
経済を武器にした覇権争いが激化しています。 地経学(ジオエコノミクス)とは、国家が経済的手段を用いて戦略目標を追求するアプローチです。昨今は半導体の輸出規制や重要鉱物の囲い込みなど、企業活動にも直接響く措置が各国で相次ぎます。本稿では地経学の定義・理論から主要な政策手段、最新の国際動向までを概観し、日本企業が取るべき実務対応策を提示します。
キーファクト5選(先に全体像)
- 地経学(Geo-economics)とは、軍事ではなく経済を梃子に国益を図る戦略であり、Edward Luttwak氏が1990年に提唱した概念。地政学(Geopolitics)との違いは「戦争の論理を商業の文法で代替すること」にあるとされる。
- 経済安全保障推進法(令和4年法律第43号)は日本の包括的枠組み(2022年5月成立)。サプライチェーン強靱化や重要インフラ防護など4本柱を段階施行し、2024年5月までに全制度が運用開始。
- 米国CHIPS法(Chips and Science Act, 2022/08/09成立)は半導体産業に約5兆円($520億)を投じる産業政策。これと連動し米商務省は2022年10月・2023年10月・2024年12月と対中ハイテク輸出規制を強化。
- EU対経済的威圧措置規則(ACI)は2023/12/27発効の新法。外国からの経済的圧力に対抗し得る「核兵器(nuclear option)」と呼ばれ、関税以外にも広範な対抗措置を可能にする(未発動)。
- 重要鉱物の輸出管理では、中国が2023年8月にガリウム・ゲルマニウム製品の輸出許可制を導入し供給が逼迫。続いて同年12月には黒鉛の輸出にも許可制を課し、EV電池材料の対外供給を制限した。
地経学の定義と系譜(地政学との違い・経済外交との関係)
地経学(Geoeconomics)とは「経済を通じて政治目標を達成する」国家戦略です。これは従来の軍事・外交中心の地政学とは異なり、貿易・投資・金融など経済的手段を用いる点に特徴があります。米戦略家Edward Luttwak氏は冷戦終結直後の1990年に「戦争の論理を商業の文法で遂行する」時代が来たと論じ、軍事力に代わり経済力が競争軸になると予見しました。その後、米外交問題評議会(CFR)のBlackwill & Harris両氏は著書『War by Other Means』(2016年)で地経学を「経済手段を用いた国家目的の追求」と定義し、制裁・貿易・投資等を統合活用する「別の手段による戦争」と位置づけました。さらに近年、Farrell & Newman両氏(2019年)は複雑に相互依存したグローバル経済ネットワークが「武器化された相互依存」(weaponized interdependence)を生み、特定国が金融網や供給網への支配をテコに相手国を制約し得ると指摘しています。
地経学は経済外交(economic diplomacy)や経済的威圧(economic coercion)と密接に関連します。経済外交は通商交渉や経済援助を通じ友好関係を築く「飴」の側面が強い一方、経済的威圧は制裁や関税引き上げなど相手に痛みを与え政策変更を迫る「鞭」の側面です。地経学はこの両面を包括する概念であり、例えば巨大経済圏構想へのインフラ投資(飴)と、禁輸や資産凍結(鞭)の双方を状況に応じて使い分けます。重要なのは地政学的な目的(安全保障や勢力均衡)を達成するために経済手段を戦略的に統合する点であり、現代の覇権競争において国家はマーケットやサプライチェーンを新たな戦場としているのです。
地経学の「手段」一覧(実務家向けサマリー表)
国家が地経学的目標を達成する際に用いる主な経済的「武器」を以下にまとめます。それぞれ目的や典型的主体、事例と留意点を示しました。
手段 | 目的(作用) | 主な主体 | 代表事例 | 留意点(要件・根拠) |
---|---|---|---|---|
経済制裁(資産凍結・取引禁止) | 相手国・団体の資金源遮断・行動変容 | 国連安保理・米国OFAC等 | 国連安保理決議による対北朝鮮制裁、米の対イラン制裁 | 国内法(例:米IEEPA法)や国連憲章VII章に基づく。二次制裁は域外適用の法的リスク |
輸出管理(ハイテク禁輸・デュアルユース規制) | 軍事転用可能技術の拡散防止・自国優位維持 | 米商務省BIS・日本経産省等 | 米国の対中半導体規制(2022/10/7規則等)、日本の先端半導体製造装置輸出管理 | 安全保障例外(GATT第21条)を主張可能だが緊急性要件等あり。違反は刑事罰対象 |
投資審査(対内直接投資の審査・規制) | 敵対国による重要産業・技術取得の阻止 | CFIUS(米)・EU各国当局・日本(外為法) | 米CFIUSによるハイリスク案件の買収阻止事例あり(※個別案件は国・年次報告や大統領命令で公表される範囲に限られる)、日本の事前届出制度 | 主権的権限で安全保障上必要と判断すれば却下可。透明性と一貫性が課題 |
通商措置(関税・輸入制限・救済措置) | 自国産業保護・報復で譲歩引き出し | WTO加盟国(条約に則り/例外) | 米国の鉄鋼アルミ関税(2018年、安保例外主張)、中国の報復関税(対米農産品) | GATT第19条(セーフガード)や第21条(安保例外)を根拠とする。乱用時は紛争案件に |
産業政策(補助金・インセンティブ) | 戦略産業育成・サプライチェーン国内回帰 | 米国・中国・EU・日本 | 米CHIPS法補助金(米Intel新工場に補助)、中国の半導体ファンド | WTO補助金協定上グレーゾーン。補助金競争で他国の対抗措置誘発も |
インフラ金融(政府基金・開発援助) | 海外での影響圏構築・資源確保 | 中国(BRI)・日米欧開発機関 | 中国の一帯一路イニシアチブ(港湾や鉄道への巨額融資)、日本のODA戦略的供与 | 債務の罠批判に留意。融資条件に地政的意図が含まれる場合は受入国の反発リスク |
情報・データ統治(輸出規制・国内管理) | 先端技術・機微情報の流出防止 | 中国(データ安全法)・米国 | 中国のデータ国外提供制限(2021年施行のデータ安全法)、米の対海外個人情報移転規制 | 国内法で保護強化。企業は現地法遵守とグローバルで相矛盾する規制への対応に苦慮 |
