
観光地の賑わいと地域の暮らしの質をどう両立させるか。観光客が集中する「オーバーツーリズム」の問題は、世界各地で住民生活や旅行者体験への影響が顕在化しています。日本でも富士山や離島、都市の繁華街で混雑やマナー問題が深刻化し、自治体や事業者が対策に乗り出しています。本稿は価格(課金)や予約・人数制限、行為規制、交通整理、情報提供など多角的なアプローチによる解決策を、制度の根拠・費用・KPIまで含めて具体的に解説します。住民合意の得方から導入後の検証方法まで網羅し、明日から現場で使える実装ガイドを目指します。
要点サマリー
- ピーク抑制には価格と予約の組合せが有効:入島税や予約制限で需要の山を平準化し、混雑や資源劣化を抑えます。価格設定は繁忙期に高く・直前予約は割増など動的に調整。
- 規制収入は地域に還元・見える化:徴収した税・料金は環境整備や住民サービスに充当し、その使途を公表することで住民の納得感を高めます(例:宮島訪問税は予算に明示)。
- ルール整備と実効性確保:条例等で迷惑行為を禁止し、パトロールや罰則適用で実効性を担保します。多言語周知や現場指導を組み合わせ、観光客にも遵守を促します(渋谷区の路上飲酒禁止など)。
- ハード・ソフト両面のボトルネック解消:トイレ・ゴミ収集・交通といったインフラ増強(ハード)と、入場制限や誘導案内(ソフト)の両面から受入容量を拡大します。輸送力強化や動線設計も混雑緩和に有効です。
- 施策は組み合わせが鍵:単一の対策では抜け道を生みがちです。料金×予約×規制×広報を組み合わせたパッケージで総合的に臨むことで効果が高まります。国の支援事業でも複数手段の統合的実施を推奨しています。
- 住民・事業者との協働:対策立案時には地域住民や観光事業者との協議を重ね、合意形成することが不可欠です。意見募集(パブコメ)や社会実験を通じて調整し、「住んでよし・訪れてよし」の落とし所を探ります。
- KPIで効果検証・継続改善:来訪者数のピーク分散率、住民満足度、混雑苦情件数など指標を設定し、対策の効果をモニタリングします。年次レビューで数値目標の達成度を公開し、必要に応じて制度を改訂します。
1. オーバーツーリズムとは何か(誤解と本質)
過度な観光集中が引き起こす弊害を指す言葉が「オーバーツーリズム」です。世界観光機関(UNWTO)は、オーバーツーリズムを「観光が特定の目的地に与える影響が、住民の生活の質や旅行者の満足度を過度に損ねる状態」と定義しています。単に観光客数が多い状態という誤解もありますが、本質は収容力(キャパシティ)を超えた集中により、地域社会や環境に許容し難い負荷が生じることです。
典型的な原因は「特定の場所・時間に観光客が一斉集中すること」です。格安航空券やSNS映えスポットの流行で旅行者が一箇所に殺到し、公共空間の過密化や交通渋滞、ごみの増加や文化財の損傷を招きます。また短期貸宿(バケーションレンタル)の急増で住宅賃料が高騰し、住民の生活圏が侵食される問題も各地で指摘されています。さらに観光客自身も混雑により満足度が低下し、「もう訪れたくない」という悪循環が生まれかねません。
重要なのは受入側の管理能力とのギャップです。観光客数そのものより、「道路幅や輸送力、環境容量、住民の許容度」といったキャパシティを超えているかが問題となります。例えば年間数百万人が訪れても分散が行き届いた都市(例:ロンドン)は問題化しませんが、狭い島や村では数万人でも許容量超過となり得ます。つまり「許容できる範囲内か否か」がオーバーツーリズムと持続可能な観光の分かれ目です。
なお「インバウンド(訪日外国人)急増=オーバーツーリズム」と短絡しがちですが、国内観光客の集中やイベント来訪者も同様に混雑を引き起こします。特定の国の観光客だけが問題なのではなく、観光客全体の振る舞いと集中度の課題である点も押さえておきましょう。
影響としては(1)住民の日常生活への支障(騒音・ゴミ・家賃高騰等)、(2)自然・文化資源の劣化(環境汚染や史跡の損傷)、(3)観光客の体験価値低下(行列・混雑ストレス)が挙げられます。これらが一定以上に達すると地域から観光受入れへの反発が生じ、観光地としての魅力も損なわれます。「観光公害」とも呼ばれる状況です。
対策の方向性はシンプルで、「原因 → 影響 → 対策」の因果関係に沿って考えます。すなわち「原因」である需要の集中を是正し、「影響」である負荷を緩和することです。需要を分散・削減するアプローチと、供給側(インフラ・体制)の収容力を高めるアプローチを組み合わせ、さらにルール整備で悪影響行為を抑止します。次章以降で具体策を見ていきます。
2. 対策の設計原則(フレーム)
オーバーツーリズム対策を効果的に講じるには、需要側・供給側・ルール・配分・ガバナンスの観点から総合的に設計することが重要です。以下にそれぞれの原則を整理します。
- 需要側の分散・抑制: 来訪者数や行動パターンに働きかける対策です。具体的には価格(課金)や予約制、入場時間帯指定などがあります。料金を課すことで「混雑するほど割高」にし、旅行者の訪問時期や頻度を調整します。例えばヴェネツィアでは混雑日のみ日帰り客に5ユーロの入市料を課す試行を行いました。また事前予約や人数上限によって一日の最大入場者数を制限する方法も取られています(後述: 富士山やマチュピチュの事例)。ダイナミックプライシング(需要の高い日時ほど高い料金)も選択肢で、直前予約は倍額の10ユーロを課したヴェネツィアの例では約半数が高額料金を支払って訪問しており、即効性が示唆されます。需要側対策のポイントは、「いつ・どこで・いくらなら訪問を控えるか」という旅行者行動を見極めて誘導することです。
- 供給側のキャパシティ拡大: 観光地の収容力や受入環境を底上げし、一定の混雑を許容できるようにする対策です。具体例としてインフラ整備(トイレ増設、ゴミ収集体制強化、展望施設の拡張)、交通対策(シャトルバス導入、パーク&ライド駐車場整備、一方通行化による歩行空間確保)などがあります。ボトルネックとなっている要素を特定し、そこに投資することで実質的な受入人数の上限を引き上げます。また観光動線の工夫も有効です。例えば一方通行の周遊ルートを設定して滞留を防いだり、複数経路を用意して人流を分散させたりします(後述: マチュピチュでは3つの回遊ルートを指定)。供給側の対策は予算や工期を要しますが、地域の観光収益を維持しつつ問題を緩和するために欠かせません。
- ルール(規制)の整備: 法令・条例による利用ルールの明確化と順守徹底です。具体例として入域許可制(許可なく特定エリアに立入禁止)、ガイド同行義務、観光客の行為規制(路上飲酒禁止・騒音禁止・写真撮影制限など)、ゾーニング(用途地域の指定による民泊営業禁止区域の設定)等が挙げられます。ルールは罰則や罰金とセットで設けることで抑止力を持ちます。ただし、紙の上の規制だけでは効果がありません。監視員の巡回や技術的な監視(監視カメラやデジタルチェック)により実効性を担保することが重要です。渋谷区の例では、ハロウィーン時の混乱対策として2019年から一部期間の路上飲酒を条例で禁止し、さらに2024年10月からは年間を通じ夜間の路上飲酒を全面禁止に拡大しました。この際、区が警備員を配置して巡回指導に当たるなど、現場での運用体制も強化しています。規制は「決めて終わり」ではなく、多言語での事前周知や現場対応まで含めて設計する必要があります。
- コストと配分の透明性: 観光対策には財源が必要ですが、その費用負担の公平性と使途の透明性が肝心です。観光客に新たな税や料金を課す場合、「なぜそれが必要か」「集めたお金を何に使うか」を明確に示すことで理解が得られやすくなります。例えば広島県廿日市市は宮島への入島客に対し宮島訪問税(法定外目的税)100円を徴収しています。この税はフェリー運賃への上乗せで回収され、年間パス(500円)も用意されています。市は税収の使途を「環境美化や交通対策、観光案内など宮島の受入環境整備」に充当すると説明し、実際に年度ごとの事業に充てた金額を公表しています。このように使途が見える形で還元されれば、住民も「観光客に負担してもらった分、自分たちの暮らしが改善した」と実感しやすく、制度への支持を得られます。原因者負担(観光客がもたらす負荷への対処費用をその観光客に負担してもらう)の考え方をきちんと伝え、収支をオープンにすることが信頼醸成につながります。
