広告 国際情勢

イランでいま何が起きているのか:抗議デモ、通信遮断、核問題と国際社会の対応

  • 経済危機に端を発した大規模デモが2025年末からイラン全土で発生。通貨リアル暴落や物価高騰への不満から始まり、次第に体制への抗議へと発展しました。
  • 当局は激しい弾圧策を実施。2026年1月には全国的なインターネット遮断に踏み切り、治安部隊が実弾発砲を含む強硬手段で鎮圧を図りました。複数の独立監視団体によれば死者は数千人規模にのぼり、数万人が拘束されています。
  • 政府は部分的な譲歩も示しました。補助金制度の変更や中央銀行総裁の更迭など経済対策を表明したものの、抗議の根底にある政治的不信や人権問題への対応策は示されていません。治安部隊や支配層は結束を維持し、体制崩壊の兆候は現時点で見られません。
  • 国際社会は強い非難を表明。国連人権理事会は緊急会合を招集し、米欧各国は追加制裁を検討・実施しています。米国のトランプ大統領(当時)はデモ弾圧が続けば「断固たる行動」をとると警告し、軍事介入も示唆しました。一方でロシアや中国は「内政干渉だ」と反発し、国連安全保障理事会での措置には反対の立場です。
  • 核問題では、2025年6月にイスラエルと米国がイラン核施設への攻撃を行い短期戦争となりました。以降、イランの核開発能力は一時打撃を受けましたが完全には止まっておらず、国際原子力機関(IAEA)は核査察の膠着に警鐘を鳴らしています。高濃縮ウランが行方不明となった施設もあり、核拡散リスクが懸念されています。
  • 地域情勢への影響も深刻です。イランが支援する武装組織(ヒズボラやフーシ派など)は2023~2025年の地域紛争で弱体化し、各所で武装解除圧力が高まっています。他方、イラン革命防衛隊(IRGC)によるホルムズ海峡での船舶拿捕や周辺国への影響力行使など、安全保障上のリスクは依然残っています。
  • 経済は窮地に立たされています。国際制裁と国内の政策失敗によりインフレ率は年40%前後、食料品は前年比7割超の高騰。通貨リアルは2025年末に対ドル過去最安値(1ドル=約140万リアル)を記録し、IMFや世界銀行は2025~26年のイラン経済が連続マイナス成長に陥ると予測しています。失業率も高止まりし、若年層を中心に生活苦が広がっています。
  • 日本への影響も無視できません。中東情勢不安は原油価格高騰を招き、日本のエネルギー調達コストを押し上げる要因です。ホルムズ海峡の不安定化は日本向けタンカー航行にも直結します。核開発の行方次第では中東の安全保障バランスが崩れ、地政学リスクとして日本企業の海外事業や邦人の安全にも影響し得ます。

全体像:同時多発する国内危機と対外緊張

2025年末から2026年初頭にかけ、イランは国内外で複合的な危機に直面しています。国内では経済の悪化を直接のきっかけに体制への抗議運動が再燃し、治安部隊との衝突で多数の死傷者が発生しました。同時に、政府は抗議を封じ込めるため情報統制を強め、インターネットを遮断する異例の措置に出ました。一方、国際社会との関係も緊迫しています。核開発問題をめぐり外交的孤立が深まり、2025年にはついに武力衝突(米国・イスラエルによる核施設攻撃とイランの報復ミサイル)が発生しました。その影響で国連制裁が復活し、イラン経済はさらなる打撃を受けています。周辺地域ではイランの影響力が低下する一方、各地の紛争への関与が国際的非難の的となっています。

要するに、「いま何が起きているか」を一言で言えば、イラン国内では民衆の不満が爆発し体制が揺らぐ中、国際的には核と地域覇権をめぐる圧力がかつてなく高まっている状況です。以下では、この全体像を踏まえ、最新の情勢を時系列で整理したうえで、主なトピックごとに背景と今後の展開を掘り下げて解説します。

時系列:直近の主要な出来事(2025年6月〜2026年1月)

日付出来事・動向
2025年6月13日イスラエルがイランの核施設・軍事拠点に対し奇襲的な空爆を開始。イランが秘密裏に高濃縮ウラン施設を建設中との情報を受けた先制攻撃で、弾道ミサイル工場や科学者も標的となりました。イラン外相は「宣戦布告だ」と非難し、報復の無人機・ミサイル攻撃を実施。イスラエルは「核武装阻止の最後の手段」と主張。
2025年6月21日アメリカ軍が紛争に直接介入。イスラエルを支援する形で、イランの主要核施設フォルドゥ、イスファハン、ナタンツに大型貫通爆弾で空爆を実行。米政府は「核兵器製造能力に重大な打撃を与えた」と声明(IAEA局長は後に「数カ月の遅延にとどまる」との評価)。トランプ大統領(当時)は軍事行動に踏み切った初の米大統領となりました。
2025年6月23日イランが報復として、在カタール米軍ウデイド基地へ弾道ミサイル攻撃。幸い死傷者は出ず。その日のうちにトランプ米大統領が停戦を発表し、約12日間に及ぶ一連の軍事衝突が終結しました。双方が停戦後も散発的な攻撃継続を非難し合いましたが、大規模戦闘は回避されました。
2025年9月27日英仏独(E3)が2015年核合意の「スナップバック」条項を発動し、国連制裁の復活が宣言されました。イランが核合意違反を重ね「重大な不履行状態」にあると3か国が認定したためで、安保理決議に基づき武器禁輸や弾道ミサイル関連制裁が正式に再適用。ロシア・中国はこの措置を認めない姿勢ですが、建前上は全加盟国に制裁遵守義務が復活しました。
2025年12月中旬イラン政府がガソリン補助金制度の改定を発表。月100リットル超の利用者に段階的値上げを適用する新制度で、世界でも最安級だった国内燃料価格を実質引き上げ。食料品を除く輸入品への優遇為替レートも廃止され、生活必需品価格のさらなる上昇に拍車。
2025年12月26日通貨リアルが下落を続け市場実勢で1ドル=約140万リアルの史上最安値を記録。1年前(2025年1月)の約70万リアルから半減し、市民生活に打撃。公式年次インフレ率も約40%に達し、食料価格は前年比+72%という深刻な水準が報じられる。経済悪化への不満が頂点に達しました。
2025年12月28日テヘランのグランドバザール(商業地区)の商店主らが抗議ストライキを決行し、市内でデモ発生。経済苦境を訴える平和的な抗議でしたが、治安部隊が鎮圧に動き一部が騒乱状態に。他都市や各州にも波及し、全31州でデモが確認される全国的な広がりとなりました。スローガンも当初の「物価を下げろ」から「独裁者(ハメネイ師)に死を」へエスカレートし、1979年の王制打倒以来の体制批判が公然と叫ばれる局面に。
2026年1月3日政府が沈静化策として中央銀行総裁を更迭し、新たな生活必需品支援策を表明。前年の大統領選で当選した穏健派のマスード・ペゼシュキアン大統領は、自身を支持した改革派グループからも「制度的で持続可能な改革」を求める声に直面。同日、ハメネイ最高指導者が「抗議者とは対話するが騒乱者は容赦しない」と演説し、外部勢力が扇動していると非難。実際には穏健策と強硬策が混在する対応ぶりとなりました。
2026年1月7~8日デモが最大規模に達したとみられる時期。各地で学生や労働者層も加わり、クルド人地域など少数派居住地でも抗議が活発化。当局は1月8日夜に全国のインターネットを遮断する断固策に踏み切り、デモ参加者の通信・情報発信を遮断。同時に「テロ行為だ」とのレトリックで強硬鎮圧を正当化し、特殊部隊や民兵組織バスィージを投入して各地で制圧作戦を展開しました。この頃が死傷者数のピークと推定されます。
2026年1月13~14日司法府が抗議者の即決裁判と死刑適用を示唆し、人権団体が強く反発。モヘンニージェ司法長官は「逮捕者に迅速に厳罰を科す」と宣言し、既に数件の死刑判決情報も流れました。これに対しトランプ米大統領は「もし処刑が行われれば非常に強力な行動をとる」と表明し、イラン側との接触打ち切りも公表。イラン外務省は「国内問題への干渉だ」と非難しました。1月14日、イランのアブドラヒアン外相は「国内は既に平静を取り戻した」と主張。
2026年1月15日国連安全保障理事会が米国の要請でイラン情勢に関する公開会合を開催。米国のウォルトズ国連大使は「虐殺を止めるためあらゆる選択肢がテーブル上にある」と発言し、各国に圧力強化を呼びかけました。しかしロシア・中国が「破壊的な外部干渉だ」と反発し、安保理としての行動は合意に至らず。同日、米国防総省は中東地域への追加派兵準備を示唆しました(※実際の軍事行動は起きていません)。
2026年1月18日ペゼシュキアン大統領が治安当局に対しインターネット接続の復旧開始を指示。約10日間に及ぶ通信遮断が徐々に緩和され、国営メディアも「秩序回復」の宣伝を展開。匿名の政府関係者は「死者は少なくとも5,000人に達し、治安部隊員約500人を含む」とロイター通信に認めました。正確な被害把握は困難ですが、独立系団体HRANAはこの時点で死亡3,300人超・拘束24,000人超と集計しています。
2026年1月20日国連人権理事会において🇮🇸アイスランドなどの主導でイラン情勢に関する緊急特別会合開催が決定(開催日は1月23日)。トゥルク国連人権高等弁務官が「信頼できる報告に基づき憂慮すべき暴力が起きている」とイラン当局を非難。イラン側は「武装テロリストによる攻撃への対処だ」と反論しています。国際NGOは「血の弾圧は監視下にある」と当局に警告し、平和的抗議の権利支持を各国に求めました。

国内情勢:抗議デモの背景と当局の対応

デモの直接の引き金は経済危機

今回の抗議行動が勃発したきっかけは、深刻化する経済危機でした。2025年末、イランでは通貨リアルの下落と物価高騰が庶民の生活を直撃し、不満が鬱積していました。とりわけ12月下旬にリアル相場が暴落し、1ドル=約140万リアルという史上最安値を更新したことで、市民の不安と怒りが一気に噴出しました。インフレ率も公式で40%前後、食料品は前年比で平均72%も値上がりするなど、日用品すら手に入りにくい状況でした。

実際にデモが始まったのは2025年12月28日、首都テヘランの商業中心地グランドバザールで商店主らが店を閉め抗議したのが発端でした。当初のスローガンは「物価を下げろ」「家賃が払えない」といった生活苦に関するものが中心で、参加者も零細商人や庶民が大半でした。しかし、この動きはたちまち国内全31州に広がり、教師・労働者・学生など各層が合流するとともに、掲げる要求も政治的なものへと急速に変化していきました。