対抗措置(ACIなど経済的報復手段) | 他国の経済的威圧への報復・抑止 | EU(欧州委・理事会) | EU対経済的威圧措置規則(2023年発効):未行使。将来米追加関税への報復検討 | WTO非違反だが発動には加盟国の多数同意必要。乱用は経済紛争激化の恐れ |
※上記の他にも、自国通貨・金融覇権の利用(SWIFT排除やドル決済網へのアクセス遮断)、技術標準の囲い込み(排他的な標準制定で他国製品を締め出す)など、多様な手段があります。重要なのは「平時の経済取引」をテコに有事さながらの圧力を生む点であり、その合法性は各種国際規範との兼ね合いでケースバイケースとなります(WTO協定の安全保障例外や国際法上の報復措置の容認範囲などが典型的論点です)。
主要国・地域の戦略(2023–2025年の制度アップデート中心)
国際社会では経済安全保障強化のため数々の新法・政策が打ち出されています。米・欧・日・中それぞれの近年の戦略と主な制度アップデートを概観します。
米国:CHIPS法・対中ハイテク輸出規制・投資審査の動向
米国は経済・技術分野で中国と対峙する戦略を鮮明にしています。CHIPS法(2022年8月制定)は約527億ドルを投じて米国内の半導体製造・R&D拠点を整備し、対中依存を減らす産業政策の柱です。ホワイトハウスの2024年8月9日ファクトシートによれば、半導体・エレクトロニクス分野で約3,950億ドル超の投資が発表され、2032年までに米国内で世界の先端半導体の約30%を生産する見通しとされています。補助金受領企業には10年間の対中増産禁止など制約も課され、経済支援と対中抑制を両立させる内容です。
また輸出管理では、商務省産業安全局(BIS)が2022年10月7日に対中先端半導体・製造装置の包括的輸出規制を導入したのを皮切りに、2023年10月と2024年12月にも規制強化を実施しました。これら規則はAI高度演算半導体(GPU)やEUV露光装置など軍事転用可能な先端技術の対中供給を事実上禁止し、中国の先端半導体自給計画を阻む狙いがあります。2023年改定では規制対象品目や外国製品規制(FDPルール)の拡充に加え、中国関連企業140社超のエンティティリスト追加も行われました。さらに2024年12月2日公表の改定では、先端半導体製造装置やHBM等の新規制、約140件のエンティティ・リスト追加などが実施されました。一方、クラウド(IaaS)経由のAI学習に関する本人確認・報告義務案は2024年1月に商務省が別途提案し、先端AIモデルや計算クラスターの報告要件は2024年9月にBISが別途提案しています。これら一連の対中輸出規制強化についてバイデン政権は「小さな庭に高い塀(small yard, high fence)」戦略と称し、対象領域を高度先端分野に限定しつつ徹底遮断する方針を示しています。
投資審査(CFIUS)も強化されています。外国資本による米国企業買収を審査するCFIUSは2018年の法律改正(FIRRMA)で管轄を拡大し、ハイテク・個人情報分野の少額出資まで審査対象に組み込みました。実際、中国資本による半導体企業買収は近年ことごとく阻止されており、2020年にはアプリTikTokに対しデータ漏洩懸念で米事業売却勧告も出されています。また近年新たな動きとして、米政府は自国から中国等へのハイテク投資(アウトバウンド投資)規制にも踏み出しました。2023年8月にバイデン大統領が行政命令を発し、米人による先端半導体・AI・量子分野への対中投資を届け出・禁止する枠組みを創設する方針を示しています(いわゆる「逆CFIUS」)。この枠組みは2023年8月9日の大統領令に基づき、財務省が2024年6月21日にNPRM(規則案)を公表、2024年10月28日に最終規則を公布し、2025年1月2日に施行されました。米国はこうした内外からの資金・技術フローを統制することで、競争相手へのアキレス腱攻撃と自国優位確保の両面作戦を取っていると言えます。
EU:対内投資スクリーニング制度と対経済的威圧措置規則(ACI)
欧州連合(EU)は加盟各国の市場を守るため、共通ルールによる対内投資審査と新たな対抗措置メカニズムを整備しました。まず対内直接投資(FDI)スクリーニング規則(Regulation (EU) 2019/452)は2020年10月に発動したEU共通の投資審査枠組みです。域内の安全秩序に影響し得る外国投資案件について加盟国間で情報共有・意見交換する仕組みで、必ずしもEUが直接拒否権を持つわけではありませんが、中国企業による港湾買収など戦略的案件で各国判断を後押しする効果を発揮しています。欧州委の年次報告によれば、2022年は420件超の案件が審査され、大半は承認され、条件付き承認や禁止に至ったのは一部でした(詳細は年次報告を参照)。各国(ドイツやフランス等)は国内法で審査権限を強化中です。
そして対経済的威圧措置規則(Anti-Coercion Instrument, ACI)が2023年12月末に発効しました。これは第三国からの経済的な圧力(経済的威圧)に対抗し、報復措置を可能にする新たなEU法です。例えば特定加盟国が外交的立場を取った際に中国や米国から貿易制限等で報復された場合、EU全体で関税引き上げや輸出入許可制、政府調達排除など最大級の対抗措置を発動できます。ACI制定の直接契機は、中国がリトアニアの台湾接触強化に反発し同国への輸入を事実上停止した2021年の事例で、EUはWTO提訴(DS610)と並行してこの「経済的核兵器」ツールを準備しました。ACIはあくまで抑止が目的で実際の発動は最後の手段とされていますが、2025年時点でEU各国では米トランプ前大統領の対EU関税恫喝に備えACI発動を検討する議論も浮上しており、実効性が試される可能性があります。
日本:経済安全保障推進法(4本柱)とセキュリティ・クリアランス制度
日本は経済安全保障を国家戦略に位置付け、法制度整備を迅速に進めました。中心となる経済安全保障推進法(正式名称:「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」)は2022年5月11日に成立し、4つの柱から成る包括法です。柱(1)は「特定重要物資の安定供給確保」で、半導体や電池材料など重要物資を政令指定し、企業の在庫確保計画に政府補助を出す仕組みです(2022年末から運用開始)。柱(2)は「特定社会基盤(重要インフラ)サービスの安全確保」で、電力・通信など14分野の基幹インフラ事業者にサイバーリスク等の事前審査義務を課し、必要なら設備調達の中止勧告を可能にします(関連規定は2023年11月施行、制度の運用開始〔事前届出受付開始〕は2024年5月17日)。柱(3)は「先端的な重要技術の開発支援」で、官民協力の開発プロジェクト(量子・AI等)を指定し予算支援するもの(既に複数PJ採択済)。柱(4)は「特許の非公開制度」で、安全保障上敏感な発明は特許出願を一定期間非公開とする制度です(2024年5月施行)。これらにより日本企業は政府との連携強化や事前審査対応が求められるようになりました。
