社会

日本の水源地「外資買収」の実態:0.07%未満、法規制が守る

結論(要約)

  • 外国資本による森林取得はごくわずか – 林野庁の最新調査(2025年公表)では、令和6年(2024年)に外国法人等が取得した森林面積は382haで全国私有林の0.003%に過ぎず、累計でも0.07%に留まっています。しかも水資源目的の開発事例は報告されていません。外国資本が日本の水源地を“買い占め”ているとの懸念はデータ上誇張と言えます。
  • 土地を買っても水は自由にならない河川法により河川水や湧水の取水には事前に水利権許可が必要で、土地所有だけで勝手に水を使用できません。また多くの水源林は水源涵養保安林に指定され、無断伐採や土地形状変更が禁止されています。さらに森林法の届出制度や地方自治体の地下水・水源条例で、所有者や開発行為に対する届出・許可が義務付けられ、法制度が水資源を多重に保護しています。
  • 誤解の是正と冷静なリスク評価が必要 – 重要施設周辺や国境離島では重要土地等調査法に基づく調査・届出制度も整備され(ただし水源地一般を全国一律に規制する法律ではありません)。2018年改正の水道法も、水道施設の所有権は従来通り公的主体に残したまま運営権(コンセッション方式)を認めたに過ぎず、水そのものが民間に売られるわけではありません。リスクとして残るのは大規模取水などの懸念ですが、現行制度の下では実効支配は容易でなく、過度な不安より正確なデータと制度理解に基づく対応が重要です。

データで読む:「外資×水源地」論点の実像

日本の森林における外国資本の所有状況はごく限定的です。林野庁の調査によれば、令和6年(2024年)に外国法人・外国人等が取得した森林面積は382ha(全国私有林の0.003%)、平成18年(2006年)以降の累計でも10,396ha(0.07%)に過ぎません。取得面積に大きな増加傾向は見られず、「水の採取を目的とした開発事例はこれまで報告なし」と明言されています。まずこの定量データが、昨今の「水源地が外資に買われている」といった世論に対し冷静な視点を提供します。

こうした取得状況の内訳を年次・属性別に見ると、海外に住所を有する外国法人・個人による取得と、国内登記の外資系企業による取得に分類されています。2024年単年(令和6年)の取得実績は下表のとおりです:

取得主体区分令和6年取得面積全国私有林比率平成18~令和6累計全国私有林比率
海外居住の外国法人・外国人171ha0.001%3,044ha0.02%
国内所在の外資系企業211ha0.001%7,352ha0.05%
合計(外国法人等)382ha0.003%10,396ha0.07%

※割合の( )内は全国の私有林面積約1,431万haに占める比率。ご覧のように割合は小数点第三位レベルの僅少であり、「外資による買収」が日本の森林全体に占める影響は現時点で極めて限定的です。この点、米国では外国人等による森林所有が約5.0%に達するとの報告もあり、国際比較しても日本の水源林が外国資本に大量取得されている状況ではないことが分かります。

さらに地域分布を見ても、取得事例は地域的に偏在しています。平成18年以降の累計10,396haのうち北海道は3,830ha(所有者317者)で約37%です。一方、『居住地が海外にある外国法人・個人』に限った累計(全国415件・3,044ha)では、北海道分は317件・2,211haと集計されています(※“415件/2,211ha”は海外居住者カテゴリーのみの数値)。特に北海道後志地方(羊蹄山麓のニセコ町・倶知安町や周辺の蘭越町など)は外国資本によるリゾート開発志向の土地取得が多く、倶知安町では累計約406ha、ニセコ町でも約193haが海外勢に渡っています。一方で、「水資源目的」の取得は確認されていません。林野庁の公表データでも、取得目的は「別荘用地」「資産保有」「太陽光発電用地」などが大半で、水の採取や水源開発を目的とする事例はゼロと報告されています。例えば令和6年の事例でも、北海道白糠町でシンガポール企業が取得した93haは太陽光発電事業用地でした。このように、外国資本による森林取得 = 即水源搾取という図式は、少なくとも現時点の実態とは合致しません。

