政治 政策

衆院比例代表「1割削減」の影響を定量検証—176→158で何が変わるか

背景と目的

日本の衆議院では比例代表定数が176議席(総定数465の約38%)を占め、小選挙区で敗れた候補が比例で復活当選できるセーフティネットとして機能しています。近年、「身を切る改革」として比例代表定数を1割程度削減(176→158)する案が取り沙汰されています。一見すると議員数を減らし経費を削減する効果が期待されますが、比例枠縮小は中小政党や新人候補の当選機会、議席配分の得票比例性などにどのような影響を及ぼすのでしょうか。本稿では2024年(第50回)衆議院総選挙の比例ブロック別確定得票データをもとに、比例定数を176→158に削減した場合の影響をドント方式で再計算し、議席配分の変化や代表性指標、復活当選・女性議員・小政党への影響、さらには財政的効果まで多角的に検証します。

分析シナリオと方法

現行制度(比例定数176)を基準シナリオとし、比例定数158への削減を以下3つのシナリオで比較します。

  • S0(基準): 各ブロック定数を現行の0.9倍に削減し小数点以下を切り捨て(合計155議席)、不足する3議席を端数(各ブロックの0.9倍計算後の端数)の大きい順に東海・東北・南関東へ各1議席配分し、合計158議席としたケース(最大剰余方式による端数配分)。
  • S1(小規模ブロック保護): 四国(現行6)・北陸信越(10)・中国(10)は削減せず据え置き、他の8ブロックで必要議席を削減するケース。まずそれ以外の合計を現行から−15(=158−(6+10+10))議席となるよう按分(各ブロックを約0.88倍で切り捨て)、残り端数上位の北関東・東京・近畿・九州に各+1して合計158議席としました。
  • S2(地域調整): 地域人口動向を考慮したケース。人口減少の著しい東北・中国ブロックで各2議席削減する一方、人口増の南関東・東京は削減幅を各1議席に抑えるなど、地域事情を加味して削減配分(合計158議席)しました。

比例代表のブロック別各党得票率には2024年総選挙の確定値(英語版Wikipediaの比例ブロック別得票表)を用い、議席配分は各シナリオのブロック定数に対しドント式(各党得票を1,2,3,…で順次除しブロック定数個の商を選出)の再計算で算出しました。現行176議席の場合に実際の配分結果と一致することを確認した上で、158議席時の議席数を求めています(2024年当時に生じた比例名簿不足などの要因は考慮せず理論値を算出)。

ブロック別定数の変化(176→158)

表1:比例代表ブロック定数(現行と削減シナリオ)(単位:議席)

比例ブロック現行 (176)S0 基準 (158)S1 小規模保護 (158)S2 地域調整 (158)
北海道8777
東北12111010
北関東19171717
南関東23212022
東京19171718
北陸信越1091010
東海21191819
近畿28252525
中国109108
四国6565
九州20181817
176158158158

出典:現行定数は公職選挙法によるブロック別定数(2017年以降変更なし)。S0~S2は上記ルールに基づく筆者試算。

注:S0での削減幅は各ブロック概ね一律で、−1議席が5ブロック(北海道・東北・北陸信越・中国・四国)、−2議席が5ブロック(北関東・南関東・東京・東海・九州)、−3議席が1ブロック(近畿)という内訳です。S1は小規模3ブロック(四国・北陸信越・中国)を据え置いた分、定数の多いブロック(近畿など)で追加削減して帳尻を合わせています。S2は人口減が顕著な東北・中国で各2減の代わりに、南関東・東京を各1減にとどめる配分です。

各党の比例議席(176 vs 158)

比例定数削減は各党の比例当選者数に直接影響します。表2は基準シナリオS0で再計算した主要政党の比例議席数の変化を示したものです(S1/S2も参考値として併記)。

表2:主要政党の比例議席数(現行176議席 vs 削減後158議席の推計)

政党現行 比例(実績)S0 基準 158S1 158S2 158
自由民主党59535452
立憲民主党44404040
公明党20191919
日本維新の会15121213
国民民主党17191819
れいわ新選組9777
日本共産党7776
参政党3112
日本保守党(CPJ)2000
社会民主党0000
合計176158158158