加えて日本は「重要経済安全保障情報の保護及び活用に関する法律」を2024年5月に成立させ、2025年5月16日から施行しました。これはいわゆるセキュリティ・クリアランス制度の創設で、政府が有する安全保障上重要な情報(防衛装備技術や機微インフラ情報など)を「適合事業者」に認定した民間企業に提供できるようにするものです。適合事業者となるには役員や従業員の身辺調査(適性評価)を受ける必要があり、情報漏洩リスクがないと認められることが条件です。企業側には人事管理や契約上の制約も課されますが、クリアランス取得により政府機密へのアクセスが可能となり、防衛分野などでの受注機会が拡大するメリットもあります。この制度は日本版情報保全制度とも言え、米欧に比べ脆弱と言われた官民間の情報共有を強化しつつ、スパイ活動の未然防止を図る狙いです。日本企業にとっては、新制度への対応(取得判断や社内規程整備)が喫緊の経営課題となっています。
中国:輸出管理による資源カード戦略と一帯一路の光と影
中国は「経済大国」の地位をテコに、資源・市場アクセスを外交戦略で巧みに活用しています。一つの側面は重要資源の輸出管理です。中国政府は2023年7月にガリウム・ゲルマニウム(軍事・半導体に不可欠な希少金属)の化合物計14品目を輸出許可制に指定し、8月1日以降事実上対外供給を絞りました。実際、規制開始後にこれら金属の対米輸出は激減し、グローバル市場価格は高騰しました。さらに同年10月20日には黒鉛(電気自動車用バッテリーの要原料)の一部も12月1日から輸出許可制とすると発表し、欧米日の自動車産業に衝撃が走りました。中国は「国家安全」を理由に挙げていますが、直前に米国が先端半導体規制を強化したことへの対抗措置との見方が一般的です。こうした資源カードは、2010年にレアアース禁輸で日本を揺さぶった前例もあり、中国の地経学的武器として繰り返し使われています。
他方、一帯一路(BRI)構想は中国による大規模なインフラ投資外交であり、地経学の「飴」に当たります。2013年に習近平国家主席が提唱したBRIの下、中国政策金融機関はアジア・アフリカ諸国に港湾・鉄道・エネルギー施設への巨額融資を行ってきました。その結果、中国は各国で政治的影響力を拡大し、資源・市場アクセスを確保する戦略的利益を得ています。しかしBRIには債務の罠との批判も強まっています。パキスタンやスリランカでは巨額債務が返済困難に陥り、中国による港湾租借や支援見直し交渉が問題化しました。また東欧・中央アジアでも融資案件の不透明さや環境社会配慮不足が指摘されています。近年中国自身も投資効率の悪さからBRI案件を精査する姿勢を見せ、2023年には「小規模で高質なBelt and Roadへ転換」との声明を出しました。さらに米欧日が代替インフラ支援策(米のブルードット・ネットワーク構想、EUのグローバル・ゲートウェイ、日本の品質インフラ投資)を打ち出す中、BRIの相対的優位も揺らぎつつあります。それでも中国の海外金融支配力は依然巨大であり、資金・市場規模を梃子にした強権的な経済外交が今後も国際秩序に影響を及ぼすのは確実です。
産業別インパクト(半導体・電池素材・エネルギー・データ&AI)
地経学的政策は特にハイテク産業・資源分野に大きな影響を及ぼします。企業は各産業固有のリスクと機会を把握し、対策を講じる必要があります。
半導体産業
脅威: 半導体は最先端軍事・経済の要であり、米中対立の最前線です。米国の対中輸出規制強化により、中国市場向けの先端半導体出荷が急減し、米国製EDAソフトや製造装置の中国供給も制限されました。中国も高性能GPUなどの入手難から自国開発を急ぐなど、技術ブロック経済化が進行しています。
規制: 米商務省BISはGPUやAIチップを含む先端半導体の対中輸出を禁止し、日本・オランダも露光装置等で同調しました。さらに2023年には米国がNVIDIA製汎用GPUの中国向け仕様を性能制限する措置も発動。中国側も米マイクロン社製メモリのインフラ使用禁止(2023年5月)等で報復しています。
機会: 規制によって中国市場での高性能チップ不足が生じ、韓国・台湾企業には廉価版製品の販売機会ともなりました。また、米国ではCHIPS法補助金で新工場建設が相次ぎ、日本もTSMC誘致やRapidus設立など生産回帰のチャンスがあります。各国政府の支援競争はサプライチェーン再編と新規参入の好機を生んでいます。
実務対応: 半導体関連企業はまず自社製品・技術が各国輸出管理リスト(ECCN分類など)に該当するか把握し、対中取引に厳格なコンプライアンス体制を敷く必要があります。また、米国の「外国直接製品規則」下で第三国取引も規制対象となり得るため、世界的な取引審査を強化すべきです。調達面では中国依存度を減らすため、素材・部品の在庫確保や代替ソース開拓も重要です。KPI例として、主要製品ごとの輸出管理分類完了率(90日以内100%)や取引先の制裁リスト照合徹底(四半期ごと報告)などが挙げられます。
蓄電池・重要鉱物産業
脅威: 脱炭素の要であるEV用電池や希少金属の供給網は、中国が圧倒的シェアを握ります。コバルトやリチウムの精錬、電池セル製造などで中国企業が世界市場を席巻し、他国は調達面の脆弱性を抱えます。中国の輸出許可制(黒鉛など)や、将来的な希少鉱物の禁輸リスクは産業の生命線を断たれかねない脅威です。
規制: 米国はインフレ削減法(IRA, 2022年8月)でEV補助金支給条件に「中国製電池素材不使用」を盛り込み、同盟国との連携サプライチェーン構築を進めています。日本やEUも豪州・加・アフリカ諸国と重要鉱物の協定を結び、中国依存低減を図ります。中国は逆に自国輸出管理法で鉱物・技術の対外持ち出しを統制し、国内企業への囲い込みを強化しています。
