国際情勢 経済・マクロ分析

台湾有事シミュレーション最新総まとめ(2025年版)

結論サマリー: 中国による台湾への大規模な軍事行動(「台湾有事」)のシミュレーション結果は、一見対照的なシナリオでも共通して膨大なコストとリスクが伴うことを示しています。全面侵攻シナリオでは、米日台側は辛くも台湾を守り切る一方、艦船・航空機・兵員に甚大な損失を出し、台湾の経済基盤も壊滅的打撃を受けます。一方で封鎖シナリオは一見侵攻より緩和策に見えますが、長期化すればエスカレーション圧力が高まり、いずれ全面戦争に発展する危険を孕みます。限定的な離島占拠シナリオも台湾世論を硬化させ米軍介入を誘発しかねず、中国にとって「低コストの選択肢」は存在しないといえます。消耗戦が長期化すれば核使用の誘惑も現実味を帯び、戦争は制御不能な段階に至る可能性があります。したがって、現時点で各国が取るべき対策は、これらシミュレーションの教訓を踏まえ同盟の結束強化、備蓄・生産力の向上、基地・社会の耐久性向上など多岐に及びます。台湾有事は軍事のみならず経済・国際秩序全体に深刻な影響を与えるため、抑止力強化と危機管理策の優先的実行が急務です。

要点(Key Takeaways):

  • 大規模侵攻の撃退は可能だが代償は甚大: 主要ワーゲームでは、中国軍の台湾本島上陸侵攻は米日台の協力で阻止可能とされる一方、その対価として米軍は空母2隻を含む多数の艦艇・航空機を喪失し、死傷者は数万人規模にのぼりました。台湾軍も主力艦艇を喪失し、経済は壊滅的打撃を受けます。
  • 封鎖は「安価な選択肢」ではない: 中国による海空封鎖シナリオでは、当初は軍事力を抑えた「灰色地帯」手法も可能ですが、エネルギー不足が数週間で台湾を追い詰め、米国が護送船団を派遣すれば大規模交戦に発展します。ワーゲームは封鎖作戦でも双方に数千人規模の死傷者と多数の艦艇・航空機損耗が発生し、結果的に侵攻に匹敵するコストを中国に強いると示唆します。
  • 離島占拠・限定攻撃も高リスク: 澎湖諸島や東沙島等の限定占領は中国にとって比較的達成容易にみえますが、台湾の士気と国際世論を硬化させるだけで戦略的利益は限定的です。台湾有事研究では「澎湖陥落は本島攻略に直結する」との指摘もあり、台湾側は離島防衛も死守する構えです。
  • 長期化すれば核エスカレーションの恐れ: 両陣営が決定打を欠き消耗戦が続く場合、中国指導部が限定的核攻撃の示威に訴える可能性が浮上します。米シンクタンクの研究では戦術核の応酬が発生しても全面核戦争に至らないシナリオが描かれ、同盟分断や譲歩を狙う中国の核威嚇に米側の対処が困難との指摘があります。
  • 経済への衝撃は世界規模: 台湾有事は半導体供給停止や海上交通遮断を招き、世界GDPの一時的な10%減(約10兆ドル損失)という推計もあります。台湾は初年にGDP4割減、中国も約17%減と大恐慌級の打撃となり、世界的にインフレ・貿易崩壊・金融危機の引き金となりえます。
  • 共通の勝敗条件は「兵站と制空制海」: 全シナリオを通じ、ミサイルによる航空基地攻撃への耐性(基地防護)と対艦火力による制海権確保が勝敗を左右します。台湾有事では「開戦後の増援は困難」であり、開戦時に両陣営が確保するミサイル・弾薬・燃料の備蓄量が戦局を決定づけるとの共通認識が得られました。
  • 抑止と対応策の優先順位が明確化: シミュレーションから浮かぶ政策含意として、対艦ミサイル増備や予備役動員強化など台湾自身の「針鼠化」策に加え、米日の基地分散・強靱化、極超音速兵器開発、同盟国との共同訓練計画など具体策が列挙されています。経済面ではエネルギー・サプライチェーンの分散戦時経済統制の準備も急務です。
  • 前提条件次第で結論は変化: いずれのシナリオも前提(米軍介入の有無、開戦年次、在日米軍基地使用可否、兵站備蓄量など)により結末が大きく変わりえます。例えば米国が参戦しないケースでは中国侵攻成功の可能性が飛躍的に高まる一方、中国が内政不安や他戦線で消耗した状況では台湾側の抑止力が増すなど、不確実性も強調されています。

直近の動向(2025年時点アップデート)

2024年から2025年にかけて、台湾有事に関する新たな分析とシナリオ検討が相次ぎました。特に封鎖戦術核エスカレーション長期戦に焦点を当てた最新研究は、従来の侵攻シナリオだけでは見えにくかったリスクと課題を浮き彫りにしています。

  • 封鎖シナリオの定量分析(2025年): 米戦略国際問題研究所(CSIS)は2025年7月に「Lights Out?」報告書を公表し、中国が台湾を包囲封鎖するシナリオを26回にわたり検証しました。結果、海上封鎖は低強度でも数週間で台湾のエネルギーを枯渇させる一方、封鎖自体がエスカレーションを招きやすいことが確認されました。ゲームの一部は米軍が関与しない想定で行われ、台湾単独では中国軍の一部軍事封鎖(潜水艦・機雷使用)に対し輸送船の4割が撃沈される結果となり、米軍抜きでは封鎖突破が困難との示唆が得られています。また米軍が介入した場合でも、護送船団作戦により台湾への物資補給は可能になるが、米軍艦艇・航空機の損耗が極めて大きいシナリオが多く、高コストであることが示されました。
  • 核リスクとエスカレーション管理(2024年末): 2024年12月のCSIS報告「米中対立における核抑止ワーゲーム」では、台湾有事が一定条件下で戦術核兵器の限定使用に至るシナリオが検討されています【注: 後述】。この研究は、中国が通常戦闘で劣勢に陥ると限定的核攻撃で事態打開を図る誘惑がある一方、核使用が発生しても必ずしも全面核戦争には至らず、局地的な核応酬に留まる可能性を指摘しました。米国側のジレンマとして、同盟国(日本など)が核攻撃を受ける事態で報復戦略に意見の不一致が生じ、対中抑止の一環としての同盟維持が一層重要になると分析されています。
  • 長期消耗戦のシナリオ検討(2025年): 米ランド研究所(RAND)は2025年2月に「9つのシナリオから考える米中長期戦」を出版し、台湾有事が短期決戦に終わらず紛争が長期化する複数のパターンを提示しました。ここでは、東アジア以外の危機(例えば中東や欧州)との同時発生や、米中が台湾周辺で持久戦に突入するケースが描かれています。特に「限定目標で停戦」や「講和工作失敗による戦線拡大」といったシナリオも考慮され、外交的オフランプ(出口戦略)の必要性と不測のエスカレーション管理の課題が示されています。
  • 経済モデルからの示唆(2024–2025年): 経済分野でも台湾紛争の影響分析が深化しました。2024年1月、ブルームバーグ・エコノミクスは「中国が台湾侵攻した場合、世界経済に10兆ドル規模の損失」との推計を公表し、同年のウクライナ戦争やコロナ禍を遥かに上回る世界GDP約10%減という衝撃的な数字が注目されました。また2025年2月の米セントルイス連邦準備銀行レビューでは、歴史的事例から台湾有事を分析し、資本市場の安全資産逃避、国際貿易の寸断、物価高騰と債務膨張など長期的な経済歪みが予想されると指摘しています。

以上の最新動向から浮かぶのは、台湾有事の様相が多層化していることです。かつては「中国の全面侵攻 vs. 米軍の介入」の一点に議論が集中していましたが、現在は封鎖や限定攻撃といった中間的シナリオや、核・経済面の波及にまで分析の射程が広がっています。以下では、まずシミュレーションの種類と前提条件を整理し、続いて主要シナリオ別に結果を比較します。

シミュレーションの種類と前提条件

台湾有事に関するシミュレーション研究は、大きくテーブルトップ演習(TTX)作戦級ワーゲームキャンペーン分析、そして経済モデルのカテゴリーに分けられます。それぞれ手法と目的が異なり、結果の解釈にも注意が必要です。

  • テーブルトップ演習(TTX): 政府やシンクタンク、軍事専門家が地図上やテーブル上で状況設定と意思決定を模擬する演習です。通常、複数のチーム(例: 中国側、台湾側、米国側など)に分かれ、限られた時間で戦略判断を下します。TTXは参加者の意思決定や政策対応に焦点があり、定量的な損害計算よりも決断の連鎖と外交的駆け引きを重視します。例えばCNAS(新アメリカ安全保障センター)が2022年に実施した「Dangerous Straits」では、2027年の台湾危機を想定し、中国のジレンマ(米軍基地を攻撃すべきか否か)や米側のエスカレーション抑制策が議論されました。この種の演習は現実の政策立案者への教訓を引き出す狙いがあります。
  • 作戦級ワーゲーム: こちらは軍事ユニットの動きや戦闘結果をある程度定量化して扱うシミュレーションです。CSISが2023年に行った「First Battle of the Next War」が典型で、24回におよぶ戦闘シナリオを実施し、各回で航空機・艦艇の損失や上陸成否を集計しました。作戦級ゲームでは地形・兵器性能・後方支援など細部を再現し、勝敗条件(例えば“中国軍が一定期間内に台北を占領できるか”)に照らして結論を出します。ただし、完全な再現は不可能なため、特定の前提(開戦年や両軍戦力数値など)に依存することに留意が必要です。
  • キャンペーン分析: これはコンピュータシミュレーションや作戦研究により、戦役全体の進展を分析する手法です。ランド研究所の長期戦シナリオ分析などは、複数のキャンペーン(戦役)にわたる戦略的消耗や増援シナリオを検討しています。キャンペーン分析は軍事作戦と外交・国際世論の相互作用にも言及し、戦争の終結条件他地域への波及まで含めて考察するのが特徴です。これにより、「勝者不在の持久戦」「介入抑止による停戦」など、ゲーム結果だけでは見えない展開を想定できます。
  • 経済モデル: 経済シミュレーションは軍事衝突のマクロ経済・サプライチェーンへの影響を推計します。主に既存の経済統計データと過去の有事事例から、貿易縮減率や市場反応をモデル化します。例えば前述のブルームバーグの試算では、半導体供給停止や海運停滞による各国GDPの減少率が算出されました。経済モデルは軍事的前提(戦争期間や破壊規模)によって結果が変動するため、軍事シナリオとの組み合わせが重要です。セントルイス連銀の分析は中国が開戦前に外貨資産を売却して制裁逃れを図る可能性まで踏み込み、金融市場の動揺も議論しています。

