
1. 序論:採用難報道の背景と問題提起
深刻なIT人材不足が叫ばれてきた中、生成AIなどの開発生産性向上によりエンジニア需要はどう変化するのか。本稿では、最新データや事例から「AIでプログラマーは不要になるのか?」という論点を掘り下げ、2025年以降の採用市場動向を展望する。
近年、IT人材の採用難が度々報道されてきました。日本では経済産業省の試算によれば、2030年に最大で79万人ものIT人材が不足する可能性があるとされています。この人材不足はデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展で需要が急増していることが背景にあり、企業にとって深刻な成長課題となってきました。実際、「2024年にはIT人材が約60万人不足する」といったデータも報じられ、各社が優秀なエンジニア確保にしのぎを削っています。世界的にも、テクノロジー分野の人材争奪戦は激しく、グローバルな人材不足が叫ばれてきました。米国労働省などの推計では2030年までに全世界で約8500万人の高度技術人材が不足するとの試算もあります。
ところが2023〜2025年にかけて状況に変化の兆しが見え始めました。生成AI(Generative AI)ブームに端を発したAIコード自動化ツールの普及や、世界的な景気減速も相まって、一部のソフトウェア人材の需要に変調が生じています。例えば2025年5月、米マイクロソフト社が約6,000人の大規模リストラを発表した際、解雇対象の約40%がソフトウェアエンジニアだったことが明らかになりました。以下の図が示すように、ワシントン州における同社のレイオフではソフトウェア開発職やプロダクトマネージャー職が中心となっています。

マイクロソフトのワシントン州における職種別レイオフ人数(2025年5月)【Bloomberg】。ソフトウェアエンジニアや製品管理層が大きな比率を占め、AI時代における人員配分見直しの一端を示す。
この出来事は「AIによってソフトウェアエンジニアが不要になる時代の先駆け」とも報じられ、市場に衝撃を与えました。また米セールスフォース社も2025年にはエンジニアの新規採用を抑制する方針を示し、代わりにAI関連の人材採用を進める計画を明らかにしています。かつては「エンジニア不足」が常識だった採用市場ですが、生成AIの台頭により「本当にこれからも人手が足りないのか?」という根本的な問いが浮上しています。
本稿では、この問いに答えるべく2025年から2035年までのエンジニア/プログラマー採用市場の行方を、日本およびグローバルな視点から詳細に予測・分析します。序盤で世界と日本の最新求人統計データを確認し、第3章以降でAIツールによる開発生産性向上がもたらす構造変化を探ります。その上で、消える職種・残る職種・新たに生まれる職種を展望し、短期(2025〜2027年)・中期(2028〜2035年)の採用市場動向を予測します。さらに企業の対応策や人材育成戦略、エンジニア個人のキャリア構築指針について提言し、最後に「採用市場は“質の再定義”フェーズへ」と向かう未来像を結論として提示します。
2. 世界と日本の求人統計(最新データ)
世界規模ではここ数年テック人材市場に変調が見られ、米国ではプログラマー職が激減(約-27%)する一方でソフトウェア開発者職は微減に留まる現象が起きています。一方日本では依然としてIT人材不足が深刻で、求人倍率の高止まりや数十万人規模の人材ギャップが最新データから読み取れます。
世界の動向:プログラマー職の急減と技術者需要の変化
まず世界の状況から見てみましょう。米国ではソフトウェア人材市場に顕著な変化が確認されています。ワシントンポスト紙の分析によれば、コンピューター・プログラマー(コーダー)職の雇用数が過去2年間で27.5%も減少し、統計開始以来最大の落ち込みとなりました。2025年時点の米国における「プログラマー」雇用者数は1980年以来の低水準にまで減少しています。これは全米の職種420種以上の中でも10指に入る激減ぶりで、「AIによる初期的な雇用影響が表れた例」と評価する専門家もいます。
興味深いのは、同じIT分野でも職種によって明暗が分かれている点です。上述の米国データでは「プログラマー」が激減した一方で、「ソフトウェア開発者(ソフトウェアエンジニア)」という職種カテゴリの雇用はわずか0.3%減に留まり、ほぼ横ばいでした。米政府の職業定義では、プログラマーは「他者が作成した仕様書に基づきコードを書く職種」であり、ソフトウェア開発者は「顧客の要望を汲み取り解決策を設計し、プログラマーらと共に実装を進める幅広い役割」とされています。この違いが顕著に現れた形で、単純なコーディング業務に従事する人材がAIに代替され始め、より上流の設計や問題解決を担う人材の需要は依然堅調であることが示唆されます。実際、2023年時点の米国における給与中央値もプログラマー:約9.97万ドルに対しソフトウェア開発者:約13.22万ドルと大きな開きがあり、高度な役割ほど待遇も高い傾向です。
この「消えるプログラマー、残る開発者」という現象はAI時代の労働市場変化を象徴するものです。米ブルッキングス研究所のマーク・ムーロ氏は、「プログラマー職の急減はAIがもたらした労働市場への初期衝撃と言える。AIが日常的なコーディング作業を肩代わりし、開発者たちがAI生成コードを積極活用するようになるにつれ、最初に打撃を受けるのは定型的なプログラミング業務だ」と指摘しています。他方で「AIチャットボットは人間の仕事を補完しこそすれ、必ずしも完全代替するわけではない」とも論じられており、現時点では高度IT人材への需要自体は大きく損なわれていないようです。米労働省の長期予測でも、ソフトウェア開発者・QA(品質保証)などの職種は今後10年で17%増と「平均以上の成長」が見込まれるとされ、AI活用を前提により高度な開発者層の需要はむしろ伸びるとの見方もあります。
世界全体で見れば、テック業界の求人は一時的な冷え込みを見せつつも、AI関連職種への需要は高騰しています。世界経済フォーラム(WEF)の「未来の職業レポート2023」によれば、今後5年間で「AI・機械学習スペシャリスト」の需要は約40%増とあらゆる職種中で最も高い伸び率が予測されています。同様に「データサイエンティスト・分析官」や「情報セキュリティ専門家」など高度デジタル人材も30%前後の需要増加が見込まれています。一方、「データ入力士」や「一般事務員」など一部の定型的職種はAI自動化により大幅減少が予測され、デジタル時代の労働市場は「需要が伸びる職種」と「縮小する職種」の二極化が進むと分析されています。
日本の動向:高水準の求人倍率と慢性的な人材不足
