断行、余剰資本を株主に還元
リコーはオフィス向け複合機やプリンターで知られる精密機器メーカーです。業界の成熟化もあり株価は低迷しがちで、近年PBRは0.8倍程度、ROEも一桁台とやや冴えない状況でした。しかし同社は財務体質が比較的強固で、多額の手元資金を活用し大胆な自社株買いに踏み切った実績があります。
2021年度末、リコーは発行済み株式数の20.02%にあたる1億4500万株、金額で1000億円を上限とする自己株式取得を発表しました。1年間で発行株の2割に及ぶ買い戻しは日本企業では異例の規模で、このニュースに翌日の株価はストップ高をつけたほどです。さらに保有中の自己株2000万株と今回取得分を合わせて消却する方針も示され、市場からは「思い切った株主還元策」と高く評価されました。
この大型買い戻しにより、リコーの自己資本は圧縮されROEが改善、PBRも一時1倍近くまで上昇しました。その後も業績に合わせて機動的に自社株買いを活用しており、2023年度以降も必要に応じた取得枠の設定を継続しています。背景には、本業が成熟し成長投資機会が限られる中で、余剰資本を株主に返す姿勢が明確になってきたことが挙げられます。実際、海外投資家からは「日本企業は現預金をため込みすぎ」との批判もあり、それに応える動きと言えるでしょう。
もっとも、自社株買いは一時的な指標改善策との見方もあります。リコーとしては、並行してデジタルサービスなど新分野への展開や既存事業の効率向上で、持続的にROEを高める戦略が求められます。しかし株主に報いる姿勢を鮮明にした意義は大きく、資本市場での評価も徐々に底上げされつつあります。今後もPBR1倍前後を意識した経営が続けば、安定高配当と相まって投資妙味あるバリュー株として注目されるでしょう。
5. 伊藤ハム米久ホールディングス (2296) – 高配当と着実な自己株買いで還元
伊藤ハム米久HDはハム・ソーセージなど食肉加工品でトップクラスの食品メーカーです。株価指標を見るとPBR約0.96倍(直近)とギリギリ1倍を下回る水準で、ROEも6%前後と低めですが、安定した収益と高水準の株主還元が魅力の銘柄です。
同社は配当利回りが6%を超えており、これは日本株の中でも際立つ水準です。加えて、自社株買いも毎年コツコツと実施してきました。近年の例では、2018~2021年は毎年上限100万~200万株(約10~20億円)の自己株取得枠を設定し、着実に買い戻しを行っています。そして2022年度にはそれまでより踏み込んで上限1000万株・50億円の枠を発表し、市場の注目を集めました。実際の取得実績も順調で、2023年3月期までに約50億円分の自己株式取得を達成しています。
こうした配当+自社株買いの総還元利回りは非常に高く、株主にとって魅力的です。東証の改善要請でも「総還元性向の引き上げ」が各社に求められていますが、同社はすでに総還元性向80%超を掲げて積極的に取り組んでいます。その結果、株価の下支え効果もあり足元ではPBR1倍近辺まで評価が改善してきました。
伊藤ハム米久HDの場合、事業のディフェンシブ性もあって大きな成長は見込みづらいものの、安定収益を株主に還元し続ける姿勢が明確です。業績が伸び悩む局面でも増配や自己株取得でEPSを確保できれば、下値は堅く高配当も維持されるでしょう。PBR1倍割れゾーンからの脱却も時間の問題と言え、高配当バリュー株としての妙味が光る銘柄です。
6. トヨタ自動車 (7203) – 日本最大企業、桁違いの株主還元でPBR是正
トヨタ自動車は時価総額・売上高ともに日本最大の製造業であり、世界有数の自動車メーカーです。トヨタ株は長年割安とされ、PBRが0.8~0.9倍で推移する時期もありましたが、近年は業績絶好調と積極的な株主還元策によりついにPBR1倍超えを果たしました。2023年には株価がバリュー株として見直され、2024年5月時点でPBRは約1.0倍となっています。
トヨタの株主還元は規模が桁違いです。2024年3月期、同社は最大1兆円、発行株の3.0%に相当する自社株買いを実施すると発表しました。さらに年間配当も1兆円超という巨額を株主に支払っており、設備投資や人的投資と両立しながらこれだけの高水準還元を可能にするのは、同社の圧倒的な「稼ぐ力」の賜物です。実際、2025年3月期も純利益2兆円の見通しで3期連続過去最高益を更新するなど、業績面で申し分ない状況です。