以上のように、多様なシミュレーションが相互補完的に台湾有事の姿を描いています。しかし、これらには共通の前提条件がある点にも注意が必要です。主要な公開シミュレーションでは、概ね以下の前提を共有しています。

  • 開戦年と戦力バランス: 多くのシナリオは現状から数年以内(2026–2030年頃)を想定しています。これは中国人民解放軍(PLA)の近代化目標や米国の抑止戦略上のタイムラインに基づくものです。「2027年」がしばしば取り沙汰されるのも、PLAが建軍100周年(2027年)までに台湾侵攻能力を整える可能性があるとの見立てからです。従って、シミュレーションの戦力数値も2020年代後半の予想配備量を基準にしています。
  • 同盟国の関与: 米国の台湾防衛への関与は明示されていないが極めて蓋然性が高いという立場が一般的です。実際の米政府は「戦略的曖昧さ」を公式立場としていますが、多くのゲームでは米軍が参戦する前提で進められます。また日本の役割についても、米軍の在日基地使用や自衛隊の後方支援を最低限見込み、さらにシナリオによっては日本が防衛出動で戦闘参加するケースも扱われます。オーストラリアやフィリピンは直接戦闘には加わらずとも基地提供や哨戒協力で関与、NATO欧州諸国は軍事関与せず経済制裁のみというのが標準的な仮定です(欧州については後述の通り、防衛面で間接的影響が議論されています)。
  • 兵站と増援: 「ウクライナモデルは台湾では通用しない」という認識が専門家の共通見解です。台湾は島嶼であり、戦闘が始まれば外部からの装備・弾薬補給は原則不可能です。CSISの侵攻シミュレーション報告は「台湾が戦う武器弾薬は開戦時に手元にあるものに限られる」と強調しました。このため、ゲームでは台湾側のミサイル・燃料備蓄量を現状より増強した値に設定したり、米日が事前に戦力前方展開している前提を置く場合があります。逆に中国側も短期決戦の在庫を持つ一方、長期戦となれば兵器やミサイル在庫が尽き補充困難という制約が組み込まれます。
  • 国内外世論と法的環境: シミュレーション上は国内政治や国際法の要素は簡略化されがちです。例えば中国が封鎖を宣言する際の法的口実(国内法や海上封鎖の国際法適用)、米大統領が議会承認なく軍事介入する是非、日本の集団的自衛権発動の国内判断など、実際には重要な論点もゲーム内では「発動済み」という前提で処理されます。ただ、これらは戦闘の制約条件として一応織り込まれています。封鎖シミュレーションでは最初中国海警や海上民兵による臨検から始め、即座にミサイル戦に移行しないよう段階を追わせたり、米国も核使用閾値を明確に設定して初期には核を排除するなど、政治的制約をルール化しています。

以上の前提条件の下、次章より各シナリオの結果を比較検討します。なお比較軸として重要なのは、(1)紛争の期間軸、(2)地理的範囲(台湾本島か周辺か)、(3)参戦国の範囲、(4)エスカレーション段階(通常兵器限定か核含むか)です。これら軸に沿って、「上陸侵攻」「封鎖」「限定攻撃」「長期戦(核含む)」の4タイプを順に見ていきます。

シナリオ別の結果と比較

1. 上陸侵攻シナリオ(大規模 amphibious 攻勢)

作戦展開: 上陸侵攻シナリオは、もっともストレートに中国人民解放軍が台湾本島に対し大規模な強襲上陸作戦を実施するケースです。典型的には中国沿岸から数百隻の輸送船団が台湾海峡を渡渉し、同時にミサイル飽和攻撃と空挺降下、ヘリボーンによって台湾防衛軍を麻痺させ、主要港湾・空港に橋頭堡を築こうとします。シミュレーションの多くは開戦直後に中国が台湾全域の空軍基地・レーダーサイト・艦艇にミサイル攻撃を加え、台湾側は残存戦力で必死に制空権・制海権を争う展開で始まります。米軍は初動で日本やグアムの基地から長距離攻撃(B-1/B-52爆撃機や潜水艦の長距離対艦ミサイル)を行い、中国の揚陸艦隊やミサイル発射基地を叩きつつ、第7艦隊の空母打撃群が急行して台湾周辺に展開する筋書きです。日本も在日米軍基地への攻撃があれば防衛出動し、中国艦隊・航空機への迎撃や洋上補給支援を担う想定です。

損耗と戦果: CSISが公表した24回の侵攻戦ゲームの集計によれば、3週間程度の主要戦闘期間で日米台側・中国側とも史上稀に見る損害を被りました。平均的な結果では、米軍は空母2隻喪失、その他の水上艦船も10~20隻前後を失い、約3,000名以上の兵員が戦死するとされます。また米空軍・海兵隊機数百機が撃墜されました。日本も中国のミサイル攻撃や空中戦で戦闘機100機以上、護衛艦20隻以上を喪失し、自衛隊員数百名規模の死傷者が出る試算でした。一方の中国軍も損害は凄まじく、上陸に参加した10万人規模の兵力のうち1万名以上が戦死、投入艦艇の大半(強襲揚陸艦・輸送艦を含む約140隻)と戦闘機・爆撃機155機以上が失われました。中国海軍は「壊滅状態」となり、制海権は完全には取れずじまいという結果が多かったのです。台湾軍も抵抗の代償として海軍主力艦艇(駆逐艦・フリゲート約26隻)をほぼ全て失い、空軍機も多数が地上破壊されるなど戦力の大半を消耗しました。台湾軍の戦死者は約3,000~5,000名規模に上り、民間人死者もミサイル攻撃等で相当数にのぼると見積もられました。

上記のような甚大な損耗を出しつつも、多くのゲームでは「中国の侵攻は撃退されたが、米台側の勝利も辛勝」という結論でした。すなわち中国軍は制海権・制空権を奪えず、台湾への大規模増援・補給に失敗し、上陸部隊は孤立して殲滅されるか、上陸そのものが途中で頓挫する結果です。しかし米台側も「勝った」とは到底言えない深刻な消耗を被り、特に米軍の空母喪失という事態は第二次大戦以降経験したことのない衝撃となります。台湾本島もインフラ破壊と戦火で経済機能が崩壊し、生産能力は壊滅的打撃を受けました。CSIS報告は「勝利は十分条件ではなく、これほどの損害を被れば米国の世界的地位も揺らぐ」と警鐘を鳴らしています。

勝敗条件と決定要因: 中国側の勝利条件は「台湾政府の降伏」か「主要都市の占領」と設定されることが多く、米台側は「中国軍の撃退(上陸阻止または撃滅)」が勝利条件となります。24回のゲーム結果では米台側が勝利(中国の侵攻失敗)が大半でしたが、その成否を分けたのが幾つかの決定的要因でした。一つは制空権の行方です。中国は開戦劈頭、数百発規模の弾道ミサイルと巡航ミサイルで台湾西岸の滑走路やレーダーを攻撃します。この際、台湾の航空基地がどれだけ耐えられるかが極めて重要です。現状、台湾の基地は掩体壕(ハーデニング)が不十分であり、多くの滑走路は数日で使用不能になる恐れがあります。CSISは米軍も含め「基地の脆弱性」が大きな弱点と指摘しており、実際ゲームでも米空軍機が日本・グアムの基地で地上撃破され初期に相当数失われる展開が頻発しました。逆に、日本や台湾の基地が分散・強靱化され、滑走路破壊から迅速に復旧できれば、自軍航空戦力を長く維持でき制空の回復につながります。

もう一つの決定因子は対艦攻撃力です。中国の上陸艦隊は大規模とはいえ脆弱な輸送艦が多く、対艦ミサイルや潜水艦攻撃に弱いのが泣き所です。シミュレーションでは、台湾が沿岸から発射する岸基対艦ミサイル(ASCM)や、米日潜水艦・艦載機の魚雷/ミサイル攻撃が何隻の輸送船団を撃沈できるかが上陸阻止の鍵となりました。例えば、米軍が長距離対艦ミサイル(LRASM)を初動で一斉射撃し、さらにB-1B爆撃機が数百km離れた上空からスタンドオフ攻撃するなどして中国の輸送艦隊を半減させる展開では、残存部隊だけでは台湾に決定打を与えられません。また台湾海峡や上陸海域に機雷を敷設し、敵の接近を遅延させることも上陸阻止に有効とされます。一方、中国側も対抗策として航空優勢下での強襲を図り、上陸前に台湾海軍艦艇やミサイル部隊を徹底的に叩こうとします。そのため台湾空軍・海軍が開戦後いかに早期に戦力を分散・温存できるかが重要です。現実には台湾側は数に劣る戦闘機で数日のうちに大半を消耗する恐れがあり、戦力保存と奇襲攻撃のバランスが難しいとされます。

さらに地上戦の持久も勝敗を左右します。仮に中国軍が初動でいくつかの橋頭堡(港湾や空港)を確保しても、台湾陸軍・海軍陸戦隊との地上戦で短期間に決着をつけられなければ、米軍増援の本格展開とともに逆上陸・包囲される可能性が高まります。台湾軍は装備規模で見劣りするものの、予備役動員や地の利を活かして市街戦・遊撃戦に持ち込めば、中国軍にとって長期の消耗戦は不利です。ワーゲームでも「中国軍が上陸成功した場合でも、部隊は海岸線付近で台湾軍の反撃に遭い膠着した」というケースが多々ありました。この場合、中国側は核や化学兵器の使用といったエスカレーションか、大規模増援(第二波上陸部隊投入)を検討せざるを得なくなります。しかし長引くほど国際介入のリスクや自国内の反戦機運も高まり、中国指導部にとっても賭けが大きくなります。