次に日本国内の統計を見てみましょう。日本ではITエンジニアの求人需要が依然高水準で推移しています。厚生労働省の一般職業紹介状況によると、2024年時点で「情報通信技術者」の有効求人倍率は他産業に比べて突出して高く、常に2倍超(求職者1人に対し求人2件以上)の売り手市場となっています。特にAI・クラウド・セキュリティなど先端分野のスキルを持つ人材は引く手あまたで、DXを推進する企業ほど優秀な人材確保に苦戦している状況です。
経済産業省が2019年に公表した「IT人材需給に関する調査報告書」では、日本のIT人材需給ギャップ(不足数)は2018年時点で約17万人と推計され、さらに2020年に約37万人、2030年には最大約79万人に拡大すると予測されていました。この予測通りであれば、現在(2025年前後)の不足規模は既に数十万人に達している計算で、実際に2020年代に入り「IT人材不足が企業経営の制約になっている」との声は中堅・中小企業を中心によく聞かれます。IT業界のみならず、金融・製造・行政といった非IT業界でもDXプロジェクトを進めるうえでエンジニア不足が壁となり、プロジェクト遅延や開発コスト増を招く例が増えています。
ただし、日本でも生成AIの登場以降、人材市場に変化の兆しが出始めています。大手IT企業の採用計画をみると、新卒エンジニア採用数を絞る動きが散見されます。実際、国内某大手SIer企業では「2025年度は新卒ITエンジニアの採用を前年比-30%程度に抑える」計画が報じられました。背景には「既存社員のAI活用による生産性向上で、人員増強を急がなくても対応可能」との経営判断があります。また、米国発のテック業界人員整理の波は日本子会社やスタートアップにも及び、2023年末〜2024年にかけて若手エンジニアの転職市場に一時的な供給過多をもたらしました。その結果、「新卒・若手の採用氷河期」との指摘も一部で出ています。もっとも、日本全体では依然としてIT人材不足の構造自体は解消しておらず、今後も高度IT人材の需要は底堅いとみる専門家が多い状況です。
以上のように、世界と日本の最新データからは「エンジニア職の需要構造変化」が浮き彫りになります。単純なコーディング職は減少傾向にある一方で、高度な開発職やAI活用スキルを持つ人材の需要は依然旺盛です。ただ、人材不足が叫ばれる日本でもAI活用の進展により短期的な需給ミスマッチが生じ始めており、採用市場の様相は今後大きく様変わりしていくでしょう。
3. AIツールがもたらす開発生産性の変化と構造的影響
生成AIによるコード自動生成などAI開発ツールの普及で、エンジニア1人あたりの生産性は飛躍的に向上しています。熟練者に匹敵するコーディングをするAIエージェントも登場し、「人間がコードを書く時代は終わりつつある」とも言われます。これにより開発プロセスやチーム構成が再編され、非エンジニアによるアプリ開発(市民開発)の可能性も拡大しています。
開発生産性の飛躍的向上
2022年以降、GitHub CopilotやOpenAI Codex、ChatGPTといったAIコーディング支援ツールが次々に実用化され、ソフトウェア開発の生産性は新たな段階に入りました。GitHub社の調査では、米国の開発者の92%が仕事内外でAIコーディングツールを既に利用しており、多くが「日々のタスクが効率化された」と感じています。実験的な研究によれば、AI補助を使うとコーディングタスク完了までの時間が半減するといった報告もあり、ルーチンなコーディングはAIに任せ、人間はより創造的な部分に集中できるようになりつつあります。マイクロソフトのサティア・ナデラCEOも2023年4月の発言で「一部プロジェクトでは最大30%のコードをAIが生成している」と明かしており、大規模開発現場でもAIがコードを書き起こすことが当たり前の光景になり始めています。
さらに2023年末には、Anthropic社の「Claude」のようなAI開発エージェントも登場しました。最新のClaudeは常時サーバ上で稼働し、人間エンジニアの指示に従ってコーディングからデバッグまでを自動で行うことができます。その仕事の質は「熟練した人間のエンジニアともはや変わらない」と評されており、いわば仮想の熟練プログラマーがチームに加わったようなものです。こうしたAIエージェントが今後さらに高度化すれば、システム開発における人的ボトルネックが大幅に解消される可能性があります。
開発プロセスの変化も見逃せません。従来、ソフトウェア開発は要件定義→設計→実装→テスト→デプロイという流れで人間が各工程を担当してきました。しかしAIの導入で工程間の垣根が融解し始めています。例えば自動コード生成によりコーディング工程の所要リソースが減れば、エンジニアは上流の設計や下流の検証により多くの時間を割けます。また継続的インテグレーション/デリバリー(CI/CD)のパイプラインにもAIが組み込まれ、テスト自動化やエラー検知の高度化が進んでいます。DevOps分野では既にAIによるビルド最適化や監視の自動分析が取り入れられつつあり、開発から運用まで一貫して「AIと協働する開発サイクル」が構築され始めています。これにより、少人数のエンジニアチームでも大規模サービスを開発・運用可能になるなど、開発現場の構造的な効率化が進行しています。
「人間がコードを書く時代」の転換
こうした状況を踏まえ、業界では「人間がコードを書く時代は終わりつつある」との声も聞かれます。極論に思えるかもしれませんが、その真意は「人間が一行一行手でコードを書く必要性が低下する」という意味合いでしょう。既に生成AIはプログラミングの知識がほとんど無くても直感的な指示でアプリ生成ができる段階に達しています。例えば対話形式で「こんな業務アプリが欲しい」と自然言語で要件を伝えれば、AIがコードを書きUIを生成してしまえるケースも出てきました。非エンジニア(ド文系)でもプログラミングができる時代が現実味を帯びてきたのです。
この「市民開発(Citizen Development)」の潮流は、企業内のソフト開発の概念を変えつつあります。今までは業務で不便があれば市販ソフトやIT部門に頼るしかありませんでしたが、これからはビジネスパーソン自身がAIを使って必要なツールを自作することも可能になります。実際、Excelマクロの自動生成や簡易なWebアプリ構築を従業員がAI経由で行う事例も登場しています。つまり、「コーディング専門の人」だけが開発を独占する構図が崩れ始めているのです。