以上のデータから、「日本の水源地が次々と外国に買われている」といったイメージは統計的事実によって訂正されます。もちろん今後の動向に注視は必要ですが、議論の出発点として定量的な実像を把握することが重要です。

制度の骨格:土地を買っても“水”は使えないのはなぜか

日本では、土地の所有権と水資源の利用権は別個に管理されています。したがって「水源林を購入すればその水を自由に使える」わけではありません。ここでは、水資源を守る法制度の骨格を確認し、土地所有と水利用の関係を解説します。

まず、川や湧水などの地表水(公共用水)については、河川法に基づく水利権制度があります。河川法第23条は「河川の流水を占用しようとする者は、河川管理者の許可を受けなければならない」と定めており、たとえ土地を所有していても勝手に河川水を取水することはできません。これは井戸から湧き出る湧水なども含め「河川の流水」に当たれば同様です。水利権の許可権者は、一級河川の場合国(国土交通大臣または地方整備局長)、二級河川の場合は都道府県知事で、許可にあたっては水量や既存利用への影響、公共の利益などが厳重に審査されます。また許可には有効期限(一般用水“おおむね10年”、水力発電用“おおむね20年”など)が設けられています(国交省の整理)。無許可で取水すれば違法行為となり、罰則の対象です。要するに、土地所有権≠水利用権であり、法律上水は公共の資源として管理されているのです。

次に、地下水について。地下水は河川法の直接の規制対象ではなく、土地所有者が適切な範囲で利用する権利(地下水については民法上の「地下水汲み上げ権」のような概念)も認められています。しかし、地下水の過剰採取による地盤沈下や水枯渇への対策として、各地で条例による規制が敷かれてきました。これについては後述する都道府県条例の節で触れますが、大規模な地下水取水には事前届出や知事許可が必要な地域が多く存在します。したがって、「土地を買ったから地下水を好き放題汲める」というものでもありません。特に水道水源となるような湧水地では、土地を取得してもその水を水道事業に使うには別途水道法上の許認可が必要となり、こちらも厚生労働省や自治体の厳しい審査・監督下に置かれます。

また、水源涵養機能を持つ森林の多くは「保安林」に指定されています。保安林とは、水源の涵養や土砂崩壊防止など公益目的で指定された森林であり、水源涵養保安林など17種類に分類されています。保安林では立木の伐採や土地の形質変更が原則禁止されており、どうしても行う場合は都道府県知事の許可が必要です。許可も公益目的を損なわない範囲に限られ、大規模な開発行為は認められません。つまり、たとえ外国資本が水源域の森林を買っても、勝手に森林を伐採して大規模に井戸を掘るといった行為は制度上できないのです。森林法による保安林制度は、水源地の涵養機能を維持する重要な歯止めになっています。

土地売買時の届出制度も、水源地を含む森林を守る一環です。2012年施行の改正森林法で導入された「森林の土地の所有者届出制度」では、森林を取得した新所有者は90日以内に市町村長へ届出を行う義務があります。面積にかかわらず全ての私有林が対象で(※国土利用計画法に基づく届出を提出した場合は不要)、氏名・取得日・利用目的などを申告します。この制度によって行政は森林の所有者変動を把握し、外国資本の参入状況もデータ収集されています。届出を怠れば罰則もあり、所有者が「見えない化」するのを防ぐ仕組みです。

さらに、一定規模以上の土地取引については国土利用計画法(国土法)に基づく届出制度があります。都市計画区域外で1ha以上(市街化区域では2,000㎡以上など)※の土地売買等を行った場合、契約締結後2週間以内に都道府県知事に事後届出を行わねばなりません。これは土地利用の監視が目的で、知事が利用目的を審査し不適切な場合は是正勧告等を行えます。水源地が広大な土地取引に該当する場合はこの国土法届出も課され、行政のチェックが入ることになります。