トヨタは株式持ち合い解消にも積極的で、グループ会社などから自社株売却の要請があれば自社株買いで受け皿になる姿勢も見せています。このように、単なる株価対策に留まらず資本政策全般で先進的な取り組みを行っており、結果として市場からの評価も着実に向上しました。ROEは直近で13.5%程度まで上昇し(以前は一桁台でした)、PBRも現在約1倍前後で推移しています。
もっとも、トヨタほどの規模でもPBR1倍割れとなっていた背景には、自動車産業の将来不透明感(EV化対応など)もありました。その点、同社は2030年に向けた電動化戦略やソフトウェア領域への投資を加速しており、中長期の成長ストーリーも描こうとしています。足元のバリュー是正が一巡した後は、成長株への脱皮がさらなる株価上昇の鍵を握るでしょう。しかし、潤沢なキャッシュを活かした自社株買い・増配策は今後も継続が見込まれ、下値を支える安心材料となりそうです。
7. ニッコンホールディングス (9072) – アクティビスト参入で還元強化、4年間で400億円買い戻しへ
ニッコンホールディングス(ニッコンHD)は、自動車や二輪車の完成車輸送で国内首位の物流企業(日本梱包運輸倉庫を中核とするHD)です。従来、株価指標は割安で推移しがちでしたが、2024年に入ってから株価が急騰しPBRも1.5倍前後まで上昇しています。これは海外アクティビスト(米ファラロン)による大量買い増しと、それを受けた同社の株主還元強化策表明が材料視されたためです。
ファラロン・キャピタルは2023年末時点でニッコンHD株の13.8%を保有していましたが、2024年3月にそれを17.37%まで引き上げたと報じられました。単独株主として異例の高比率であり、経営への影響力を強める動きです。この圧力も背景に、ニッコンHD経営陣は2025年4月に株主還元方針の抜本的見直しを発表しました。
具体的には、従来配当性向40%目処だった方針を転換し、DOE(株主資本配当率)4%以上+累進配当の維持を掲げたのです。さらに注目すべきは、2029年3月期までの4年間で合計400億円程度の自社株買いを実施する方針を明らかにしたこと。時価総額約3800億円規模の企業が400億円の自己株取得を約束するのは非常に思い切った施策で、市場も好感して株価は反発しました。
ニッコンHDはホンダを主要取引先とする安定収益企業ですが、持ち合い株式の解消や不要資産の売却など、近年企業価値向上策を模索していました。そこにアクティビストが目を付け、過大資本の株主還元要求を突きつけた形です。同社は自社株買い枠拡大のみならず、「取得した自己株はすべて消却する」方針も示しており、希薄化なく株主価値を高める点を強調しています。こうした迅速かつ大胆な対応は、低PBRに甘んじていた他の日系企業への良い刺激ともなりました。
今後の焦点は、ニッコンHDが掲げた還元策を着実に実行しつつ、本業の成長戦略も示せるかです。完成車輸送という主力分野は成熟傾向にありますが、同社は倉庫・梱包・テスト事業など多角化も進めています。株主還元と企業成長の両立が実現すれば、PBR水準も一段と高まる可能性があります。現状ではアクティビスト絡みの思惑も相まって投資妙味が増した銘柄と言えるでしょう。
8. 上組 (9364) – 港湾物流の雄、計画的自社株買いと消却で株式価値向上
上組(かみぐみ)は神戸に本社を置く港湾総合物流の最大手企業です。港湾荷役や倉庫、国際物流まで幅広く展開し、安定した収益基盤を持っています。株価指標は長らく割安傾向で、PBRも直近0.9倍台でした。しかし同社はここ数年で資本政策に積極的な姿勢を打ち出しており、着実に自社株買いと消却を進めています。
上組は2023年3月期から2025年3月期までの中期経営計画で、総額300億円規模の自社株買いを行う目標を掲げました。実際、計画初年度の2023年3月期と翌2024年3月期の2年間ですでに約240億円弱を取得済みとしています。残る期間でも計画通り取得すれば合計300億円に達する計算で、これは時価総額(約3700億円)の8%超に相当します。さらに上組は「発行済株式数の5%を超える自己株式は適宜消却する」方針も明言しており、取得した株は抱え込まず市場から確実に消し去ることで一株あたり価値の向上を図っています。
配当面でも上組は株主志向が強く、直近8期連続増配を続けています。総還元性向は80%近辺に達しており、この点も市場の好感材料です。ROEは依然として6%台と低めですが、これは純資産が厚いことの裏返しでもあり、自社株買いと利益成長で改善余地があります。実際、東証要請を受けた企業の中で上組はスクリーニング条件をすべて満たす有望株の一つとして証券各社のレポートでも名前が挙がっています。