もっとも、「人間がコードを書かなくなる=エンジニア不要」かというと、それは短絡的でしょう。むしろエンジニアの役割はコードを書く作業から、AIを活用してシステムを構築する監督・設計へとシフトしつつあります。AIが書いたコードをレビューし最適化するのも人間のエンジニアの仕事ですし、ビジネス要件を正しくAIに伝えるプロンプト作成や、生成AIでは対応しきれない高度なアルゴリズム設計・性能チューニングは引き続き人間の腕の見せ所です。要するに「エンジニアの仕事の中身」が質的に変化しているのであって、エンジニアという職業そのものが即座になくなるわけではありません。
AIツールの進化がチーム構成にも影響を与えています。従来10人必要だった開発チームが、AI支援をフル活用することで5人で済むようになるかもしれません。その場合、不要になった5人分のコストをより難易度の高い課題解決に振り向けることができるでしょう。組織によっては、AI活用に長けた「10倍エンジニア」に少数精鋭化する動きも考えられます。その一方で、AIが書いたコードをチェック・検証する品質管理役や、AIと協調して開発を進めるコーディネーター役など、新たな役割も生まれています。AIによる自動化で削減できたリソースを別の創造的業務に再配分することで、開発チーム全体のスキルセットと役割分担が再定義されつつあるのです。
以上のように、AI開発ツールの浸透はエンジニア個人の生産性のみならず、開発プロセス全体の構造転換を促しています。その結果、「人間対AI」の競争というよりは「AIを駆使するエンジニア」対「AIを使えないエンジニア」という図式で生産性に大きな差が生まれる時代になってきました。このことは次章の「消える/残る/新たに生まれる職務」の議論にもつながっていきます。
4. 消える/残る/新たに生まれる職務
AI時代に「消える職務」としては、単純なコーディング作業や定型的テスト業務が挙げられます。一方、「残る職務」は上流工程(要件定義・設計)や高度専門スキルを要する役割であり、DevOpsエンジニアやプロダクトマネージャーなど人間の判断力が重視される仕事は依然重要です。また「新たに生まれる職務」として、プロンプトエンジニアやAI倫理・ガバナンス担当、LLM統合エンジニアなどAI時代特有の職種が台頭しています。
AIによる変革期には、どの職務が淘汰され、どの職務が存続し、どんな新職種が生まれるかを見極めることが重要です。以下の表に、主な例をまとめます。
消える可能性の高い職務 😢 | 残る重要な職務 🙂 | 新たに生まれる職務 🧐 |
---|---|---|
コーダー(定型コーディング専門職) 初級プログラマー(単純な修正担当) 手動テスター(単純な動作確認) 一部の運用監視オペレーター | ソフトウェア開発者・システムエンジニア(上流設計も担う) プロダクトマネージャー(ビジョン策定と調整役) DevOpsエンジニア/Site Reliability Engineer(開発-運用統合) データベース管理者(高度な設計・最適化) | プロンプトエンジニア(AIへの指示最適化) 生成AI開発エンジニア(LLM活用サービス構築) AI倫理・法務スペシャリスト(AIの倫理指針策定) AIトレーナー/データキュレーター(モデル訓練データ整備) |
まず「消える職務」から見ていきましょう。典型例は定型的なコーディング業務です。先述の通り、仕様書に従ってコードを書くこと自体はAIが得意とするところであり、コーダー的な役割は真っ先に代替されつつあります。これまで新人プログラマーが経験を積むために担当していたような「単純な画面処理の実装」「既存コードの軽微な改修」などは、AIが短時間で片付けてしまうケースが増えています。またソフトウェアテストの領域でも、単純なバグ検出や回帰テストは自動化が進み、手順通りにチェックするだけのテスター業務は縮小傾向です。インフラ運用の監視オペレーションも、異常検知AIやセルフヒーリングシステムの導入でルーチンワークは機械任せとなり、人手はよりクリエイティブな問題対応に移っています。
一方で「残る職務」は高度な判断力や創造性を要する役割です。例えばソフトウェア開発者(開発エンジニア)は単にコードを書くのではなく、顧客のニーズを理解し最適なソフトウェア設計を行う能力が求められます。こうした上流工程は依然として人間が強みを発揮する領域であり、AI時代でも中心的役割として残り続けます。またプロダクトマネージャーのようにビジネス目標と技術を橋渡しする職種や、DevOpsエンジニア/SREのようにシステム全体の信頼性と効率を維持向上させる職種も不可欠です。これらはAIツールを活用しつつも人間の統合力が問われる仕事であり、今後さらに重要性が増すでしょう。さらにデータベース管理者やネットワークエンジニアなど基盤系のスペシャリストも、AIが補助はしても最終的な設計判断やチューニングは人間の経験に頼る部分が大きく、需要が底堅く残ると考えられます。
そして「新たに生まれる職務」ですが、既にいくつかのAI時代特有の新職種が登場しています。一つは「プロンプトエンジニア」です。これは生成AIに対して適切な指示(プロンプト)を書いて望むアウトプットを引き出す専門家で、より精度の高い回答やコードを得るためのテクニックを磨いた人材です。生成AI活用の初期段階では一部で高給求人も出て話題になりましたが、将来的には誰もが身につける基本スキルに変わる可能性もあります。それでも現状では「社内の生成AI活用の第一人者」「プロンプト最適化の指南役」として重宝されるでしょう。
また「生成AI開発エンジニア」ないし「LLMエンジニア」も新興職種です。これは大規模言語モデル(LLM)を自社サービスに組み込んだり、AI APIを活用して新機能を開発したりするエンジニアで、従来のソフトウェア開発スキルに加えてAIモデルの扱いに通じた人材を指します。生成AIのAPI(例えばOpenAIやGoogleのモデル)を叩いてアプリを作るケースが増えており、そのプラットフォームを横断して最適な実装ができるスキルは大変貴重です。今後「LLMオプス(運用)」「AIモデルメンテナンス」といった領域も拡大が予想され、モデルの定期アップデートやプロンプト改善を担う専門人材が求められるでしょう。
さらに「AI倫理・ガバナンス担当」も重要な新職種です。企業が生成AIを活用する際、偏見の排除や知的財産への配慮、データプライバシー遵守など多くの倫理・法務課題が発生します。これらに対応するためのAI倫理委員会を設けたり、AIポリシー策定担当を置く動きが出てきました。たとえば米国ではAI倫理の専門家を採用して社内ルール整備や従業員教育を行う企業が増えています。日本でも経営層・管理職に対する生成AI研修が始まっており、今後倫理と実務の橋渡しができる人材が重宝されるでしょう。