最後に、近年施行された重要土地等調査法にも触れます。2022年9月に全面施行されたこの法律は、防衛施設周辺や国境離島など安全保障上重要な区域を「注視区域」「特別注視区域」に指定し、土地利用状況の調査や利用行為への勧告・命令を可能にするものです。特別注視区域では、200㎡以上の土地・建物について所有権等の移転・設定に係る契約を結ぶ前に“事前届出”が必要です。例えば、自衛隊基地周辺が指定されれば、外国資本がその近傍の土地を買う契約を締結する前に内閣府への届出が必要になります。もっとも、この法律の狙いはあくまで安全保障上のリスク管理であり、水源地一般を全国一律に規制するものではありません。「水源を守る法律がない」との声もありますが、実際には上述のように水資源保全に関わる各種法令が役割分担し網を張っているのが現状です。

どこが“規制強い”のか:都道府県の水源・地下水条例

国の法律に加え、自治体レベルでも水源地や地下水を守る条例が整備されています。特に2010年代以降、外国資本による森林買収の動きを契機に、各道府県が独自の水源保全策を講じました。ここでは代表例として北海道条例を詳述し、全国の傾向を概観します。

北海道「水資源の保全に関する条例」

北海道は2012年(平成24年)に全国に先駆けて「水資源の保全に関する条例」を制定しました。この条例では知事が指定する「水資源保全地域」内において、一定の土地取引行為を行う場合に契約締結の3か月前までに知事への事前届出を義務付けています。ポイントは次のとおりです。

  • 届出対象エリア: 生活・農業・工業用の水源取水地点およびその周辺で、水資源保全のため適正な土地利用を確保すべき区域を「水資源保全地域」として指定(市町村長の提案に基づき知事が指定)。現在、道内では振興局別の合計で187箇所が指定されています(2025年4月4日更新・後志51、胆振21、上川24 など)。
  • 届出対象行為: 売買や共有持分譲渡、地上権・賃借権の設定など幅広い権利移動が対象。契約の予約段階も含まれます(北海道・赤井川村の周知文書でも明記)。
  • 届出期限: 契約締結の3か月前まで(非常に長い猶予期間)。例えば半年後に売買契約予定なら、遅くとも3か月前には届出しなければなりません。
  • 面積要件: 面積に関係なく一律届出義務(道内各市町村の案内でも“面積の大小にかかわらず対象”と明記)。1㎡でも区域内なら届出が必要で、小口の土地分割による抜け道を許しません。
  • 届出後の流れ: 知事は関係市町村や有識者の意見を踏まえ、必要に応じて届出者に助言を行います。助言内容は、水資源保全上望ましい土地利用や取得目的の是非などです。強制力はありませんが、公権力から公式に注意喚起される効果があります。

北海道条例の届出制度によって、例えばニセコ周辺の水源地域で海外企業が土地を買おうとすれば、契約のかなり前から行政が把握して関与できる仕組みが構築されました。実際にこの制度施行後、道は届出情報を基に外国資本の動向を把握し、水資源への影響を注視しています。

全国の地下水・水源条例の状況

北海道に続き、2012年以降全国20の道府県が類似の水源地域保全条例を制定しました(2023年時点)。埼玉県・群馬県・山梨県・長野県・石川県・岐阜県など広範囲に及びます。これら条例の多くは水源地域を知事指定し、その区域内での土地売買等について事前届出(期間は条例による)を義務付ける内容です。届出期限は自治体により様々ですが、「契約30日前まで」が最多で、他に「60日前」「6週間前」などがあります。北海道の3か月前届出が突出して厳格で、他地域は1か月程度が一般的です。

例えば群馬県(2012年施行)や埼玉県(同2012年施行)は水源涵養地域を指定し契約の30日前までの届出制を導入しました。栃木県と静岡県は最近の制定(2022年)で、土地取引だけでなく開発行為も含めた届出を課すなど一歩踏み込んだ内容になっています。これら条例には違反に対する罰則(過料)が規定されているものも多く、「届出を怠る→発覚すれば公表・過料」の抑止効果が期待されています。

また、水源地に限らず地下水利用全般に関する条例も各地に存在します。内閣官房の調査では、令和5年時点で全国の自治体が制定した地下水関係条例は862本に上り、このうち約83%(713本)は何らかの形で規制や届出義務を設け、約62%(532本)は罰則規定を有すると報告されています。典型例として熊本県や宮崎県では、大規模な地下水採取に知事の許可を要する条例があります。新潟県などでは地下水の揚水設備(井戸)を新設する場合に事前届出と量規制を課しています。自治体レベルで地下水の乱用を防ぐ網が全国各所に張り巡らされている状況です。