- ガバナンス(合意形成): 対策の立案・実施プロセスでは、DMO・自治体・事業者・住民といった関係者の合意形成が不可欠です。観光は地域の経済に恩恵をもたらす反面、生活環境への影響も及ぼします。そのため一方の論理だけで施策を強行すると反発を招き、うまく機能しません。国の観光庁も2023年に対策パッケージをとりまとめ、「住民を含めた協議の場」を設置して計画策定する取組への支援を強調しています。具体的には、早期の段階で地域住民や観光関連事業者からヒアリングを行い、課題認識を共有したうえで方針案を策定します。その後、パブリックコメントや社会実験を通じて広く意見を募り、制度設計にフィードバックします。こうしたプロセスを経ることで対策への地元の納得感が高まり、協力も得やすくなります。ガバナンス面では、施策の効果検証委員会に住民代表を入れるなど、実施後も声を拾い続ける仕組みを作ることが理想です。
以上の原則を念頭に、次章からは具体の制度・事例を国内外に分けて見ていきます。それぞれ導入の経緯や狙い、費用対効果、KPIについても触れていきます。
3. 国内の最新制度・事例(数値つき)
日本各地でもオーバーツーリズムへの対策が動き出しています。ここでは代表的な国内事例として、富士山、西表島(竹富町)、宮島(廿日市市)、渋谷駅周辺(渋谷区)の取り組みと、国の支援策について紹介します。それぞれ導入目的や対象、コスト感、合意形成のポイント、設定KPIにも触れます。
富士山:入山予約制・時間規制・必須通行料の導入
概要:世界遺産でもある富士山では、夏の登山シーズンに登山者が集中し、山小屋の逼迫や救助要請の多発、環境への負荷が問題視されてきました。そこで山梨県・静岡県・環境省などで構成する協議会が中心となり、2025年夏から富士登山のルールを大幅強化しました。その柱が「事前Web予約」「入山時間の規制」「通行料4,000円の徴収」です。
具体策:富士山には吉田口(山梨県)と須走・御殿場・富士宮口(静岡県)の4登山ルートがありますが、2025年から全ルートで統一ルールを適用しました。【全登山者に1人4,000円の通行料(入山料)を課し、事前にWeb予約または登録を義務化】しています。加えて午後2時~翌午前3時は五合目からの入山禁止とし、夜間や早朝未明に無計画に登り始める「弾丸登山」を抑制しました。吉田ルートでは一日の登山者が4,000人に達した時点でゲートを閉鎖する人数上限措置も導入されました。静岡県側の3ルートでは2025年時点では人数上限こそ設定していないものの、事前登録必須(未登録者は現地で登録・支払を求める)や夜間入山は山小屋宿泊者のみ可といった制限を課しています。
通行料4,000円は登山道や救護体制の維持費用に充てられます。徴収方法はオンライン決済または現地支払で、五合目のゲートで確認が行われます。これは2024年に吉田ルート限定で試行した事前予約・有料化(当時2,000円)を全ルートに拡大・強化したものです。
導入目的と効果:目的は明確で、「登山者数の急増による安全リスクや環境負荷を抑える」ことです。料金徴収で登山者に山岳保全コストを負担してもらい、同時に不用意な登山を抑止する狙いがあります。事前予約制により把握した登山者数データは、混雑予測や救助計画にも活かされます。2025年シーズンの富士山登山者数は約20万5千人で、前年と同水準に留まりました(2019年比では87%と低い)。これは通行料や夜間規制の導入によりコロナ後に急増していた登山需要を一定程度抑制できた可能性があります。特にピーク時の輻輳が緩和され、吉田口では1日4千人超の入山が防がれたと報告されています(※2025年シーズンに吉田口で1日4千人を超えた日は0日で、ゲート閉鎖には至りませんでした)。
課題・KPI:今後の課題は、料金徴収・予約制によって登山者の質(装備やモラル)が向上したか、救助やゴミ問題が減少したかを検証することです。KPIとしては「山小屋非宿泊の弾丸登山者割合」「高山病・滑落等の救急搬送件数」「登山道のごみ回収量」「登山者1人あたりの自然保全費負担額」などが考えられます。2025年の結果を見る限り、重篤事故の件数減少や山岳環境の維持状態について一定の効果があったとの声がある一方、4,000円でも依然多くの登山者が訪れており、料金水準の更なる検討(将来的な値上げ含む)や、静岡側も含めた厳格な上限人数設定の是非が議論されています。
費用・合意形成等:事前予約システムやゲート設置等には初期費用が発生しましたが、国の補助事業(令和5年度補正「オーバーツーリズム未然防止推進事業」)を活用しつつ進められました。地元関係者との合意形成では「山梨側だけ有料では不公平」との意見を受け、静岡側も含め全山統一ルールにした経緯があります。今後は徴収した費用の適切な配分(環境省・県・地元市町村間)や、登山者への更なる周知啓発(装備不十分な人への現地指導など)も求められています。
西表島(竹富町):自然観光資源への人数上限・ガイド同伴義務
概要:沖縄県竹富町の西表島は手つかずの自然が残る秘境として人気ですが、2010年代後半からエコツアー客が急増し、固有種イリオモテヤマネコの生息環境への影響や、マナーの悪い立入による生態系破壊が懸念されました。そこで竹富町はエコツーリズム推進法に基づき、西表島内の特に脆弱な5つのフィールドを「特定自然観光資源」に指定し、2025年3月から人数制限と立入承認制度を開始しました。
具体策:対象となったフィールドは以下の5箇所です:
- ヒナイ川流域(ピナイサーラの滝) – 1日上限200名
- 西田川流域(サンガラの滝) – 1日上限100名
- 古見岳 – 1日上限30名
- 浦内川源流域(横断道~マヤグスクの滝) – 1日上限50名
- テドウ山 – 1日上限30名
上記5エリアに立ち入るには事前に町長の承認を受ける必要があります。観光客単独で申請するのではなく、基本的に町公認の「登録引率ガイド」を同行させることが条件です(一部エリアでは例外的に利用者全員が町の講習を受講すればガイドなし可)。申請手続きはオンラインで入島希望日の6か月前から受付しており、まず旅行者が仮申請を行い、その後ガイド事業者が本申請する二段階制です。承認されるとガイド1人につき一定人数までのツアー催行が可能になります。申請には1人当たり500円の手数料が必要で、これはオンライン決済またはガイド経由で納付します。
無承認でこれらエリアに立ち入った場合、法に基づく罰則(エコツーリズム推進法での罰金等)の適用可能性があります。もっとも2025年2月末までは周知期間として猶予が設けられ、3月以降本格施行となりました。施行に先立ち、2020年には竹富町独自の「観光案内人条例」を制定し、西表島で自然ガイド業を営むには町の免許が必要としました。その中から所定の研修・試験を経たガイドを「登録引率ガイド」に認定し、特定資源エリアを案内できるのはこのガイドだけとしています。ガイドの質担保と入域者管理を両立させる仕組みです。
導入目的と効果:目的は脆弱な生態系の保全と観光利用の両立です。貴重な野生動植物を守りつつ、持続可能な範囲で観光収入を得るため、「少人数・ガイド付きの良質な自然体験」にシフトしようとするものです。人数制限により一日あたりの環境負荷を抑え、ガイド同行によりマナー遵守と解説による満足度向上を図ります。導入後、人気のピナイサーラの滝でも大量の観光客が押し寄せる事態は回避され、自然への過度なストレス軽減につながっていると期待されています。実際、2024年以前はピーク日に1日あたり数百人規模が滝壺に集まることもありましたが、新制度後は上限300名(ピナイサーラ200+サンガラ100の合計)に制御されています。さらにガイドが付くことでゴミ放置や立入禁止区域への侵入が激減したとの報告もあります。