最後に「AIトレーナー/データキュレーター」も見逃せません。これはAIモデルの精度向上のために学習データを整備したり、AIの出力を評価・フィードバックしたりする人材です。生成AIは導入後も学習データの追加やフィードバック調整が必要なケースが多く、人間がそのプロセスを支えています。例えばコールセンターの自動応答AIでは、人間のトレーナーが定期的に対話ログを見直してAIの応答品質を改善しています。将来的にはこの部分も自動化が進むかもしれませんが、少なくとも中期的には「AIを教育する仕事」が一定の雇用を生むと考えられます。
以上、「消える/残る/新たに生まれる職務」を概観しました。重要なのは、これらは固定的なものではなく、個人のスキル次第で「消える側」にも「残る側」にも回り得るという点です。つまり、エンジニア個人にとっては「自分の仕事をどちら側にシフトさせるか」の選択でもあります。短期的な需給動向については次章で述べますが、いずれにせよAI時代に適応できる人材が残り、新たな役割を創出していくことは確実でしょう。
5. 短期予測(2025〜2027):縮小と再定義の時代
2025年前後から数年間は、エンジニア採用市場が一時的に縮小・停滞する可能性があります。企業は人員増より既存開発者のAI活用に注力し、新卒・ジュニア採用枠を絞る動きが予想されます。一方で、この時期はエンジニアの役割再定義が進み、求められるスキル要件も「AIを使いこなせること」が前提となる転換期となるでしょう。
採用需要の一時的な縮小傾向
短期(2025〜2027年)では、エンジニア職の求人総数が伸び悩むか、やや減少する局面が見込まれます。背景には、ここまで述べてきたAIによる生産性向上で一人当たりの仕事量が増え、人員計画を見直す企業が出てくる点があります。2023〜2024年にかけて、米大手テック企業が相次いで人員削減や採用凍結に踏み切ったことは既に触れました。これら企業(マイクロソフト、メタ、Google、セールスフォース等)はAI分野に巨額投資する一方で、既存のソフトウェア開発者の再配置・削減を進めました。その結果、世界的に高度IT人材の需給関係が一時的に緩和し、米国では先述のようにIT系新卒者の失業率が上昇する事態も起きています。
日本でも、2025年前後は新卒エンジニア採用の抑制が散見され、「テック業界の新人枠消滅」といった論調も聞かれます。実際、2024年の国内大手IT企業の新卒採用は前年比で約25%減とのデータもあり、この傾向がしばらく続く可能性があります。特に、基本的なコーディングしかできない層や「とりあえずプログラミングを学んだ」程度の候補者に対する需要は減り、企業は即戦力の経験者採用や、AIプロジェクトを牽引できる人材の中途採用にシフトするでしょう。言い換えれば、ジュニア層の採用市場が氷河期化し、中堅以上・スペシャリストへの需要が相対的に高まる局面です。
ただし、これは構造的な人余りとは異なる点に注意が必要です。短期予測で需要が縮小するといっても、それはAI活用が進んだ企業から順に一時的な採用調整を行うという意味であり、すべての企業・業界でエンジニア需要がなくなるわけではありません。むしろ、中小企業やレガシー産業ではこれからDXを本格化するところも多く、引き続きエンジニア不足に悩む組織も少なくないと考えられます。したがって、全体平均で見ると一時的に求人件数が頭打ちになる可能性はありますが、分野・地域によって需要の濃淡が大きく分かれるでしょう。
また景気動向も無視できません。2020年代半ばは世界経済の減速や金利上昇の影響で、テック以外の業界でもコスト見直しが進み、人員計画が慎重になっています。そのため「AIによる合理化」を名目に開発チームを縮小するケースもあるでしょう。しかしこれはあくまで景気循環的な要因との複合効果であり、AIだけが理由で採用市場が冷え込むと断定するのは早計です。
エンジニア職務の再定義とスキル要件の変化
短期的な特徴としてもう一つ重要なのが、エンジニア職務内容の再定義が進む点です。企業はAI活用前提で開発プロセスを見直す中で、「これからのエンジニアに何を任せるか」を再評価しています。このため求人票に記載されるスキル要件や仕事内容の記述も変わってきています。例えば、ある求人では「フロントエンドエンジニア募集」の要件に「GitHub Copilot等のAIペアプログラミングツール使用経験歓迎」と明記されていました。また別の大手企業の求人では「単体テストは基本的に自動化されているため、コードレビューとAI生成物の検証が主な業務です」との但し書きがある例もあります。つまり、この時期から既に「AIと協働できること」が前提条件になりつつあるのです。
スキル面では、「フルスタック×AI」のような幅広い能力が求められる傾向が強まります。単一言語に精通しているだけでは不十分で、AI APIを使いこなし、データ分析の基礎もわかり、クラウド環境でデプロイまでできる——そんなオールラウンドな人材が重宝されます。企業側も「欲しい人材像」のアップデートを迫られ、採用基準を引き上げる動きがあります。この結果、現場感覚とズレた採用要件が先行し、一時的に「該当者なし」でポジションが埋まらないケースも出てくるでしょう。採用担当者にとっても試行錯誤の時期となり、人材要件の再定義と既存社員のリスキリング(学び直し)という二軸で人材戦略を練り直す必要が出てきます。
短期予測の総括として、2025〜2027年は「縮小と再定義の時代」と位置付けられます。すなわち、量的には採用市場が一時縮小する反面、質的には求めるスキルセットが刷新される時期です。エンジニア側から見れば、この時期に新たなスキルを身につけ適応できるか否かで今後のキャリア機会に大きな差が付きます。一方、企業側から見れば、先行してAI活用型の開発組織へ移行できるかが競争力の分水嶺となるでしょう。
6. 中期予測(2028〜2035):二極化と再需要化
2028年以降になると、AI活用に適応した人材と適応できなかった人材でキャリアの二極化が鮮明になります。一方、AIを前提とした新ビジネス拡大により高度人材の再需要化が起こり、人材不足が再び顕在化する可能性があります。特にAI・データ・セキュリティ分野のスペシャリスト需要が高まり、市場全体としては人材争奪戦が再燃すると予測されます。
適応者と非適応者の二極化
2030年前後の労働市場では、デジタル人材の価値が極端に二極化しているでしょう。一方の極には、AIを駆使して高付加価値を生み出すトップ人材がいます。彼らは生産性が高く引く手あまたで、グローバル水準の報酬を得て活躍しています。もう一方の極には、AI時代にスキル転換できず付加価値を示せない人材が追いやられます。この層は自動化で役割を失い、他職種への転身を迫られるか、非正規的な働き方で細々と仕事を繋ぐかといった厳しい状況に置かれるかもしれません。