読者の皆さんがご自身の地域で「自分の土地は何か規制区域か?」と確認したい場合、各自治体の公開情報を利用できます。たとえば北海道では市町村名や字名から水資源保全地域かどうか検索できるページが提供されています。他の道府県でも、環境部局や水循環担当部局のウェブサイトで条例区域の地図やリストを公開しているケースが多いです。心配な場合は市役所・町役場や県庁に問い合わせれば、当該土地が保安林かどうか、水源保全条例区域か、地下水規制地域か等を教えてもらえます。条例は地域ごとに内容が異なるため、地元の制度を把握しておくことが重要です。

ケースで学ぶ:ニセコの水源地をめぐる争点

外国資本による直接の水リスク事例は確認されていないものの、水源地の土地所有を巡るトラブルは実際に起きています。北海道ニセコ町の水源林を巡る裁判はその代表例です。

ニセコ町は2013年、羊蹄山麓にある約16万3千㎡の森林を水道水源保護の目的で取得しました。この森は町民約4,000人(町人口の8割)に生活用水を供給する湧水の水源地です。しかし2023年、その元所有者(4つ前の所有者にあたる山梨県の法人)が「第三者が書類を偽造して無断売買した土地だ」と主張し、所有権の返還を求めてニセコ町を提訴しました。2024年9月の一審判決で札幌地裁岩内支部は元所有者の訴えを認め、ニセコ町に当該土地の登記を元所有者に戻すよう命じる判決を下しました。町側は直ちに控訴し、現在札幌高等裁判所で係争中です。

この裁判の焦点は「所有権の有効性」ですが、その背景には水源地が第三者(ひいては外国資本)に渡ることへの地域の強い懸念があります。もし町が敗訴して水源林を失えば、元所有者によって当該土地が第三者に売却される可能性があります。実際、原告の元所有者側は「土地を5億円で町に買い取らせる」和解案を提示しました。町は法的正当性を主張しつつも、万一に備えて和解交渉も模索しており、数千万円規模の対案を検討していると報じられています。また町民有志や町外の支援者は「水源地を守ろう」という嘆願署名活動を展開し、約22万人分もの署名が札幌高裁に提出されました。町長は「自治体が水を守ることについて国にも法的支援をしてほしい」と発言し、この問題が単なる民事紛争に留まらず水資源を公が守る意義を問うものとなっていることが伺えます。

ニセコのケースは特殊な所有権争いですが、教訓として「水源地は誰のものか」という本質的な問いを突きつけています。土地所有の連鎖に瑕疵があると、水を守ろうと取得した自治体ですら権利を失いかねない。法制度は整っていても、現実にはこうしたリスクがゼロではない点に留意が必要です。ただし、この事例でも強調すべきは、仮に元所有者や第三者が水源林を取得しても、前述のように水そのものを自由にできるわけではないことです。町は最終的に水源の公的管理を維持すべく全力を挙げていますが、その背景には住民の圧倒的な支持と既存制度の後ろ盾があります。冷静なリスク評価と制度の適切な運用が両輪となり、水源地の保全が図られていると言えるでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1: 「日本の水源地が外資に“買い占め”られているって本当?」
A1: いいえ、データ上そのような事実はありません。林野庁の統計では、外国法人・外国人等による森林取得は累計でも私有林の約0.07%に過ぎず、近年も年0.003%程度の微増で推移しています。取得目的も水ビジネスではなくリゾート開発や資産保有が中心で、水資源狙いの買収との報告はありません。また北海道など一部地域に偏在しており、全国的に“買い占め”と呼べる状況ではありません。数字の上でも日本の私有林の99.9%以上は国内主体が保有・管理しているのが実情です(累計0.07%が外国法人等)。報道や噂が先行しがちですが、まずは公式統計に基づき冷静に捉えることが重要です。