主要ワーゲーム一覧(公開ソース): 以下に主な公開情報源に基づくワーゲーム・シミュレーションを表形式で整理します。

名称(シナリオ)主催(実施機関)公表年反復回数焦点主な結論(要旨)
The First Battle of the Next War(台湾侵攻)CSIS(米戦略国際問題研)2023年1月24回中国の本島侵攻
米日台防衛
米日台が台湾防衛可能だが損害甚大。米空母2隻喪失等、
勝利しても米の地位に打撃。即時抑止強化が必要。
Dangerous Straits(台湾危機)CNAS(新米国安全保障)2022年6月1回2027年想定の高官TTX迅速な勝利は双方困難。中国は米軍攻撃の是非に悩み、
長期戦覚悟。核威慑の示威も示唆。
台湾防衛TTX 2030(Penghu奇襲含む)台北経済政治研究所(TSEPS)2025年6月報道1回2030年の全面侵攻
(東岸・澎湖奇襲)
中国が澎湖と台湾東岸を奇襲占領し一時的優位も、澎湖失陥は台湾に決死防衛を決意させる。全火力で離島防衛重要。
Lights Out?(台湾封鎖)CSIS2025年7月26回多段階の海空封鎖封鎖は低コストに非ず。台湾単独では持久困難、米介入で補給可能も
大損害。エネルギー・商船対策が急務。
Wargaming Nuclear Deterrence(核危機)CSIS2024年12月2回 (TTX)長期戦下の核使用限定核使用は現実的リスク。戦術核の応酬は可能性あるが
全面核戦争は回避も、米側の対処手薄。
Over the Brink(長期戦エスカレーション)CNAS2024年8月2回 (TTX)プロトラクテッド戦争
下の核抑止
核威嚇下の戦争継続は困難。米のエスカレーション管理能力不足、
同盟の結束が標的に。

表1:主要ワーゲーム一覧(公開ソース)。各シナリオ研究の比較。

(注: 上記は公開された報告書や報道に基づく要約であり、各ワーゲームの詳細は出典元参照)

前提変動による異説: 上陸侵攻シナリオでは、前提条件の違いが結果を大きく左右します。例えば米軍が直接参戦しないシナリオでは、台湾単独ではさすがに侵攻を撃退できない可能性が高まります。CSISのゲームでも、意図的に「米軍が来ない」設定にした試行では、中国軍が大損害を出しつつも台湾に上陸成功し、最終的に台湾政府の降伏に至る結末も示されています。また開戦時期がさらに先(2035年以降)になれば、中国の軍備増強(空母やステルス機、ミサイル数)が現在以上に充実し、米側が現行計画以上の対策を打たない限り中国が優位を握る展開も現実味を帯びます。一方、台湾側の戦力強化中国国内の不安定要因などがあれば、開戦自体を抑止できるか、あるいは限定的な攻撃で中国が妥協するシナリオも考えられます。要は台湾侵攻の帰趨は小さな差で両極に振れうることが各種ゲームから示唆されており、決して「防衛は楽観」「侵攻は必敗」と単純化できない点に注意が必要です。

2. 封鎖シナリオ(段階的エスカレーションによる包囲)

作戦展開: 封鎖シナリオは、中国が武力による直接侵攻ではなく台湾を経済的・心理的に屈服させるため島嶼封鎖を行うケースです。CSISの報告にならえば、封鎖はエスカレーション段階によって4類型ほどに分かれます。初期段階では中国海警局や海上民兵(PAFMM)が台湾周辺で「検査のための停船」を要求し、拒否船舶を拿捕する灰色の封鎖から始まります(中国側は「国内法執行の一環」と主張)。これが奏功しなければ、次に海軍・空軍を投入した限定的軍事封鎖(臨検を拒否する商船への発砲、特定港湾への機雷敷設など)に移行します。さらに台湾側が抵抗を続け米国が支援の構えを見せれば、中国は潜水艦による通商破壊遠距離からのミサイル攻撃で台湾向け海上交通を大幅に遮断する本格的軍事封鎖に踏み切るでしょう。最終的に中国が封鎖を完遂するには、台湾への出入りをほぼ全面的に遮断する「海空封鎖」すなわち事実上の戦争状態にエスカレーションする必要があります。

シミュレーション上は、序盤は非戦闘の睨み合いから始まり、中盤以降に限定的な交戦、最悪の場合は米中間での直接戦闘に発展しました。台湾側は封鎖に対して「突破か、耐久か」の選択を迫られます。すぐ米軍と協力して封鎖線への挑戦(護送船団を編成し強行突破)を図るか、それともしばらく国内備蓄で耐えつつ外交解決を模索するかです。CSISのゲームでは、台湾は数日~1週間程度は持久したものの、天然ガスや石油の欠乏が見えてくると米国に軍事行動を要請し、米主導の護送船団作戦が始まる流れでした。このタイミングで中国側も潜水艦隊や対艦ミサイルを総動員し、台湾向け商船だけでなく護衛する米艦艇にも攻撃を加えます。そこからは実質的に戦火が開かれた全面衝突となり、封鎖作戦は戦争へ移行します。

経済・エネルギーへの影響: 封鎖の目的は台湾経済を締め上げ屈服させることにあるため、エネルギー・食糧・工業原材料の遮断が主要な手段となります。台湾はエネルギーの97%を輸入に頼り、その多くは海上輸送(LNGタンカーや原油タンカー)です。特に発電燃料のうち液化天然ガス(LNG)は約10日分、石炭も6~7週間程度の備蓄しかないとされます。CSISの分析では、LNG供給が10日で停止すると台湾全土で発電に支障が出始め、7週間で石炭火力も燃料切れになる計算でした。石油(原油)は戦略備蓄などで4~5か月分ありますが、それも補給がなければいずれ枯渇します。食糧についてはコメ等の主食は自給できるものの、飼料や小麦、大豆などは輸入依存が高く、台湾総人口2,300万人への食糧供給も半年以上の遮断は困難とみられます。

こうした状況下で中国が封鎖を宣言した場合、民間の商船会社は高リスクを敬遠して台湾航路から撤退するでしょう。実際、武力衝突がなくとも臨検や拿捕が起きれば、船舶保険が無効化される恐れもあり、通常商船は寄港を避けると予想されます。したがって台湾側が封鎖下でも物資を確保するには、自前で代替船舶を準備しなければなりません。ワーゲームでは、台湾政府が緊急に国家所有の輸送船や予備タンカーを動員しようと試みましたが、数が限られるため輸送量は平時のわずかな割合に留まりました。また一部で潜水艦や小型ボート、空輸による物資搬入も検討されましたが、これらも台湾のニーズ(日常の膨大な燃料・物資需要)の数%程度しか運べないことが確認されています。結局、台湾が封鎖に耐えるには米国など第三国による護送船団の編成が不可欠となります。

軍事衝突と損害規模: 折しもCSISのシミュレーションは、中国が軍事力を投入した封鎖はほぼ例外なく武力衝突に発展すると結論づけました。特に潜水艦と機雷は封鎖で主要な役割を果たし、米軍不介入の場合でも台湾向け船舶の4割を撃沈できたとの結果です。米軍が護衛すれば、その分中国側も強硬手段を増やし、米護衛艦と中国潜水艦の死闘となります。シミュレーション結果では、高エスカレーションの場合、米軍は数十隻の艦艇と数百機の航空機を失う損害を出しました。中国側も航空戦力・水上戦力に多数の損失を被り、米側より損害が大きくなる場面もあったとされます。加えて、両軍が限定戦争の枠組みを超え本格戦争に拡大したケースも2例あり、そこでは米軍が中国本土のミサイル基地に反撃、中国も報復で在日米軍基地やグアムをミサイル攻撃し、全面戦争寸前となりました。

こうした極限状態になると、米軍は遠距離からのステルス爆撃機による長射程ミサイル攻撃や攻撃型原潜の魚雷攻撃で中国軍艦艇・航空機を大規模に破壊し、中国側は甚大な被害を受けます。CSIS報告は「米軍爆撃機と潜水艦、そして一部の戦術航空・水上艦が組み合わさった攻撃は中国軍に壊滅的打撃を与えた」と記しています。要するに封鎖が戦争に発展すると、結果の規模は侵攻シナリオと変わらぬ大惨事になりかねないのです。また興味深い指摘として、「封鎖は侵攻の前段階として適さない」との評価もありました。封鎖の過程で中国側も多くの軍艦・航空機を消耗し、周辺諸国に警戒の時間を与えてしまうため、その後に侵攻に移ろうとしても不利になるというのです。

台湾社会への影響: 封鎖が始まれば、台湾住民2300万人の生活は直ちに混乱します。特に停電のリスクは深刻で、LNG火力発電の比率が高い台湾では10日以内にガス火力が停止、石炭火力も備蓄減少で徐々に出力を落とすでしょう。CSIS試算では、封鎖開始後2週間以内に計画停電が始まり、7週間後には主要都市で大規模停電が起きうるとされます。もっとも、台湾はコメや野菜など国内生産により食料だけは一定持ちこたえるとされ、封鎖半年程度では飢餓は回避可能との見方もあります。しかし燃料不足は物流・医療・通信など全インフラに波及し、人々の士気にも影を落とします。中国の思惑は、この困窮で台湾世論が戦意喪失し交渉に応じることですが、実際は逆に反中感情が一層燃え上がる可能性もあります。