課題・KPI:一方で課題は利用者数減少による経済影響と手続きの煩雑さです。上限設定で以前より観光客数は減るため、観光収入も減少します。しかし町としては「環境を壊しては元も子もない」として中長期的なブランド価値維持を優先しています。KPIとしては「指定エリアの動植物指標(ヤマネコ目撃回数など)」「観光客満足度(ガイド説明への評価)」「手続きキャンセル率(仮申請後に本申請されない割合)」などが考えられます。とくに環境KPIは長期モニタリングが必要で、例えばサンガラの滝での水質・植生調査や、マヤグスクの滝周辺での野鳥生息数を追跡するなどの計画があります。
費用・合意形成等:オンライン申請システムは環境省の補助や県の支援も受け構築しました。ガイド事業者からは当初「手続き負担が増える」との懸念も出ましたが、町は説明会を重ね「ガイドの質向上と収入安定につながる」と理解を求めました。住民には「環境保護に向けた必要な措置」として周知し、世界自然遺産の価値保全という大義名分も奏功して概ね合意が得られています。今後は島民や研究者に対しては申請不要で立ち入れる例外規定も設け(学術調査や地元住民の生活利用は免除)、過度な制約にならないよう配慮されています。
宮島(廿日市市):訪問税(入島税)100円の導入と使途公開
概要:世界遺産・厳島神社のある宮島(広島県廿日市市)は、コロナ前に年間約500万人の観光客が訪れ、フェリー桟橋や島内の公共インフラに大きな負荷がかかっていました。そこで廿日市市は全国でも珍しい「入島税」を創設し、観光客から広く費用負担を得て環境整備に充てることにしました。これが「宮島訪問税」で、地方税法の規定に基づく法定外普通税として2023年10月1日から導入されています。
具体策:宮島を訪れる旅行者は1人1回につき100円の訪問税を支払います。課税方法は、主なアクセス手段であるフェリー運賃に上乗せする形で徴収します。具体的には、宮島口~宮島の往路フェリー代(通常大人200円)に100円を加算した300円の乗船券を購入する仕組みです。フェリーを使わず自家用船で来島するケースでも、桟橋を利用すれば桟橋管理者が100円徴収し、桟橋を使わず上陸する場合は後日市役所に申告納付するルールとしています。なお島民や通勤・通学者、島内で宿泊する観光客などは二重課税にならないよう年間パス制度があり、年間500円を前納すれば以後1年間は追加徴収されません。修学旅行生など一定の免除規定も設け、公平性に配慮しています。
この税は地方税法上、「観光客の増加に伴う行政需要増加に対応するための普通税」として総務大臣の同意を得て導入されています。税収は市の一般会計に繰り入れられますが、当初予算段階で使途が特定され公表されています。例えば令和5年度は約2億円を見込み、フェリー桟橋の改修や混雑対策、人員増強などに充当しました。
導入目的と効果:目的は明言されており、「“住んでよし訪れてよし”の観光地域づくりに向け、観光客増が招く行政コストの一部を訪問者にも負担してもらう」ことです。観光客に起因するごみ処理・公衆トイレ維持・警備・交通整理といった費用をまかない、住民サービス水準を維持向上させる狙いです。100円という額は小さいですが、500万人規模なら年5億円になり、従来不足していた財源を補填できます。効果としてまず、安定財源の確保があります。特に宮島は世界遺産保全や公共交通運営にお金がかかる島であり、この税収で予算措置がしやすくなりました。もう一つは観光客への心理的効果です。入島時に100円払うことで「自分も島の維持管理に貢献している」という意識喚起につながり、マナー向上やリピーター育成にもプラスとの声があります。2023年10月~2024年3月の半年で約1.7億円を徴収しており概ね想定通りの財源となりました(入島者数がコロナ前比で戻りつつあるため)。
課題・KPI:課題は徴収漏れ対策と使途の見せ方です。フェリー会社2社には協力いただいていますが、小型船での無断上陸など抜け道が完全にゼロではありません。今後、島内監視や周知徹底でカバーする予定です。また税の効果を示すため、住民・観光客双方に「この事業は訪問税で実施しました」という表示を行っています(例:観光案内所の多言語化、トイレ改修などに看板掲示)。KPIとしては「訪問税充当事業の満足度(住民アンケート)」「観光客1人当たり公共サービス費用負担額」「リピーター率の変化」などが挙げられます。今のところ住民から大きな反対もなく、「観光客にも100円くらい負担してもらうのは妥当」との声が大勢です。むしろ税収のさらなる有効活用(島内公共交通の無料巡回バス導入など)を期待する意見もあります。
費用・合意形成等:制度設計にあたっては約16年前から議論がありましたが、課題だった法律面(法定外税の同意)と観光業界の理解が近年クリアされ実現しました。導入コストは主にシステム改修(フェリー券売機プログラム変更等)で、数千万円程度と見られています。観光客への周知は港や旅行会社を通じ行い、「島の環境保全のための協力金」と案内しています。今後、他の観光地(例:京都市が宿泊税を導入済)のように、このモデルが全国へ波及する可能性も注目されています。
渋谷駅周辺(渋谷区):公共空間での夜間飲酒禁止条例と繁忙期対応
概要:東京・渋谷は年間を通じ若者や訪日客で賑わいますが、特にハロウィーン時の大混雑や路上飲酒による騒動が社会問題化してきました。渋谷区は2019年にいわゆる「ハロウィーン条例」(繁忙期の路上飲酒禁止)を制定し、さらに2024年10月からは通年で夜間の路上飲酒を禁止する条例改正を行いました。これは全国初の試みです。
具体策:渋谷駅周辺の繁華街(センター街や道玄坂など主要エリア)を対象に、毎日午後6時から翌朝5時までの間、道路・公園など公共の場所での飲酒を禁止しました。違反者には罰則(5万円以下の罰金)も科せられ得る条例です。ただし実際には、まずは注意・指導を徹底し、悪質な場合に限り検挙を検討する運用としています。区は民間の警備会社と契約し、パトロール隊を編成して夜間巡回させています。巡回員は「NO! 路上飲酒」などと書かれた青い制服を着用し、英語・中国語など多言語で対応可能なスタッフも配置しました。路上で飲酒している人を見つけると禁止エリアの地図を示しながら飲酒中止を説得し、飲みかけの酒缶はその場で処分するなどの対応をしています。
この条例改正に合わせ、地元の酒販売店やコンビニにも協力を要請し、繁華街周辺では夜間の酒類販売自粛(特にハロウィーン前後)をお願いしています。またハロウィーン時には駅周辺にDJポリスを配置した交通整理、転倒防止マット設置など総合的な安全対策も実施しています。
導入目的と効果:目的は「路上飲酒の常態化による環境悪化を是正」することでした。コロナ禍で飲食店が休業した際に路上飲みが広がり、コロナ後も深夜の路上飲み会が常態化してゴミ散乱や騒音が問題となっていた経緯があります。条例により明確に禁止行為を定めたことで抑止効果が期待されました。実際、施行後はセンター街などで缶チューハイ片手にたむろする外国人旅行者の姿が激減し、路上の散乱ゴミも減少傾向との報告があります(渋谷区発表)。ハロウィーン期間中も、2023年以前に比べ騒乱は抑えられ、大きな事件事故なく終えられました。周辺店舗からは「酔客による迷惑行為が減って助かる」と歓迎の声がある一方、バー経営者からは「繁華街の活気が損なわれる」との意見も一部あります。しかし総じて地域住民やまじめな観光客には好評で、「安心して街を歩けるようになった」との評価が多いようです。
課題・KPI:課題は実効性の維持です。現在は注目度もあり多くの警備員を動員していますが、長期的にどこまでリソースを割けるか、また悪質な常習者への対処をどうするか検討が必要です。KPIとしては「夜間の路上ゴミ回収量」「路上飲酒に起因するトラブル件数(喧嘩・救急搬送等)」「繁華街来街者数の推移」などが考えられます。ゴミ量など目に見える指標は減少していますが、一方で観光客数は増減にあまり影響がなく推移しており(規制で観光客離れは起きていない)、むしろ健全な夜間観光につながっているとの分析もあります。今後、繁忙期以外も含めた常態的な監視コストとの兼ね合いを見ながら、実施体制を持続可能な形にシフト(例えばAIカメラで検知すると巡回員に通知される仕組み導入等)することも検討されています。