機会: 資源安全保障強化策により、豪州・カナダなど資源国で新規鉱山開発が奨励され、日本企業も出資やオフテイク契約のチャンスが拡大しています。またEV電池のリサイクル(アーバンマイニング)市場が注目され、欧米で関連ベンチャーが台頭。政策支援も追い風となり中国以外での鉱物精製・加工ビジネスが成長局面です。
実務対応: 自動車・電池メーカーは自社サプライチェーンを遡り、主要原材料の原産国・精製国の可視化を行うべきです。その上で調達先を多元化し、一国依存度(中国由来%など)のKPIを設定して低減させます。例えば「主要5材料の中国依存度を来年度までに50%以下へ」といった目標です。加えて、政府の供給網強靱化補助金に応募し、新規提携や代替技術開発(リチウム代替化学など)も検討しましょう。
エネルギー産業
脅威: ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月)はエネルギー供給網の地政学リスクを顕在化させました。欧州は対露制裁で天然ガス供給を絶たれ深刻なエネルギー危機に直面。OPECプラスの減産決定や他産油国の思惑も市場を揺らし、資源国の地経学カードがエネルギー価格高騰・インフレを招きました。日本も石油・LNGの安定確保が課題です。
規制: EUはロシア産石炭・原油禁輸と原油価格上限(60ドル/バレル)を導入し、G7主導で海上輸送を統制。ロシアは対抗して欧州向けガス供給を削減し、代替として欧州は米国からのLNG輸入拡大や節電策で凌ぎました。米国は自国生産拡大に向け許認可を加速し、主要国は戦略石油備蓄の放出協調も実施。こうした非常措置により2022-23年の冬を乗り切りましたが、市場は地政学に左右される不安定な状態が続きます。
機会: エネルギー自立の必要性から再生可能エネルギー投資が加速しています。欧州では再エネ関連の規制緩和と補助が進み、日本でもGX投資や次世代原子炉の推進議論が活発化。脱ロシアで中東や豪州とのエネルギー協力も深まり、液化水素やアンモニアなど新エネルギー市場創出の好機となっています。また、短期的にはエネルギートレーディングで代替調達する商社に利益機会が生まれました。
実務対応: エネルギー関連企業はまずシナリオプランニングを行い、主要供給源喪失時の対応策(別ルート調達、価格ヘッジ等)を具体化すべきです。発電・プラント企業は燃料代替(石炭→LNG、LNG→水素等)の技術開発を中長期計画に組み込みます。国家備蓄や非常時優先配分の制度も活用し、顧客への安定供給義務を果たすためのBCP(事業継続計画)を策定します。例えば「主要燃料の在庫日数を平時30日→45日に拡充」といったKPI設定や、四半期ごとの調達ポートフォリオ見直しを行いましょう。
データ&AI産業
脅威: データは21世紀の石油と呼ばれ、国家間で争奪戦が展開されています。個人情報や機微データが流出すれば安全保障上の脅威となり得るため、各国は国外へのデータ移転制限や自国データへのアクセス制限を強めています。例えば米国は2024年2月に大統領令14117号で、中国など懸念国への米国人個人データ大量移転を規制する方針を打ち出しました。中国もサイバー安全法や個人情報保護法で国外提供に政府審査を義務付けています。AIについても軍事転用可能な最先端モデルの国際共有が懸念され、2023年10月30日の大統領令14110に基づき、BISが2024年9月に先端AIモデルや計算クラスターの報告要件を規則案として提案するなど規制強化の動きがあります。こうしたデータ・AIの流通制限はグローバル企業の研究開発・サービス提供を困難にするリスクです。
規制: EUはGDPRで個人データの域外移転に厳格な条件を課し、違反には巨額制裁金を科しています。また中国製通信機器(Huawei/ZTE)の排除やTikTok利用禁止など、安全保障理由でのIT製品規制も各国に広がりました。AIについては各国が安全ガードレール策定に着手し、2023年11月の英国AIサミットでも国際枠組み構築が議論されています。
機会: データローカライゼーション規制が進む中、各国にデータセンターを設置し現地保管ニーズに応えるビジネスが拡大しています。また、パーソナルデータを使わない合成データ生成や、Federated Learning(分散学習)技術など新サービス機会も生まれています。AI安全保障分野では、企業が政府と協力して防衛AIを開発する需要も高まっており、日本でも「経済安保法枠組み下でのAI研究」が推進されています。
実務対応: データ関連企業(クラウド、SNS等)は各国のデータ法制を把握し、データの所在管理を徹底する必要があります。具体的には、ユーザーデータを現地国境内に留めるマイクロサービス化や、暗号化による保護強化を実施しましょう。AI開発企業はモデルや学習データが輸出規制対象(軍事転用可能技術)に該当しないか法的助言を仰ぎつつ、研究段階からエシカルなAI指針を策定します。KPI例として「全サービスについて越境データ流通のリスク評価を年内100%完了」や「主要AIモデルについて外為法該当性評価を四半期ごと実施」などを設定し、法令遵守と技術流出防止に努めましょう。
ケーススタディ(簡潔に学べる主要事例)
実際に地経学がどのように行使され、何をもたらしたのか、近年の代表例から学びます。
- 対ロシア制裁(SWIFT排除・原油価格上限): ロシアのウクライナ侵攻(2022年2月)に対し、米欧日は過去例のない包括制裁を科しました。EUは2022年3月2日に7行のSWIFT接続停止を採択し、同年3月12日に発効しました。これにより該当行の国際送金が大幅に制約されました。また同年12月5日からはG7+EUでロシア産原油に1バレル=60ドルの価格上限を設定し、西側保険会社のサービス提供を禁止することでロシアの石油収入を圧縮する措置を取りました。これらによりルーブル暴落やロシア財政悪化を誘発しましたが、同時に欧州のエネルギー危機も招き、西側各国は代替調達や省エネに追われました。ロシアはSWIFT排除対策として中国のCIPSや仮想通貨を活用し、原油もインド・中国向けにディスカウント販売するなど迂回策を講じています。制裁の効果と限界が表れたケースと言えます。