デモ参加者の一部は「独裁者に死を」とアリー・ハメネイ最高指導者への退陣要求を叫び始め、他の一部は亡命中の元国王の子息レザー・パフラヴィ氏を支持するスローガンを唱えるなど、1979年のイスラム革命以来タブーとされてきた体制否定の主張が公然と飛び交うに至りました。この背景には、近年の一連の抗議(2017~18年や2019年、そして2022年の「女性・生命・自由」デモ)の経験から、国民の間に「経済改善には政治改革が不可欠」との認識が広がっていたことがあります。実際、2022年のマフサ・アミニさん死亡事件を契機とした抗議では女性の権利や強権政治への批判が前面に出ましたが、今回もそれを継承するかのように人権や自由を求める声が各地で上がりました。

抗議の根底にある要因:物価高・失業・水不足

イランではこれまでも繰り返し抗議行動が起きていますが、その多くに共通する根底要因として指摘されるのが経済の慢性的停滞生活インフラの崩壊です。2018年に米国が核合意を離脱して以降、経済制裁が復活・強化され、原油輸出収入の減少や外貨不足に陥りました。民間部門は国営企業や革命防衛隊系企業の独占状態で腐敗がはびこり、若年層の失業率は公式統計でも20%前後と高水準が続いています(実質的にはさらに高いとの指摘もあります)。2025年には悪性インフレを抑えるため政府が補助金改革に動きましたが、かえって燃料や食料の価格急騰を招き、低所得層の家計を直撃しました。

また、水不足や電力不足といった生活インフラ問題も深刻です。特に水資源の枯渇はイラン全土で農業や日常生活に打撃を与え、2025年には気候変動と管理失敗が重なり首都テヘランの移転論が出るほどでした。こうした長年の不満が蓄積する中で、今回リアル急落という目に見える危機が引き金となり、人々が一斉に立ち上がったといえます。

当局の初期対応:アメとムチ、そして国外犯の強調

抗議が広がるにつれ、イラン当局は当初譲歩と威嚇を織り交ぜた対応を見せました。ペゼシュキアン大統領はデモ勃発直後の1月初めに物価対策として中央銀行総裁の交代必需品価格への補助金拡充を発表し、抗議者に一定の理解を示す姿勢をとりました。政府高官からも「市民の声に耳を傾ける」との発言が聞かれ、体制内穏健派は改革要求を受け止めようとする動きも見せました。

しかし同時に、ハメネイ師や革命防衛隊高官らは強硬な姿勢を崩しませんでした。最高指導者は早い段階で「抗議者と暴徒は別」と線引きしつつ「暴徒は容赦なく鎮圧する」と警告。治安当局はデモ参加者を「テロリスト」「外国の手先」と呼び、国家転覆を図る勢力による暴動だとする公式見解を発表しました。特にクルド人やバロチ人など少数派の多い地域でのデモについては、分離主義者の武装蜂起とみなす宣伝が行われました。こうして当局は「経済政策の不満による市民の抗議」という性格を意図的に矮小化・変質させ、「外敵が扇動する治安破壊行為」というフレームに押し込めようとしたのです。

弾圧の激化:死者数と拘束者数の把握困難

年明け以降、当局は本格的な鎮圧に乗り出しました。1月上旬には各地で軍・警察・民兵組織を総動員した制圧作戦が展開され、ここ数年で例を見ない大規模な流血が発生しました。正確な死者数は依然不明ですが、国外に拠点を置く人権監視団体が独自集計したところによれば、抗議開始から約3週間で少なくとも3,000人以上の民間人が死亡したとされます。イラン当局は公式統計を発表していませんが、国連筋への非公式情報として「当局が5,000人超の死亡を確認している」との証言も報じられました。治安部隊側の死者も数百人規模にのぼる模様です。

他方、拘束者数も過去最大級です。HRANA(人権活動家通信)によれば2026年1月半ば時点で24,000人以上が逮捕・拘禁されていると推計され、2022年の抗議(約19,000人拘束)を大きく上回ります。拘束者にはデモ参加者のみならず、著名ジャーナリストや文化人、学生リーダー、さらには元政府高官なども含まれているとの報道もあります。政府は「公正な裁判で厳正に対処する」と主張しますが、報道によれば秘密裁判や拷問強要の疑いもあり、公平性は確保されていません。

統制強化:通信遮断と情報空白

今回の弾圧局面で特徴的だったのが、政府が情報統制を徹底したことです。1月8日夜から約10日間、当局は全国規模でインターネットを遮断し、主要都市では携帯通信や国際電話も不通となりました。ネット遮断は2019年11月のガソリン値上げ抗議以来ですが、今回の遮断期間は過去最長級(約144時間以上連続)に及び、「9,000万人以上の国民がデジタル孤立した」と指摘されています。実際、多くのイラン国民が海外と連絡不能となり、抗議の詳細や被害状況を外部から検証することが極めて困難になりました。

政府はこの間、国内向けには国営メディアを通じ「暴徒の鎮圧に成功」「国に平穏が戻った」などの宣伝を行い、国外には「大規模なフェイクニュースが流布している」と反論しました。しかし実際には、通信網断絶の裏で大規模な殺傷行為が行われていた可能性が高いと人権団体は見ています。国連や各国政府も、情報の独立検証が難しい現状に強い懸念を示しました。

なお、起業家イーロン・マスク氏が提供する衛星通信「Starlink(スターリンク)」経由での接続を一部の活動家が試みましたが、端末入手の困難さや当局の電波妨害もあり、大勢には影響しなかった模様です。イラン政府はスターリンク端末約4万台を当局が無力化したと主張しています。結果として、「デジタル断網」という当局の戦略は一定の効果を発揮し、2026年1月中旬までの抗議状況は外部から全貌を掴むことが極めて難しくなっています。

当局の締め付け:「見せしめ裁判」と死刑適用の懸念

デモ沈静化後、当局は拘束者への対処を次の課題としています。ハメネイ師は1月中旬の演説で「数千人が殺害された」と初めて大規模死者に言及しつつ、それを「米国大統領(トランプ)の煽動による犯罪」と位置付け、自国の正当防衛を強調しました。そして「米国はこの犯罪の責任を負うべきだ」と述べ、内政干渉への断固対処を宣言しました。これは国内強硬派にとって「弾圧正当化のお墨付き」となり、治安機関は引き続き容赦ない手段で臨む姿勢を強めています。

司法当局は拘束されたデモ参加者に対し特別法廷で迅速に裁く方針を打ち出しました。1月14日時点で死刑が適用されうる「敵対行為」などの罪で多数が起訴されており、人権団体は「見せしめ処刑」の恐れがあると警告しています。イラン外相は「処刑の計画はない」と釈明しましたが、過去の例(2022~23年の抗議でも少なくとも4人が公開絞首刑)からみて楽観はできません。

また、一部報道では拘束者への拷問や虐待も指摘されています。家族に虚偽の証言を強要する、負傷者を治療する病院に治安部隊が乱入し負傷者らを暴行するといった事例も伝えられています。アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチは各国に対し、「普遍的管轄権」を活用してイラン当局者の人権犯罪を捜査・起訴すべきと呼びかけました。現状、イラン国内で責任追及が行われる見通しはなく、加害者の不処罰が繰り返されることが懸念されています。

抗議の規模と体制への影響評価

2025~26年の抗議デモは、1979年の革命以降で最大級との見方もありますが、専門家の評価は分かれます。確かに死者数・逮捕者数はいずれも過去数十年で最悪であり、デモが全国に広がった範囲も前例がありません。しかし、2022年のマフサ・アミニ抗議(通称「女性・生命・自由」運動)や2009年のグリーン運動と比較すると、体制への直接的な脅威度はなお限定的との分析もあります。今回のデモでは一般市民に加え本来体制支持層とされた保守的な商人層も参加しましたが、それでも軍や警察に明白な離反は起きず、政権内部から公開の反対表明も出ませんでした。

多くの専門家は、「体制崩壊には至らないまでも、イラン政権の統治能力や正統性は従来より確実に損なわれた」と指摘します。イギリスのシンクタンクChatham Houseは「イランの政治体制はもはや適応能力を失っており、今回の抗議は決して一過性ではない」と評しました。アトランティック誌(米国)は歴史的に革命を起こす5条件(財政危機、エリート分裂、多様な反体制連合、抵抗の物語、国際環境の後押し)が「ほぼ満たされた」と分析しつつも、決定打となるには反体制派の統合が必要と論じています。

実際、イラン反体制派は王党派から左派まで統一性を欠いているのが実情です。亡命勢力同士の主導権争いや、国内支持の不透明さもあり、たとえ体制が揺らいでも直ちに受け皿とはなりえないとの指摘があります。さらに、「リビアのような国家崩壊」や「シリアのような長期内戦」への懸念から、一般市民にも革命に慎重な空気が一部にあるとも指摘されています。治安部隊の忠誠も依然盤石です。革命防衛隊やバスィージは利権と信条で結束し、隊員の離反や命令拒否は報告されていません。

総じて、今回の抗議は政権に深手を負わせたが致命傷ではないとの評価が主流です。ただしイラン体制は長期的には弱体化の一途を辿っており、「緩やかな崩壊」に向かっている可能性も指摘されています。国際危機グループは「この先待ち受けるイランの未来はいずれも現在より悪いシナリオもあり得る」と警告し、多数派と少数派の緊張激化や、高濃縮ウランの行方など不安要素を挙げています。

情報環境:通信遮断とメディア統制、その影響

インターネット遮断の威力と副作用

前述の通り、2026年1月にイラン当局は全国的なインターネット遮断を実施しました。この通信遮断戦術は、抗議デモ鎮圧においてイラン政府が近年多用する手段です。2019年11月の反政府デモでも約1週間のネット遮断が行われ、2022年のマフサ・アミニ抗議の際にも局地的・断続的な遮断が確認されました。今回の遮断はそれらと比べても規模・期間ともに最大級で、国際的監視団体NetBlocksは「イラン史上でも最長クラスの通信ブラックアウトだ」と指摘しました。

遮断の直接的な狙いは情報発信の封じ込めにあります。SNSやメッセージアプリで抗議の呼びかけや現地映像が拡散するのを防ぎ、同時に国外メディアや在外イラン人への情報流出を阻止する効果があります。実際、遮断期間中はTwitterやInstagramといった主要SNSはもちろん、WhatsAppやTelegramなどのメッセージも軒並み不通となり、抗議の規模把握や被害検証が困難になりました。電話も国際通話はほぼ遮断され、国内通話も局地的に制限されました。