この二極化は個人のリスキリング努力と機会によってもたらされます。2020年代後半までに各組織でリスキリング支援策が講じられ、多くのエンジニアが生成AIやデータサイエンスの技能習得に取り組んだはずです。しかし、その成果にはどうしても個人差が生じます。ある人は複数のスキルを組み合わせて「100人に1人」の希少人材になり、大きな市場価値を得ます。別の人は新技術へのキャッチアップに消極的で、かつての経験だけでは太刀打ちできずに仕事を減らすことになるでしょう。AI活用の有無で生涯年収が数億〜十億円単位で変わるとも言われており、まさにキャリアの明暗を分ける分岐点となるのがこの時期です。
企業側も、この頃までには社内の人材構成が大きく様変わりしているはずです。AIに適応した社員は昇進・高待遇で繋ぎとめられ、適応できなかった層は配置転換や早期退職で減少しているでしょう。結果として、少数のハイエンド人材とそれを補佐するAIツールで業務を回す組織モデルが主流になると考えられます。労働市場で見れば、トップ人材ほどフリーランス的に複数企業と契約するケースも増え、プロジェクト単位で引く手あまたになります。一方、付加価値の低い仕事は外注や自動化が進み、中位以下のIT人材層は市場から消えるか他領域へ流出する可能性があります。こうした人材のミスマッチは社会問題化する懸念もあり、政府・教育機関による再教育プログラムが重要性を帯びるでしょう。
高度IT人材の再需要化と人材争奪戦の再燃
中期(2028〜2035)には、一巡したかに見えた高度人材需要が再び高まると予測できます。その主因は、AIを前提にした新規プロジェクト・サービスが爆発的に増えることです。AI技術が成熟し産業に浸透するほど、「AIができること」を折り込んだ新ビジネスが次々と生まれます。例えば、医療・製薬分野ではAI創薬や診断支援が本格化し、新たなソフトウェア需要が生まれるでしょう。また自動車分野では自動運転AIの進化に伴い、関連するシステム開発やインフラ整備に大勢のエンジニアが必要になります。AIが汎用化する=ソフトウェアが組み込まれる領域が拡大することでもあり、結局のところ優秀なソフトウェアエンジニアの出番は増えるのです。
一度は人員削減を経験した大手テック企業も、新たな成長局面では再び人材確保に乗り出すでしょう。ただし採用するのは「数」ではなく「質」に徹底的にこだわった精鋭です。結果として、各社が欲しがる人材像は似通ってくるため、本当に優秀な人にオファーが集中し、一人の超人エンジニアに対して複数企業が競合オファーを出すような事態も起こりえます。人材争奪戦の再燃です。特に、AI研究・開発人材(機械学習エンジニアやリサーチサイエンティスト)やセキュリティ人材は世界的な奪い合いになると予想されます。セキュリティに関して言えば、AIによるサイバー攻撃対策やデータプライバシー保護が死活的に重要となり、その分野の専門家不足が深刻化するでしょう。これも新たな人材需要としてクローズアップされるはずです。
さらに、中期以降は少子高齢化によるベテランエンジニア大量引退のフェーズにも入ります。日本では団塊世代後期〜バブル世代の技術者が2030年前後で60代半ばとなり、一斉退職する可能性があります。この穴を埋める若手層は数的に不足しており、AIで効率化してもノウハウ継承などに課題が出るでしょう。したがって、AIで省力化しつつも経験豊富な人材の知見をどう引き継ぐかが焦点となり、ここでも高スキル人材の価値が改めて高騰すると考えられます。
以上より、中期(2028〜2035)は「二極化と再需要化」の時代と位置付けられます。スキル適応の成否でキャリアの明暗が別れる一方、社会全体では再び高度人材不足が顕在化し、企業間競争はむしろ以前にも増して激しくなるでしょう。皮肉なことに、AIが普及した2030年代においても、「優秀なエンジニアが足りない」という声は依然消えない可能性が高いのです。
7. 企業の対応策と人材育成戦略
企業にとって、AI時代の人材戦略は「既存人材のリスキリング」と「新たな人材確保」の両輪が重要です。具体的には社内AI活用推進チームの設置や生成AI研修の実施、人材評価基準の見直しなどで社内変革を促す一方、AI人材の中途採用や外部人材との協業にも積極的に取り組む必要があります。人材育成では「AI+複数スキル」を持つT字型人材を育てる戦略が鍵です。
既存人材のリスキリングと組織づくり
まず、今いる社員の能力を最大化することが重要です。リスキリング(学び直し)支援は待ったなしの課題であり、生成AI時代に合わせて社員全体のスキル底上げを図る必要があります。具体策の一つが、社内研修や勉強会の拡充です。生成AIに関する研修を実施している企業はまだ3割程度との調査もありますが、これを早急に引き上げ、全社員がAIをツールとして使える素養を身につけるべきです。特に開発部門では、ペアプログラミングにAIを取り入れるトレーニングや、AIコードレビューの演習など実践的な研修が有効でしょう。
社内にAI推進の専門チームを作ることも有効策です。このチームは各部署横断でAI活用の支援やガイドライン策定を行うもので、「AIセンターオブエクセレンス」のような役割を担います。具体的には、適切なAIツールの選定・導入、従業員からの相談対応、成果のモニタリング、そして社内におけるベストプラクティスの共有などです。こうした推進チームがハブとなることで、組織全体でAI活用ナレッジを蓄積・拡散できます。人材面でも、このチームを通じてAI人材を社内育成する狙いがあります。社内公募やプロジェクト配属を通じて、AIに興味ある社員を集め専門スキルを磨かせれば、将来的に各部署へ戻ってAI推進役となってもらえます。
経営陣のコミットメントも欠かせません。経営トップ自らがAIの可能性とリスクを正しく理解し、明確なビジョンを示すことが重要です。「当社はAIを積極活用して●●を実現する」「社員には必要な再教育の機会を提供する」といったメッセージを発信し、予算も人的リソースも投下する覚悟が求められます。経営層・管理職向けの生成AI研修を実施する動きも出ていますが、これはトップダウンで社内カルチャーを変えるために有効です。現場任せにせず経営が旗を振ることで、社員も安心して学びに時間を使えるでしょう。
新たな人材確保と外部リソース活用
既存社員の育成と並行して、外部からの人材獲得にも戦略的に取り組む必要があります。特にAI人材やデータ人材は慢性的に不足しており、自社内でゼロから育成するには時間がかかります。したがって、中期計画で必要となる人材像を見極め、計画的に中途採用や契約社員として迎え入れることが有効です。たとえば「データエンジニアリングに弱い」という課題があるなら、実務経験豊富なデータエンジニアを採用してチームリーダーに据え、既存社員にノウハウを継承してもらうといった手があります。