費用・合意形成等:初年度は区費用で民間警備員を多数配置しました(ハロウィーン期だけで数千万円規模と言われます)。ただこれはイベント対応費として計上されており、平常時の見回りは区職員や警察と連携しつつ効率化する方向です。条例改正にあたっては区議会でも全会一致で可決され、住民から強い反対はありませんでした。「ハロウィーン騒動で全国に悪名が広がるよりマシ」との認識が共有されたためです。他都市でも同様の動き(京都市が繁華街路上飲酒規制を検討など)が出ており、渋谷の事例はモデルケースとなっています。
国の対策パッケージと自治体支援メニュー
概要:国(土地交通省・観光庁)もオーバーツーリズム問題に対して包括的な対策パッケージを打ち出し、自治体への支援を行っています。2023年10月、「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」が観光立国推進閣僚会議で決定されました。これには混雑分散策から住民協働まで幅広い施策が盛り込まれています。また2024・2025年度には補正予算で「持続可能な観光推進事業」が組まれ、モデル地域の取組を支援しています。
具体策(パッケージの柱):対策パッケージでは大きく次の柱が示されています。
- 観光集中による過度の混雑やマナー違反への対応:混雑する地域では、例えば京都市での路線バスから地下鉄への誘導や、大阪など都市部での大型バス乗入れ規制など交通面の対策支援、全国的な手ぶら観光(荷物一時預かりサービス)の普及、実情に応じた入域管理や課金措置の検討など。
- 地方部への誘客・分散:特定箇所に集中するインバウンドを地方へ広げるため、広域周遊ルートの造成や二次交通(ローカル鉄道・バス)整備支援、観光コンテンツ磨き上げなど。
- 地域住民と協働した観光振興:地域が主体的に観光マネジメントを行えるよう、協議会設置や計画策定への財政支援、相談窓口の設置、モデル地域の事例集公表など。
加えてデジタル技術の活用も推進しています。例えば混雑度を見える化するスマホアプリ開発や、観光客の流動データを解析してピーク予測・分散策定するシステム構築などに補助金を出しています。また広域周遊パス(複数エリアを回るとお得になるチケット)の開発、観光公害に関する条例策定マニュアルの作成支援などソフト面も含まれています。
国の財政支援:2023年度補正予算では約30億円規模で先駆的取組を支援し、全国で先駆モデル地域26地域と実証/個別型多数を採択しました。2024年度も二次・三次公募を行い、延べ100件以上のプロジェクトを採択しています。内容は、富士山の入山予約システム構築、沖縄石垣島周辺の観光客カウントシステム導入、京都市内の乗合タクシー実証など多岐にわたります。補助率は事業によりますが概ね1/2から2/3で、人件費や設備投資、社会実験経費などが対象です。
効果と課題:国が関与することで自治体単独では難しい広域連携や法制度面の調整が進みやすくなっています。たとえば地域間で観光客を融通し合う「広域DMO」の形成や、交通事業者間の連携(混雑する路線バスの増便費用補助等)が実現しています。また国が旗を振ることで対策自体の社会的認知が上がり、自治体も動きやすくなった側面があります。一方、各地域固有の事情があるため画一的な成功モデルの創出は容易でないとの指摘もあります。そこで観光庁はモデル地域の事例集をまとめ横展開を図っています。
今後、法制度面では観光地への入場料徴収の一般化に向けた検討も必要とされています(現状、法定外税としての手続きが必要でハードルが高い)。国会などでも観光税の議論があり、将来的に国主導の観光財源確保策が講じられる可能性があります。ただし現時点では、国はあくまで自治体支援・情報提供に徹し、具体的な規制導入判断は各地域に委ねるスタンスです。
4. 海外の実践(制度設計のヒント)
次に海外のオーバーツーリズム対策の事例を見てみます。欧米を中心に観光先進地では多様な施策が実施されています。ヴェネツィア(イタリア)、アムステルダム(オランダ)、バルセロナ(スペイン)、マチュピチュ(ペルー)、ジュノー(米アラスカ)を取り上げ、日本への応用可能性も考察します。
ヴェネツィア:日帰り入市料の試行(料金・適用日・免除・罰金)
背景:水の都ヴェネツィアは住民5万人足らずの市街地に、ピーク時1日12万人もの観光客が押し寄せる典型的なオーバーツーリズム都市です。特に宿泊せず日帰りで来る観光客(クルーズ客含む)は市に経済貢献が少ない一方、混雑だけをもたらすとして問題視されました。このため市は世界初の試みとして日帰り訪問客への入市課金制度を計画し、法整備を経て2024年から試験導入しました。
制度設計:入市料(Access Fee)5ユーロを日帰り観光客に課すもので、対象は宿泊せずに市内に入る18歳以上の旅行者です(宿泊者は既に宿泊税を払っているので免除)。オンラインで事前予約・支払いを行い、QRコードを取得して訪問当日に携帯します。市警がランダムにチェックし、未払い者には最大300ユーロの罰金を科す規定としました。当初2024年の特定29日間(主に春先と夏の週末)に限定して実施し、2025年は適用日を54日に拡大して試行を続けました。
また直前予約には料金倍増というユニークな仕組みも採用しました。具体的には訪問4日前までに予約すれば5ユーロですが、それ以降直前の予約は10ユーロを支払うルールです。これは早めに訪問計画させて人出を把握し、かつ衝動的な来訪を抑制する狙いです。免除対象は住民・通勤者・学生・幼児等のほか、サッカー観戦など目的が限定された来訪者も除外されました。
結果と評価:2024~2025年の試行では、市議会の方針変更もあり2025年7月で一旦試行を終了する形となりました。2025年のデータでは、4~7月の54日間で延べ723,497人が入市料を支払い、市に約542万ユーロ(約8億円)の収入をもたらしました。これは前年(29日間で約240万ユーロ)から倍増しています。しかし観光客数自体の削減効果は限定的で、日帰り客数は前年よりわずかに減った程度でした。特にピーク日(2025年5月2日)には約24,951人が日帰り訪問し、なお非常に混雑したと報告されています。また直前予約追加料金については約半数が倍額の10ユーロを支払って訪問しており、価格弾力性がさほど高くない(料金を上げても来る人は来る)ことも示唆されました。
地元の評価も賛否分かれました。商業者は「収入源になるし観光税として公平」と歓迎しましたが、住民団体からは「根本解決にならず観光客数を制限すべき」との声も根強くあります。市当局は試行のデータを分析しつつ、完全実施に向けた制度改善を検討中です。効果としては徴収システムや監視体制が概ね機能することを確認でき、市財政にも寄与しました。一方限界として、料金が低すぎ抑制効果が限定的だったこと、適用日が限られ通年の混雑には踏み込めなかったことなどが挙げられます。2026年以降、料金設定や適用期間を見直したうえで正式導入する可能性があります。
日本への示唆:日本でも京都などで「日帰り観光税」の議論がありますが、法制度上は宮島訪問税のように地方税として導入可能です(要総務大臣同意)。鍵となるのは徴収方法で、ヴェネツィアのようにオンライン予約+罰則とするか、もっと簡便に交通機関料金に上乗せするか検討が必要です。観光客数抑制効果を重視するなら価格を高めに設定する、日本ならではの適用除外(例:修学旅行生は免除)を設けるなど、ヴェネツィアの教訓を活かせるでしょう。
アムステルダム:宿泊税12.5%と日帰りクルーズ乗客課税
背景:オランダの首都アムステルダムも観光客急増により住宅不足や市街地混雑が深刻化し、各種の抑制策を講じています。その中で財政面のアプローチとして特徴的なのが観光税(宿泊税)の高税率化とクルーズ客への課税です。観光客にコストを負担させることで市の歳入を確保し、観光由来の問題対策に充てる考えです。
制度設計:アムステルダム市の観光税は2020年代に段階的に引き上げられ、現在(2025年)では宿泊料金の12.5%にも達しています。これは欧州でも最高水準で、例えば100ユーロのホテルなら12.5ユーロが税となります(付加価値税は別途加算)。以前は7%+1人あたり固定額という形でしたが、今は純粋にパーセンテージ課税に統一されています。