Q2: 「土地を買えば地下水を自由に利用できるのでは?」
A2: そのような単純なものではありません。土地所有者であっても、地表水については河川法に基づく水利権許可が必要で、無許可で河川や湧水を取水すれば違法となります。地下水についても各地の条例で大量取水への届出・規制が行われており、勝手に大規模揚水すれば行政指導や罰則の対象となり得ます。実際、水道事業などで地下水を利用する場合、事前に自治体の許可や協議が必要です。要するに「井戸を掘れば好き放題」ではなく、法律と行政の監視下で節度ある利用しか許されないのです。中小の自家用井戸で日常生活程度の利用は認められますが、それとて周囲の水枯渇など問題発生時には制限措置が取られる場合があります。

Q3: 「2018年の水道法改正で水道が民営化され、外国に水源が売られるのでは?」
A3: 誤解です。2018年改正水道法は、水道事業にコンセッション方式(公共施設等運営権)を導入したものです。これは自治体が水道施設の所有権を保持したまま、施設の運営権だけを民間事業者に設定できる制度であり、水源や施設そのものを民間や外国企業に売却するものではありません。運営権者となった民間会社は利用料金収受など運営を担いますが、料金の上限や水質基準は条例や厚労省の監督下に置かれ、自治体もモニタリングや契約解除権限を持っています。実際、コンセッション導入には議会の議決が必要で、契約期間終了後は運営権が自治体に戻ります。世界的に見ても水道の運営民間委託は珍しくなく、フランスなどでも行われています。重要なのは「民営化=売り渡し」ではなく「公設民営による効率化」の制度設計だという点です。したがって、この改正によって日本の水資源が外国に奪われるというのは行き過ぎた解釈であり、引き続き自治体と国が水道インフラの主導権を握っています。

Q4: 「外国資本の水源地取得で何がリスクで、何が誇張なの?」
A4: リスクとして現実に考えられるのは、(1)森林管理が行き届かず水源涵養機能が損なわれること、(2)不適切な土地利用(無許可開発等)で環境に悪影響が出ること、(3)国家安全保障上重要な水源近くでの不透明な土地利用、などです。例えば2025年、北海道倶知安町巽地区で約3.9haの無許可森林伐採が発覚し、道が森林法違反の疑いで工事停止を勧告した事案が報じられています。一方、誇張と言える点は、「買われたら直ちに水が奪われる」といった極論です。前述のように法規制があるため、水そのものを好き放題に持ち出すことはできません。また日本全体から見れば外国資本の所有割合はごく僅かで、日本の水資源が根こそぎ狙われているとする見方はデータと整合しません。報道では刺激的に「○○が買われた」と語られますが、その背景には地域開発需要や土地の遊休化問題など複合的要因があります。冷静なリスク評価とは、データに基づき実際にあり得る問題に備えることであり、必要以上に不安を煽る報道やSNS情報には注意が必要です。

Q5: 「自治体や住民が水源地を守るために今できる対策は?」
A5: まずは現行制度を活用することです。自治体は森林法や国土法に基づく届出情報をきちんと収集・共有し、地域内で所有権移動があれば見逃さない体制を整えます。必要に応じて水源林を公有地化する(自治体が買い取る)ことも有効でしょう。実際、ニセコ町は水源地を町有化して管理していました(裁判で争い中ですが、これは例外的ケースです)。住民にできることは、怪しい土地取引や開発の兆候を見かけたら行政に情報提供する、市町村が行う保全活動(例えば水源林のモニタリングやボランティア植樹)に協力する、といったことです。各都道府県の水源・地下水条例で定める事前届出制度も住民の通報や協力があって機能します。また、自治体が独自施策として監視委員会を設けたり、重要水源域を条例で開発禁止区域に指定する動きもあります。要は「制度+地域の目」で二重に守ることが肝心です。ニセコ町の署名活動のように、住民の関心と意思表示が行政を動かし、ひいては国の支援策拡充につながることもあります。水源地は地域の生命線ですから、行政任せにせず地域ぐるみで守る姿勢が重要です。

チェックリスト(実務導線)