また副業・フリーランス人材の活用も選択肢です。優秀なAI人材はフリーで複数社と契約するケースが増えると予測されるため、自社も柔軟な契約形態でそうした人材に参画してもらう体制を整えましょう。社内規定を見直して副業を解禁し、逆に自社も外部タレントを受け入れるリモートワーク環境を整備することが大切です。オープンイノベーションの観点では、スタートアップや大学研究室との協業も人材ネットワーク拡大につながります。共同研究プロジェクトを通じて有望な若手AI研究者と接点を持ち、後にリクルートするような動きもあり得ます。
採用基準・評価制度のアップデートも忘れてはなりません。AI時代に求められる能力を正しく評価できる体制に変えていく必要があります。従来型のコーディング試験や学歴要件だけでは測れない「AI活用力」「自己学習力」「複数スキル融合力」といったコンピテンシーを重視した採用選考に移行しましょう。具体的には、候補者にAIツールを使った課題解決を実演してもらうとか、過去に自発的に学んだ内容をプレゼンしてもらうなどの方法が考えられます。社内の人事評価においても、AIで効率化した業績を正当に評価する仕組みや、AI活用を周囲に促進した貢献度を加味するなど、新たな価値貢献を見逃さない評価制度に変えていくことが大事です。
最後に、社内における知の共有と風土づくりも長期競争力の鍵です。AI時代は技術変化が早いため、社員同士が常に学び合い知見をシェアできる文化が必要です。例えば社内SNSで「今日試したAI小技」を共有する習慣をつける、ナレッジ共有会を定例化する、といった小さな取り組みが効果を発揮します。失敗を許容し新しいツールを試すカルチャーを醸成することで、社員が積極的にスキル習得に取り組める雰囲気を作りましょう。
企業の対応策をまとめると、内にリソースあり:現有社員の底上げと外にリソース求む:外部人材の活用の両面で攻めることが肝要です。その際、「人材=コスト」ではなく「人材=価値創造の源泉」との発想で投資することが、AI時代を勝ち抜く企業の条件と言えます。
8. エンジニアのキャリア構築指針
エンジニア個人としては、「AIに仕事を奪われる側」ではなく「AIを使いこなす側」に回ることがキャリア構築の第一指針です。そのために生成AIツールの習熟や複数分野のスキル習得(例:クラウド+機械学習+業界知識)が重要です。また継続的な学習習慣とコミュニティでの情報収集によって技術トレンドの先端に居続けること、さらには人的ネットワーク構築も有効です。変化を恐れず柔軟にキャリアを再設計できるマインドセットを持ちましょう。
「AI+◯◯」で市場価値を高める
まず何より、AIを味方につけることが必要です。「AIがあるから自分の仕事が減る」と捉えるのではなく、「AIのおかげで自分の能力が何倍にも拡張できる」と考えて行動しましょう。具体的には、日常のコーディングで積極的にCopilot等を使ってみる、ChatGPTに業務上の問題を相談してみるといった小さな一歩から始めると良いでしょう。使う中で限界も見えてきますが、それも含めてAIの得意・不得意を理解することが重要です。AIツールをただ盲信するのではなく、結果を吟味・修正できてこそプロの仕事になります。「AIリテラシー」とも言えるこの素養は、今後あらゆるエンジニアに必須となります。
次に、自分の専門領域にAIスキルを掛け合わせることを意識しましょう。例えばバックエンド開発が専門なら、そこに機械学習やデータ処理の知識を足す。あるいは業界知識(金融・医療など)を持っているなら、AIを使ってその業界課題を解決する方法を学ぶ。つまり「AI+◯◯(自分の強み)」の形で希少価値を高めるのです。前述のイベントで語られたように、「100人に1人のスキルを4つ組み合わせれば1億人に1人の人材になれる」というのは極端ですが、複数領域のスキルを組み合わせることがこれまで以上に重要になるのは確かです。AI時代、純粋な単一スキルはモデルに代替されやすいですが、異なるスキルの組み合わせから生まれる創造性は人間の強みです。
継続学習と情報発信で先端を走る
技術の変化が速い時代だからこそ、継続的な学習習慣を身につけましょう。忙しい業務の中でも毎日少しずつ新技術の記事を読む、週末にオンライン講座で勉強する、といった地道な積み重ねが将来の差を生みます。特に生成AIやLLM関連の進化は日進月歩ですので、最新のアップデート情報をキャッチアップするよう努めてください。英語の情報にもアクセスすると良いでしょう。主要AI研究の論文やGitHub新プロジェクトなどは英語圏から発信されることが多く、英語に慣れておくと得られる情報量が格段に増えます。
コミュニティに参加することも有益です。エンジニア向け勉強会やオンラインフォーラム(Stack OverflowやQiitaなど)、SNS(Twitter/XやGitHubディスカッション)で情報交換することで、自分一人では気づけないトレンドやノウハウを得られます。コミュニティ活動は単なる情報収集に留まらず、人的ネットワーク構築にも繋がります。優秀なエンジニア仲間と知り合っておくことは、転職やフリーランス転向の際にも心強い財産となるでしょう。
また、アウトプット(情報発信)もぜひ挑戦してください。ブログ記事執筆やカンファレンス登壇など、自分の学びを発信することで理解が深まるだけでなく、業界での認知度向上にも繋がります。特にAI時代は「何ができるか」より「何をしてきたか」が重要になると言われます。ポートフォリオサイトやGitHubに自分のプロジェクトをまとめ、他者に見せられる形にしておきましょう。採用する側もAI時代には従来以上に実績ベースで候補者を判断するようになります。資格や学歴より、「こういう問題をAI使って解決した」「これだけの人を巻き込んでプロジェクトを成し遂げた」という実績こそが最高の名刺代わりです。
キャリアの柔軟な再設計
AIの発展で次々と新領域が生まれるため、キャリアパスも従来の延長線上にない可能性があります。10年前には存在しなかった「クラウドアーキテクト」や「データサイエンティスト」が今や人気職種となったように、5〜10年後には今想像もできない役割が登場しているでしょう。そうした変化に備えるには、キャリアの柔軟性を持つことが大切です。一つの役割に固執せず、常に市場のニーズを見極めて自分の強みを活かせる新ポジションに飛び込む勇気を持ちましょう。