- 中国の希少金属輸出統制(ガリウム・黒鉛): 米国の半導体規制への対抗として、中国商務部は2023年8月からガリウム・ゲルマニウム製品の輸出を許可制にしました。世界シェア約9割の中国が供給を絞った結果、対象素材の国際価格は数週間で2倍以上に急騰し、米欧日の半導体・光通信メーカーは在庫確保に奔走しました。さらに同年12月施行の黒鉛規制では、EV用人工黒鉛の供給が滞り日本・欧州の電池メーカーに不安が広がりました。中国政府は「自国の安全と利益保護のため」と説明しましたが、戦略物資を梃子にしたカウンターであるのは明白です。このケースは一国依存のリスクと、資源ナショナリズムがもたらすサプライチェーン寸断を浮き彫りにしました。
- 豪州 vs. 中国(大麦・ワイン関税紛争): 2020年にオーストラリア政府が新型コロナ起源調査を提唱したことで、中国は豪州産品への報復に出ました。豪州産大麦に80.5%もの反ダンピング関税、ワインに最大218%の関税を課し、ロブスターや牛肉の輸入も非公式に停止しました。豪州の対中輸出約2兆円が影響を受けたと試算されます。これに対し豪政府はWTO提訴の用意を見せつつ中国と水面下協議を継続。政権交代で関係改善が進むと、中国はまず2023年8月5日に大麦関税を撤廃し(豪州もWTO提訴取下げ)、続いて2024年3月にはワイン関税も取りやめました。結果、2024年3月の関税撤廃を受けて対中ワイン輸出は順次再開し、貿易は正常化に向かいました。この一連の事例は、中国が経済報復に踏み切る速さと、標的国側が国際ルール・第三国支持を梃子に巻き返す交渉術の双方を示しています。
- リトアニア vs. 中国(経済的威圧とWTO提訴): 2021年11月、リトアニアが台湾代表処の設置を許可したところ、中国は同国を猛烈に威圧しました。中国側の通関上の混乱が報じられ、2022年初頭に対中輸出が80%以上減と報告されています(EUは2022年1月27日にDS610を提訴)。また独コンチネンタル社などリトアニア部品を使う第三国企業にも「調達先を変えなければ中国市場から締め出す」と通告し、間接的圧力(二次的制裁)も行いました。EUはこれを「経済的威圧」と認定し、2022年1月27日にWTO紛争解決に提訴(DS610)。中国は公式には措置を認めず平行線でしたが、EUの申し立てとACI制定の構えを前に徐々に通関を正常化させたと報じられます。小国への苛烈な経済圧力も、EU全体の反撃姿勢に直面すると戦術転換を余儀なくされた格好です。このケースはACI成立の直接の契機ともなり、国家単独ではなく経済ブロック全体で立ち向かう重要性を示しました。
企業の実務対応チェックリスト(すぐ使える)
地経学リスクが高まる中、企業は防御と適応の両面で包括的な対策を講じる必要があります。以下、分野横断で取り組むべき項目をチェックリスト形式で示します。
- ガバナンス体制の整備: 経済安全保障に対応する社内責任者や専門部署を設置します(例:CSO=安全保障担当役員ポストの新設)。取締役会レベルで経済安保リスクを定期審議し、経営企画・法務・調達・技術部門横断のタスクフォースを構築します。経済安保に関する社内規程や行動指針を策定し、全社教育も実施しましょう。
- 輸出管理コンプライアンス: 自社製品・技術について、米EARや日本外為法の規制該当性(デュアルユース品目や特定貨物等)を洗い出し、該当リストの網羅的管理を徹底します。取引先・エンドユーザーについては、当局のエンティティリストや制裁リストと照合して問題企業と取引しない体制を構築します。少なくとも年次で社内監査を行い、不備があれば迅速に是正します。また、営業・技術部門への教育(「これは輸出許可要る?」を自律判断できるスキル)も継続的に実施してください。
- 投資審査・事前届出対応: M&Aや海外子会社設立時には、対象国の投資審査制度を確認し、CFIUS(米国)やEU各国のFDI審査、日本の外為法対内直接投資届出などの要否を判断します。特に安全保障に関連する技術・インフラ企業を買収する場合は、各国当局との事前対話やリスク低減措置(経営関与の制限等)を盛り込んだ提案も検討します。外国から自社への出資提案があった際にも、該当する場合は当局届出・承認が完了するまで株式譲渡や技術供与を実行しないようガバナンスを効かせましょう。
- 取引制限対応(制裁・ボイコット対策): 取引相手国に対する制裁措置発動や輸出入禁止の動きがないか、常に情報収集します。万一主要市場が制裁対象化した場合でも契約違約を最小化できるよう、契約書に制裁発動時の免責条項(フォースマジュール条項等)を盛り込んでおきます。また、米国の二次制裁リスクにも留意し、自社や金融取引が米管轄にかかる場合は米制裁プログラム(OFAC規則)の遵守が求められます。反面、中国では反外国制裁法や反ボイコット規定があり米国制裁への追随に制限があるため、現地法人の対応は本社方針との整合性に注意を払います。
- サプライチェーン多元化: 危機時にも事業継続できるよう、重要原材料・部品について複数国ソース化(China+1など)を推進します。在庫水準も見直し、調達リードタイムが長い品は平時から多めに備蓄します。さらにサプライヤーと協力して、代替素材・代替設計の検討や緊急時の代行生産契約(相互援助協定など)を締結するのも有効です。定期的にサプライチェーン寸断シナリオを想定したストレステスト演習を行い、改善点を洗い出しておきましょう。
- データ・研究協力リスク管理: 自社が扱う機微データ(個人情報・顧客機密・技術情報など)の国外持ち出しや外国籍人材アクセスについてリスク評価を実施します。必要に応じてデータの所在を国内サーバーに限定したり、暗号化やアクセス権限管理を強化します。海外の大学・研究機関との共同研究では、相手先が軍事研究と無関係か、背景に外国政府の意図がないか確認し、不審な場合は契約を見直します。日本企業も安全保障貿易管理(「研究安全保障」)のガイドラインに沿い、大学や企業内で杜撰な技術流出がないよう審査手続きを遵守しましょう。
最後に、以上の対応策を定量的なKPIでモニタリングすることが重要です。例えば「主要取引先100社のコンプライアンス誓約書回収率(目標100%)」「優先資材について90日相当量の在庫確保完了数」など、実行状況を可視化して経営陣に報告します。経済安全保障は一過性の流行ではなく新常態です。経営トップ主導で全社が備えることで、逆風下でも持続的成長を遂げるレジリエンス企業となることができるでしょう。
よくある質問(FAQ)
Q1: 地経学と地政学はどう違うのですか?