水源地や森林を扱う際に確認・遵守すべきポイントを整理しました。土地取引や利活用の実務に関わる方は、以下のリストをチェックしてください。

  1. 規制区域の確認: 対象土地が保安林(水源涵養保安林など)に指定されていないか、都道府県の水源保全地域や地下水規制区域に該当しないか調べましょう。該当すれば伐採や開発行為に許可が必要です。各自治体のホームページで公開されている指定区域情報(例:北海道の検索システム)や、自治体担当課への問い合わせで確認できます。
  2. 土地取引時の届出義務: 土地売買等の契約前後に必要な届出を漏れなく実施します。森林を取得した場合は面積に関わらず90日以内に市町村長へ所有者届出を行います。取引規模が国土利用計画法の届出基準(例:都市計画区域外1ha以上等)を超える場合は、契約後2週間以内に都道府県に事後届出が必要。さらに、北海道など条例で契約前届出(例:3か月前)を課している地域では、その期限までに知事あて届出を行います。
  3. 水利用の許認可: 土地上の水を利用したい場合、その水が河川水や湧水であれば河川法第23条に基づく水利権許可申請が必須です。管轄の河川事務所や都道府県河川課に相談し、必要書類(取水計画、流量計算など)を準備します。地下水についても、地域の条例で井戸の新設届出や取水許可が必要な場合があります。事前に自治体の環境水質担当に問い合わせ、自分の計画が許可対象か確認しましょう。
  4. 保全計画と管理: 水源林やその周辺土地を取得したら、適切な森林管理を行います。勝手な伐採や開発はせず、必要な場合は所定の許可を取得します(保安林なら知事許可が必要)。また定期的に巡回し、不法投棄や無断侵入がないかチェックします。自治体によっては水源林ボランティア制度や補助金制度がありますので積極的に活用し、公的管理者と連携して保全に努めましょう。
  5. 相談窓口の活用: 各種手続や規制の詳細は専門部署に確認するのが確実です。森林法関係は市町村の林務担当、国土法関係は都道府県の土地利用調整部署、水利権は国土交通省の地方整備局河川部門または都道府県河川課、地下水条例は都道府県環境(水保全)課が窓口になります。分からないことは早めに相談し、後追いにならないようにしましょう。

以上のチェックポイントを踏まえ、「知らなかった」で済まされない届出漏れや無許可利用を防ぐことが、水源地保全の実務上の第一歩です。法律・条例で求められる手続きを適切に履行し、地域の水を守る行動につなげてください。

用語集

  • 水利権: 河川など公共の水を占有・使用する権利。河川法に基づき河川管理者(国土交通大臣や知事)の許可を得て成立する。目的・規模ごとに許可期間が設定され、発電用で概ね20年、上水道用で概ね10年など。無許可取水は違法となる。
  • 保安林: 森林法で定める公益目的の森林。水源かん養や土砂崩防止など17種類あり、水源涵養保安林はその一種。指定された保安林では伐採や土地形状変更が原則禁止される(許可制)。公益目的を達成するための施業条件が個別に定められている。
  • 私有林: 国有林・公有林以外の森林を指す。日本の森林の約6割が私有林。法人や個人が所有し、林業経営の中心となる。行政は森林計画制度や所有者届出制度で私有林の適正管理を促している。
  • 重要土地等調査法: 正式名称「国境離島等における重要な土地等に係る利用状況の調査等に関する法律」(2021年制定)。安全保障上重要な施設周辺や国境離島を注視区域等に指定し、土地利用状況の調査や利用行為への勧告・命令、特別注視区域での契約事前届出を定める。水源地一般ではなく、防衛施設・離島の機能保全が目的。
  • コンセッション(公共施設等運営権): 公共施設の所有権を公主体に残したまま、運営を民間事業者に委ねる方式。水道分野では2018年改正水道法で導入。運営権者の選定には議会承認が必要で、契約でサービス水準や料金ルールを規定。運営期間終了後は更新制。水道の民営化と称されるが、あくまで運営委託の一形態。