さらにアムステルダムは日帰り観光客、特にクルーズ船で来て宿泊せずに帰る旅客に対して1人あたり14.50ユーロの課税を導入しています。これはクルーズ会社が乗客からツアー代金等と一緒に徴収し、市に納める仕組みです(いわゆるDay tourist tax)。市内に滞在しないクルーズ客からも、観光による街の負荷軽減の財源を得る狙いです。
効果:宿泊税収は年1億ユーロ以上と推計され、市の文化予算や清掃費などに充てられています。高税率によって安価な宿泊目的の旅行が多少抑制され、高級志向の長期滞在客が相対的に増える効果も狙われています。実際、コロナ後の観光復調期においても客室単価の上昇もあって宿泊税収は伸びており、市はこの財源で住宅地の質向上プロジェクトなどを進めています。またクルーズ税については、市中心部のクルーズターミナル閉鎖(2023年発表)も相まって、大型クルーズ寄港数が減少傾向にあります。税負担+受け入れ規制により、クルーズ客による混雑は徐々に緩和しつつあります。
観光税の存在自体は旅行者にも周知され始め、「行く先々で税を払うのは当然」との意識醸成につながっています。一部では高すぎるとの批判(「観光客を締め出すのか」との声)もありますが、市は「持続可能な観光のためには必要な負担」と説明しています。
課題:税率を上げすぎると観光客が周辺都市に流れる可能性も指摘されます。実際、アムステルダム近郊の町は観光税率を低く据えて誘客を図る動きもあります。市は広域連携で税率調整を検討しています。また急増するAirbnb等の短期民泊からも漏れなく税徴収することが課題でしたが、現在はプラットフォームと連携して自動徴収する体制を整えています。KPIとしては「宿泊税収」「ホテル客室稼働率・平均価格(税引き後)」「クルーズ船寄港回数」「地域住民の観光満足度調査結果」などでモニタリングされています。
日本への示唆:日本では観光税は宿泊税(東京都・大阪市・京都市ほか)ぐらいで、欧州ほど高率ではありません。しかし観光都市の財源不足が叫ばれる中、アムステルダム並みに踏み込んだ税率設定やクルーズ課金は参考になります。クルーズ客課税は港湾使用料として導入することも可能でしょう(ギリシャも2025年に島嶼部で乗客1人最大20ユーロの新税を導入しました)。日本でも横浜港などクルーズ対応が進む中、環境負荷対策費としてクルーズ税を検討する余地があります。
バルセロナ:観光アパート免許の段階的廃止(~2028)と司法判断(2025)
背景:スペイン・バルセロナは観光客増による住宅賃貸価格高騰と住民流出が深刻で、その元凶とされた民泊(観光アパートメント)を厳しく規制してきました。2015年以降、新規の観光向けアパート営業許可を停止し、違法民泊の取り締まりも強化しています。それでもAirbnb掲載件数が増え続けたため、ついに既存ライセンスも更新せず全廃するという大胆な方針を打ち出しました。
措置:カタルーニャ州政府が2023年に住宅法の特別措置を定め、自治体が観光目的の短期賃貸を都市計画上禁止できるようにしました。これを受けバルセロナ市は2028年までに既存の観光アパート約1万件の営業許可を更新せず順次失効させると宣言しました。つまり2029年以降、市内中心部では合法的な短期観光賃貸はゼロになる計画です。新規許可はもちろん一切出さず、既存のものも5年の猶予を設けて消滅させる形です。
これに対し民泊オーナーやAirbnbなど事業者団体が「財産権の侵害だ」と訴訟を起こしました。しかし2025年3月、スペイン憲法裁判所は「住宅不足対策として正当」と市の方針を支持し、オーナー側の訴えを棄却しました。判決は「地域の観光住宅営業を許可しないことは財産権の侵害には当たらない」とし、自治体裁量を認めています。
影響と評価:この司法判断を受け、市は予定通り観光アパート廃止に向け動いています。免許を持つオーナーには代替利用(普通賃貸住宅への転用)への支援策を用意し、観光客にはホテルやホステルなど他の宿泊施設への転換を促します。効果として、2024年以降観光アパート数は減少に転じ、家賃高騰が緩和される兆しが出ています。実際、市内一部地区では住居賃料上昇率が鈍化したとの報告があります。また、民泊利用観光客が減る分、ホテル利用にシフトし経済への影響は限定的との試算もあります(もともとホテル客室拡充計画も平行して進めています)。
住民からは歓迎の声が大きい一方、民泊オーナーからは反発が残ります。ただ違約金などの罰則と厳格な巡回調査で、違法営業は激減しました。Airbnbは反対キャンペーンを展開しましたが、世論は「観光より住居を」と市の方針支持が多数です。観光業界も、民泊頼みではなく質の高い宿泊と長期滞在観光への転換に理解を示しています。
日本への示唆:日本でも住宅宿泊事業法(民泊新法)で年間180日上限など規制はありますが、観光地の中心部での民泊は禁止区域設定(用途地域規制など)に委ねられています。京都市などは厳しく制限していますが、抜本的に観光目的民泊をゼロにする決断はしていません。バルセロナの例は大胆ですが、その裏には「市民の住む町としてのバルセロナを守る」という強い理念と政治判断があります。日本でも居住環境悪化が著しい地域では、敢えて民泊許可を更新せず狭義の観光用途を排除する選択肢も議論に値するでしょう。その際、憲法上の財産権との兼ね合いが問題になりますが、公共の福祉の観点から一定の合理性があれば認められる可能性があります(実際バルセロナの判決はその論理でした)。日本で同様の措置を講じるなら、まずは都市計画法や条例で用途規制を強化し、違法民泊の罰則を引き上げ、段階的に観光客向け住宅を減らす戦略が考えられます。
マチュピチュ(ペルー):日次入場上限・時間帯入場・周遊回路の運用
背景:インカ遺跡マチュピチュは南米屈指の観光地で、狭い遺跡に観光客が集中するため過度の踏圧や摩耗が問題となりました。ユネスコからも警告を受け、ペルー政府は2019年から管理を強化しました。
措置:1日あたりの入場者数上限を設定し、通常期は4,500人、繁忙期(6~10月及び年末年始)は5,600人までに制限しました。これを超えるチケットは販売しない仕組みです。また入場時間帯指定制を導入し、朝6時から午後2時まで1~2時間刻みで入場枠を区切っています。各時間枠ごとの入場数も制限し、一度に人がなだれ込まないよう分散させています。
さらに遺跡内の見学経路を3つの一方通行ルートに分け、回遊中は逆走や立ち止まりを制限しました。ガイド帯同が推奨され、グループ行動で円滑に回るよう求めています。遺跡保護のため再入場は禁止(一度出たら再び入れない)とし、トイレは遺跡外のみ利用とするなど滞在時間もコントロールしています。現在では10の細かなコース区分がありますが、大きくは3回路に集約されます。
効果:これにより混雑ピークが平準化しました。以前は朝一番に集中していたのが、時間帯予約により午後にも人が分散しました。また最大収容人数を明確化したことで、過去のような1日7千人超えといった状態はなくなりました。繁忙期に5,600人枠をさらに超えそうな場合、臨時で午後の入場枠を増やす柔軟運用もしています。2023年時点で年間観光客はコロナ前比8割程度ですが、仮に今後増えても上限で調整可能です。遺跡の損傷リスクは軽減され、ユネスコからも一定の評価を受けています。
課題:観光客側からは「駆け足観光になった」「自由に遺跡内を巡れない」との不満もあります。一方でガイド付きで効率よく回れるというメリットもあり、満足度は概ね維持されています。KPIとしては「遺跡内の滞留時間(平均○時間で回れる)」「1時間あたりの特定エリア通過人数」「遺跡の物理的劣化度合い(石畳の摩耗測定等)」などが監視されています。今後、さらなる混雑期には上限人数を4,000人程度に下げることも検討中です。またガイドの質向上や、見学マナー(立ち入り禁止箇所に入らない等)の徹底も引き続き重要課題です。
日本への示唆:日本でも文化財エリアでの時間帯予約・定員制は活用できます。例えば混雑する寺社で時間別拝観券を売る、回遊ルートを設定するなどです。すでに京都の苔寺や修学院離宮など予約制限の例はありますが、一般観光地でも検討価値があります。また世界遺産の保全という大義名分は住民説得に使えます。屋久島縄文杉トレッキングでの入山者数管理(山岳部入山者のカウントや荒天時の入山規制)など、日本でも似た考え方はあり、マチュピチュのケースはそれを洗練・徹底したものと言えます。