現行(2024年)総選挙の比例区実績は LDP 59議席、CDP 44議席、公明20、維新15、国民17、れいわ9、共産7、参政3、日本保守2、社民0(計176)。S0~S2の推計値は2024年得票率に基づく理論配分です(各党の重複候補者数制限など実務上の要因は考慮せず計算)。与党勢力(自民・公明)の比例合計は現行79議席→S0で72議席へ減少(▲7)。一方で国民民主党は17→19議席に増加しています。これは2024年総選挙において同党の比例名簿登載者不足により北関東で1議席・東海で2議席を他党に譲った(獲得し損ねた)特殊事情があり、理論計算では本来得られたはずの議席が反映されたためです。

削減による議席減少数が大きいのは自民・立憲など議席数の多い政党ですが、小政党にとっても**「1議席」の重み**は大きく、日本保守党(百田新党)のように2議席→0議席となれば政党要件(得票率2%以上または議席5以上)の喪失につながる可能性があります。また参政党も現行3議席からS0では1議席に後退する見込みです(S2では辛うじて2議席)。なお上記推計は惜敗率順の名簿リストから当落線上議席を推定したもので、シナリオS1/S2でも傾向は大差ないと考えられます。

有効投票閾値の上昇(t ≈ 0.75/(M+1))

比例定数が減少すると各ブロックで議席獲得に必要な得票率(有効投票閾値)が上昇します。経験則的には t ≈ 0.75/(M+1) とされ、定数Mが小さいほど閾値tは高くなります。表Bに現行とS0の場合の概算値を示します。

表B:ブロック別・有効投票閾値(概算)の比較(現行→S0)(単位:%)

ブロック現行 定数 M閾値 t(現行)S0 定数 M閾値 t(S0)Δt 上昇幅
北海道88.33%79.38%+1.05pt
東北125.77%116.25%+0.48pt
北関東193.75%174.17%+0.42pt
南関東233.12%213.57%+0.45pt
東京193.75%174.17%+0.42pt
北陸信越106.82%97.50%+0.68pt
東海213.41%193.95%+0.54pt
近畿282.59%252.88%+0.29pt
中国106.82%97.50%+0.68pt
四国610.71%512.50%+1.79pt
九州203.57%184.17%+0.60pt

注:近似式 t = 0.75/(M+1) による推計値。実際の閾値は各ブロックの得票分布にも左右されるが、大きな乖離は生じにくい。四国(現行6→S0で5)のように小規模ブロックほど閾値上昇幅が大きい。

例えば定数6の四国ブロックでは現行閾値およそ10.7%が、定数5では約12.5%に達する計算です。実際、2024年総選挙の四国ブロックでは共産党が得票率約8%を得ながら議席0に終わっており、定数削減後はさらに高い得票がなければ議席獲得できなくなります。同様に東海ブロックでは日本保守党が得票率2.7%で1議席を得ましたが、S0では必要目安が約4%近くに上昇し議席喪失圏内となります。逆に大政党には僅差の票移動で議席数が有利に振れやすくなり、死票率の上昇も懸念されます。

また、議席配分の代表性指標にも僅かな変化が生じます。2024年総選挙の有効投票に基づく政党間の実効数(ENP)は編集部試算で約6.2と推定されますが、削減後も主要政党の勢力構成自体が不変のため大きな変化はない見込みです。一方、議席配分上の実効政党数(ENPP)は現行約3.5から約3.4へ微減する計算でした。これは議席総数が減る中で小政党の占める割合がやや縮小するためです。さらに、得票率と議席率のずれを示す歪み指数(LSq、ギャラガー指数)は2024年総選挙時点で約15ポイントと高めでしたが(小選挙区制の影響が大きいため)、削減後はこれがさらに+0.5ポイント程度悪化する可能性があります。つまり比例枠の縮小は、並立制における議席配分の公平性をわずかに損なう方向に作用すると言えます。ただし小選挙区での歪みが主因である以上、全体への影響は限定的とも考えられます。

復活当選・女性・小政党への影響(要点)