参考文献

  1. 令和6年に外国法人等により取得された森林は全国の私有林の0.003% – 林野庁(2025年9月16日): https://www.rinya.maff.go.jp/j/press/keikaku/250916.html
  2. 外国法人等による森林取得事例の集計(平成18年~令和6年) – 林野庁(2025年9月16日): https://www.rinya.maff.go.jp/j/press/keikaku/attach/pdf/250916-1.pdf
  3. 水利権申請の手続き – 国土交通省 水管理・国土保全局(閲覧2025年9月): https://www.mlit.go.jp/river/riyou/main/suiriken/sinsei/
  4. 保安林制度 – 林野庁(閲覧2025年9月): https://www.rinya.maff.go.jp/j/tisan/tisan/con_2.html
  5. 森林の土地の所有者届出制度 – 林野庁(閲覧2025年9月): https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/todokede/
  6. 国土利用計画法に基づく土地取引の届出(事後届出)ガイド – 国土交通省(2020年): https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/content/001361073.pdf
  7. 重要土地等調査法 FAQ(よくある質問) – 内閣府(2022年9月20日全面施行): https://www.cao.go.jp/tochi-chosa/faq.html
  8. 北海道水資源の保全に関する条例 – 北海道(2012年4月施行): https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/stt/mizusigen/mizusigen_todokede.html
  9. 地下水関係条例一覧 – 内閣官房 水循環政策本部(2024年1月19日): https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gmpp/pdf/activities/ordinances/20240119_ichiran.pdf
  10. 水道法改正の概要 – 厚生労働省(2018年12月): https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000476639.pdf
  11. ニセコ水源、元所有者が5億円和解案 町が「水源地を守ろう」署名22万人分提出 – テレビ朝日(2025年9月12日): https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000452626.html

本記事の限界: 本稿では主に国の制度と代表的な条例、最新統計に基づいて水源地と外国資本を巡る論点を整理しましたが、網羅しきれない地域ごとの事情や全ての条例詳細までは触れられていません。また今後の制度改正や判例の蓄積によって状況が変わる可能性があります。実際の案件では最新の法令・地域ルールを個別に確認し、専門家の助言を仰ぐことをお勧めします。冷静なデータ分析と制度のアップデートを追い続ける姿勢こそ、水資源を守る上で不可欠です。

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2025/9/27

日本の水源地「外資買収」の実態:0.07%未満、法規制が守る

結論(要約) 外国資本による森林取得はごくわずか – 林野庁の最新調査(2025年公表)では、令和6年(2024年)に外国法人等が取得した森林面積は382haで全国私有林の0.003%に過ぎず、累計でも0.07%に留まっています。しかも水資源目的の開発事例は報告されていません。外国資本が日本の水源地を“買い占め”ているとの懸念はデータ上誇張と言えます。 土地を買っても水は自由にならない – 河川法により河川水や湧水の取水には事前に水利権許可が必要で、土地所有だけで勝手に水を使用できません。また多くの水源林 ...

政治 政策

2025/9/25

【2025年版】日本版ユニバーサルクレジット導入ロードマップ 

TL;DR(要約):英国のユニバーサルクレジット(UC)の特徴である「55%テーパ+就労控除(ワークアローワンス)」と月次算定を軸に、日本でも“働けば手取りが増える”一体給付制度(仮称:就労連動一体給付)の導入を提言します。英国UCの成功例(就労インセンティブ強化)を取り入れつつ、初回5週間待機などの失敗からは学び、日本では初回給付の迅速化(無利子の橋渡し給付)や総合マイナポータル連携による効率化を図ります。制度は段階的に導入し、パイロット検証→全国展開まで緻密なロードマップを設定。最終的に所得階層全体で ...

政策

2025/9/19

選択的夫婦別姓(選択的夫婦別氏)をめぐる賛否と論点の完全ガイド

最終更新:2025年9月19日 要約: 選択的夫婦別姓(選択的夫婦別氏)とは、結婚後も夫婦それぞれが結婚前の姓(氏)を名乗ることを選べる制度です。現行の民法では婚姻時に夫婦は必ず同じ姓を名乗らねばならず(民法750条)、実際には約94%の夫婦で妻が夫の姓に改姓しています。この仕組みをめぐり、「個人の尊厳やキャリア継続のため選択肢を増やすべきだ」という賛成意見と、「家族の一体感や子どもの姓の扱いなど伝統との整合性が損なわれる」という反対意見が対立しています。本記事では、選択的夫婦別姓制度を巡る用語解説から制 ...

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