A1: 地政学(Geopolitics)は軍事・外交・地理を軸に国家の勢力争いを分析する学問・戦略です。一方、地経学(Geoeconomics)は経済的手段(貿易・投資・金融など)を使って国家目標を追求するアプローチを指します。端的に言えば「砲艦の代わりに債券」で戦うイメージです。冷戦後、経済力が軍事力に劣らず国際影響力の源泉となり、制裁発動や市場アクセスをテコとする戦略が各国で重視されるようになりました。ただし実際には地政学と地経学はコインの裏表で、現代の紛争は軍事衝突と経済制裁が絡み合うケースがほとんどです。違いがあるとすれば、地経学はよりビジネスや市場に着目し、企業や通貨など非国家アクターも駆使される点です。
Q2: WTOのGATT第21条「安全保障例外」とは何ですか?国家は自由に経済制限できるの?
A2: GATT第21条は、平時の貿易義務にも例外を認める条項で、加盟国が「自国の安全保障上必要と判断する措置」をとることを妨げないと規定しています。典型例は戦時や国際緊張時の禁輸措置ですが、解釈を巡って長年「各国の裁量に委ねられる(self-judging)」と考えられてきました。2019年に初めてWTO紛争処理でこの条項が判断され、ロシアによるウクライナ向け交通遮断措置が審理されました。その報告では「戦争や緊急事態」の有無など最低限の客観条件は審査し得ると示され、完全な白紙委任ではないことが示唆されました。ただ依然、各国はかなり広範に安全保障を理由付けできます。実際、米国は2018年の鉄鋼関税で第21条を主張し、WTO紛争でも「審理不可能」との立場です。一方で乱用すれば多国間貿易体制の形骸化を招くため、各国は慎重であるべきとの見方が一般的です。結論として、第21条は伝家の宝刀であり、究極的には国家の安全保障判断が優先されるが、その発動は外交的・法的に大きなリスクを伴う、と言えます。
Q3: EUのACI(対経済的威圧措置規則)は企業に何を求める制度ですか?
A3: ACIは主に政府(欧州委員会と理事会)のためのツールであり、企業に直接義務を課すものではありません。ただし、企業はACI発動の情報源や実行担い手となり得ます。具体的には、EU当局が「第三国からの経済的威圧」を認定する際、被害を受けている企業から状況ヒアリングや証拠提供を求められることがあります。またACI措置として出る輸出入許可制や入札排除などは、EU市場で事業を行う企業に影響します。例えば米国がEUに不当圧力をかけACIで米企業製品に関税が課された場合、EU内の関連企業はその規制に従わねばなりません。要はACIは政府が交渉力を高める盾ですが、企業はその動向を注視し、必要なら当局に協力しつつ、自社ビジネスへの影響をシミュレーションしておく必要があります。
Q4: 半導体の対中輸出規制で、自社の製品提供や調達はどう影響を受けますか?
A4: まず提供面では、輸出規制対象に該当する先端半導体や製造装置を扱う企業は、中国や対象国への販売が実質できなくなります。許可を取ろうとしても米当局はまず認めません。汎用品でも米国製技術が一定割合含まれる場合、外国直接製品規則により米規制が及ぶため注意が必要です。一方、調達面では、中国で生産されている汎用チップ等が米規制の煽りで入手困難になる懸念があります。実際、ハイエンドGPUは中国在庫が逼迫し、日欧企業も影響を受けました。また今後中国が先端素材の対外供給を絞れば、生産コスト増や納期遅延も起こり得ます。従って、自社が使う電子部品・材料について代替調達先を確保し、必要なら在庫積み増しも検討すべきです。さらに、自社製品が輸出規制対象に入る可能性があるなら、設計段階で規制非該当の構成に見直す(性能を落とす、他国部品に置換する等)ことも戦略になります。総じて、供給も販売も「脱一国依存・脱一点集中」がキーワードです。
Q5: 「経済安全保障」は自社のような中堅・中小企業にも関係ありますか?
A5: はい、規模に関係なく関係します。大企業ほど直接標的になりやすい一方、中堅・中小企業も大企業のサプライヤーや技術提供先として間接的に巻き込まれる可能性が高いです。例えば大企業が輸出管理強化で特定部品の輸入を止めれば、その部品を納める中小企業は売上が急減します。また中小でも独自の技術や製品があれば海外から出資や買収提案が来ることがあり(最近はスタートアップ買収が活発)、その際に安全保障上の懸念で当局審査が入るケースも出ています。政府の支援策も大企業だけでなく幅広い企業が対象です。日本の経済安保法に基づく補助金事業では中堅企業の採択も多々あります。したがって、自社は無関係と油断せず、業界団体の情報共有に参加したり、省庁のガイドラインを確認するなどして、必要な備え(契約見直し・在庫確保・取引審査など)を講じることが求められます。
Q6: 安全保障に配慮した経営をする上で、政府との関わり方は?