しかし副作用もあります。経済活動や日常生活への支障が大きく、金融取引の遅延や企業の営業停止、遠隔教育の停止など様々な影響が出ました。遮断中、多くの国民は現金決済や対面連絡に逆戻りせざるを得ず、ビジネスに甚大な損害が生じたと経済紙は伝えています。また、情報統制が徹底されると噂やデマが増え、市民の間に不安が広がるという側面も指摘されます。例えば死者数に関して、「1万人以上が虐殺された」という未確認情報がSNS経由で国外に飛び交い、一部メディアが伝える事態も起きました。公式情報への信頼が低い状況下では、このような情報空白は社会の動揺を深めかねません。

海外メディアと検閲

イランでは元々、報道の自由が大きく制限されています。BBCやVOA(アメリカの声)など主要な外国メディアの駐在取材は禁じられ、イラン人ジャーナリストも当局の厳しい監視下に置かれています。2022年の抗議以降、多くの独立系新聞・雑誌が休刊や閉鎖に追い込まれ、ジャーナリスト逮捕も相次ぎました。報告によれば、2025年末時点でイランは世界最大の報道関係者投獄国の一つとなっており、欧米の報道監視団体「国境なき記者団(RSF)」は度々懸念を表明しています。

そのような中で抗議デモに関する情報は、主に市民や活動家がスマートフォンで撮影した動画やSNS投稿を通じて海外に伝えられています。しかし先述の通信遮断によってそれも困難になり、国外メディアは人権団体や衛星電話、匿名の証言など断片的情報をつなぎ合わせて報じるしかありませんでした。例えば英国の公共放送BBCは、自局ペルシャ語放送の元特派員らのネットワークを通じて情報収集を試みましたが「確認が取れない報告が多く、犠牲者数も推計幅が大きい」と伝えています。結果として、国際社会が実態を把握し介入するまで時間がかかる要因となりました。

政府はまた、国内世論の統制にも力を入れました。国営放送や政府系メディアでは連日「秩序回復」と「外国の陰謀」を強調する報道がなされ、1月12日には政府主催の大規模集会(「革命支持ラリー」)が行われました。参加者には公務員や学生の動員があったとされますが、テレビでは群衆が国旗を振り「指導者に従う」と唱和する様子が繰り返し放映されました。当局はこれをもって「国民はデモを支持していない」と内外にアピールしましたが、実態は情報遮断下での半強制的集会であり、市民の本音を反映したものではありません。

「情報戦」としての側面

今回のイラン情勢は、情報戦の様相も呈しています。イラン政府は「騒乱はすでに終息した」と1月中旬以降強調し続けていますが、在外イラン人のSNSネットワークなどでは「抵抗は続いている」「各地で散発的な抗議が継続」といった投稿も散見されます。事実、東部スンニ派地域のザヘダン市では金曜礼拝後のデモが2022年以降ほぼ毎週続いており、2026年1月も治安当局との緊張が報じられました。また、夜間に住宅街で人々が一斉に「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と唱える抵抗の声が響いたとの報告もあります。これらは1979年革命時の手法を想起させ、SNS上では動画付きで拡散されました。ただし当局はこうした投稿を「捏造映像」として否定しています。

イラン国民にとって、検閲をかいくぐる情報入手は命綱です。人気メッセージアプリTelegramではプロキシ接続やVPNを駆使して政府発表とは異なる情報を共有するグループが多数存在するとされ、海外のペルシャ語衛星テレビ(例:Iran InternationalやBBC Persian)は自宅でもパラボラアンテナで受信されています。BBCによれば、約1,300万人のイラン人がBBCペルシャ語放送にアクセスしているとの推計があります。政府は受信規制や妨害電波で対抗しますが、すべてを遮断するのは困難です。結局のところ、情報環境は政府 vs. 市民・亡命者の攻防戦となっており、双方が国内外の世論形成を狙っている状況です。

国際社会の対応:非難と制裁、外交駆け引き

国連と人権機関の動き

イラン政府による抗議弾圧に対し、国連を舞台にした非難と圧力が高まっています。2022年末のマフサ・アミニ抗議の際には国連人権理事会(UNHRC)がイランの人権状況に関する独立調査団(事実調査団)設置を決議しました。この調査団は現在も活動中で、最新の弾圧についても追加の資金拠出と権限強化が提案されています。2026年1月の緊急特別会合では、国連人権高等弁務官ヴォルカー・トゥルク氏が「イラン各地での暴力的弾圧と多数の死者」に深い憂慮を示し、独立調査団による徹底検証の必要性を訴えました。これに対しイラン側は「事実を歪めた政治ショーだ」と反発し、理事会メンバーの中国などもイラン支持に回りましたが、特別会合開催に必要な理事国3分の1の支持は確保され、1月23日に会合が実現しました。

また、1月15日には安保理でも米国主導でイラン情勢が討議されました。米国は抗議弾圧を「国際平和と安定への脅威」と位置付け安保理での取り扱いを試みましたが、常任理事国のロシア・中国が反対し、拘束力ある決議採択には至っていません。とはいえ安保理会合では米国のウォルトズ大使(1月当時)が「虐殺を止めるため必要なあらゆる行動を辞さない」と発言し、フランス・英国など他の西側理事国もイラン政府を強く非難しました。さらに米国はイラン人権問題を国連憲章第34条(紛争の平和的解決)に基づき継続議題化することも検討中と報じられています。

国連以外でも、人権団体やNGOが活発に動いています。Human Rights WatchやAmnestyは共同声明で「これはWoman, Life, Freedom(女性・生命・自由)蜂起以来の国家による虐殺だ」と非難し、各国に対しイランへの外交圧力を呼びかけました。NGO連合「Impact Iran」は人権理事会特別会合について「血の弾圧は監視下にあるという明確なメッセージになる」と期待を表明しています。一方でイラン政府もジュネーブ国連機関へのロビー活動を強め、各国代表部に対し「デモは武装テロリストによる攻撃に起因」「治安部隊員にも多数の犠牲」といった反論資料を配布しました。情報戦は外交の場にも及んでいます。

各国政府の反応:西側諸国

主要各国はおおむねイラン政府の行為を強く非難し、人権擁護の立場を示しています。米国はトランプ政権(2025年就任)下でイランに対する強硬姿勢を復活させており、2026年1月の段階で大統領自らが軍事介入の可能性に言及する異例の事態となりました。トランプ氏は1月13日の声明で「もし抗議者への処刑が行われれば米国は極めて強力な対応を取る」と警告し、イラン政府関係者との接触中止も表明しました。また別の演説では「イランに新たな指導者が必要な時だ」とまで述べ、事実上の政権交代要求を示唆しました。これは米大統領として極めて踏み込んだ発言で、イラン側は猛反発しています。加えて米国務省は抗議弾圧に直接関与した革命防衛隊司令官や治安当局者らに対する制裁(資産凍結・入国禁止)の追加を発表し、1月だけで複数回にわたり制裁対象を拡大しました。

欧州諸国も概ね歩調を合わせています。英国のクーパー外相(労働党政権)は1月13日に「イラン当局による暴力を最も強い言葉で非難する」と声明し、独仏と共同で「イラン政府は市民の抗議の権利を守るべきだ」とする声明を発出しました。EUとしても人権制裁の拡大を準備しており、1月下旬に約20名の関係者と10の団体を対象にした新たな制裁パッケージが提案されています。欧州委員会のフォンデアライエン委員長は1月13日に「死傷者数の増加は恐るべきことだ。過剰な武力行使と自由の制限を明確に非難する」とSNSで表明し、さらなる制裁策を迅速に講じる意向を示しました。

また、カナダやオーストラリア、日本などもそれぞれ外交ルートで懸念を伝えています。日本政府(岸田政権)は公式には「多数の死傷者が出ていることに深刻な懸念」を表明するに留めていますが、G7外相声明にも加わり「更なる制裁を科す用意がある」との共同姿勢を示しました。日本は伝統的にイランと友好関係を保ってきましたが、今回は人権問題で足並みを揃えています。

こうした西側の動きに対し、イラン政府は激しく反発しています。1月中旬、イラン外務省は英国・ドイツ大使を呼び抗議し、「内政問題への不当干渉であり断固拒否する」と述べました。また、EUが革命防衛隊(IRGC)をテロ組織指定する可能性に言及したことに対し、革命防衛隊司令官は「もしそうなれば欧州は報いを受けるだろう」と威嚇しています。イランは過去にも欧米制裁への報復として欧州外交官の追放や自国の核開発加速などを行っており、今回も緊張が高まる懸念があります。

各国政府の反応:ロシア・中国・周辺国

一方、ロシアや中国、周辺の権威主義国家はイラン擁護または静観の姿勢を見せています。ロシアは冒頭述べたとおり安保理で米国の動きに反対し、1月13日の外務省声明で「ワシントンから発せられる更なる軍事攻撃の脅しは受け入れられない」と非難しました。また「イランの内政に対する破壊的な外部干渉に断固反対する」と述べ、抗議デモへの支持表明を「転覆工作」と批判しました。ロシアは2025年にイランと包括的戦略条約を締結するなど関係を強化しており、イラン政権を支える立場です。

中国も公式には「事態を注視している」としつつ、国連ではイラン寄りの発言を行っています。中国外務省は「各国は対話を通じた解決に努めるべきで、制裁や対決を煽るべきではない」とコメントし、イランへの新たな圧力には反対の意向を示しました。中国は昨年(2023年)にサウジアラビアとイランの国交回復を仲介するなど、地域安定への関与を強めています。イランとはエネルギーと軍事協力で利害を共有するため、イラン体制の安定が中国の利益にもかなうと見られます。ロシア・中国とも、自国のデモ抑圧に批判が及ぶことを警戒する思惑もあるでしょう。

中東地域の主要国の対応は複雑です。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)など湾岸諸国は、公式にはイランの内政へのコメントを控えています。これは2023年に中国仲介でサウジとイランが国交正常化した経緯もあり、表立ってイランを刺激したくない思惑があります。一方で、2025年6月の米・イスラエルによるイラン核施設攻撃の際には湾岸協力会議(GCC)加盟国が「他国領域への攻撃」を非難する声明を出す場面もありました。表ではイランに配慮しつつ、裏では米国のイラン圧力に協力するという二面性がうかがえます。

イスラエルはイランの弾圧について直接の言及は避けつつも、「自由を求めるイラン国民を支持する」と述べています。イスラエルにとってイランの弱体化は戦略的利益となる一方、あからさまな支援はイラン政権の「外国の陰謀」論を裏付けてしまうため、慎重に振る舞っていると見られます。実際、ハメネイ師はトランプ米大統領がデモを支持する発言をしたことについて「米国大統領自らが暴動に介入したのは初めてだ」と強調し、イスラエルとともに背後で扇動したと非難しました。イスラエルとしては静観することでイラン当局の口実を与えないよう努めつつ、軍事面では核開発阻止に専念する構えです。