ジュノー(米アラスカ):1日5隻まで(2024~)と乗客数上限(2026~)の官民合意
背景:アラスカ州ジュノーは人口3万人の町に夏季クルーズで100万人以上が訪れるクルーズ観光地です。1日に大型クルーズ船が7隻入港することもあり、港周辺や市街地の容量オーバーが指摘されました。住民から規制を求める声が上がり、訴訟や住民投票の動きも出たため、市とクルーズ業界が話し合いで解決を図りました。
合意内容:まず2024年シーズンから1日あたりの受入クルーズ船を最大5隻に制限することで業界と合意しました。つまりスケジュール調整で一日5隻を超えないようクルーズ会社が自主的にコントロールしています。さらに2026年からは乗客数での上限を設定し、日曜日~金曜日は計16,000人、土曜日は12,000人までとする取り決めを結びました。土曜を少なくしたのは元々土曜寄港が少ないからです。これらは法規制ではなく覚書(MOA)による官民協定で、違反時の罰則こそありませんが、クルーズ会社は遵守する意向を示しています。
乗客上限16,000人というのはピーク時2万人超だった現状から約20%の削減となります。業界側もこれ以上の増加は望んでおらず、上限遵守を約束しました。また、この合意には市が今後乗客課税など新たな規制措置を取らないことも含意されています(過去にジュノー市が旅客税の使途を巡りクルーズ協会に訴訟を起こされた経緯があり、和解しています)。
成果:2024年時点で1日5隻制限は守られ、港の混雑が緩和されました。2025年は暫定的に5隻+アルファの日もありますが、2026年の乗客上限完全施行に向け調整が進んでいます。住民側は半信半疑の声もあり、特に環境団体は「まだ多すぎる」と批判しますが、市観光局は「合意は大きな前進」と評価しています。1日当たり乗客数は確実に減るため、街中のピーク混雑や環境負荷(ゴミ・排水等)は軽減される見込みです。またクルーズ会社側も寄港数を適正化することで一人当たり消費額を上げる戦略に転換しており、地域経済にもプラスとの分析があります。
課題:合意ベースのため法的強制力が弱い点です。景気変動で業界が破った場合の対応が明確でなく、今後住民グループは法制化も視野に入れています。KPIとしては「年間クルーズ旅客数(150万人→抑制目標150万以下維持)」「ピーク時市内滞留者数」「住民観光許容度アンケート結果」などが重要です。現在、住民有志はさらに「週1日はクルーズなしの日を作れ(Ship-Free Saturdays)」との住民投票を目指して署名活動をするなど、より厳しい措置を求める声もあります。市は業界と良好関係を保ちつつ、住民の声も聞く難しい舵取りを迫られています。
日本への示唆:日本の港湾都市(横浜、長崎、石垣島など)でもクルーズ急増がありますが、国主導でない限り港湾管理者である自治体が独自に隻数制限するのは難しい状況です。ただし石垣島では受入上限(1日2隻)を決めたり、環境協力費を徴収する動きもあります。ジュノーの例は業界との協調的アプローチであり、敵対ではなく交渉で合意点を探る方法として参考になります。特に日本でもクルーズ協会と協議の場を持ち、寄港調整のガイドラインを作ることは現実的に可能でしょう。将来的に日本全国でクルーズ客が急増する場合、法令による一律規制(例えば寄港地の混雑度に応じた寄港許可制)も検討課題になるかもしれません。
(参考)ギリシャ:クルーズ課徴金(2025~)等の動向
※ギリシャでは2025年7月から、クルーズ船乗客に対し季節・港別の「持続可能観光」課徴金を導入しました。サントリーニ島やミコノス島ではピーク期1人20ユーロ、オフ期4ユーロ、その他港は5.5ユーロ(約870円)/人(ピーク期)など細かく設定されています。年間約55億円の税収を見込み、港湾設備や上下水道整備に充当する計画です。エーゲ海の小島に巨大小町が押し寄せる構図は日本の離島にも通じるものがあり、財源確保策の一例として注目されます。
5. 施策カタログ(表で俯瞰)
オーバーツーリズム対策として取り得る主な施策を、その狙い・コスト・難易度・副作用・KPI例と併せて一覧表にまとめました。自地域の課題に即して、複数の手段を組み合わせる際の参考にしてください。
| 施策 | 狙い | 導入コスト帯 | 実装難易度 | 副作用・リスク | KPI例 |
|---|---|---|---|---|---|
| 価格措置(入域税、入山料、宿泊税等) | 来訪需要の抑制・分散、財源確保 | ★★☆(電子徴収システム開発等の費用、周知コスト) | ★★☆(法的手続き要、関係者調整) | 観光客減少による経済影響。徴収漏れ・不正の懸念 | ・入域者数の前年比増減率 ・税収額と充当事業数 ・住民支持率(アンケート) |
| 予約・人数上限(事前予約制、日次定員) | 一日の集中緩和、安全確保 | ★★☆(予約サイト構築、人員配置) | ★★☆(技術導入と運用管理) | 予約煩雑による利用者離れ。転売・偽予約の恐れ | ・ピーク時入場者数の変動率 ・ノーショウ率(予約無断不履行) ・キャンセル待ち発生数 |
| 時間帯規制(夜間立入禁止、入替制) | 特定時間の混雑・迷惑行為防止 | ★☆☆(看板設置、広報程度) | ★☆☆(条例制定は必要だが運用平易) | 規制時間外に集中が移動する恐れ。遵守監視コスト | ・規制時間帯の人出数変化 ・迷惑行為苦情件数 ・警察・清掃出動回数 |
| 行為規制(路上飲酒禁止、写真撮影禁止など) | マナー向上、生活環境保全 | ★☆☆(周知啓発費、監視人件費) | ★★☆(条例制定、取締り必要) | 取り締まりの徹底度次第で形骸化リスク。観光客の不満可能性 | ・違反警告/摘発件数 ・対象行為に関する苦情数 ・規制周知度(観光客アンケート) |
| 交通管理(乗入規制、P&R、迂回路設定) | 交通混雑・環境負荷軽減 | ★★★(駐車場整備や交通システム費) | ★★☆(利害調整必要、技術導入) | 周辺地域への転嫁(別の渋滞発生)。利便性低下による不満 | ・エリア内交通量/渋滞長 ・公共交通利用率 ・大気汚染物質濃度 |
| 分散誘導(周辺観光地プロモーション) | 観光客の空間的分散 | ★★☆(マーケ費、人材育成費) | ★★☆(広域連携の調整必要) | 周辺も観光地化で新たな環境負荷発生。メイン観光地収入減 | ・主要スポット占有率の変化 ・周辺地域来訪者数 ・満足度(主従両エリア比較) |
| 情報提供(混雑情報発信、マナー啓発) | 自主的な訪問調整・マナー向上 | ★☆☆(アプリ開発やサイン制作費) | ★☆☆(既存ツール活用で容易) | 情報浸透率に限界。過度な忖度を期待できない可能性 | ・混雑情報アクセス数 ・多言語案内リーチ数 ・リピーターのマナー評価 |
※コスト帯:★☆☆(低)~★★★(高)、難易度:★☆☆(容易)~★★★(困難)で概略評価。副作用は想定される負の影響。
※価格措置の法定外税は導入まで2年程度要する場合あり。予約・情報系はDX(デジタル変革)の一環として補助金活用可能。
※KPI例はモニタリングの一例。施策目的に応じて適切な指標と目標値を設定する。
6. 導入手順(実務フロー)
オーバーツーリズム対策を実行に移す際の標準的な手順を示します。現場ごとに事情は異なりますが、以下の流れで進めると抜け漏れが少なくなります。
- 課題の定義と目標指標の設定: まず自地域で何が問題になっているか明確化します(例:「〇月〇日の連休に観光地周辺で交通マヒ」「ゴミの放置が週末◯kg発生」等)。その上で目指す姿を関係者で言語化し、KPI/KGIを設定します。例:『ピーク時の歩行者通行量を前年比▲20%に抑制』『3年後に住民観光満足度◯点向上』など数値目標を決めます。
- 現状計測とボトルネック分析: データに基づき課題の原因を深掘りします。来訪者の時系列・動線データ、交通量統計、ゴミ回収量、SNS苦情投稿などを収集分析します。可能であれば混雑がひどい時間帯に現地観察し、「どこで詰まっているか」「誰が迷惑行為をしているか」等を確認します。この段階で定量データ(観光統計、アンケート)と定性データ(現場ヒアリング)を組み合わせ、対策の優先順位を洗い出します。