護送船団の成否: 米国および同盟国が選択肢として取り得るのが護送船団(Convoy)方式で、軍艦の護衛下に物資船を台湾に届ける作戦です。歴史的には大西洋の船団護衛戦などがありますが、台湾海峡の場合、中国沿岸に近くミサイルや航空機の脅威が比になりません。シミュレーションでは、米海軍の駆逐艦・護衛艦がタンカーやコンテナ船団を囲み、空母航空団や地上基地の戦闘機が上空護衛する態勢が描かれました。対する中国軍は潜水艦の魚雷攻撃や航空機・沿岸ミサイルによる飽和攻撃でこれを迎え撃ちます。結果は苦戦しつつも、米軍が護衛すれば一定の物資は台湾に届くというものでした。特に複数方向から一度に多数の船団を送り込む戦術が中国側の迎撃を撹乱し、完全封鎖を破るには有効との所見もあります。ただし護衛側の損害覚悟が前提で、「台湾を守るため流血を厭うか」が米大統領のジレンマとなります。

以下、封鎖と侵攻など各シナリオ別に、期間や主要損失、到達点をまとめた比較表を示します。

シナリオ想定期間・展開主要損耗(目安)補給・制空・制海の達成度決着・到達点
大規模侵攻(上陸戦)約3週間の
高強度戦闘
米日台: 空母2隻・主要艦船10+隻喪失、
航空機数百機撃墜、死傷者数万人規模
中国: 兵士1万+戦死、艦船100+隻喪失、航空機150+機喪失
制空: 双方消耗、米側局所優勢回復
制海: 中国獲得失敗、台湾周辺は米側制海
中国軍上陸失敗
(台湾防衛成功)
段階的封鎖(臨検~軍事)数週間は非戦闘圧力、
以降数か月で
戦闘突入の恐れ
台湾単独対処: 商船の40%撃沈(米不介入時)
米護衛介入: 米艦艇多数損傷・撃沈、航空機損失(侵攻時並み)、中国潜水艦・沿岸部隊消耗大
補給: 米護送で一部物資到達も
エネルギー逼迫は不可避
制空: 中国が沿岸優勢維持
制海: 台湾周辺一時危機も米側奪回
台湾エネルギー枯渇
→米介入で戦争拡大
(中国の想定外損害)
限定攻撃(離島占拠等)数日~数週間で
局地戦終結
台湾側: 駐留部隊壊滅・施設占拠、海空戦力一部損耗
中国側: 損害小(奇襲成功時)
※ただし米日が介入なら損害拡大
制空: 限定的局地紛争
制海: 中国が一時的掌握(例: 東沙占領海域)
特定地域喪失も
台湾本島は健在
(長期膠着か拡大リスク)
長期消耗戦(核含む)数か月~年単位
(戦線硬直)
双方: 弾薬・兵員枯渇で戦闘小康
核使用時は被害限定(数万規模死傷も全面戦争回避)
制空・制海: お互い決定権取れず
補給線寸断、世界経済も混乱
軍事的決着つかず
停戦模索(政経崩壊・核圧力下)

表2:シナリオ別の損失・到達点サマリー(数値は前提により変動する目安)

エスカレーション耐性: 封鎖シナリオは中国に「侵攻より安全な選択肢」と映る可能性がありますが、専門家は封鎖のエスカレーション耐性は低いと警告します。限定的封鎖であっても台湾側の反発は強く、また米国も同盟国からの支援要請や国際経済への打撃から座視しにくいでしょう。CSISのゲームの結論も「封鎖は低コスト・低リスクとは言えない」というもので、中国側も深刻な覚悟が必要になります。むしろ中国が侵攻準備が整わないうちに封鎖に走れば、自ら消耗して侵攻能力を損ねるリスクすらあります。このため封鎖に関する政策提言として、台湾・米国は封鎖を想定した防衛計画(例えば非常時の海上輸送計画や代替燃料確保)を整備し、中国側に「封鎖は目的達成に見合わない」と思わせる抑止が重要とされます。

3. 離島占拠・限定目標シナリオ(小規模な武力行使)

作戦展開: このシナリオでは、中国が台湾本島への全面侵攻は行わず、周辺の要衝となる島嶼や海空域を限定的に攻撃・占拠することを想定します。具体的には、台湾が実効支配する離島(澎湖諸島、金門島・馬祖列島、東沙島〔プラタス〕、太平島〔スプラトリー諸島の一部〕など)が標的となりえます。また、島ではなく台湾東岸の一部地域を一時占領する奇襲上陸も含みます。これらの行動は、中国側にとって軍事的ハードルが相対的に低いうえ、本島侵攻と比べ国際的非難もやや和らぐ可能性があると計算されるかもしれません。

いくつかのシミュレーションでこの種の限定攻撃が扱われています。2025年の台湾主導の演習(TSEPS台北経済政治研究所のTTX)では、2030年に中国が澎湖諸島への奇襲上陸を敢行し、台湾側を混乱させた上で本島東海岸にも同時上陸するという大胆なシナリオが試されました。その結果、澎湖守備隊は早期に壊滅し中国軍が拠点化に成功、台湾本島の防衛戦力は東西に攪乱されました。中国側参加者は「澎湖を落とせば台湾の背後を封鎖でき、補給拠点になる」と説明しました。加えて東岸(台東・花蓮方面)は軍事拠点が少なく防衛が手薄であるため、奇襲により台湾軍後方を切断できるという狙いです。

政治的効果: しかしその演習でも指摘されたのが、澎湖の持つ戦略的重要性です。澎湖諸島(台湾本島西方に位置する大小90あまりの島々)は「台湾本島への門戸」とされ、ここを中国に奪われると中国軍が澎湖を補給拠点にして本島への継続攻勢が容易になると台湾側は認識しています。実際、台湾の胡鎮埔・前陸軍司令官は演習後「澎湖陥落は本島攻撃と同義であり、死守しなければならない」と述べました。このように、たとえ中国が「今回は澎湖だけ」「東沙だけ」という限定目的を掲げても、台湾側から見れば死活的な脅威であり、全面戦争と受け止めるでしょう。したがって限定シナリオでも台湾軍は全力で反撃し、中国側にも相応の損害を与える公算が大きいです。

中国が考えうる離島攻撃としては、防衛の薄い東沙島(南シナ海上の環礁、台湾海軍陸戦隊が駐留)や金門・馬祖(中国本土の目と鼻の先にある台湾領)などがあります。金門・馬祖は台湾にとって歴史的・政治的象徴ですが、戦略価値は限定的とも言われます。中国があえてここを攻めれば台湾民衆の反中感情を爆発させるだけで、占領しても台湾本島を動揺させる効果は薄いかもしれません。一方、東沙島は台湾本島から遠く、南シナ海の要衝ゆえ中国が取りたがる可能性が指摘されます。ただ東沙は小規模で人口も少なく、占領されても台湾本土には直接影響が少ないため、米国が軍事介入するハードルが高いとも考えられます。中国が「限定的武力統一」の一環として東沙を奪取し、台湾に譲歩を迫るシナリオも議論上は存在します。

軍事的考察: 小規模島嶼への攻撃は、大規模侵攻と比べ中国軍に有利な要素が多いです。第一に、距離が近ければ航空・ミサイル支援を集中しやすく、揚陸も短時間で済みます。奇襲効果も期待でき、実際澎湖シナリオでは台湾側が「思った以上に速く落ちた」と驚いたと言われます。第二に、台湾本島の戦力を引き離せることです。台湾軍は本島防衛が主目的で、離島駐屯部隊は限定的です。増援しようにも海空優勢がなければ困難で、結局救援できないまま離島が陥落する恐れがあります。これは士気への悪影響を伴い、国内にショックを与えます。

しかし中国側にとって不利な点は、限定攻撃では台湾を屈服させられないことです。離島奪取だけで台湾政府が降伏する可能性は極めて低く、むしろ「次は本島だ」と危機感を高めて団結するでしょう。結局、中国がさらなる攻勢(本島侵攻)に出ない限り、戦略的膠着状態に陥ります。その間に国際社会の調停が入ったり、経済制裁が科される可能性が高いです。中国としては迅速に完勝して威信を示したいところですが、台湾が抗戦意思を示し米国も介入の構えを見せれば、結局大事に至るリスクがつきまといます。

法的・国際的側面: 離島占拠シナリオでは、中国は戦争ではなく「国内問題の処理」だと主張し、国際社会の介入抑止を狙う可能性があります。例えば金門島は台湾本島から離れ中国本土に隣接するため、中国は「歴史的に中国の一部」と宣伝し、一気に占領して既成事実化する戦法が考えられます。国際法的には明白な侵略ですが、地理的条件ゆえ第三国も軍事介入を逡巡する場面を中国は計算するでしょう。実際、ウクライナ戦争前のクリミア併合時のように、「素早い斬首」は効果的かもしれません。しかし台湾有事の場合、米国は台湾関係法上台湾防衛を支援する義務感が強く、たとえ限定的でも武力行使を黙認すれば台湾本島への脅威が高まるとして強硬に反応する蓋然性があります。したがって限定シナリオは極めて不安定な均衡を生み、米中双方にとって「次の一手」を読み合う神経戦となるでしょう。

4. 長期・消耗戦と核エスカレーション

作戦展開: 長期戦シナリオは、上述のいずれのシナリオでも開戦後に短期で決着が付かず戦争が長期化する展開を指します。特に米中双方が直接交戦状態に入り、にもかかわらずどちらも決定的勝利を挙げられないという厄介な状況です。例えば中国の侵攻が失敗しても中国軍残存勢力が沿岸に退却し海峡を挟んで膠着したり、封鎖戦がダラダラと半年以上継続し局地的戦闘が続発するケースです。また一旦停戦しても和平が成立せず数か月後に戦闘再開というシナリオも含まれます。

ランド研究所は9つのシナリオ中に、部分的成功で戦争が止まらず次段階に移行する例を挙げています。例えば「限定的勝利からのエスカレーション」として、中国が台湾の南半分を占領したものの北部が抵抗を続け、米日も増援し紛争が固定化する状況などです。また「外部危機との連動」も考えられ、台湾海峡危機の最中に別の紛争(朝鮮半島やインド・パキスタン、ロシア・欧州方面)が勃発し、米中双方のリソースが分散され戦争が決着不能になるケースもあります。