制裁強化:人権と核・軍事両面で

国際対応の具体策として中心となっているのが制裁の強化です。既にイランは核開発やテロ支援を理由に米欧から強力な経済制裁を課されていますが、今回の人権弾圧に関連して新たな制裁措置が相次ぎました。

米国はトランプ政権の下、「最大限の圧力」キャンペーンを復活させ、2025年中だけで875件以上の制裁指定(個人・団体・船舶・航空機)が行われています。抗議デモへの弾圧開始後の1月14日には、国家安全保障最高評議会書記(当時)でデモ鎮圧の総責任者とされるアリー・ラリジャーニ氏を含む治安高官数名を新たに制裁対象に加えました。ラリジャーニ氏は保守強硬派の有力者ですが、制裁によって海外資産凍結と渡航禁止となりました。また、実際に弾圧を指揮した地方の革命防衛隊司令官や警察(FARAJA)の指揮官も名指しされ、デモ参加者への暴行や病院襲撃など具体的な人権侵害事例が列挙されました。さらに、イランが制裁逃れに使っていたシャドーバンキング(闇金融)ネットワークも摘発対象となり、UAEやシンガポール経由で原油収益を還流していた複数のダミー企業が制裁リスト入りしました。これらは資金源の封じ込めを狙ったものです。

EUも1月下旬に外相理事会で人権制裁の新リストを承認する見通しです。報道によれば、革命防衛隊や警察、司法関係者など約30の個人・団体が対象となり、EU域内資産凍結・入国禁止が科される予定です。EUは既にイラン革命防衛隊を人権制裁の枠組みで組織指定済みですが、これに追加する形で指揮官クラスを網羅する方向です。特に、抗議が激しかったクルディスタン州・ロレスターン州・ファールス州の治安責任者らが含まれる見通しとされています。

英国も独自制裁を拡充中です。クーパー外相は1月に「エネルギー・輸送・ソフトウェアなどイラン核開発を進める重要産業に照準を合わせた新制裁立法」を準備すると議会で表明しました。これは単に人権だけでなく、核・ミサイル関連分野も標的にする包括的なものです。またイギリス議会内では、ハメネイ師個人への制裁(資産凍結・入国禁止)を科すべきとの声もあり、政府も「選択肢として排除しない」と応じています。ハメネイ師は既に米国から2019年に個人制裁を受けていますが、欧州がこれに踏み切れば政治的象徴性は極めて大きいでしょう。

一連の制裁強化に対し、イラン経済への影響は避けられません。特に欧米との金融取引が一層困難になり、イランからの資金移動や外貨調達はさらに制限されます。また、人権問題での制裁は核合意復活交渉とも関連しており、外交的駆け引きが複雑化しています。EUや米国は「制裁強化は外交の終わりではないが、人権侵害には対価が伴うと示す必要がある」と説明しています。イラン側は「いかなる制裁にも屈せず、自給自足経済で対抗する」と強がっていますが、現実には通貨価値の下落や投資減退が続いており、経済面での苦境は深まる一方です。

核問題:IAEA査察と核合意の行方

2025年6月の軍事衝突とその後

イランの核開発問題は、この数年で緊張が一気に高まりました。特に2025年6月には、イスラエルと米国が直接軍事力を行使するという重大な局面を迎えました。この背景には、イランが2019年以降段階的に核合意(JCPOA)の制限を逸脱し、ウラン濃縮レベルや貯蔵量を増やしてきたことがあります。IAEA(国際原子力機関)の報告では、イランは2023年時点で濃縮度60%のウランを相当量蓄積し、核兵器1~2発分の兵器級物質への濃縮は「技術的には数週間以内で可能」と指摘されていました。

そうした中、2025年6月初旬、IAEAのグロッシ事務局長が「イランは20年ぶりにNPT(核拡散防止条約)義務に違反している」と異例の警告を発し、イランが軍事転用を疑われる秘密施設の存在を示唆しました。これを受けて6月13日、イスラエルが独自行動でイラン国内の核関連施設やミサイル基地への大規模空爆を開始しました。イスラエルは長年「イランに核兵器を持たせない」ことを最優先課題としており、この攻撃もイランが秘密裏に核爆弾開発を進めているとの判断からの「最後の手段」でした。空爆は核施設(ナタンツ、フォルドゥ、イスファハン)や革命防衛隊拠点の他、イランの核科学者・軍司令官の暗殺も狙った複合的なものでした。

イランはこれを「国家に対する全面戦争行為」と非難し、無人機と弾道ミサイルによる報復攻撃に踏み切りました。2024年時点からイランとイスラエルは互いに直接攻撃を応酬する段階に入っており、イスラエルによるシリアのイラン施設空爆や、イランによるイスラエル領へのミサイル攻撃(2024年10月)などが発生していました。今回の6月の衝突はそれがさらに激化した形で、10日余りにわたり両国間で空爆とミサイル攻撃の応酬が続きました。

事態を決定的に動かしたのは米国の介入です。2025年に復帰したトランプ政権は当初イランとの核協議再開にも含みを持たせていましたが、イスラエルの動きを支持する形で6月21日、米空軍がイランの核施設3か所を大型爆弾で攻撃しました。標的はフォルドゥ(地下濃縮施設)・イスファハン(転換施設)・ナタンツ(主要濃縮施設)で、いずれもバンカーバスター(地中貫通爆弾)により甚大な被害を受けました。米国防総省は「イランの兵器級ウラン製造能力に重大な遅滞を与えた」と発表しましたが、IAEAのグロッシ事務局長はその後「せいぜい数か月の後退でしかない」との見解を示しています。

米国の攻撃を受け、イランは6月23日にペルシャ湾岸のカタール・アルウデイド米空軍基地へ弾道ミサイルを発射して報復しました。この攻撃では幸い米兵に死傷者は出ませんでしたが、トランプ大統領は直後に緊急声明を出し「停戦合意に達した」と宣言しました。6月24日から停戦が発効し、約12日間に及ぶ戦闘は終結しました。停戦後も小競り合いはあったものの、大規模な戦争には発展せずに済みました。トランプ大統領は戦闘終結後、「イランが交渉を拒否し挑発を続けたことが今回の事態を招いた」とイラン側を非難し、政権転換の必要性にも言及しました。

IAEA査察の膠着:3施設未査察と「行方不明の核物質」

軍事衝突後、イラン核問題は新たな局面に入りました。米イスラエルの攻撃でイランの核計画は一時的に打撃を受けましたが、完全には終わっていません。問題の焦点は、空爆で破壊された核関連施設に残存する核物質の行方と、IAEAによる査察受け入れです。

IAEAのグロッシ事務局長は2026年1月時点で「爆撃されていない13の申告済み核施設には全て査察官が入れたが、爆撃された主要3施設(ナタンツ、フォルドゥ、イスファハン)には一切立ち入りができていない」と明かしています。これらの施設には合わせて60%濃縮ウラン約440.9kgがあったと推定され、これは90%兵器級に濃縮すれば核兵器約10発分に相当する量です。IAEAはイランに対し「施設破壊によってその核物質がどうなったか」を報告するよう要求していますが、イラン側は特別報告書の提出を拒否しています。

グロッシ局長は「いずれこの状況は終わらせねばならない。さもなくばIAEAは“これ以上核物質がどこにあるか把握できない”と宣言せざるを得なくなる」と警告しました。これは事実上、イランをNPT違反(保障措置不履行)と認定し安保理に付託する可能性に言及したものです。IAEAは通常、高濃縮ウランの在庫量を毎月検認することになっていますが、2025年6月以降イランとは7か月以上も確認できていない状態にあります。イラン政府は「IAEAには全面協力している」と主張しますが、未報告の“見えない核物質”が存在する以上、保証はできません。

IAEA査察の停滞には、国内騒乱も影響しました。2026年1月の抗議激化時、査察官は安全上の理由から一時イラン国内の移動を制限したとされています。イラン当局も「落ち着いたら再開させる」と説明しましたが、抗議終息後も3施設への査察は認めていません。「事態が沈静化したならば査察も再開すべきではないか」とグロッシ局長は問いかけつつ、イランのアラーグチー外相(2025年就任の穏健派、元核交渉代表)と近く会談予定だと明かしました。

IAEAとイランの膠着は、今春までに解決するのが望ましいとも示唆されています。これはIAEA定例理事会やNPT再検討会議のスケジュールも睨んだ発言と見られます。仮にこのままイランが爆撃施設への査察を拒み続ければ、IAEA理事会は「イラン不履行決議」を採択し安保理に付託することも選択肢となります。そうなれば安保理での追加制裁決議(もっともロシア・中国の拒否権で難航必至ですが)や、更なる軍事行動の正当化材料にもなりかねません。

核合意(JCPOA)復活の可能性

2015年の核合意(JCPOA)は米国離脱(2018年)とイラン履行縮小(2019年~)で事実上破綻状態にありましたが、2024年頃までは細いながらも外交交渉の道は残っていました。欧州(E3)やバイデン前米政権は2022年に一度合意復活目前まで行きましたが、紆余曲折の末失敗しました。その後、2025年にトランプ政権が復帰すると、交渉は一旦中断しました。しかし意外なことに、トランプ氏は2025年春頃、裏で特使スティーブ・ウィトコフ氏を通じてイラン側と直接折衝を始めていたと報じられています。イスラエルが反対する中、水面下で「限定的な暫定合意」(核活動凍結と一部制裁緩和)が模索されていたとの情報もあります。

ところが6月の軍事衝突で状況は一変しました。イスラエルの断固たる行動にトランプ氏も同調し、合意よりも核破壊と政権転換を志向する方向へ舵を切った格好です。結果として、2025年9月にE3が核合意のスナップバック条項を発動し国連制裁が完全復活したため、もはや原協定の枠組みに戻る余地はなくなりました。イラン側はこれを「違法かつ無効」として認めていませんが、欧米は事実上核合意は死んだとの立場です。

現在注目されるのは、新たな外交取引が成立するかどうかです。トランプ政権にはタカ派と柔軟派が混在しており、一部には「交渉による包括合意の必要性」を唱える声もあります。グロッシIAEA局長も「新たな軍事行動の脅威がない包括的合意」が望ましいと述べています。実際、2025年半ばまでの対話では、イランに核兵器製造を断念させる代わりに制裁を段階解除し、さらに地域のミサイル・ドローン開発や拘束米国人の釈放などをパッケージにした拡大合意の可能性が模索されました。