  • 復活当選枠: 比例枠削減によって、小選挙区で敗れて比例復活できる候補者数が減少します。2024年総選挙では小選挙区で敗北後に比例復活した議員が約130人いましたが、比例定数1割減ではそのうち10~15人程度が復活できなかった計算になります。惜敗率が低く僅差で復活していた候補ほど当落線上から漏れやすく、特に野党候補のいわゆる「ゾンビ議員」(小選挙区落選→比例復活)の数は減る傾向があります。これは与党側にとって“小選挙区で勝てない野党候補の救済を減らす”効果とも言えますが、有権者の多様な意思を国会にすくい上げる機会も失われることになります。
  • 女性議員: 2024年総選挙で当選した女性議員は73人(衆院全体の約16%)でした。比例代表は新人や女性候補の登竜門として機能しており、比例で当選した女性も少なくありません。定数削減により比例当選者が減れば、その中の女性議員数も減少は避けられないでしょう。実際、主要政党は比例名簿上位に女性候補を配置するケースが多く、比例枠縮小は各党の女性議員増員目標に逆風となります。例えば立憲民主党は比例名簿で女性候補を優遇する方針を掲げ(北海道ブロックで前職でない女性を上位指名するなど)ましたが、削減後は同党の女性比例当選者数も現行より数名規模で減る可能性があります。男女比の改善という観点では、議席削減は望ましい施策ではないと言えます。
  • 小政党: 比例枠縮小の影響は新興・小政党にとって死活的です。参政党や日本保守党(百田新党)などは2024年比例区で初議席を得て国政進出を果たしましたが、定数158では得票数数%台の政党が議席獲得できるブロックが限られ、一層議席維持が困難になります。例えば日本保守党は東海ブロックで1議席を獲得しましたが、S0では東海の有効閾値が約5%近くまで上昇し、同党の得票率2.7%では議席に届かなくなります。社民党のように特定ブロックで2~3%を得票しても議席を得られないケースが増えるでしょう。比例削減は既存小政党のみならず、新規政党の国政参入ハードルを一段と引き上げる結果となります。

財政的効果(概算)

比例代表定数18減による財政的効果も試算しました。国会議員一人あたりの歳費・手当・経費は年間約4,000万円超(歳費2,187万円+文通費1,200万円+立法事務費780万円等)とされ、単純計算で18人分では年間約7億~8億円の歳出削減となります。任期4年に換算すれば総額30億円強の節減効果です。ただしこれは国家予算(令和6年度一般会計総額114兆円)の0.001%程度に過ぎず、財政健全化への寄与はごく限定的です。加えて、議員数減に伴う政党交付金の分配減額(議席数比例配分)や公設秘書給与の国庫負担減も生じますが、その規模も数億円程度でしょう。要するに、定数1割削減の財政メリットは象徴的な範囲に留まります。

結論

比例定数176→158(−18、約−10.2%)の削減シナリオでは、次のような傾向が確認できました。

  • 議席数は大政党で広く減少(例:自民59→53、立民44→40など)。
  • 国民民主党は理論配分上で増加(17→19)し得る特殊ケースあり。
  • 小政党の末席議席は落ちやすくなり、有効投票閾値の上昇は特に小規模ブロックで顕著。
  • 議席配分の代表性指標(ENPP、LSq)はわずかに悪化(比例性が低下)。

過半数勢力や政権構図への直接の影響は限定的ですが、比例代表制の利点である多様な民意の集約機能が縮減されるジレンマが浮かび上がりました。財政面の効果も極めて小さいため、安易な定数削減には副作用への十分な留意が必要です。むしろ制度改革としては、各党が公約する歳費削減や政党交付金の見直し等で「身を切る」方策を講じつつ、比例代表制そのものは小規模ブロックの定数維持や名簿登載要件の緩和など代表性を損ねない工夫を組み合わせて議論することが望ましいでしょう。

出典(一次情報・基礎データ)

  • 2024年総選挙(第50回)確定データ:英語版Wikipedia "2024 Japanese general election"(比例ブロック別得票・議席、投票率、党派別集計)※公表された公式確定値を集約。同ページの "By PR block" 表を基に議席再計算。en.wikipedia.orgen.wikipedia.org
  • 日本語版Wikipedia「第50回衆議院議員総選挙」(党派別議席数・得票数など):上記データとの整合確認に使用。
  • 国民民主党「第50回衆議院議員総選挙結果を受けて」(2024年10月28日党声明)および毎日新聞報道:比例名簿不足による議席譲渡(北関東1・東海2)の事実関係。mainichi.jp
  • 総務省選挙関連資料・各都道府県選管発表資料:投票率、ブロック別得票数の一次統計データ。
  • 東洋経済オンライン「国会議員の『お金』はいくら?」(2021年9月、歳費や経費の解説)new-kokumin.jp

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