物流インフラ企業として安定感がありつつ、資本効率向上に本気で取り組む姿勢を示した上組は、割安是正と株主価値向上の両面で期待できます。株主提案やアクティビスト介入が表面化しているわけではありませんが、経営陣自ら踏み込んだ策を講じている点で他社の手本ともなり得るでしょう。今後も計画通りの自社株買いと消却を進めれば、BPS(1株純資産)の低下→ROE上昇→PBR上昇という好循環が実現し、株価水準の切り上がりが見込まれます。
9. 三菱UFJフィナンシャル・グループ (8306) – メガバンクの本気、ROE目標引上げと巨額還元
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は日本最大のメガバンクで、総資産や純利益で国内トップの金融機関です。銀行株は世界的にPBRが低めになりがちですが、日本のメガバンクも例に漏れず長らくPBR0.7~0.9倍程度に低迷していました。しかし、東証の要請や金利環境の変化も追い風に、MUFGは近年株主還元と資本効率向上に本腰を入れています。
まず注目すべきは、自社株買いの規模です。MUFGは2022年度に自己株式を4500億円も取得しており、2023年度(2024年3月期)も約1500億円を実施しました。さらに最新の2025年3月期については発行株数の1.52%に当たる2500億円の自社株買いを決議し発表しています。メガバンクが毎年数千億円単位で株を買い戻すのは過去に例がなく、市場からも「ついに本気になった」と受け止められています。実際、この発表を受けてMUFG株は前日比+3.3%と急伸しました。
また、配当も増額基調で過去3年で60%増配するなど積極的です。こうした還元策強化と合わせて、MUFGは中長期のROE目標を従来の9~10%から12%程度へ大幅引き上げしました。経営陣自ら「PBR1倍未満は経営として許されない」と公言し、欧米の優良銀行並みの資本効率を目指す姿勢を鮮明にしています。足元の業績も絶好調で、2025年3月期は連結純利益2兆円(3期連続の史上最高益)を計画しています。利上げで銀行収益環境が改善した追い風もありますが、それを着実に株主還元拡充に繋げている点が評価できます。
MUFGの場合、かつては金融庁の規制や将来不安から「資本を厚く持ちすぎ」と批判されていました。それが近年は、不必要な資本は株主に返す方向に舵を切り、自己株消却も継続しています。この流れは他のメガバンク(例えば三井住友FGも大規模買い戻し実施)にも波及し、日本の銀行株全体のバリュエーション改善に繋がっています。もっとも、グローバルな銀行と比べると依然として株価の割安感は残ります。今後は、追加の株主還元策だけでなく、成長分野(デジタル金融や海外展開など)での収益拡大も併せてアピールし、継続的にROEを向上できればPBR1倍超の定着も見えてくるでしょう。
10. キヤノン (7751) – 番外編:自社株買いと増配で蘇った優良バリュー株
最後に番外編として取り上げるのがキヤノンです。同社はオフィス機器やカメラで世界的大手ですが、少し前までPBR1倍割れの常連でした。しかし近年は稼働率改善と新分野開拓で収益が回復し、さらに増配と自社株買いを積極化させた結果、市場の評価が急上昇しています。直近期のPBRは約1.3~1.4倍まで切り上がり、低PBRの泥沼から見事に脱した例と言えます。
キヤノンは2022年頃から収益改善策に本腰を入れ、半導体露光装置や医療など新規事業に活路を求める一方、株主還元も強化しました。2023年には年間配当を1株150円から160円に増配し、加えて1000億円規模の自己株買いを決定しています。さらに2024年には2000億円もの自己株取得を実施し、その効果もあってROEは9.4%と前年から1.2ポイント上昇しました。これによりPBRも1.1倍から1.4倍程度へと大幅に改善しています。まさに自社株買いが資本効率指標を押し上げ、株価評価も変えた好例と言えるでしょう。
キヤノンは2025年以降も発行株の2.8%(上限1000億円)を取得する新たな枠を発表しており、株主還元を継続する方針です。既にPBR1倍割れ銘柄ではなくなったため本記事では補足扱いですが、「低PBR企業でも経営努力と株主還元次第で市場の評価を覆せる」ことを示した象徴的なケースとして注目に値します。東証の問題提起以降、他の日本企業もキヤノンにならい積極策を打ち出していますが、最終的には事業の競争力強化と株主還元の両輪が重要です。キヤノンのように復活を遂げる企業が増えるかどうか、投資家は引き続き見守っています。