A6: 政府との連携強化は重要です。まず規制情報の入手や相談のために所管官庁(経産省安全保障貿易管理課など)に定期的に問い合わせ・説明する関係を築きましょう。輸出管理の事前相談制度や投資案件の事前協議など公的窓口を活用することです。さらに経団連や商工会議所を通じて政策提言や意見交換に参加すれば、自社の実情を当局に理解してもらえます。セキュリティ・クリアランス制度下では政府が機微情報を提供するパートナー企業に認定するわけですから、信頼関係が鍵となります。企業OBを政府有識者会議に派遣するケースもあり得ます。これからは「民間 vs 政府」でなく「オールジャパン(あるいはオールアライアンス)」で経済安保に臨む姿勢が求められます。企業経営者はその意識転換を図りましょう。
用語集
- 地経学(ジオエコノミクス): Geoeconomics。国家が経済力(貿易・投資・金融など)を戦略的に活用して国際関係に影響力を及ぼすこと。冷戦後に重視され、日本政府も経済安全保障政策で言及。
- 経済安全保障: Economic Security。国家が経済面で脆弱性を減らし、安全と繁栄を確保する概念。サプライチェーン強靱化や重要技術保護などが柱。日本では2021年頃から政策キーワード化。
- 経済安全保障推進法: 2022年5月成立の日本の包括法。特定重要物資、基幹インフラ、先端技術、特許非公開の4制度を創設し、2024年5月まで段階施行済み。経済安保の基盤法。
- 重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律: 2024年5月10日成立、2025年5月16日施行の日本の新法。セキュリティ・クリアランス制度を創設し、適合事業者認定や適性評価を定めた。安全保障分野の情報共有促進が目的。
- CHIPS法: Chips and Science Act。2022年8月米国成立。半導体に520億ドル補助金、5G/AIなど先端研究に投資する包括法。対中競争力強化が狙い。受給企業への対中投資制限あり。
- BIS輸出規制(2022年10月7日規則): 米商務省BISが2022年10月7日付で公布した対中先端半導体輸出規制。GPUや半導体製造装置、EDAソフト等広範囲。以降2023・2024年にも改定強化。
- CFIUS: Committee on Foreign Investment in the United States。外国資本による米企業買収を審査する米政府委員会(財務省主導)。国家安全保障上リスクなら大統領が案件ブロック可。最近は中国案件を厳格審査。
- FDIスクリーニング規則(EU): Regulation (EU) 2019/452。EU域内への戦略的外国投資を加盟国間で審査協力する枠組み。2020年10月施行。各国が安全保障懸念の投資を認識・対処する助けに。
- 対経済的威圧措置規則(ACI): Regulation (EU) 2023/2675。2023年12月発効。第三国からの経済的圧力に対抗し、EUが包括的報復措置を取れる権限を創設。発動には加盟国の賛成多数が必要。
- 安全保障例外(GATT Art. XXI): WTO加盟国が国家安全保障上必要な措置を取ることを認めるGATT第21条。ただし「緊急事態時」「軍事品関連」等の場合に限定。解釈は各国に委ねられる傾向。
- エンティティ・リスト: 米商務省が輸出管理上問題ありと指定した企業リスト。掲載企業には米製品輸出が原則禁止。Huaweiや中興通訊(ZTE)など中国大手が含まれる。
- 二次制裁: Secondary Sanctions。直接制裁対象以外の第三国企業にも、制裁対象国との取引を理由に制裁を科す措置。米国が対イラン・対北朝鮮で行使。域外適用への反発も招く。
- 一帯一路(BRI): Belt and Road Initiative。中国の大規模対外インフラ投資戦略(2013年開始)。アジア・欧州・アフリカの港湾・鉄道など融資。地経学的影響力拡大策だが債務リスク指摘あり。
- インフレ削減法(IRA): Inflation Reduction Act。2022年8月成立の米国法。気候変動対策・産業政策法でEV補助金に原産地要件(中国排除)を課すなど経済安保色も持つ。総額3690億ドル規模。
- セキュリティ・クリアランス: 安全保障に関する機密情報へアクセスする資格。政府が身辺調査で信頼性を確認し付与。日本では重要経済安保情報保護活用法で制度化。民間人にも付与予定。
- IPEF(インド太平洋経済枠組み): Indo-Pacific Economic Framework。米国主導で日本など14か国が参加する経済協定。うちサプライチェーン協定が2023年11月署名、2024年2月24日発効。物流網強靱化や緊急時協力を規定。
- 武器化された相互依存: Weaponized Interdependence。グローバル経済ネットワーク上で中核的地位を占める国が、その支配力を情報収集や取引遮断という形で相手国に行使する現象。SWIFT網やドル決済網を用いた制裁が典型。
2035年までの日本の未来予測:ベース・楽観・慎重シナリオ分析
結論サマリ: 日本は今後15年間で急速な人口減少と高齢化に直面しつつ、産業構造の転換とグリーントランスフォーメーション(GX)を迫られます。政府は2035年までに新車電動化100%や温室効果ガス削減目標を掲げ、防衛費を国内総生産(GDP)の2%へ倍増させる計画です。一方で出生数減やインフラ老朽化など構造課題も深刻です。本稿ではベース(現状趨勢)・楽観(改革成功)・慎重(リスク顕在化)の3シナリオで日本の2035年像を予測し、主要指標のレンジと確信度、および考え得るリスクと対策を考察します。 2035年の日 ...
地経学(ジオエコノミクス)とは何か:定義・主要ツール・最新動向・企業が今すぐ取るべき対策
経済を武器にした覇権争いが激化しています。 地経学(ジオエコノミクス)とは、国家が経済的手段を用いて戦略目標を追求するアプローチです。昨今は半導体の輸出規制や重要鉱物の囲い込みなど、企業活動にも直接響く措置が各国で相次ぎます。本稿では地経学の定義・理論から主要な政策手段、最新の国際動向までを概観し、日本企業が取るべき実務対応策を提示します。 キーファクト5選(先に全体像) 地経学(Geo-economics)とは、軍事ではなく経済を梃子に国益を図る戦略であり、Edward Luttwak氏が1990年に提 ...
中国経済の現在地と12〜24か月の見通し:不動産・内需・人民元・政策の総点検
要約 2025年上半期の中国経済は実質GDPが前年同期比+5.3%と堅調でした。しかし不動産低迷や物価下落傾向が続き、景気下振れリスクも顕在化しています。本記事では最新データに基づき主要指標を検証し、今後2年間のシナリオと実務への示唆を提示します。 TL;DR(6~8のポイント) 成長率:2025年上半期の実質GDP成長率は前年同期比+5.3%(Q2は+5.2%)と、政府目標(約5%)に沿う展開。ただし7–9月期以降は成長鈍化が予想されています(確度: 中)。 物価:2025年上半期の消費者物価指数(CP ...