長期戦になれば、両陣営とも当初の継戦計画を修正せざるを得ません。米側は弾薬やミサイルが枯渇し、増産体制に入る必要があります。現状の米国防産業基地では高強度戦を数ヶ月も維持できる生産力はなく、2022年のウクライナ戦争支援でもミサイル・砲弾在庫が逼迫したことが知られています。同様に中国側も戦略ロケット部隊のミサイルを大量消費し、航空機や艦艇の損失補充が追いつかなくなります。軍事作戦は消耗試合となり、新しい戦術や奇策(無人機の大量投入、サイバー攻撃強化、生物・化学兵器など非常手段)に訴える可能性があります。一方、双方とも疲弊すれば外交的解決への模索も始まります。例えば休戦交渉限定停戦(人道回廊設定など)が議論されるかもしれません。

核エスカレーション: 長期戦で特に懸念されるのが核兵器使用の可能性です。中国は公式には「核先制不使用(No First Use)」政策を掲げていますが、自国の体制存続が危機に晒されれば必ずしも拘泥しないとも言われます。シミュレーションでも、中国が限定的な核オプションを検討する局面が想定されました。CNASの「Over the Brink」報告では、戦局が膠着し米軍が優位を維持する状況で、中国が戦術核の示威(デモンストレーション)に踏み切る可能性に言及しています。例えば台湾沖の公海上または無人島に対し核爆発を起こし、米日側を震撼させるというシナリオです。またCSISの核演習では、中国が前線で劣勢と感じた局面在日米軍基地や洋上艦隊に対し数発の核攻撃を行うケースが試されました。その結果、米側内部で全面核戦争を避けるため戦略的譲歩を検討する声と、断固報復すべしとの声が割れ、指導部が難しい決断に迫られる様子が浮き彫りにされています。

核が使われれば死傷者は一瞬で数万単位に膨れあがります。例えば10キロトン級の核弾頭がグアムの米軍基地に炸裂すれば、軍人・民間人含め数万人の犠牲が出るでしょう。ただし、CNASやCSISの分析では、限定的核使用がただちにICBMの全面相互発射(世界的核戦争)に繋がるとは限らないとしています。お互い首脳がそこまで理性を失わなければ、地域内での戦術核の応酬に留め、交渉に移行する余地もあるという見解です。つまり冷戦期の「全面核戦争=自滅」シナリオよりも、インド・パキスタン間の紛争に近い「局地的核戦争」のリスクとして捉えるべきという指摘です。

とはいえ核使用に至らずとも、核の威嚇は長期戦の過程で現実問題となります。中国が核ミサイルを示威発射(例: 台湾沖に着弾させる)したり、核弾頭搭載可能爆撃機を誇示飛行させたりといったエスカレーション抑止策を取るかもしれません。米国と同盟国は、これに対しどこまで耐え、どの線を越えたら報復するか予め戦略を練っておかねば、現場判断で混乱する恐れがあります。CSIS報告では「核に対する同盟の意思統一」が不十分だと指摘され、例えば日本が核攻撃を受けた場合に米国が即座に核反撃する保証はない中で、日本国民や政府が独自の対応(核開発議論や中立化)に動揺するリスクも示唆されています。

終戦のシナリオ: 長期・消耗戦からの出口(オフランプ)として、いくつかのパターンが考えられます。一つは国連や中立国の仲介で停戦合意が成立することです。戦況が硬直すれば双方戦略的勝利を諦め、台湾の政治的地位は棚上げで戦闘停止という朝鮮戦争のような結末もあり得ます。その際、中国側は「国内的には勝利宣伝」をしつつ、実質的には現状維持の不本意な停戦を飲まされる形です。または、長期戦の疲弊により一方が内政的に崩壊し戦争継続不能になる可能性もあります。例えば中国経済が制裁と戦費で破綻しかけ、指導部も危険を悟り撤退する、といった展開です。逆に台湾側が物資欠乏と人的被害で抵抗を維持できなくなるケースもゼロではありません。もっとも、米国がコミットしている限り台湾が完全降伏に追い込まれる公算は小さく、その前に米中間の大国間対峙として終戦交渉が行われるでしょう。

核が使用された場合、国際的圧力は格段に高まり戦争終結を強制するでしょう。核をタブー視する国際世論の中で、中国が先に核を使えば経済的・外交的に耐え難い孤立に陥るはずです。米国側も核報復せず終戦を選べば、台湾の政治的扱いや中国指導部の処遇に難題が残りますが、少なくともそれ以上の惨禍は防ぐという決断になるかもしれません。

以上、軍事シナリオを総覧しました。次章では、これら紛争がもたらす経済・サプライチェーンへの影響を考察します。

経済・サプライチェーンへの波及

台湾有事は、地政学上のみならず世界経済にとって最悪級のショックとなる可能性が指摘されています。理由は主に二つあり、一つは台湾が半導体をはじめとするハイテク供給網の要であること、もう一つは台湾周辺が世界有数の海上輸送路の交差点であることです。ここでは、軍事シナリオが経済に及ぼすインパクトと、その不確実性についてまとめます。

半導体・電子製品への打撃: 台湾は世界の先端半導体の約7割を生産するTSMCを抱え、スマートフォンから自動車、軍事兵器に至るまで欠かせないチップの供給源です。武力紛争により台湾の半導体工場(多くは新竹・台中など西岸部に集中)が操業停止や破壊された場合、世界中の製造業が数週間で生産困難に陥るでしょう。米ブルームバーグの経済モデルは、台湾侵攻戦争の場合初年度に世界GDPが10.2%減と推計しましたが、その大きな要因が半導体供給ショックです。例えばAppleやトヨタといった大企業は生産ライン停止に直面し、株価暴落・失業増加など連鎖的な不況を招きます。特に中国自身も台湾から先端チップを輸入しており、戦争になれば中国ハイテク産業も即座に打撃を受けます。ブルームバーグの推計では、中国のGDPは1年目に16.7%減少し、これだけでも文化大革命以来の経済混乱となるレベルです。台湾自身は言うまでもなく、工場破壊・インフラ崩壊でGDP40%減と試算されています。これは現代経済ではほぼ前例のない落ち込み幅です。

海上交通と貿易: 台湾周辺海域(南シナ海・東シナ海)は、世界貿易の主要シーレーンが通る場所です。中東から東アジアへのエネルギー航路、東南アジアと北東アジアを結ぶ物流ルートなどが集中しています。台湾有事となれば、民間船舶は迂回や寄港キャンセルを余儀なくされ、保険料急騰も相まって海運コストが跳ね上がるでしょう。日本や韓国、フィリピンなどは石油・LNGを中東から輸入していますが、台湾の東西どちらを回っても戦域を避けられず、エネルギー供給が滞るリスクがあります。封鎖シナリオでは台湾向けのみならず西太平洋の商船全体に混乱が及ぶはずです。ブルームバーグ試算の世界GDP10%減には、世界貿易量の大幅減少も織り込まれています。もし戦争が長引けば、国ごとにブロック経済化が進むでしょう。中国と西側諸国の間では相互制裁がエスカレートし、モノと資本の流れが寸断されます。

金融市場と資本逃避: 台湾危機が迫れば、まず金融市場ではリスク資産売りと安全資産買い(flight to safety)の動きが顕著になるでしょう。具体的には、新興国市場や企業株式から資金が逃げ、米ドル・日本円・スイスフランなどが買われ、金価格も上昇するかもしれません。米連邦準備銀行の分析では、中国当局が開戦前に米国債など西側資産を売却処分し、制裁凍結のリスクに備える可能性が示唆されています。これは短期的に米国債利回りを乱高下させるでしょうが、長期には影響限定的と予想されています。一方、戦争が起これば日本や米国の株式市場は暴落し、企業の投資計画は凍結、世界経済は同時不況に陥るでしょう。日本銀行・FRB・ECBなど主要中銀は緊急流動性供給や為替介入に追われ、各国政府も巨額の財政出動で軍事費と景気対策を迫られます。その結果、国家債務が急増し、戦後には増税やインフレという形でツケが回ると指摘されています。

エネルギー・食糧価格: ウクライナ戦争でも顕在化したように、地域紛争は資源価格の高騰を招きます。台湾有事は直接には産油地帯ではないものの、中東から東アジアへの輸送に支障が出れば、原油・天然ガスの供給不安から国際価格が高騰するでしょう。特に日本・韓国・台湾・中国はエネルギー輸入に依存するため、争ってスポット購入に走り価格が吊り上がる構図です。また台湾有事が起きると、米国と中国という二大経済が衝突するため、穀物・金属などあらゆるコモディティ市場にも動揺が広がります。中国が主要輸入国である大豆やトウモロコシなども価格上昇し、第三国の食糧安全保障にも影響するでしょう。

長期停戦時の経済ブロック化: 戦闘が一旦収まっても、経済関係は元には戻りません。中国に対する制裁は戦後も続き、グローバル企業は中国と西側の二重サプライチェーンを構築する動きを強めるでしょう。半導体は台湾依存から脱却すべく、生産拠点の米欧日分散が加速し、コスト高につながります。また、戦時中に各国政府が介入した資本統制や輸出管理が常態化する懸念もあります。つまり台湾有事後の世界経済は、今以上に分断と非効率が支配する可能性があります。

不確実性: 経済への影響試算は前提によって大きく変わります。もし戦争が極めて短期間(数日~1週間)で終息し、台湾の半導体工場も無傷であれば、経済打撃も一時的に留まるでしょう。しかしそのシナリオは可能性が低く、ほとんどの分析は大なり小なり長期化と物的被害を前提としています。また各国の対策次第でも影響は緩和できます。例えば日本や韓国が平時からエネルギー・食糧の在庫を増やし、有事に耐えればパニックを避けられるかもしれません。米国やEUも金融緩和や協調備蓄放出などでショック吸収を図るでしょう。逆に、戦火が台湾から近隣国に飛び火したり、日本本土やグアムが攻撃されれば、経済への恐怖は桁違いに増幅します。このようにレンジは広いものの、多くの経済学者が一致するのは「台湾有事のコストはウクライナ戦争よりはるかに大きい」という点です。それだけ台湾が世界経済に占める重要性と、米中という超大国の経済規模が甚大だからです。