しかし現在のトランプ政権は強硬論が主流です。軍事衝突後の7月、E3はイランに「核合意復活の最後通牒」を出しましたがイランが応じなかったため、9月の国連制裁復帰に至りました。イランは核合意義務を完全に逸脱しており、濃縮活動も事実上無制限状態にあります。イラン議会ではNPT脱退すら取り沙汰されましたが、これは実行すれば北朝鮮同様の制裁孤立につながるため、現時点では留まっています。

イラン指導部(ハメネイ師)は「核兵器はイスラム的に禁じられている」との発言を過去にしていますが、その真意は不明です。実際には「現状維持による潜在的核抑止力の確保」がイランの戦略とも見られます。つまり、公式には核保有を否定しつつ、軍事攻撃されない程度の核能力は保持するという曖昧戦略です。軍事衝突後もイランはなおウラン濃縮を完全には止めておらず、一部報道では損傷施設から持ち出された遠心分離機を秘密地下サイトに移設したとの未確認情報も流れています。IAEAは今のところそれを掴んでいませんが、時間が経つほど核の不透明性は増すため、今後数か月が外交の勝負どころとなるでしょう。

地域・安全保障:周辺国と代理勢力、エネルギー・海上交通への影響

地域におけるイランの「影響圏」の揺らぎ

イランは長年、中東各地で「抵抗の枢軸(Axis of Resistance)」と呼ばれる同盟網を築き、イスラエルや米国に対抗してきました。代表的なのが、レバノンのヒズボラ、パレスチナのハマス、イラクのシーア民兵勢力(PMF)、イエメンのフーシ派などです。これらはイランから資金や武器支援を受け、場合によってはイラン革命防衛隊が直接軍事訓練を施しています。

しかし近年、このイランの影響圏に変化が生じています。2023年に起きたイスラエルとハマスの紛争(第三次ガザ戦争)は、イランにとっても試金石でした。イランはハマスの後ろ盾としてイスラエルと対峙する構えを見せ、シリアやレバノンを通じて武器供与を図りました。さらに前述のようにレバノンのヒズボラやイラク民兵も対イスラエル攻撃に呼応しました。しかしイスラエル側は容赦なく反撃し、2024年までにハマスとヒズボラの指導者層を壊滅させることに成功しました。2024年10月にはイスラエルがイラン本土をも空爆する直前までいったこともあり、結果的にイランの代理勢力は大打撃を受けました。

さらに大きかったのはシリア情勢の転機です。2024年、シリアのバッシャール・アル=アサド大統領が反政府勢力の攻勢や経済崩壊に耐えきれず国外逃亡する事態となりました。シリア内戦は2011年から長期化し、イランはアサド政権の最重要支援国として軍事顧問や民兵派遣で支えてきました。それがアサド退陣で大きく覆り、イランはシリアでの影響力基盤を喪失しました。シリア新政権はロシアと中東諸国の仲介で和平に動いており、イラン系民兵は撤退を余儀なくされています。イランの「抵抗の枢軸」の一翼が崩れた形です。

以上の結果、2026年時点でイランの地域的立場は以前より弱まっています。米国やイスラエルなどの国際同盟軍はこれを好機と捉え、イラン支援勢力の武装解除を推し進めています。2025年10月にはガザのハマスに対し停戦合意の一環として「武装放棄とガザ統治からの撤退」が条件付けられました。ハマス側は難色を示していますが、トランプ米大統領は「もし武装解除しなければ地獄を見ることになる」と圧力をかけています。

レバノンでも、2024年の停戦以降レバノン軍が南部でヒズボラの統制地域を再編しつつあります。ヒズボラは1989年タエフ合意で武装解除が謳われながら骨抜きにされてきましたが、イスラエルや国連安保理の後押しでようやく一部実現に動き出しました。イスラエルは2026年もシリア国境からヒズボラへの武器輸送に空爆を続けており、ヒズボラへの軍事的締め付けを継続しています。さらに米国は2026年1月に南米でマドゥロ政権を拘束した(後述)余波で、ヒズボラが南米の麻薬資金ネットワークを通じて得ていた収入源も断とうとしています。

イラクでは、政府軍の統制外にある親イラン民兵組織(PMF)の処遇が課題です。米国は2025年に「PMFの武装解除を緊急課題」とし、イラク政府に圧力をかけました。イラク政府も建前上はPMFの国軍統合を掲げていますが、シーア強硬派との兼ね合いもあり慎重です。ただ、米軍が2026年9月にイラクから戦闘部隊を撤収する予定であることから、それ以降にPMF解体を進めるとの見方があります。

イエメンではフーシ派が依然広範な支配域を維持しています。イラン・サウジ国交正常化後、イエメン内戦は表面的には停戦状態ですが、フーシ派は武装維持を貫いています。2023~25年にイスラエルや米国もフーシ派ミサイル基地を攻撃しましたが、決定打にはなっていません。イエメンは依然イランが影響力を残す数少ない場所で、今後も注意が必要です。

ペルシャ湾・海上交通リスク

中東の安全保障上、ホルムズ海峡とペルシャ湾の航行は世界経済に直結する要衝です。イランは過去から、自国に圧力がかかるとホルムズ海峡での船舶妨害に出る傾向があります。最近では2023年4~5月にイラン革命防衛隊が外国タンカーを相次ぎ拿捕し、米軍がホルムズ海峡付近に追加展開して対抗する事態となりました。2025年12月24日にも、イラン当局がホルムズ海峡近くで「石油密輸に関与していた」として外国籍タンカーを拿捕しています。米国が直前にイラン産原油を運ぶ船を押収したことへの報復措置との見方もあります。

こうした「タンカー戦争」的な動きは、原油市場を緊張させます。ホルムズ海峡は世界原油の約2割が通過する喉元であり、日本を含むアジア諸国の原油輸入でも要です。イランは安保理制裁下であっても原油密輸を続けており、革命防衛隊が自らタンカーを運用することもあります。そのため、軍事衝突や制裁強化のたびに海上での駆け引きが起きる構図です。2025年6月の米・イスラエル対イランの衝突時も、イランがペルシャ湾の商船を狙う可能性が懸念されました。今回幸い大きな被害は出ませんでしたが、米海軍第5艦隊(バーレーン駐留)は警戒態勢を強化し、日本など同盟国にも情報共有を行っていました。

国際的には、有志連合による船舶護衛の動きも再燃しています。アメリカは2019年のタンカー攻撃事件(日本関係船籍含む)を受けて「国際海事安全構想(IMSC)」を発足させましたが、近年その活動を活発化させています。2026年1月、英仏独など欧州諸国や日本も参加するIMSCはホルムズ周辺での偵察飛行や情報パトロールを強化しました。特に日本はタンカー防護に自衛隊派遣の法的枠組み(海上警備行動)を整備済みであり、情勢次第では護衛艦派遣も検討され得ます。

現時点でイランが海峡封鎖に踏み切る兆候はありません。しかし専門家は、イランの究極の切り札として海峡封鎖がありうると警告します。もしイラン体制が追い詰められれば、世界経済に痛みを与えて交渉材料にする戦略に出る可能性もゼロではありません。実際、2025年の軍事衝突時にイランがUAEのアルダフラ米空軍基地やサウジの石油施設を攻撃するシナリオも懸念されました(結果的にはカタール基地への一撃に留まりましたが)。エネルギー・海上輸送の安全保障は、中東情勢が揺れるたびに再浮上するリスクと言えます。

日本への示唆:エネルギー安全保障と海洋の安定

日本にとって、イラン情勢は他人事ではありません。まず、エネルギー面で日本は原油の約9割を中東地域に依存しています。その中でもホルムズ海峡は日本向け原油の重要ルートで、海峡が封鎖・不安定化すれば日本経済は打撃を受けます。実際、2025年6月の衝突時には原油価格が急騰し、一時的に1バレル=100ドル台に達する局面もありました(日本政府は石油備蓄放出のシミュレーションを行ったとされています)。電気料金やガソリン価格など国民生活にも影響が及びかねません。

また、安全保障面でも注意が必要です。仮に米イラン間で大規模な軍事衝突が発生すれば、在留邦人の安全や日本企業の現地事業に直ちに危険が及びます。イランには日本企業の商社拠点や技術者が一定数駐在しており、有事の退避計画が求められます。さらにホルムズ海峡が戦闘海域となれば、日本のタンカー船員(多くは日本人含む)にも危機が迫ります。1980年代のイラン・イラク戦争「タンカー戦争」では日本船籍も被害を受けており、同様の懸念が甦ります。

外交的にも、日本は難しい立場です。イランとは友好関係が長く、2015年核合意以降は経済協力も模索していました。しかし人権や核問題では西側諸国との協調も求められます。日本はG7や国連で人権尊重を訴える一方、イランとの対話チャンネルも維持するバランス外交が求められています。

経済:制裁と失政による疲弊、インフレと通貨危機

制裁下の経済:原油・金融への打撃

イラン経済はこの10年、制裁の重圧構造的失政で疲弊しています。2018年に米国が核合意から離脱して以降、イラン産原油の輸出は国際市場から締め出され(制裁違反覚悟で中国などが買い支えている程度です)、外貨収入は急減しました。2020年にはコロナ禍も重なりGDPは大幅縮小し、その後も回復していません。2025年10月時点の世界銀行予測では、イラン経済は2025年に▲1.7%、2026年に▲2.8%のマイナス成長と見込まれています。つまり景気後退に陥っているのです。

主因はエネルギー収入の減少です。以前はGDPの約30%を占めた原油輸出収入が制裁で細り、政府歳入も逼迫しました。結果、政府は財政赤字を中央銀行引受で穴埋めする「悪いインフレ」を招きました。リアルの通貨価値は制裁再開前の2018年には1ドル=約5万5千リアルでしたが、2025年12月には125万リアル近くまで下落し過去最安値を更新しました。つまり7年間で実に20倍以上の通貨安となった計算です。国民のリアル建て資産価値が大幅に棄損したことになります。

イラン政府は為替市場の急変動に対応するため補助金や外貨規制を駆使しました。2022年までは輸入必需品に対し1ドル=42,000リアルという優遇レートを適用していましたが、これが汚職の温床となり十分な効果を上げられませんでした。結局2023年に優遇レートを廃止したことで輸入品価格が跳ね上がり、2024年以降インフレがさらに悪化しました。食料品インフレ70%超というのはそうした構造的問題の表れです。