例えば、これまでプログラマー一筋できた人も、将来的にプロンプトエンジニアやAIプロダクトマネージャーへの転身を視野に入れてみる。逆に技術だけでなくマネジメント経験も積んでおき、将来はCTO的ポジションを狙う。あるいは副業で異業種プロジェクトに関わり、ドメイン知識+ITのハイブリッド人材になる、など様々な道があります。大事なのは「自分の市場価値を定期的に棚卸しする」ことです。年に一度は自分のスキルセットと世の中の需要を見比べ、必要なら軌道修正する習慣をつけましょう。
メンタル面でも、変化を恐れずポジティブに捉えるマインドが成功の鍵です。AIが出てきたからといって悲観するのではなく、「自分がもっと面白い仕事に挑戦できるチャンスだ」と思えれば成長につながります。幸いエンジニアは「ものを学ぶ方法を学んでいる」職種とも言えます。日々新しい技術が出ては消える世界で鍛えられている皆さんなら、多少方向転換があっても十分に対応可能なはずです。
最後に、身体と心の健康も忘れずに。どんなに技術が進んでも、持続的にパフォーマンスを発揮できる人が結果として成功します。睡眠・運動・趣味の時間を適切に確保し、バーンアウトしないよう自己管理することもプロフェッショナルの一部です。AI時代は人間らしさも武器になります。好奇心、創造性、共感力——これらはAIには真似できない強みです。人間ならではの良さを伸ばしつつAIを使い倒す、そんなスタンスでキャリアを築いていってください。
9. 結論:採用市場は“質の再定義”フェーズへ
AIの進化によってエンジニア採用市場は量より質を重視するフェーズへ移行しました。一時的な求人減少や職務変化は起きるものの、本質的には優秀な人材への需要はむしろ高まると考えられます。企業も個人も「AI時代に価値を発揮できるか」が問われるようになり、採用市場は“質の再定義”、すなわち人材の本当の実力と適応力がシビアに評価される段階に入っています。
AIによる開発生産性向上は、確かにエンジニアの数的需要に一定のインパクトを与えています。短期的にはプログラマー求人が減少し、採用難だった市場に一息つく場面も見られるでしょう。しかしそれは「エンジニア余り」の恒常化を意味するのではありません。むしろ、新たなスキル要件を満たす人材は依然不足しており、視点を変えれば「AI時代対応人材の不足」という新たな課題が浮上したとも言えます。
採用市場は今、量的調整から質的競争へと軸足を移しています。企業は自社に本当にフィットする人材かどうか、AI時代に伸びしろがあるかどうかをこれまで以上に慎重に見極めるでしょう。単に空いた席を埋めるのではなく、将来を託せる人材を戦略的に採用・育成するフェーズです。その結果、従来は採用対象外だったような異業種出身者や多様なバックグラウンドの人にもチャンスが広がる可能性があります。AI時代に必要な創造性や複眼思考を持っているなら、たとえ今すぐの技術スキルが不足していても採用する——そんなポテンシャル重視の採用も増えるかもしれません。
一方で、個人にとっても厳しい自己研鑽の時代です。質が重視されるということは、裏を返せばサバイバルレースの様相も帯びます。技術にキャッチアップし続ける情熱があるか、変化を受け入れて学び直せる柔軟性があるか。それがない人は市場価値を失い、逆にそれがある人には従来以上の高待遇が用意されるでしょう。成果主義・能力主義が一層鮮明化し、年功や過去の肩書きはほとんど意味を持たなくなります。採用面接でも「具体的に何ができるのか」「最近どんな新技術を習得したか」といった点を深掘りされるのが当たり前になるでしょう。
幸いにも、人間の創意工夫と適応力は無限です。AIに翻弄されるのではなく、AIと共に自己を高めていく道を選ぶ限り、エンジニアの未来は決して暗くありません。むしろAIはエンジニアの力を引き出す触媒となり、新たな活躍フィールドを次々に創造してくれるはずです。そうした前向きな変化を受け止め、生涯にわたって学び続けるエンジニアこそが2030年代の主役となるでしょう。
採用市場は“質の再定義”フェーズへ——すなわち、人材の本当の価値とは何かが改めて問われる時代です。企業は量ではなく質、本物の才能と成長意欲を持つ人を求めています。エンジニア個人も、自らの質を高める努力を惜しまず、変化に乗じて飛躍する心構えが求められます。AIがもたらすこの変革期を、単なる危機ではなく次なるチャンスへの幕開けと捉え、共に明るい未来を切り拓いていきましょう。
用語解説
- 生成AI(Generative AI):ユーザーからの入力に応じて文章や画像、プログラムコードなどを生成するAI技術の総称。大規模言語モデル(LLM)などを用いる。ChatGPTやGitHub Copilotは生成AIの代表例。
- LLM(Large Language Model):膨大なテキストデータで訓練された言語モデル。人間に近い自然な文章生成や質問応答が可能。GPT-4やPaLM2などが該当。
- リスキリング:職業人が新たなスキルを習得し直すこと。AI時代に合わせたリスキリングでは、非エンジニアがプログラミングを学ぶケースや、エンジニアが機械学習を学ぶケースなどがある。
- DevOps(デブオプス):Development(開発)とOperations(運用)を一体化して効率化する手法や文化。開発担当と運用担当が協働し、継続的デプロイやインフラ自動化を行う。
- プロンプトエンジニア:生成AIに望む結果を得るため最適な指示(プロンプト)を設計する専門職。適切な言葉遣いや追加情報でAIの応答をコントロールする技術を持つ。
FAQ
Q1. AIの発展で本当にプログラマーの仕事はなくなるのでしょうか?
A1. 完全になくなることは考えにくいです。確かに定型的なコーディング作業はAIに置き換わりつつあり、「プログラマー」の求人は減少傾向にあります。しかし開発者(ソフトウェアエンジニア)という職種自体の需要は依然として健在で、むしろAIを使いこなせるエンジニアへのニーズは高まっています。人間にしかできない上流設計や創造的仕事も多く、AIはそれを支援するツールになると考えられます。要は仕事の中身が変わるのであって、エンジニアという職業そのものが消滅するわけではありません。
Q2. 将来性の高いエンジニア職種には何がありますか?
A2. AI/機械学習スペシャリストやデータサイエンティストは今後も成長が見込まれる分野です。またクラウドエンジニア、サイバーセキュリティエンジニアも需要が伸びています。加えて、AI時代特有のプロンプトエンジニアやAI倫理スペシャリストなど新職種にも注目です。さらに、特定の業界知識とITを掛け合わせた「◯◯テック」(例:フィンテック、ヘルステック)人材も将来性があります。要するにAI技術を基盤とした各専門領域が有望と言えるでしょう。
Q3. これからエンジニアを目指す学生は何を学ぶべきでしょうか?