台湾・同盟の備えと政策含意

ここまで見てきたシミュレーションの教訓から浮かび上がるのは、現段階で講じるべき抑止策と有事対策の優先順位です。台湾有事は軍事のみならず経済・社会全体を巻き込む総力戦となるため、備えも軍事戦略、経済安保、民間防災まで多岐にわたります。本節では、台湾および日米豪比など関係国に求められる主な対応策を整理します。

台湾の備え: 台湾は当事者として、国土防衛の最後の砦です。シミュレーションから明らかなのは、台湾軍の粘り強い抗戦がなければ米軍の来援も効果半減ということです。ウクライナが侵攻初期に持ちこたえたからこそ欧米の本格支援が実現したように、台湾も初期防衛を数週間~1か月持続する体制を整える必要があります。具体策として、まず予備役改革と国民防衛意識の向上が挙げられます。台湾は2024年から徴兵期間を1年に延長する決定をしましたが、さらに予備役の即応性を高め、民間人もシェルター整備や避難訓練で戦時に備えることが重要です。

装備面では、非対称戦力の強化がキーワードです。大規模ゲームの結論でもあったように、台湾は小型で生存性の高い兵器を大量に持つ「針鼠戦略」が有効です。例えば移動式の対艦ミサイル発射機や、分散隠蔽可能な多連装ロケット砲、機動地対空ミサイルなど、中国軍にとって探知・破壊が難しいが脅威度の高いシステムに重点投資することです。戦闘機や大型水上艦も完全に不要ではありませんが、いずれも中国のミサイル攻撃で地上・洋上で捕捉されやすく、現有戦力を最後まで活かす工夫が求められます。地下化や偽装ネットワークなど基地・艦艇のハーデニングは喫緊の課題です。また「ウクライナモデルは通用しない」とはいえ、平時から米国製の最新兵器をできる限り導入し蓄えておくことも不可欠です。特に防空ミサイル、対艦ミサイル、無人機などは戦時に補給できない前提で開戦前に必要数を確保しなければなりません。

加えてエネルギーと物資の備蓄も台湾政府の責務です。先述の通り台湾のエネルギー在庫は脆弱です。現状LNGタンクの容量増設や石油備蓄の拡充を進めていますが、最低でも数か月の孤立に耐えられる水準が目標となります。食料についてはコメの過剰備蓄がありますが、野菜・肉などは日持ちしないため、住民に家庭備蓄を奨励するなどソフト面の取り組みも必要です。

日本・米国の備え: 日本と米国は同盟の要として、台湾有事抑止と発生時の初動対応を主導します。米軍にとっての最大の課題はインド太平洋戦域での兵站持続性です。シミュレーションでもミサイル・弾薬の在庫切れが懸念されました。そこで米国防総省は弾薬生産ラインの拡張に着手していますが、台湾有事に照らすと更なる増強が不可欠です。特に長射程ミサイル(対艦・対地攻撃用)防空ミサイル(PAC-3やSM-6など)精密誘導爆弾などの在庫を平時から潤沢に蓄える必要があります。

また、在日米軍・在沖縄の基地防護も極めて重要です。中国は有事に真っ先に沖縄・嘉手納やグアム、在日米軍基地を狙うと見られており、日本国内の基地分散と強靱化は日米共同の課題です。既に日本政府は南西諸島に自衛隊ミサイル部隊を配備し始め、米軍も分散運用(ACE: Agile Combat Employment)を訓練しています。今後数年間で、日本本土および沖縄・先島諸島に地下燃料タンクの増設飛行場の迅速補修能力レーダー・防空システムの多重化を進め、防空網のスキ間を塞ぐ必要があります。

米軍戦力では、無人兵器と長距離打撃力の活用が一層重視されます。有人プラットフォーム(空母・戦闘機)への依存は高コストリスクなので、より多くの無人艦艇・ドローン・ミサイルで中国軍艦隊に飽和攻撃をかける構想です。そのためのAI・ネットワーク技術開発も政策的優先度が高まっています。

同盟・パートナー連携: 日本・米国以外に、オーストラリアやフィリピンなども役割を担います。オーストラリアは潜水艦戦力や航空機で後方から貢献したり、米軍爆撃機の中継拠点を提供するでしょう。フィリピンは2023年に米軍のアクセス強化(EDCA協定拡大)に合意し、ルソン島北部やバラバク島などが基地使用される可能性があります。これら南方拠点は台湾増援や封鎖突破に有利です。大事なのは同盟・準同盟国の役割分担を平時に決めておくことです。シミュレーションでも、各国が戦時に調整不足で動けない事態は致命的と指摘されています。例えば日本とフィリピンが米軍支援の範囲やルールを明確化しておけば、中国への抑止メッセージにもなります。

経済安保の強化: 軍事だけでなく、経済安全保障も各国の政策含意として挙がります。台湾有事の震源地・台湾自身も、自身の半導体技術を他地域に分散しつつあります(TSMCが米国・日本に工場建設)。日本は2020年代後半までに先端半導体の国内生産を開始する計画です。また、日本や韓国はエネルギー調達の多角化備蓄増を急いでいます。電気自動車や再生エネルギー推進も、中東の油に依存しないという観点では安保策となります。

さらに重要なのは民間インフラ防護です。台湾有事では、日本の送電網や通信衛星、海底ケーブルもサイバー攻撃や妨害を受けるリスクがあります。政府・企業は共同でサイバー防衛体制を築き、冗長な通信経路非常用電源など、戦時の機能維持計画を立てておく必要があります。金融面でも、有事に備え資本流出や円高急騰への対応策、国内市場安定の手段を用意しておくことが肝要です。

こうした多方面の対策を優先度と実行主体ごとに整理したのが以下の表です。

施策(抑止・対応策)主な実行主体所要時間(着手から効果)効果レバー(着眼点)
対艦ミサイルの大幅増備・分散配備台湾(米支援)即時~短期(1年)弾薬:揚陸阻止力向上(在庫拡充と隠密展開)
基地・艦艇のハードニング(防護強化)米・日・台湾短期~中期(数年)基地防護:滑走路復旧・掩体壕・CIWS配置
弾薬・ミサイルの増産と予備蓄積米・日・同盟各国中期(数年~継続)弾薬:高強度戦持久力、供給ボトルネック解消
商船護衛・機雷対処の共同訓練米・日・比・豪短期(訓練開始で効果)海上輸送:封鎖突破能力、掃海艇・哨戒機連携
台湾のエネルギー備蓄拡大と多角化台湾(国際協力)中期(施設建設数年)エネルギー:LNGタンク増設、代替ルート確保
沖縄・南西諸島への防空・対艦体制強化日本短期~中期(配備中)同盟運用:前線拠点防衛、敵艦隊封じ込め
米比防衛協力の具体化(基地・計画共有)米国・フィリピン短期(合意済み、運用準備)同盟運用:南側からの戦力投射と補給ルート確保
サイバー・宇宙領域の防御と冗長化米・日・台湾・同盟中期(継続的対策)インフラ:通信・衛星のバックアップ、即応防御
同盟・パートナーとの共同対処計画策定日・米・豪・比・韓など即時(外交協議開始)同盟運用:役割分担明確化、抑止コミュニケーション
国民保護とレジリエンス向上(シェルター等)台湾・日本(自治体)中期(整備と訓練)民間防衛:被害軽減と士気維持、持久力向上

表3:抑止・対応の優先順位と実行計画の概略

上記の施策は、即時に着手すべきもの(例: 対艦ミサイル供与や同盟協議)から中長期の国家プロジェクト(例: 生産基盤強化、社会レジリエンス向上)まで幅広く含まれます。重要なのは、時間軸を意識して段階的に実行することです。例えば、短期的には「明日戦争になっても持ちこたえる」ための兵器・物資備蓄と配置を急ぎ、同時並行で中期的な生産拡大基地設備の改良を進め、長期には技術開発や同盟新枠組みで質的優位を築くというアプローチです。

よくある誤解への回答(Myth vs. Fact)

台湾有事を巡っては、専門的で複雑なテーマゆえに一般に誤解短絡的な議論も散見されます。ここでは代表的な疑問・誤解をQ&A形式で整理し、前述の分析を踏まえて回答します。

Q1: 「封鎖は低コストで長期持続できる」というのは本当?
A1: いいえ、誤解です。 中国による台湾封鎖は、一見「侵攻より穏健」策に見えますが、実際には長期維持が難しく、想定外のコストやリスクが伴います。中国側は軍事力を抑え目にしても、台湾の抵抗や米国の介入圧力から徐々に武力エスカレーションせざるを得なくなります。封鎖ワーゲームの結果、初期段階の封鎖ですら数千人規模の死傷者が生じ、フルエスカレーションでは米中双方に甚大な被害が出ました。また経済的にも、封鎖が長引けば中国自身の貿易・エネルギーも打撃を受け、国際的孤立も深まります。「安上がりな兵糧攻め」には決してならず、むしろ中国にとって政治的・軍事的な大博打になるでしょう。

Q2: 台湾の東岸は中国にとって攻めにくいので安全な後方では?
A2: 安全とは言えません。 台湾東岸(太平洋側)は山脈で守られ、西岸に比べ直接攻撃されにくいのは事実です。しかし現代のミサイルや空挺戦力にとって、台湾の裏側も射程範囲内です。最近のシミュレーションでは、中国軍がわざと東岸に奇襲上陸し、防御の薄い東側を突破口にする想定が示されました。実際、花蓮や台東の海岸に中国軍が上陸すれば、台湾軍は背後を突かれ防衛線が分断されかねません。また東岸には台湾空軍のバックアップ基地やレーダーサイトがあり、ここがミサイル攻撃で使えなくなると台湾の防空能力が低下します。地理的優位はあっても、遠距離精密攻撃の時代に「絶対安全な後方」は存在しないのです。