また、金融面ではSWIFT(国際銀行間通信協会)排除などにより、イラン企業は国際決済から締め出されています。外貨準備へのアクセスも限られ、輸入代金決済には第三国の闇ルートに頼る部分が大きいとされます。これが俗に言う「シャドーバンキングネットワーク」であり、UAEやトルコ、中国などに設立したフロント企業を介して資金移動しています。米財務省はこの仕組みの中枢としてイラン国営銀行が設立した“ラフバル(導管)会社”を摘発し、2024年から2025年にかけて複数のフロント企業を制裁指定しました。最近ではイランの友好国ベネズエラへの制裁迂回にも協力していた船舶会社(Bella 1号船など)の摘発が話題となりました。こうした締め付けで、イランの国際金融孤立は決定的です。

国民生活:インフレと失業、格差拡大

制裁と経済失政のしわ寄せは、一般国民の生活苦となって現れています。食料・燃料といった基本的財の価格高騰により、都市部中間層ですら生活水準を維持できなくなっています。イラン統計センターの発表では2025年10月の月間インフレ率が48.6%に達し、過去40か月で最高でした。体感的な物価上昇はさらに大きく、人々は買いだめや節約でしのいでいますが、賃金上昇が追いつかず実質所得は目減りしています。

失業問題も深刻です。公式失業率は約9~11%とされていますが、これは都市部男性の平均で、女性や若年層では数倍に上ります。特に大卒若者の失業・不完全雇用が顕著で、将来に希望を持てない若年世代が抗議に積極的に参加した要因ともなっています。2022年の抗議でも学生層が大きな役割を果たしましたが、今回も大学キャンパスでストやデモが起きたとの情報があります。

経済制裁下で政府歳入が減ると、最も影響を受けるのが社会保障支出です。イランでは本来、石油収入を原資に公共補助金で国民生活を支えるモデルでした。しかし制裁で余裕が無くなり、燃料やパン・薬品などへの補助金カットが相次ぎました。その結果、人々の負担は増え、貧困率も上昇しています。世界銀行の推計では、イランの貧困率(1日5.5ドル未満の生活)は2018年の約10%から2021年には18%に悪化しました。その後の統計は不明ですが、おそらくさらに悪化しているでしょう。

格差の拡大も問題です。制裁の抜け穴を使える一部富裕層や権力層(革命防衛隊ビジネス関係者など)は通貨安を活用し資産を蓄財していますが、一般庶民は預金価値の目減りや住宅費高騰に苦しんでいます。こうした「不公平感」も、今回の抗議の底流にあります。抗議の際のスローガンで「貧困ライン以下の生活」「子供に肉を食べさせられない」といったものが聞かれましたが、これは格差への怒りを示すものです。

今後の展望:IMF・世界銀行の見通しと経済立て直しの課題

国際金融機関はイラン経済の先行きに悲観的です。IMF(国際通貨基金)は2026年もイランの高インフレが続き、成長率は低迷すると見ています。制裁が継続する限り、原油輸出は限界があり、構造改革なしに持続可能な発展は難しいとの指摘です。また、イラン国内のビジネス環境は当局の統制と汚職で悪化しており、外国投資はほぼゼロです。豊富な人的資源(高学歴人材)を抱えながら、それを活かせる投資と雇用が創出されない「才能の流出」も深刻です。既に多くの技術者・医師・クリエイターが海外へ脱出しており、国内産業の高度化は遅れています。

イラン政府は経済立て直し策として、近年は東方傾斜(中国・ロシアとの経済協力)や密輸ネットワークの拡充に活路を見出そうとしています。中国とは25年協力協定を結びインフラ投資や石油貿易拡大を図っています。またロシアとも2025年に戦略条約を締結し、エネルギー・軍需分野で提携を強めています。しかし、こうした取り組みも制裁の壁ですぐには実を結びません。中国は米国との関係もあり、制裁逸脱には慎重です。ロシアも自国がウクライナ戦争で制裁を受ける立場で、イランを救う余裕はありません。中露がイランに決定的な軍事支援や経済支援を与える可能性は低いとの見方が大勢です。

結局、イラン経済を根本から再生するには、対外関係の正常化(制裁解除)と国内改革の両輪が不可欠です。しかし現体制は核開発や地域介入を安全保障の柱としており、制裁と引き換えにそれらを手放す考えは薄いように見えます。ペゼシュキアン大統領は比較的穏健とされますが、経済専門家ではなく、物価高への対症療法的な施策に留まっています。昨年末にも首都移転や外貨切り下げ(リアルからトマンへのデノミネーション法案)など大風呂敷な案が議論されましたが、どれも実行力に疑問符がついています。

現在、イランの通貨は公式にはトマン(リアルの10分の1単位)への切替えを準備中ですが、インフレが止まらない中でデノミしても信用回復になるかは不透明です。むしろ財政改革や国営企業改革、汚職追放といった構造的改革が必要ですが、それは体制の既得権益と衝突します。経済失政が政治不信に直結しているため、抜本的改革には政治的安定も欠かせないというジレンマがあります。

要するに、イラン経済は制裁と体制の硬直化という二つの重荷に押しつぶされつつあります。この状況が続けば、今回のような国民の爆発的な不満噴出が今後も繰り返されるでしょう。イラン指導部が経済を立て直すには、国際社会との歩み寄り(核問題解決)と国内統治の見直しという困難な課題に向き合う必要があります。しかし現状、その兆しは見えていません。

なぜ重要か(日本への影響も)

原油価格・エネルギー安全保障

イラン情勢の不安定化は世界の原油市場に直結します。イランはかつて世界第4位の産油国でしたが、制裁で輸出が制限され需給には影響が出にくくなっていました。しかし、軍事衝突や海峡封鎖リスクが高まれば原油価格は即座に反応します。日本にとって中東依存度が高いエネルギー供給は国家経済の生命線です。もしイラン発の有事でホルムズ海峡航行が危ぶまれれば、日本向け原油タンカーの航行ルートにも影響が出ます。

燃料価格の高騰は企業活動や家計コストを押し上げ、日本経済全体のインフレ要因になります。昨今はロシアのウクライナ侵攻などで原油高騰を経験しましたが、中東発の危機はさらに深刻なエネルギーショックとなり得ます。日本政府は石油国家備蓄を170日分以上保持していますが、長期化すれば賄いきれません。イランとサウジなど周辺国との関係悪化で、OPECプラスの政策にも影響が及ぶ可能性があります。イランは国際市場復帰を望んでおり、日本企業も輸入再開に備えていましたが、今回の混乱でそれも遠のきました。

海上交通の安全と邦人保護

日本は貿易立国であり、シーレーン(海上交通路)の安全確保が死活的に重要です。ホルムズ海峡は日本が輸入する石油の約80%が通過します。その安全は米国や有志連合任せではありますが、日本としても自衛隊派遣や多国間協力で支えていく必要があります。2019年には日本も「調査・研究」名目で自衛隊を中東に派遣しましたが、情勢がさらに緊迫化すれば護衛任務の付与も検討課題となります。また、邦人保護の観点からも、中東地域の不安定化は在留邦人(ビジネスマン、専門家、NGO職員など)の安全リスクを高めます。イランには多くはないものの数百人規模の邦人が在留しており、有事対応計画が必要です。

核拡散と地域安定への影響

イラン核問題が決裂すれば、核拡散リスクが現実味を帯びます。もしイランが核兵器を保有する事態になれば、中東の他の国(サウジアラビアやトルコなど)が追随して核開発を志向する可能性があります。これはNPT体制の崩壊を意味し、日本の安全保障にも影響する重大事です。日本は唯一の被爆国として核不拡散を支持しており、イラン核問題が悪化することは外交的にも望ましくありません。

また、イランとイスラエル・米国の対立が全面戦争になれば、中東の安定は根底から崩れます。日本企業は中東各国(サウジやUAE、カタールなど)でエネルギーやインフラプロジェクトを展開していますが、広域戦争になればそうした事業継続も難しくなります。日本の自動車産業などが輸出する重要市場も中東にはあり、地域の混乱は日本経済にも波及します。

地政学リスクと外交課題

日本は長年イランと友好関係を維持し、独自外交を模索してきました。1980年代のイラン・イラク戦争では中立を保ち、2019年には安倍総理(当時)がハメネイ師と会談するなど仲介役も務めました。しかし現在、日本は米国との同盟を最重視しつつ、イランとのパイプは細くなっています。今後、イラン情勢悪化が国連安保理などで取り上げられる際、日本はどの立場を取るか難しい判断を迫られます。民主主義や人権を重視する価値外交の観点ではイラン政府を批判せざるを得ませんが、イランを完全に敵視すればエネルギー安全保障上の利益を損ないかねません。

また、中東外交の構図も変わりつつあります。サウジとイランの和解、中国やロシアの台頭、イスラエル・アラブ諸国の連携など、複雑に絡み合う力学の中で、日本は自国のエネルギーと安全保障を守る方策を練る必要があります。国連PKOなどで実績のある日本ですが、今回のように安保理が機能しない状況では、独自の平和外交を展開できる余地もあります。例えば被害者救済や避難民支援、人道目的の特使派遣など、日本だからこそできる役割が模索されます。イラン政府とのチャネルを維持し、緊張緩和への働きかけも検討されるでしょう。

総じて、「遠い中東の話」ではなく日本自身の課題として、エネルギー・安全保障・外交全般に影響を及ぼし得るのがイラン情勢です。油断すれば、日本国内の物価や安保環境に跳ね返る可能性があり、今後も注意深いモニタリングと国際協調が求められます。