株主提案・アクティビストと低PBR株の投資妙味
以上、PBR1倍割れの中でも自社株買い余地が大きく、実際に動き出している企業を見てきました。これらの銘柄には共通して、東証や市場からの改善圧力に対応し始めたというポイントがあります。特に八十二銀行やニッコンHDのように、株主提案や海外アクティビストの介入が引き金となって還元策を大きく転換したケースは分かりやすい材料です。株主から「このままでは存在価値がない」と突きつけられた企業が、自己株買いや配当増で応じる構図は今後も増える可能性があります。
もっとも、短期的な株主還元策だけでは根本解決にならない点には注意が必要です。東証も「一過性の対応ではなく中長期の成長戦略」を企業に求めています。自社株買いでROEを上げても、売上や利益が伸びなければいずれ頭打ちになります。したがって投資家としては、こうした低PBR銘柄に投資する際、企業が並行して取り組む成長施策にも目を配るべきでしょう。例えばトヨタのEV戦略や、コメリのDX投資、MUFGのデジタル金融展開など、それぞれ将来の収益源を育てる努力が見られます。これらが実を結べば、単なる割安解消に留まらず中長期で株価倍増も狙える潜在力となります。
一方で、株主提案やアクティビストの動きは株価の刺激材料として無視できません。今後も総会前後の動向や大量保有報告などをチェックすることで、どの企業が次に標的になるか見えてくるでしょう。PBR1倍割れ企業に対しては引き続き「資本政策の抜本改善」が迫られる局面が続く見込みであり、裏を返せば宝の原石的な割安株が多い日本市場にスポットライトが当たり続けるということでもあります。
今後の注目点:低PBR株投資でチェックすべき視点
最後に、低PBR銘柄への投資において今後注目すべきポイントを整理します。
- 東証のフォローアップ: 改善要請から時間が経ち、今後東証が各社の取り組み状況をチェックする可能性があります。進展が見られない企業には市場再編や上場維持基準の観点から圧力が強まるかもしれません。そうした報道や動きがあれば、関連銘柄の株価に影響し得ます。
- 業績とROE目標の達成: 株主還元策で一時的にROEを高めても、本業の利益成長が伴わないと持続しません。各社が掲げた中期ROE目標(例えばMUFGの12%など)を達成できるか、その進捗に注目しましょう。目標上振れの兆しが見えれば、さらなるPBR上昇につながります。
- 株主還元策の拡充継続: 今年発表した自社株買い枠を翌年も更新・拡大するかは重要な観点です。一度きりで終わるのか、累進的に還元を増やしていくのかで株主の評価は大きく異なります。例えばコメリや上組のように計画的に還元を増やす方針を持っている企業は引き続き注目です。
- アクティビストの動向: 引き続き低PBRの大型株に対して海外ファンド等が動きを見せる可能性があります。大量保有報告(5%ルール)や株主提案のニュースにはアンテナを張り、該当企業の資本政策の変化(防衛的還元策含む)に注目しましょう。場合によっては思わぬサプライズ還元が飛び出すこともあります。
- 市場全体の評価基準変化: 日本企業全体で株主還元姿勢が強まれば、海外投資家の見方も変わり、バリュー株への資金流入が続く可能性があります。PBR1倍割れ企業が半減するような状況になれば、もはや割安の物色余地も減るため、その前に先回りする視点も重要です。
以上のように、低PBR×自社株買い期待の銘柄群は、政策・経営側からの後押しと市場の再評価というダブルで追い風が吹いています。もちろん個別の業績リスクや景気動向には注意が必要ですが、「解散価値以下」の株価が修正されるインパクトは大きく、投資リターンも魅力的です。財務の盤石な企業が本気で株主価値向上に乗り出した今、その潮流に乗ることは有効な戦略と言えるでしょう。ぜひ本記事で挙げたポイントを参考に、銘柄選びやポートフォリオ構築のヒントにしていただければ幸いです。
参考資料: 東証によるPBR改善要請のニュースや各社のIR発表、株探・四季報オンラインなどの解説記事をもとに作成kabutan.jpdiamond.jpgo.sbisec.co.jp。銘柄ごとの財務指標は2025年5月時点の公開情報に基づきますが、市況により変動しますので最新データの確認も併せて推奨します。