A3. プログラミングの基礎はもちろん身につけるべきですが、それに加えてデータサイエンスや機械学習の知識も学ぶことをおすすめします。Pythonなどで簡単なAIモデルを動かしてみる経験は貴重です。またクラウドプラットフォーム(AWSやGCPなど)の操作も現代の開発に欠かせません。さらに、英語力も重要です。最新技術情報は英語が多いため、読み書きできると強みになります。そして自ら学び続ける習慣を学生のうちに身につけてください。技術は卒業後もどんどん進化するので、学び方を学ぶことが最大の財産です。
Q4. 企業側はエンジニア採用で具体的に何を変えていくべきですか?
A4. 求人要件をAI時代に合わせて見直すことが第一です。「◯年以上の開発経験」といった年功的指標より、具体的なスキルセットやポテンシャルを見るようにします。また採用プロセスでもコーディングテストだけでなく、AIツールを使った課題解決を組み込むなど工夫できます。加えて、既存社員のリスキリング支援や評価制度の改定も必要です。AI活用できる人を正当に評価・処遇することで、内外から優秀な人材を惹きつけられるでしょう。要は、自社がAI時代にふさわしい人材像を明確化し、それに沿って採用・育成体系をアップデートすることが大切です。
Q5. エンジニアの将来の雇用は不安定になりませんか?
A5. 雇用の形態や求められるスキルは変化しますが、優秀なエンジニアの雇用機会自体はむしろ増えると考えられます。AIの導入で一部の人余り・仕事減少は起こりますが、その一方で新たなプロジェクトやサービスが次々生まれ、人手が必要になるからです。実際、2030年代を見据えても各国で高度デジタル人材の不足が予測されています【経産省】。大切なのは、需要のあるスキルセットを備えているかです。時代遅れのスキルに固執すると職を失うリスクはありますが、最新技術を習得し続ける人にとっては仕事は豊富に存在します。エンジニア本人が変化に適応し成長し続ける限り、将来の雇用を過度に不安視する必要はないでしょう。
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参考文献リスト
- 経済産業省:「IT人材需給に関する調査」調査報告書(2019)【経産省】<br>
URL: https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf - Bloomberg(ブルームバーグ):「AIでソフト開発者に解雇の波、マイクロソフトの米大規模人員削減」(2025年5月15日)
URL: https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-05-14/SW9MHIT1UM0W00 - SBクリエイティブ「ビジネス+IT」:根岸智幸「『エンジニア不要』どころじゃない…ド文系でも『コーディング楽勝』の生成AI活用術」(2025年)
URL: https://www.sbbit.jp/article/cont1/165657 - PRESIDENT Online:青葉やまと「プログラミングを学んでもムダに…最新データでわかった『AIに奪われた仕事』『最大の犠牲者』とは」(2025年5月6日)
URL: https://president.jp/articles/-/94326 - The Washington Post:Andrew Van Dam “More than a quarter of computer-programming jobs just vanished. What happened?” (2025年3月14日)
URL: https://www.washingtonpost.com/business/2025/03/14/programming-jobs-lost-artificial-intelligence/ - GitHub Blog:“Survey reveals AI’s impact on the developer experience” (2023年)
URL: https://github.blog/news-insights/research/survey-reveals-ais-impact-on-the-developer-experience/ - Digital Shift Times:「生成AI時代のリスキリングサミット2024 イベントレポート」(2024年10月23日)
URL: https://digital-shift.jp/ai/241023 - World Economic Forum:“The Future of Jobs Report 2023” (2023年)
URL: https://www.weforum.org/reports/the-future-of-jobs-report-2023/ - OECD(経済協力開発機構):“The impact of AI on the workplace: Main findings from the OECD AI surveys” (2023年3月27日)
URL: https://doi.org/10.1787/ea0a0fe1-en - note(Zun-Beho氏):「2025年米プログラマ氷河期、AI人材だけが加速する。日本はどうする?」(2025年5月17日)
URL: https://note.com/akikito/n/n30c1a1a15514
AI 2027: 生成AI技術の進展と社会的影響
はじめに 「AI 2027」は、2027年における人工知能(AI)技術の姿とその社会への影響を展望するテーマである。近年、生成AI(Generative AI)は劇的な進歩を遂げ、研究開発の加速と社会実装の拡大によって、わずか数年でAIは新たな段階へと移行した。特に2022年末の対話型AI「ChatGPT」の公開以降、生成AIは一般社会から産業界まで幅広く注目を集め、その革新は「スマートフォンの登場時になぞらえられる革命的瞬間」に例えられている。本稿では、生成AI研究者の視点から、AI 2027に至る技術 ...
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2025年、日本の医療・防災にAI本格導入へ
技術革新が支える安全と健康 導入 日本では、人工知能(AI)の活用が医療と防災の分野で本格化しつつあります。政府は「Society 5.0」という未来構想の下、AIやデータを社会課題の解決に役立てる戦略を加速しており、岸田首相主導の「AI戦略会議」(2023年5月11日初会合)で「すべての産業分野にAIを活用する」と明言されました。2025年2月には、日本初のAI関連法(通称「AI新法」)が閣議決定され、同年6月4日に公布。開発の促進とリスク対策、さらに悪質事業者の公表制度などを定め、AI導入を制度面から ...
TikTokライブにおけるNPC配信(NPCストリーミング)の最新研究動向
導入 近年TikTok LIVEで流行している「NPC配信(NPCストリーミング)」は、視聴者が配信者に対してゲーム内のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)のような振る舞いをさせるエンターテインメント手法です。視聴者はアニメやゲームの脇役キャラに扮した配信者に課金(投げ銭)し、その行動をコマンドで操作できます。この新しい文化は、従来のライブストリーミングにゲーム的要素とネットミーム(模倣)の手法が融合したものであり、視聴者との双方向性と収益化を同時に生み出す点が注目されています。SNS上でバイラル化し ...
ナノロボットが拓く「不老不死」ロードマップ:科学・産業・倫理の最前線
概要 ナノロボット医療は、分子レベルで老化へ介入し“死なない身体”に近づく技術として脚光を浴びています。本稿では、ナノロボットの仕組みと老化の分子基盤、五つの介入アプローチ、複数ソースに基づく市場規模レンジ、2030→2050ロードマップ、さらに倫理・軍事リスクまでを整理。研究者・ビジネス・政策担当者が次に取るべきアクションを示します。要点:可能性は大きいものの、安全性・社会受容を伴う慎重な実装が不可欠です。 H2: ナノロボット概論 ― 定義・原理・設計要素 要旨:ナノロボットは直径数十〜数百 nmの分 ...