今後のシナリオ:考えられる展開と注視点

イラン情勢は流動的で、今後いくつかのシナリオが考えられます。以下では主な3つ~5つの可能性を挙げ、それぞれの条件・影響・兆候を整理します。

  1. シナリオ1:体制維持・弾圧継続
    起こり得る条件: 治安部隊の忠誠が揺らがず、抗議が一旦収束する場合。国際社会の介入が限定的で、イラン指導部が強硬路線を貫く。核開発も現状維持で「核保有一歩手前」の状態を続けられる場合。
    起きた場合の影響: 短期的には秩序が戻り、体制は延命される。しかし経済問題や国民の不満は解消されず、地下に潜った抵抗がくすぶり続けます。国際的孤立も深まり、制裁下で経済悪化が進行。原油市場は不安定が続き、高値圏が長引く可能性があります。日本にとってはエネルギー価格高騰が慢性化し、イランとのビジネス機会も限定されたままとなります。
    注視すべきサイン: イラン当局が抗議鎮圧後、素早くインターネットを復旧し、全土に治安維持をアピールする動き。革命防衛隊内の造反や指導部批判が全く報じられないこと。抗議の主要人物への極刑執行が相次ぎ、国民がそれに怯んで街頭から消える状況。また、核施設へのIAEA査察を依然拒み続け、代わりに国内で「核達成近し」と宣伝するようなら強硬姿勢が続く兆候です。
  2. シナリオ2:部分的改革・国際合意
    起こり得る条件: 政権内部の穏健派や現実派が主導権を得て、国民の不満を和らげるための譲歩策を取る場合。具体的には政治犯の一部釈放や女性への服装規制緩和、腐敗取り締まり強化などの「ガス抜き改革」が実施される。また核問題では米国やEUとの間で暫定的な合意が成立し、制裁緩和と核活動凍結などの取引が行われる場合。
    起きた場合の影響: 国内では抗議が沈静化し、短期的に安定が戻ります。経済面でも制裁が一部解除されれば原油輸出が増え、通貨安やインフレは多少改善するでしょう。国民の生活も目に見えて楽になります。ただし根本的な権威主義体制は維持されるため、再び約束が反故にされれば不満は再燃します。日本にとっては原油市場安定や企業のイラン取引再開といったメリットがあります。ただ、人権問題が棚上げになるとの批判も残るでしょう。
    注視すべきサイン: 政府高官がデモ参加者に融和的な言辞を用い始めること(例えば「若者の声に耳を傾ける」など)。ハメネイ師の演説で「経済改革」や「汚職撲滅」言及が増えること。また、IAEAとの協議が急に進展し、イランが突如爆撃施設への査察を認めるとか、高濃縮ウランの国外搬出を提案するような動きがあれば、外交ディールの兆候です。加えて、米国が特使派遣や秘密交渉再開を示唆する動きがあれば要注意です。
  3. シナリオ3:外部との軍事衝突再燃
    起こり得る条件: 核問題が決裂し、イランが核兵器開発に踏み切った場合、または国内危機から目を逸らすため政権が対外挑発を選ぶ場合。例えばイランが濃縮度90%の兵器級ウラン生産を公言したり、イスラエルや米軍基地に直接攻撃を仕掛けたりするなど、レッドラインを超える行動をとった場合です。あるいはイスラエル側が単独でも未破壊の核施設を完全破壊しようと再度攻撃を実施するケースも含まれます。
    起きた場合の影響: 短期的には中東地域で戦火が広がり、世界経済は大混乱となります。原油価格は暴騰し、下手をすれば1970年代のオイルショックに匹敵する打撃が及ぶかもしれません。イラン国内では愛国心から一時的に政権支持が高まる可能性がありますが、軍事力で圧倒する米・イスラエル連合に対し、イランは大きな被害を受けるでしょう。政権が生き延びても経済インフラは破壊され、国民生活は一層困窮します。日本にとっては最悪の事態で、原油調達は大幅制限、企業は撤退、邦人も退避となります。防衛外交面でも米国の有志連合参加など難しい判断を迫られるかもしれません。
    注視すべきサイン: IAEAがイランを非協力国と正式認定し、国連安保理への付託を決めるような事態。イランがNPT脱退を示唆したり、核施設から監視カメラや封印を外したりする動き。また、イスラエル国内で対イラン先制攻撃論が急速に高まり、米国もそれを容認するような言動が出てくれば危険です。たとえばトランプ大統領が「イランの核施設への更なる軍事行動も辞さない」と明言する、あるいはホワイトハウスが中東に空母打撃群や戦略爆撃機を増派することを発表するなど、軍備増強の兆候が要注意です。イラン側の兆候としては、ホルムズ海峡周辺で革命防衛隊艦艇やミサイル部隊の不審な活動(機雷敷設や発射演習)なども見逃せません。
  4. シナリオ4:指導者交代・体制変化
    起こり得る条件: 86歳のハメネイ師の健康悪化・死亡や、革命体制内部で後継を巡る権力闘争が表面化する場合です。あるいは治安部隊の一部が造反し、政権中枢に亀裂が入るケースも考えられます。後継争いが混乱すれば、一時的な権力の空白が生じ、抗議運動が再燃・拡大する契機にもなりえます。
    起きた場合の影響: 後継が強硬派(例えば革命防衛隊出身者)であれば弾圧が一層強まり、上記シナリオ1に近い展開になるでしょう。逆に後継が穏健派で改革に意欲を示せば、シナリオ2的な妥協もありえます。最悪なのは後継をめぐり内紛・内戦状態になるケースで、複数勢力が争って国が分裂する可能性です。そうなると核物質の管理や周辺国への波及など、現在より危険な状況となります。日本にとっては、体制変化自体はチャンス(関係改善)でもありますが、混乱の度合いによっては中長期で中東不安定が続くリスクとなります。
    注視すべきサイン: ハメネイ師の公務減少や重病説報道。革命防衛隊内での不穏な動き(高官の突然の解任や事故死、クーデター未遂説など)。テヘランで治安部隊同士の衝突や、地方で有力聖職者が独自に民兵を組織するといった兆候も、権力綻びを示すでしょう。また、国営メディアが後継者候補の持ち上げ報道を始めたり、逆にSNS上で後継人事を巡る噂が飛び交ったりすれば、近い将来の変化を示唆します。
  5. シナリオ5:体制崩壊・民主転換または内戦
    起こり得る条件: 抗議運動がさらに大規模化し、労働組合ストライキや少数民族武装蜂起など全国的反乱に発展する場合です。治安部隊が制御不能となり、政権が瓦解するような事態です。また外部勢力(米イスラエルなど)が直接介入し、政権打倒に乗り出す場合も含まれます。
    起きた場合の影響: 最も劇的なシナリオですが、リスクも大きいです。革命体制が崩壊すれば、イランに民主政府が樹立される可能性があります。それは人権状況改善や国際協調に繋がる希望もありますが、一方で勢力間抗争で治安が崩壊する懸念も大です。複数の民族・宗派に分裂し内戦状態となれば、シリアやリビアの二の舞もありえます。核物質の散逸や過激派の跋扈など、国際安全保障上も最悪の事態となるでしょう。日本としては、短期的には原油供給ストップや法人資産喪失など大被害を被ります。長期的には安定後に商機があるかもしれませんが、地域不安定化のコストは計り知れません。
    注視すべきサイン: テヘランなど大都市で百万人規模のゼネスト・デモが起き、治安部隊が鎮圧不能になるような局面。あるいは地方州(特に不満強いクルディスタン州・シスタン・バルチスタン州など)で自治政府樹立を宣言する動き。また、イラン正規軍(アルテシュ)の一部が「国民側につく」と宣言するような事態があれば決定的です。外部からは、米国が急遽国防予算でイラン反体制派支援を組み込む、イスラエルが全面戦争に備えて予備役召集を行う等の動きが兆候となるでしょう。

以上、どのシナリオも一長一短ですが、現状はシナリオ1に近い路線をイラン当局が辿っているように見えます。ただ歴史は予測不能であり、ちょっとした出来事(例えばハメネイ師の急逝、米大統領選の結果、戦争の誤算など)で軌道は変わり得ます。引き続き内外の動きを総合的にウォッチする必要があるでしょう。

FAQ(よくある質問と回答)

Q: なぜイランでは今こんなに大規模な抗議デモが起きたのですか?
A: 直接の契機は経済の悪化です。2025年末に通貨リアルが暴落し物価が急騰したため、庶民の生活が耐え難くなりました。もともと長年の制裁や汚職で不満が蓄積しており、燃料価格引き上げや失業増大、水不足なども重なって、一気に爆発しました。スローガンは当初「物価を下げろ」でしたが、弾圧への反発から政権批判に発展しました。背景には2019年や2022年の抗議で抑圧されてきた怒りがあり、今回はそれが経済問題をきっかけに再燃した形です。

Q: インターネット遮断はなぜ行われ、今も続いているのですか?
A: 当局は抗議デモの拡大を抑えるため、情報共有と拡散を断つ目的でネット遮断を実施しました。デモ参加者がSNSで集合や告発を行うのを防ぎ、国際社会にも実態を知られにくくする狙いです。2026年1月8日からほぼ全国的に通信ブラックアウトが起き、約10日後に大統領指示で徐々に復旧が始まりました。現在(執筆時点)では主要都市でネット接続は再開していますが、低速化やソーシャルメディア遮断は続き、完全に元通りではありません。政府は「治安が安定したら全面復旧する」としていますが、引き続き監視と統制の手段としてネット規制を活用する可能性が高いです。

Q: 抗議デモで何人ぐらい亡くなったのですか?
A: 正確な数は確認困難ですが、独立系の人権団体やメディアの報道によれば少なくとも3,000~5,000人以上の市民が死亡したとみられます。イラン当局者が非公式に認めた数字として「5,000人超」という情報もあります。また治安部隊側も数百人規模で死者が出ています。逮捕者は2~3万人に上る模様です。数字に幅があるのは、通信遮断で情報が遮られ各地の死者集計が難しいためです。国連人権高等弁務官は「2022年以降で最大の流血」と述べました。今後、国連調査団などが精査する予定ですが、現時点では概算しかありません。

Q: イラン政府はなぜここまで強硬に弾圧するのですか?
A: イランの指導部(特にハメネイ最高指導者)は、1979年の革命体制を守ることを最優先し、抗議を体制転覆の脅威と捉えています。過去にも1999年学生デモ、2009年反政府運動、2019年経済デモ、2022年女性人権デモをいずれも強権で鎮圧してきました。彼らは譲歩すれば体制崩壊につながると考えており、「暴徒には慈悲無用」との姿勢です。また、革命防衛隊や治安機関は特権層でもあり、自らの権益を守るためにも弾圧に積極的です。加えて、外部(米・イスラエル)が扇動しているとの認識があるため、「外国陰謀を挫く」という大義名分で強硬策を正当化しています。要するに、体制維持の本能と、外圧への反発が相まって強権弾圧になっています。

Q: デモ隊はどんな人たちで、リーダーはいるのですか?
A: デモ参加者は非常に多様で、都市部の若者、商店主、労働者、地方の少数民族、女性グループ、学生など幅広い層が含まれました。2022年の抗議では女性や学生が中心でしたが、今回はインフレ打撃を受けた中産階級や高齢世代も加わった点が特徴です。明確な統一リーダーは存在しません。亡命中の元王族レザー・パフラヴィ氏らが支持を呼びかけましたが、実際の組織的影響力は限定的です。国内には組織政党がなく、SNSや草の根ネットワークで自発的に動員されました。一部では労働組合(教師組合など)が呼応したケースもあります。また、少数民族地域ではクルド人団体やバロチ人宗教指導者が局地的に影響力を持ちました。全体として「蜂起」というべき自発性が特徴で、統一指揮系統はなく、だからこそ当局も全容把握が難しかったとみられます。