- 利害関係者との協議と方針共有: 地域住民、観光事業者(宿泊・飲食・交通など)、DMO・行政職員などで協議会を持ちます。課題認識と目標を共有し、可能な解決策の案出しを行います。対立する利害(例:観光客減は困る vs 生活環境守りたい)がある場合は、この場で事実データに基づく対話を重ねます。必要に応じ第三者のファシリテーターや専門家を入れ、公平な議論環境を整えます。
- 施策パッケージの設計(制度設計): 協議の成果を踏まえ、具体的な対策案を組み合わせた基本計画を作ります。ここでは対象(誰に何を制限/提供するか)、料金(金額設定や徴収方法)、免除(例外規定)、罰則(違反時対応)、財源(費用負担と予算措置)、実施主体(どの組織が運営するか)、期間(試行期間や見直しサイクル)といった項目を盛り込みます。例えば「入島税なら金額○円・フェリー会社徴収・市条例制定」「予約制ならWebシステム構築・当日受付枠○%設置」など詳細を詰めます。この段階で国の補助制度活用も検討し、申請の準備をします。
- 合意形成と正式決定: 作成した計画案について、パブリックコメントや説明会で広く意見を求めます。観光客への影響が大きい施策なら旅行業界等への説明も必要でしょう。寄せられた意見を踏まえ、実施内容を最終調整します。自治体の場合、必要な場合は議会での条例審議を経て正式決定します(価格措置なら税条例制定、行為規制なら迷惑防止条例改正等)。議会向けには費用対効果や他地域の事例も提示し、理解を促します。
- 実施体制整備(システム・人員等): 実行に向けた準備段階です。例えば予約・課金システムをベンダーに発注して構築する、現場誘導員や監視員を採用・研修する、多言語の案内サインやパンフレットを作成する、関係機関(警察・港湾・公共交通など)と連絡体制を築く、といった具体の体制作りを行います。初期費用の概算を立て、必要に応じ補助金や予算措置を執行します。この段階で広報も開始し、公式サイト・SNS・旅行会社への通達などで施策開始を周知します。
- 試行・暫定運用: 可能であれば社会実験として短期の試行を実施します。例えばピーク期の1か月だけ予約制運用してみる、繁忙日のみ交通規制してみる、といった措置を講じ、現場で問題ないか検証します。試行結果を受けて細部を修正し、本格施行に備えます。やむを得ず一発本番の場合でも、最初の数週間は暫定運用期間として柔軟に対応できるようにします(この期間は指導中心で罰則は猶予する等)。
- 成果の検証・定期改訂: 実施後は設定したKPIをモニタリングし、目標達成度を評価します。例えば入域者数が狙い通り減ったか、混雑ピークが何%緩和されたか、住民アンケートで不満が改善したか等を測定します。結果は年次報告として公表し、住民・事業者とも共有します。そして必要に応じて制度の微調整(料金の増減、期間延長、規制内容変更など)を行います。特に初年度は未知の要素も多いため、得られたデータを分析して翌年度計画に反映します。このPDCAサイクルを回し続けることで対策の精度を高め、持続可能な運用につなげます。
以上が一般的な導入手順です。内部稟議用のチェックリストとしては、以下の論点をカバーしているか確認すると良いでしょう。
- 法的根拠の確認: 導入策は法律・条例上問題ないか(要条例制定事項は何か)。
- 財務見通し: 初期コスト(システム開発○○万円、人件費○○万円など)と継続費用(年○○万円)、財源(観光庁補助○割、自主財源○割など)。
- 関係者調整状況: ○年○月に協議会開催済み、事業者組合から了承取得済み等。
- リスク対応: 反対意見や想定される抜け道にどう対処するか(例:抜け道には監視カメラ増設)。
- KPI設定: ○年までに△△指標を○○%改善など明記されているか。
これらを盛り込んだ上で決裁を得て、実行に移しましょう。
7. 成果測定と公開
対策を講じた後は成果を定量的に測ることが重要です。具体的なKPI例を挙げます。
- ピーク分散率:一日のうち最繁忙時間帯の来訪者数が全体に占める割合を指標化(例:ピーク1時間に全体のX%が集中 → これを減少させる)。
- 平均滞在時間:観光客の滞在時間が延びれば混雑ピークが平準化している可能性が高い。対策前後で日帰り客の割合や滞在時間中央値を比較。
- 住民満足度:定期的なアンケート調査で「観光受入に対する満足度」や「観光による迷惑度」をスコア測定。対策後に向上しているか確認。
- 混雑苦情件数:自治体や観光協会に寄せられる苦情(「人が多すぎる」「騒音がひどい」等)の件数を集計し減少傾向か追う。
- 廃棄物発生量:主要観光スポット周辺のゴミ収集量や、美化清掃回数など環境負荷に関するデータ。観光客1人あたり排出ごみ量も算出可能。
- 公共交通遅延:観光客で混雑するバス・電車の定時運行率や遅延時間を指標に。遅延が減れば交通混雑改善の証左。
- 地域経済還元額:観光税収や寄付金、または観光客消費額から地元にもたらされた金額を推計(対策で減収になっていないか確認)。
これらKPIをダッシュボード化してリアルタイムに近い形でモニタリングする自治体もあります。例えば○○市では観光客の混雑度、シャトルバス利用者数、騒音計測値などをWebで公開しています。透明性ある情報発信は住民の信頼につながり、観光客にも混雑避け行動を促せます。
また年次レビューを実施し、「今年度の目標に対し達成度○%、来年度は○○を強化」等と総括します。成果が出ていれば住民に報告・称賛し、課題が残れば改善策を示します。このサイクルにより、対策は時勢に合わせ弾力的運用していくことが肝要です。例えば、観光税額や入場上限人数も経済状況や環境状況に応じ季節・年次で調整する柔軟さが望まれます。
さらに国際観光の世界では不測の事態(パンデミックや自然災害等)も起こり得ます。そうした際に一時的に対策を緩和・停止したり、新たな仕組みに移行したりするコンティンジェンシープラン(緊急時対応計画)も用意しておくと安心です。
最後に、成果を共有・展開することも忘れてはなりません。自地域の成功事例や教訓は全国・海外の他地域にとって貴重な参考になります。学会や観光庁の事例集等で積極的に情報発信し、ネットワークを築くことで、より高度な次の施策へのヒントも得られるでしょう。
8. よくある失敗と回避策
オーバーツーリズム対策はやって終わりではなく、設計不備や運用ミスによる失敗例も見受けられます。以下によくある失敗パターンと、その回避策を整理します。
- (1) 収入の不透明さ → 住民の反発
失敗例: 入場料を導入したが収支報告が不十分で、住民から「観光客から金を取るだけ取って何に使った?」と不信感を招いた。
回避策: 用途の見える化を徹底します。例えば「徴収○円でトイレ◯箇所増設」「地元祭りに還元」など具体例を広報します。第三者委員会で評価・監査し公開するのも有効です。宮島訪問税では予算・決算に活用事業を明示し、広報紙やWebで報告しています。 - (2) 罰則を設けたのに現場で未運用
失敗例: 条例で違反に罰金規定を入れたものの、結局誰も摘発せず形骸化。違反者も「どうせ罰せられない」と侮って遵守しない。
回避策: 初期段階で見せしめ的な執行も辞さない姿勢を示します。少なくとも悪質事例には一度適用し報道されれば抑止力になります。罰則を乱用せずとも、現場指導で未然に是正→それでも従わぬ場合は実際に適用、という段階を踏みましょう。渋谷区も最初の週末に大量の注意を行い、従わない場合は警察出動もあり得ると示唆したことで、その後の違反が減ったと言います。 - (3) 案内不足によるルール周知不徹底
失敗例: 多言語案内が遅れ、外国人観光客には新ルールが知らされず現場でトラブル。予約必須を知らず来訪して揉める等。
回避策: 多言語・多経路での事前周知を徹底します。公式サイトの他、旅行会社・OTA・ガイドブック・在外公館などあらゆる経路で情報提供しましょう。現場でも英語・中国語などの看板設置や、ピictogram(絵文字)による視覚的注意喚起を充実させます。また初期は情報不足による誤違反は柔軟に対応し、「次回から気を付けてね」と寛容な姿勢も大切です。 - (4) 抜け道の放置
失敗例: 特定エリア課金を導入したが、課金所を避ける裏道から侵入する人が後を絶たず、真面目に払う人だけ損をする形に。