Q3: ウクライナ戦争のように、台湾有事でも米国は武器を送るだけで軍隊は出さないのでは?
A3: その可能性は低く、米軍が直接参戦する公算が大です。 ウクライナと台湾では状況が異なります。台湾には米軍駐留も安全保障条約もありませんが、米政府は台湾関係法と過去の声明で台湾防衛への関与を示唆してきました。さらに大きな点は、台湾有事は即座に米軍の拠点(在日米軍基地や艦艇)が攻撃される可能性が高いことです。中国が台湾を攻める際、米軍の出鼻を挫こうと日本やグアムの基地にミサイル攻撃するシナリオが現実的です。そうなれば米国は否応なく参戦します。たとえ中国が米領土を避けても、台湾が数日で陥落する状況になれば米国のインド太平洋戦略は崩壊し、世界的信用も失墜します。つまり米国には座視できない戦略的利害があるため、武器支援に留まらず空海軍を投入する可能性が非常に高いのです。

Q4: 「2027年」が危ないと言われるのはなぜ?
A4: 2027年前後が一つの節目と認識されているためです。 いくつか理由があります。(1)中国人民解放軍の近代化目標年:習近平主席は軍改革で「2027年までに強軍を実現」と掲げ、台湾攻撃能力の整備も想定されています。(2)習近平政権の任期と歴史的野心:2022年に異例の3期目に入り、2030年代前に台湾問題解決を図るという観測があります。(3)米国防総省などが公的に警告:前インド太平洋軍司令官が「2027年までに中国が台湾侵攻可能に」と発言し注目されました。以上より、2025~2030年頃が危機のピークとの見方が広まったのです。ただしこれは能力面での推測であり、実際に中国が決断するかは国内政治や国際情勢次第です。

Q5: 中国が本気で攻めたら台湾は数日ともたないのでは?
A5: 確かに台湾単独では持久戦は難しいですが、数日で全面降伏するとは考えにくいです。 台湾軍は規模で劣り航空優勢も握られやすいため、序盤は苦戦必至です。しかし台湾側も西側最高水準の対艦ミサイルや防空網を持ち、市街地には予備役を含む多数の防衛戦力が控えています。上陸戦になれば市街戦・山岳戦となり、少数の特殊部隊で台湾政府を瞬時に制圧するのは非現実的です。ウクライナ侵攻でもロシアがキーウ攻略を諦めたように、台湾でも想定以上の抵抗に遭う可能性が高く、中国が数日で目的達成するのは難しいでしょう。また台湾有事では米日が初期から作戦協力する蓋然性が高く、航空・海上から中国軍を攻撃します。これも中国の迅速決着を阻む要因となります。従って、中国軍が台湾のどこかに一時旗を立てても、それだけで台湾の降伏に繋がるとは限りません。

Q6: 一度戦争になれば必ず核戦争になってしまうのでは?
A6: 核戦争のリスクは確かに高まりますが、「必ず」ではありません。 前述の通り、一部専門家の分析では戦術核の限定使用があり得ると警告されています。しかし核兵器の使用は中国にとっても巨大な賭けです。核を使えば国際支持を完全に失い、米国も反撃せざるを得なくなります。両国とも全面核戦争は望んでおらず、理性的判断が働けば寸前で抑制する可能性があります。実際、インドとパキスタンは過去に衝突し核保有国同士でしたが、核使用には至りませんでした。台湾有事でも互いに核カードを見せ合って睨み合い、結局通常戦力での決着か停戦に落ち着く展開も十分考えられます。ただし、核抑止が失敗する可能性もゼロではないため、同盟としてそれを想定した危機管理訓練が必要というのが専門家の意見です。

Q7: 欧米(特にNATOや欧州各国)は台湾有事に関与するの?
A7: 直接軍事介入の可能性は低いですが、間接的な支援や抑止声明は考えられます。 NATO条約上、台湾は地理的範囲外であり、またウクライナ戦争対応で手一杯の欧州が極東に兵力を送る現実味は低いです。ただし英国やフランスなどはいくらか太平洋に軍艦や哨戒機を配備していますし、有事には米国寄りの外交支持を打ち出すでしょう。経済面では、対中制裁代替生産の協力などに参加すると見られます。一方で欧州はロシアの脅威も抱えており、米軍が台湾有事でアジアに集中すれば欧州防衛の隙が生じかねません。RUSIの研究では、ロシアがその機に乗じて欧州で挑発すればNATOが振り回される恐れを指摘しています。このため欧州はアジア危機への間接影響に備える(防衛力強化や経済安全保障の独立性向上)が大切だという議論になっています。

今後(2026–2030)に向けた注視点

最後に、今後5~10年の展望として、台湾有事リスクと抑止力強化のために注視すべきポイントを列挙します。

  • 米中双方の軍備増強競争: 2020年代後半は、米中が軍事バランスを争う重要な時期です。米国は長射程兵器や新型爆撃機、無人システムの配備を進め、中国は航空母艦や極超音速ミサイル、宇宙戦能力の向上を急いでいます。どちらが先に決定的優位を築くかは、抑止と危機勃発の有無に影響します。
  • 弾薬・兵站の備蓄と生産能力: シミュレーションが浮き彫りにした弾薬不足問題を各国がどう改善するかが鍵です。米国防総省は産業界と連携しミサイル増産計画を打ち出しましたが、実効性を持つのは数年後です。日本も弾薬庫整備と国産ミサイル増産を始めました。2030年頃までにどれだけ継戦能力が高まるか注目です。
  • 新技術(無人機・AI)の戦場適用: 無人機スウォーム(群制御)やAIによる戦術判断支援は、台湾海峡の戦局を左右しうる技術です。中国は無人の高速艇やドローンで空母を狙う開発を進め、米側も沿岸に無人センサー網を張り巡らせています。テクノロジーが従来の兵力差を覆す可能性があり、その導入速度が抑止計算を変えます。
  • 台湾の国内政治と士気: 2024年には台湾総統選が予定され、中国との関係アプローチに違いがある候補が競っています。将来的に台湾政権が対中融和に傾けば軍事衝突リスクは下がる一方、独立志向が強まれば中国は圧力を増すでしょう。また台湾社会の有事への覚悟が今後高まるかも重要です。徴兵延長や民間防衛訓練の広がり具合は、抑止力に直結します。
  • 日米比の安全保障協力深化: 2023年以降、日本とフィリピンが相次ぎ米軍受け入れ拡大など踏み込んだ協力を始めました。南西諸島・台湾南方の軍事アクセスが整えば有事の作戦自由度が増し、中国に抑止メッセージを送れます。逆にフィリピン国内の政変などで協力が頓挫すれば、中国が南側から封鎖・進攻しやすくなるため、今後の政権動向が要注意です。
  • 中国国内要因: 中国自身の安定性も注視要因です。経済減速や失業増加などで国内不満が高まれば、指導部が対外冒険(台湾攻撃)で人気取りを図るリスクも論じられます。一方、習近平体制が盤石を維持し外交的コストを気にするなら、急な軍事行動は控えるかもしれません。また中国共産党内の路線変化や指導者交代が2020年代末に起きるかも未知数で、それ次第で台湾政策も変わり得ます。
  • エネルギー・資源の脱中国: 有事リスクに備え、各国がサプライチェーン再編を進めています。レアアースや電池素材など中国依存が高い資源を他国・国内生産に切り替える動きや、半導体調達先の分散などです。これが2030年頃までにどの程度進むかで、台湾有事時の経済的ダメージをどこまで軽減できるかが決まります。進展が遅ければ依然中国の経済人質となり抑止が効きづらいかもしれません。

総じて、2025~2030年は「有事を想定した平時準備の充実」が問われる時期です。最悪の事態が起きないよう抑止を強化しつつ、起きてしまった場合でも被害を最小限に抑え、早期終結に持ち込むためのシステムを築いていく必要があります。

まとめ(政策簡易版To-Do)

以上の分析から、台湾有事を防ぎ、万一発生しても対処するための要点を簡潔にまとめます。

即時に着手すべきこと(0~1年):

  • 台湾への防衛装備移転の加速: 米国および同盟国は、発注済みの武器(防空ミサイル、対艦ミサイル、F-16戦闘機など)を1日でも早く台湾に届ける。台湾は受領した兵器の配備訓練を急ぐ。
  • 在日米軍・自衛隊の即応体制向上: 南西諸島と在日米軍基地での共同訓練を増やし、実戦さながらの対艦・対空演習を行う。特にミサイル迎撃・滑走路復旧訓練を重点的に。
  • 外交的抑止コミットメント明確化: 米大統領・日本首相らは「台湾海峡の現状変更には断固対応する」と改めて表明。フィリピンや豪州とも共同声明で中国への牽制メッセージを出す。

中期に実現すべきこと(1~5年):

  • 弾薬備蓄・生産拡大プログラム: 米日は大規模投資でミサイル・砲弾の生産ラインを倍増し、主要な誘導弾の在庫を有意に積み増す。平時消費分ではなく、有事数ヶ月分のストック目標を設定。
  • 基地防護インフラ整備: 日本本土・沖縄・グアムで掩体や地下燃料庫を建設し、PAC-3やイージス・アショアなど防空網を多層化。台湾も重要施設のシェルター化を推進。
  • 台湾のエネルギー自律性向上: LNGターミナル拡張や浮体式設備導入で備蓄量を倍増。石油備蓄日数も増やし、発電も太陽光・蓄電で分散投資。民間にも省エネと備蓄を奨励。

長期的に取り組むこと(5~10年):

  • 新軍事技術の導入: 無人機スウォーム戦術、AI指揮統制システム、極超音速滑空兵器などを米日台は開発・展開し、中国の接近拒否戦略に対抗。技術優位で抑止を強固に。
  • 同盟統合と多国間枠組み: 米日豪印を含むクアッド、あるいはAUKUSなど安全保障枠組みに台湾有事対応を組み込み、情報共有・訓練のフォーマルな協定を追求。同時にNATOとも連携し、中国への包括的抑止ネットワークを構築。
  • 経済安全保障の完成: 半導体からレアアースまで重要物資のサプライチェーンを「有事に止まらない」体制に再構築。国内生産や友好国からの調達で、戦時封鎖にも一定耐えられる経済構造を目指す。