韓国のソウル一極集中:人口・経済偏在の現状と処方箋【2025年最新版】
韓国ではソウル首都圏(ソウル市・京畿道・仁川市)に人口の50.8%・名目GDPの52.3%が集中し、500大企業本社の約77%(ソウル284社)が所在します。地方では20代若者の流出が顕著(2023年、全羅北道で3.3%流出超過など)。政府は首都機能の世宗市移転や今後5年間で全国270万戸(首都圏158万戸)の住宅供給策を進めていますが、一極集中の是正には集積の利益と負の外部性の綱引きが続いています。 定義と歴史的推移 韓国の「ソウル一極集中」とは、ソウル首都圏(Seoul Capital Area: ソ ...
コストプッシュ型インフレ×積極財政:長期金利と物価の同時制御は可能か?
供給ショックによるコストプッシュ型インフレ(cost-push inflation)が世界経済を揺るがし、各国で物価上昇率が数十年ぶりの高水準に達しています。同時に主要国の長期金利も急騰し、金融環境は一変しました。1970年代のスタグフレーション(stagflation)を想起させる局面で、各国政府は景気下支えのため積極財政(expansionary fiscal policy)や減税に踏み切っています。しかし、高インフレ下での財政拡張は果たして有効なのでしょうか? 本記事では、この難題に対して機関投資家 ...
参考文献(脚注の出典一覧)
※タイトル/発行主体/日付/URL(コード表記)
- Edward N. Luttwak, From Geopolitics to Geo‑Economics: Logic of Conflict, Grammar of Commerce, The National Interest, Summer 1990. JSTOR
- Robert D. Blackwill & Jennifer M. Harris, War by Other Means: Geoeconomics and Statecraft, Council on Foreign Relations(書籍紹介), 2016-02-11. Council on Foreign Relations
- Henry Farrell & Abraham L. Newman, “Weaponized Interdependence,” International Security, 2019(公式PDF). Nsiteam
- WTO, “General Agreement on Tariffs and Trade (GATT) 1947 – Article XXI Security Exceptions,” 最終閲覧版. World Trade Organization
- 欧州連合(EUR‑Lex), “Regulation (EU) 2023/2675 (Anti‑Coercion Instrument: ACI),” 2023-12-07(発効). EUR-Lex
- 欧州理事会(Council of the EU), “Trade: Council adopts a regulation to protect the EU from third‑country economic coercion,” 2023-10-23. Consilium
- 欧州委員会, “Updated data on EU FDI screening and export controls,” 2023-10-18(2022年の審査「420超」等の統計)。 European Commission
- 内閣府, 「経済安全保障推進法」ポータル(制度概要・4本柱・政令等), 随時更新(成立:2022-05-11)。 Cabinet Office
- Japanese Law Translation, Act on the Promotion of Ensuring National Security through Integrated Implementation of Economic Measures(経済安全保障推進法・英訳), 最終更新版. japaneselawtranslation.go.jp
- 内閣府, 「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(重要経済安保情報保護活用法)」制度ページ(施行:2025-05-16)。 Cabinet Office
- e‑Gov法令検索, 「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律」施行状況(令和7年5月16日施行)。 e-Gov Law Search
- 内閣府, 「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度」(2024-05-17 運用開始)。 Cabinet Office
- 経済産業省(METI), “IPEF Supply Chain Agreement to Enter into Force(2024-02-24 発効),” 2024-02-01. Ministry of Economy, Trade and Industry
- 米商務省BIS, “Commerce Strengthens Export Controls to Restrict China’s Capability to Produce Advanced Semiconductors for Military,” 2024-12-02. bis.gov
- Federal Register, “Establishment of Reporting Requirements for the Development of Advanced Artificial Intelligence Models and Computing Clusters(BIS提案規則),” 2024-09-11. Federal Register
- Federal Register, “Taking Additional Steps… with respect to Significant Malicious Cyber‑Enabled Activities(IaaS報告規則案;EO 14110に基づく),” 2024-01-29. Federal Register
- ホワイトハウス, “FACT SHEET: Two Years after the CHIPS and Science Act…,” 2024-08-09. The White House
- ホワイトハウス, “FACT SHEET: CHIPS and Science Act Will Lower Costs…,” 2022-08-09. The White House
- 欧州理事会(Council of the EU), “EU bans certain Russian banks from SWIFT system,” 2022-03-02(採択;2022-03-12発効)。 Consilium
- Reuters, “China to require export permits for some graphite products from Dec. 1,” 2023-10-20. Reuters
- 初稿: 2025年09月14日/最終更新: 2025年09月14日
2035年までの日本の未来予測:ベース・楽観・慎重シナリオ分析
結論サマリ: 日本は今後15年間で急速な人口減少と高齢化に直面しつつ、産業構造の転換とグリーントランスフォーメーション(GX)を迫られます。政府は2035年までに新車電動化100%や温室効果ガス削減目標を掲げ、防衛費を国内総生産(GDP)の2%へ倍増させる計画です。一方で出生数減やインフラ老朽化など構造課題も深刻です。本稿ではベース(現状趨勢)・楽観(改革成功)・慎重(リスク顕在化)の3シナリオで日本の2035年像を予測し、主要指標のレンジと確信度、および考え得るリスクと対策を考察します。 2035年の日 ...
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要約 2025年上半期の中国経済は実質GDPが前年同期比+5.3%と堅調でした。しかし不動産低迷や物価下落傾向が続き、景気下振れリスクも顕在化しています。本記事では最新データに基づき主要指標を検証し、今後2年間のシナリオと実務への示唆を提示します。 TL;DR(6~8のポイント) 成長率:2025年上半期の実質GDP成長率は前年同期比+5.3%(Q2は+5.2%)と、政府目標(約5%)に沿う展開。ただし7–9月期以降は成長鈍化が予想されています(確度: 中)。 物価:2025年上半期の消費者物価指数(CP ...
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