回避策: 抜け道を事前に想定して塞ぐことです。物理的遮断(フェンスや監視)や制度上の網掛け(例えば富士山で全4ルート統一料金にしたのは一部ルート無料だとそちらに殺到するためでした)。完全封鎖が無理でも、抜け道利用者へのペナルティを科す(例えば発覚時は通常の数倍料金徴収など)規定を作っておくとよいでしょう。 - (5) 対策の点打ち(単発)で効果相殺
失敗例: 課金だけ導入したが予約制と連動せず、結局混雑は減らないまま入域料だけ取っている状態に。あるいは車両規制だけしたら代わりに歩行者や自転車が溢れ混乱、等。
回避策: 組み合わせ設計が肝です。価格×数量制限、規制×代替措置提供などワンセットで考えます。例えば車両乗入禁止にするなら代わりのシャトルバスを用意する、課金するなら予約制もセットでピーク数抑制と安全確保も同時に行う、といった具合です。複数策の相乗効果で成果を高めましょう。
以上のように、「規制したら終わり」ではなく運用面での詰めが成功の分かれ目です。現場スタッフとも充分議論し、「この対応は現実的に可能か」「抜け穴はないか」を洗い出しておきましょう。
9. すぐできる10アクション(短期施策)
最後に、予算や合意形成に時間がかかる大掛かりな対策以外にも、比較的短期間で実施可能なアクションを10個挙げます。どれも明日から着手できる施策です。
- ピーク時間帯モデルコースの提示: 観光案内所やウェブで「午後の〇時~〇時はこのエリアが混雑するので、別ルートの散策はいかが?」と具体的な代替コースを提案。旅行者に混雑回避の選択肢を与える。
- 社会実験の期間限定実施: 例えば「紅葉シーズンの週末だけ予約制入場を試行」「繁忙期に限り一部道路歩行者天国化」など短期実験を行い、効果と課題を測定する。成功すれば本格導入へのステップになる。
- 重点エリアでの取締り強化キャンペーン: ハイシーズンに合わせて警察・自治体職員・ボランティアが連携し、路上喫煙や迷惑駐車など特定迷惑行為を集中的に取り締まる期間を設定。メリハリある執行で抑止効果を高める。
- 多言語サイン・マナーガイドの刷新: 観光地の掲示やパンフレットを点検し、不足している多言語表示や案内を増強。ピクトグラムやイラストを用いて直感的にマナーが伝わるツールを作成する(例:「写真撮影OK/NG」マップなど)。
- リアルタイム混雑情報の提供: 既存の人流データやSNS投稿量などを使い、現在の混雑度を「空きあり・やや混雑・非常に混雑」などウェブ上で表示。可能なら主要スポットにWEBカメラ映像を公開し、訪問者が事前に混み具合を把握できるようにする。
- 周辺観光地との周遊促進: 近隣のまだ余裕ある観光地と連携し、共通クーポンやスタンプラリーを実施。メイン観光地を訪れた人に周辺も巡ってもらう誘導策で、人出を広域に分散する狙い。例えば温泉地なら隣町の博物館半額券を配布など。
- 路上利用ルールの周知期間: 特定イベント前に「〇月×日はここで飲酒禁止・車両進入禁止」と告知チラシを配布したり、駅や空港でアナウンス。事前に知らせるだけで抑制効果が出ることも多い(旅行者は知らずに違反することもあるため)。
- 観光客と地域住民の交流イベント: 混雑とは別軸だが、住民が観光客に敵意を抱かないよう「一緒に清掃活動」「伝統文化体験会に観光客招待」など交流の場を作る。相互理解が進めば観光公害への不満も和らぎやすい。
- プラットフォームとの協業: Google Maps等に混雑時期の警告表示を出してもらう、OTAサイトで予約者に事前注意メールを送ってもらうなど、民間プラットフォームの力を借りる。短期間でもキャンペーン的に実施可能。
- 現場スタッフからのフィードバック収集: 清掃員や交通整理員など現場で対応する人々を対象に、簡易なヒアリングやアンケートを行い「どの時間・場所が辛いか」「どんな迷惑行為が多いか」を洗い出す。即効策ではないが、次の一手を考える上で貴重な知見が得られる。
以上のような小さなアクションの積み重ねも、着実に効果を上げます。「できることからすぐ実行」の姿勢で、持続可能な観光地づくりに向けた第一歩を踏み出しましょう。
出典・参考リンク
- 観光庁 「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた取組」(対策パッケージ全文・モデル事例集 等)mlit.go.jpmlit.go.jp
- 観光庁 「持続可能な観光推進事業」 公募・採択情報(令和5~7年度)mlit.go.jpmlit.go.jp
- 富士登山オフィシャルサイト 「2025年 富士登山をされる全ての方へ」(吉田口予約・全ルート通行料等)fujisan-climb.jpfujisan-climb.jp
- 関東地方環境事務所 「2025年夏期の富士山登山者数について」(登山者数統計と新ルールの影響)kanto.env.go.jpkanto.env.go.jp
- 竹富町 「西表島の一部フィールドにおける利用人数制限」(5エリア上限人数・申請方法)iriomote-ecotourism.jptown.taketomi.lg.jp
- 西表島エコツーリズム推進協議会 「立入制限フィールド申請手続き」(ガイド条件・手数料500円 等)iriomote-ecotourism.jpiriomote-ecotourism.jp
- 廿日市市 「宮島訪問税の概要」(100円課税の趣旨・徴収方法・活用事業)city.hatsukaichi.hiroshima.jpcity.hatsukaichi.hiroshima.jp
- nippon.com記事 「NO! 路上飲酒 環境悪化、渋谷で禁止」(渋谷区条例改正とパトロールの様子)nippon.comnippon.com
- 渋谷区議会 会議録(令和6年第4回定例会)(路上飲酒禁止の経緯と区域拡大)newsdig.tbs.co.jp
- Euronews “Venice’s daytripper fee raised €5 million in 2025, but did it curb overtourism?”(ヴェネツィア入市料の試行結果)euronews.comeuronews.com
- Venezia Unica公式 「What is the Venice Access Fee」(2025年試行終了告知)cda.veneziaunica.it
- Amsterdam市公式 「Tourist tax rates 2025」(宿泊税12.5%、日帰り税€14.50)amsterdam.nl
- Reuters 「Spain's top court backs Barcelona's plan to ban holiday apartments」(バルセロナ民泊免許全廃方針の合憲判断)reuters.comreuters.com
- AvesTravelsブログ 「Visit Machu Picchu - Rules 2024」(マチュピチュ日次上限4500/5600人)avestravels.comavestravels.com
- KTOO “Juneau has negotiated a limit on cruise passengers”(ジュノー市とクルーズ業界のMOA内容)ktoo.orgktoo.org
- Alaska Public “Juneau advocates try new petition to limit cruise tourism”(住民投票運動の背景)
- TravelPirates 「Greece Starts Charging Cruise Passengers a Tourist Tax」(ギリシャ新クルーズ税:島別1~20€)travelpirates.comtravelpirates.com
- 世界観光機関(UNWTO) 『“Overtourism?” Understanding and Managing Urban Tourism Growth』(2018年9月発表)en.wikipedia.org
- WTTC・McKinsey 『Coping with success: Managing overcrowding in tourism destinations』(2017年)