以上を実行しつつ、最も大切なのは危機を未然に防ぐ外交努力です。強靭な軍備と経済安保体制を背景に、中国との間で軍事ホットラインや信頼醸成措置を整え、偶発的な衝突がエスカレートしない仕組みも築いていく必要があります。台湾有事シミュレーションは最悪を想定したものですが、その教訓を現実の政策に活かすことで最悪の事態を回避する努力を続けることが肝要です。

FAQ

Q: 台湾有事が起きる確率は現時点でどの程度と見られていますか?
A: 正確な確率を数値で示すことは困難ですが、2020年代後半にリスクが高まっているとの見方が強いです。中国は引き続き台湾統一を諦めておらず、軍事的選択肢の準備を進めています。一方、あえて戦争を起こせば自国にも莫大な打撃となるため、抑止が効いている限り容易には手を出さないだろうとも考えられます。米情報機関などは「2027年まで注意」としていますが、あくまで能力面での警告で、実際に起きるかは政治判断次第です。現状は中国も外交・心理戦で台湾を孤立させようと模索しており、直近で全面戦争になる可能性は低いと見る専門家もいます。しかし軍備拡張や偶発的衝突の危険が増しているため、決して楽観できない状態と言えます。

Q: 中国の軍事演習(例: 2022年ペロシ米議長訪台時)は実戦シナリオの予行演習ですか?
A: その要素はあります。 中国人民解放軍は、台湾周辺で繰り返す大規模演習を通じ封鎖やミサイル攻撃のシミュレーションを行っています。2022年8月の演習では台湾を取り囲む6か所の海空域を設定し、実際に弾道ミサイルを台湾上空越えで発射するなど準封鎖状態を作り出しました。これは通信遮断や航路封鎖の効果測定を意図したと見られます。ただ、一方で中国側も実戦時との相違点は認識しており、本当の侵攻時は奇襲効果が重要なので、演習内容を全て晒しているわけでもありません。要は演習で心理的圧力と戦術習熟の両面を狙っていると考えられます。

Q: 台湾海峡危機が起きた場合、日本本土や沖縄は攻撃対象になりますか?
A: その可能性は十分あります。 中国軍は台湾を攻める際、米軍や自衛隊の妨害を抑えるため、在日米軍基地や自衛隊の艦船・航空機にも攻撃を加える可能性が高いです。沖縄の米空軍嘉手納基地や海兵隊基地はもちろん、本土の横須賀港(米第7艦隊母港)なども標的リストに入るでしょう。また中国の弾道ミサイルの射程からすると、グアム基地や場合によっては日本の指揮中枢(東京近郊)も届きます。ただ、中国が初手から日本全土を攻撃すれば日本を全面参戦させることになるため、抑制的に米軍関連施設に限る可能性もあります。いずれにせよ、日本の領域が全くの安全地帯ではないことは認識すべきです。政府も住民避難やシェルター整備など、被害を減らす準備を始めています。

Q: 台湾有事の際、韓国や東南アジア諸国はどう動きますか?
A: 韓国は消極的、東南アジア諸国も中立を保つ公算が大きいです。 韓国は地理的には近いですが、朝鮮半島の安全保障が優先であり、中国とも経済関係が深いです。米国は韓国にも協力を求めるでしょうが、韓国軍が台湾防衛に戦力を割けば北朝鮮に付け込まれかねません。従って、よほどの米韓密約がない限り韓国は公式には静観するでしょう(ただし在韓米軍は動く可能性あり)。東南アジア諸国(ASEAN)は中国と米国の板挟みで、中立姿勢を取ると思われます。シンガポールなどは港湾提供など裏支援の可能性もありますが、基本的には「関係当事者の自制を望む」という声明に留まるでしょう。フィリピンだけは米比条約があり地理的にも要衝なので、基地提供などある程度協力すると見られます。他の国々は、国連などで人道支援や停戦仲介に回ることが考えられます。

Q: 中国が台湾を占領したら、半導体工場や設備は中国のものになるの?
A: 物理的にはそうですが、機能はすぐには活用できないでしょう。 台湾のTSMCなど半導体製造施設は非常に精密で、戦闘や停電で簡単に操業不能になります。仮に中国が侵攻に成功しても、その過程でインフラや人材が流出・破壊されれば工場は稼働不能になるでしょう。TSMC経営陣も「有事には工場を使い物にならなくする」と示唆しています。また先端製造には米日欧の装置やソフトが必要で、制裁下では保守もできません。従って中国が力で台湾を取っても、すぐにその技術を自分のものにできるとは限らず、むしろ世界中から半導体が消える損失が残るだけです。これは中国にとってもマイナスが大きいので、そこも侵攻を躊躇する理由と言えます。

Q: 台湾有事の警報や予兆は事前に察知できますか?
A: ある程度の兆候は掴める可能性がありますが、完全には保証できません。 米日台の情報当局は、中国軍の動向(部隊展開、予備役動員、衛星画像など)を常に監視しています。大規模侵攻準備であれば、数ヶ月前から異常な兵站集積沿岸基地の航空機増強など痕跡が出るでしょう。特に米国の偵察網は進んでおり、2022年ロシアのウクライナ侵攻の際も事前に警告を発しました。ただ、中国も欺瞞作戦や民間輸送船の活用など、奇襲の工夫をする可能性があります。また封鎖や限定攻撃では、宣戦布告なしに突然起こしうるため、100%の事前察知は難しいです。従って台湾や日本では、有事が予告なしに始まる前提で避難計画を用意する方向になっています。

Q: 台湾海峡での衝突が第三次世界大戦に発展する可能性は?
A: 排除はできませんが、主要当事国は拡大回避に努めるでしょう。 台湾有事は米中という核保有大国同士の衝突なので、第三次大戦の危険を孕みます。ただ、他の核大国(ロシア、インド等)が直接介入する構図にはなりにくく、主戦場は限定されるとの見方もあります。米中双方とも、互いの本土攻撃や核使用は避け、地域内で決着をつけようとするはずです。とはいえ、一旦戦火が広がれば制御は難しく、同盟対立のエスカレーションやサイバー攻撃の報復合戦で世界規模の混乱を招く恐れはあります。最悪の場合は冷戦型の二極世界が再来し、長期の対立が続くでしょう。そうした事態を防ぐためにも、起こさない努力と、起きた時の迅速な停戦工作が重要です。

用語集

  • A2/AD(アンチアクセス・エリア拒否): 中国が採用する戦略コンセプトで、「敵軍を自国周辺に近づけず、作戦行動を妨害する」ことを指す。具体的には長射程ミサイルや潜水艦・戦闘機で、米軍などの接近展開を阻止する。
  • ASCM(Anti-Ship Cruise Missile): 対艦巡航ミサイル。海上艦艇を目標とする巡航ミサイルで、台湾有事では台湾や日米のASCMが中国艦隊への主要な対艦打撃力となる。
  • LRASM(Long-Range Anti-Ship Missile): 長距離対艦ミサイル。米軍が開発したステルス性の高い対艦ミサイルで、戦闘機や爆撃機、艦艇から発射できる。台湾有事で中国艦隊を遠距離から攻撃する切り札の一つ。
  • TTX(Table Top Exercise): テーブルトップ演習。机上演習とも。地図やシナリオカードを使い、関係者が討論形式で行う戦争ゲーム。兵棋推演とも呼ばれ、実兵力は動員せず頭脳戦で進行する。
  • CIWS(Close-In Weapon System): 近接防御火器システム。艦艇や基地を守る高速自動機関砲で、迫り来るミサイルや航空機を最後の局面で打ち落とす。
  • 掩体壕(えんたいごう): 航空機や車両を敵攻撃から守るためのシェルター。コンクリートや土で作られ、ミサイル・爆弾の破片や衝撃から戦力を生き残らせる役割。
  • PAC-3(Patriot Advanced Capability-3): パトリオット地対空ミサイルシステムの改良型。弾道ミサイル迎撃能力を持ち、台湾や日本に配備されている。終末段階で敵ミサイルを直撃破壊する防衛ミサイル。
  • 空母打撃群: 航空母艦1隻と、その護衛艦(巡洋艦・駆逐艦など)、潜水艦、補給艦等で構成される艦隊単位。米海軍の基本遠征戦力で、台湾有事では空母打撃群が洋上航空基地として機能する。
  • EF-2000, F-35B, etc(戦闘機の型式): 欧州や米国のステルス戦闘機など。台湾有事では第五世代戦闘機(ステルス機)の有無が制空権に影響。F-35Bは短距離離陸でき、小島基地からの運用も可能で注目される。

以上、台湾海峡有事に関する最新シミュレーションの知見を総合し、その含意をまとめました。現実の危機を避け平和を維持するためにも、これらの研究を政策に活かし抑止力を強化していくことが重要です。

参考文献

  • Lights Out? Wargaming a Chinese Blockade of Taiwan / 米戦略国際問題研究所(CSIS) / 2025年7月
  • The First Battle of the Next War: Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan / 米戦略国際問題研究所(CSIS) / 2023年1月
  • Wargaming Nuclear Deterrence and Its Failures in a U.S.–China Conflict over Taiwan / 米戦略国際問題研究所(CSIS) / 2024年12月
  • Dangerous Straits: Wargaming a Future Conflict over Taiwan / 新アメリカ安全保障センター(CNAS) / 2022年6月
  • Over the Brink: Escalation Management in a Protracted War / 新アメリカ安全保障センター(CNAS) / 2024年8月
  • How China Could Blockade Taiwan / CSIS ChinaPower(米戦略国際問題研究所) / 2024年8月
  • The Economic Effects of a Potential Armed Conflict Over Taiwan / セントルイス連邦準備銀行 / 2025年2月
  • War Over Taiwan Would Cost World Economy $10 Trillion / ブルームバーグ・エコノミクス / 2024年1月
  • Thinking Through Protracted War with China: Nine Scenarios / ランド研究所(RAND) / 2025年2月
  • The Impact of a Taiwan Strait Crisis on European Defence / 英王立防衛安全保障研究所(RUSI) / 2024年11月
  • 台湾防衛机上演習(2030年シナリオ) / 台北経済政治研究所(TSEPS) / 2025年6月報道
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