Q: 今回の抗議で政権が倒れる可能性はあったのでしょうか?
A: 現時点では政権崩壊には至りませんでした。専門家の多くは「体制は動揺したが存続するだろう」と見ていました。理由は、治安部隊が離反せず忠誠を保ったこと、反体制派に統一組織がなく政権に代わる受け皿が見えないことなどです。ただし、長期的には今回の血の弾圧が体制の正統性を著しく傷つけており、将来的な革命の序章と見る向きもあります。一部分析では革命の必要条件がほぼ満たされたとされましたが、最後の決定打(エリート分裂や国際後押し)が欠けました。今後、最高指導者の継承問題などで内部亀裂が生じれば、今回のような抗議が再燃して政権崩壊につながる可能性は否定できません。

Q: イランの核開発は今どうなっているのですか?核兵器を持つのでしょうか?
A: イランは公式には「核兵器は作らない」と言っていますが、実際には核兵器製造に必要な高濃縮ウラン寸前の段階にあります。2023年時点で濃縮度60%のウランを数百キロ保有し、90%兵器級にすれば十数発分の核分裂物質に相当します。2025年6月の米イスラエル空爆で主要施設が破壊されましたが、核計画が完全に止まったわけではありません。その後IAEA(国際原子力機関)はイランに破壊施設の核物質行方を報告するよう求めていますが拒まれています。行方不明の核物質が存在するという不透明な状況で、IAEAは「このままでは保障措置違反と認定せざるを得ない」と警告しています。要するに、イランが核爆弾を明確に製造し始めれば米イスラエルが再度攻撃する可能性が高く、イランは核保有一歩手前の状態で踏みとどまっているように見えます。今後外交交渉次第ですが、このまま交渉決裂なら核兵器開発に踏み切る懸念もあり、その場合は大きな衝突が避けられないでしょう。

Q: 米国やイスラエルが実際にイランに軍事介入する可能性は?
A: 既に2025年6月に軍事攻撃が行われたように、限定的な空爆やサイバー攻撃は今後も起こりえます。トランプ政権はデモへの武力弾圧に対しても介入をちらつかせており、最悪の場合イラン国内へのピンポイント介入(例えば収容所への空爆など)のシナリオも完全否定はできません。ただ、大規模地上軍投入のような全面戦争は米国内世論も慎重で、リスクが高すぎます。イスラエルは単独でも核施設攻撃を辞さない構えですが、これも一時的な遅延しか得られないとの指摘があります。総合すると、ミサイル空爆などの軍事行動は限定的に発生し得るが、イラク戦争のような全面介入は現実的でない、というのが専門家の大方の見方です。ただし核開発や大量虐殺など、状況次第では一線を超える可能性もゼロではなく、常に注視が必要です。

Q: 日本はこの状況で何ができるのですか?
A: 日本はエネルギー安全保障上イランと関係がありますが、現下の情勢では直接的な影響力は限られます。考えられる対応としては、(1)国際社会と協調して人権状況改善を促す外交努力(国連での非難決議支持、人権調査団への支援)、(2)ホルムズ海峡の安全確保に向けた情報収集や海自派遣検討など自主的貢献、(3)イラン国内改革派や市民社会への慎重な働きかけ、(4)エネルギー調達先の多角化と備蓄強化、といったものです。日本は伝統的にイランとも友好関係を築いてきたため、対話の窓口として期待する声もあります。現に2023年には日イラン外相会談も開かれています。長期的にはイランが安定・協調路線に戻れば、日本企業が原油や商取引で利益を得る機会もあります。それにはイラン核問題の平和解決が不可欠であり、日本としては引き続き平和的外交解決を支持し、必要に応じて仲介役を買って出ることも考えられます。

Q: 今後イラン情勢はどうなる?全面衝突や政変の可能性は?
A: 今後の展開は不確実性が高いですが、いくつかのシナリオが考えられます(前述の「今後のシナリオ」参照)。現状では政権が弾圧で当面持ちこたえるシナリオが有力ですが、核問題での対外衝突リスクや、最高指導者の後継問題など不安定要因があります。数年スパンで見れば、ハメネイ師の高齢化もあり指導部交代は必至で、その際に体制が継続できるか未知数です。革命防衛隊が権力を握る形で続くか、あるいは民衆蜂起で民主化に向かうか、最悪は内戦的混乱か――専門家でも見解は割れます。日本としては最悪の衝突を避け、平和裏に問題解決するシナリオ(例えば核合意を含む包括合意と経済再建)が望ましいと考えています。そのための国際協調と情報収集が重要で、引き続き情勢を注視する必要があります。

用語ミニ解説

  • イスラム革命防衛隊(IRGC): イランの精鋭軍事組織。1979年のイスラム革命直後に創設され、体制護持の要。軍事力だけでなく経済企業も多数支配し、イラン体制の中核をなす。
  • IAEA(国際原子力機関): ウィーンに本部を置く国連関連機関。各国の原子力利用が平和目的に限られるよう査察・監視する。イランとは核開発の検証で長年関わっており、IAEA報告が核問題の客観的指標となる。
  • NPT(核拡散防止条約): 1970年発効の条約。核保有国の増加を防ぎ、非保有国には核兵器を持たない代わりに平和利用を支援する枠組み。イランは加盟国で、IAEA査察を受け入れる義務がある。
  • 濃縮度(ウラン濃縮度): 天然ウランから核分裂しやすいウラン235の割合を高める工程。核発電用は3~5%、医療用で20%、核兵器用は90%以上。イランは最高60%まで濃縮し、核兵器に近づいたと懸念される。
  • 制裁: 国家が特定国に科す経済・外交上の罰則措置。イランは米欧から原油禁輸・金融取引禁止など多岐にわたる制裁を受け、経済に大打撃を受けている。国連制裁も復活し、全加盟国に履行義務がある。
  • 国連人権理事会: 人権問題を扱う国連機関(47か国で構成)。深刻な人権侵害には特別報告者任命や事実調査団設置などで対処する。2022年にイラン人権状況の調査団を設置し、2026年1月には緊急会合を開催した。
  • 普遍的管轄権: 特定の重大犯罪について犯罪地や犯人所属国に関わらず各国が裁くことができる権限。拷問や人道に対する罪などが該当。イラン弾圧の責任者を外国(欧米諸国)の裁判で訴追する際に用いられる可能性がある。
  • スナップバック(UN制裁復活): 2015年核合意決議に盛り込まれた仕組み。参加国の通告で停止中の国連制裁が復活すること。2025年9月に英仏独が発動し、イランへの国連武器禁輸などが再び有効となった。
  • 「女性・生命・自由」: 2022年9月にマフサ・アミニさんが宗教警察に拘束死した事件を契機に始まったイラン抗議運動のスローガン。「女性、生命、自由」を意味するクルド語由来の標語で、女性の権利と政権打倒を訴えた。今回のデモでも連帯の意味で唱えられた。

参考文献

  • House of Commons Library(英下院図書館)/「Iran protests 2026: UK and international response」/2026年1月19日/<https://commonslibrary.parliament.uk/research-briefings/cbp-10462/>【1】【2】【9】【37】
  • House of Commons Library/「Iran: What challenges face the country in 2026?」/2026年1月9日/<https://commonslibrary.parliament.uk/research-briefings/cbp-10456/>【18】【20】
  • Reuters(ロイター通信)/「UN rights council to hold emergency session on Iran, document shows」(By O. Le Poidevin & E. Farge)/2026年1月20日/<https://www.reuters.com/world/middle-east/un-human-rights-council-hold-emergency-session-iran-document-shows-2026-01-20/>【8】
  • Reuters/「Standoff with Iran over inspections cannot go on forever, IAEA chief says」(By D. Graham & F. Murphy)/2026年1月20日/<https://www.reuters.com/world/middle-east/standoff-with-iran-over-inspections-cannot-go-forever-iaea-chief-says-2026-01-20/>【11】
  • Reuters/「Iranian official says verified deaths in Iran protests reaches at least 5,000」/2026年1月19日/<https://www.reuters.com/business/media-telecom/iranian-official-says-verified-deaths-iran-protests-reaches-least-5000-2026-01-18/>【28】
  • Reuters/「Iran's currency sinks to a new record low」/2025年12月8日/<https://www.reuters.com/world/middle-east/irans-currency-sinks-new-record-low-2025-12-08/>【23】
  • Al Jazeera(アルジャジーラ)/「What we know about the protests sweeping Iran」/2026年1月12日/<https://www.aljazeera.com/news/2026/1/12/what-we-know-about-the-protests-sweeping-iran>【25】
  • Amnesty International(国際アムネスティ)/「Iran: Deaths and injuries rise amid authorities’ renewed cycle of protest bloodshed」/2026年1月8日/<https://www.amnesty.org/en/latest/news/2026/01/iran-deaths-injuries-authorities-protest-bloodshed/>【33】
  • Council on Foreign Relations/「Iran’s Conflict With Israel and the United States」(Global Conflict Tracker)/更新日2025年7月(推定)/<https://www.cfr.org/global-conflict-tracker/conflict/confrontation-between-united-states-and-iran>【30】
  • Auswärtiges Amt(独外務省)/「E3 joint statement on Iran: activation of the snapback」/2025年9月28日/<https://www.auswaertiges-amt.de/en/newsroom/news/iransanctions-jcpoa-snapback/2606880>【35】
  • Iran International/「Iran says it cut off 40,000 Starlink connections during protests」/2026年1月20日/<https://www.iranintl.com/en/202301208695>【16】
  • United Nations News/「UN raises alarm over deadly Iran protests and 'possible military strikes'」/2026年1月15日/<https://news.un.org/en/story/2026/01/1132592>【7】

国際情勢

2026/1/21

イランでいま何が起きているのか:抗議デモ、通信遮断、核問題と国際社会の対応

経済危機に端を発した大規模デモが2025年末からイラン全土で発生。通貨リアル暴落や物価高騰への不満から始まり、次第に体制への抗議へと発展しました。 当局は激しい弾圧策を実施。2026年1月には全国的なインターネット遮断に踏み切り、治安部隊が実弾発砲を含む強硬手段で鎮圧を図りました。複数の独立監視団体によれば死者は数千人規模にのぼり、数万人が拘束されています。 政府は部分的な譲歩も示しました。補助金制度の変更や中央銀行総裁の更迭など経済対策を表明したものの、抗議の根底にある政治的不信や人権問題への対応策は示 ...

nittyuukankei

国際情勢 経済・ビジネス

2025/12/22

日中関係が崩壊し国交断絶したら何が起こるのか

高まるリスクと仮想シナリオの意義日中関係が万が一「崩壊」し、日本と中国が国交断絶に至った場合、どのような影響が生じるのでしょうか。そのような事態は現在起きていませんが、近年の米中対立の激化や台湾海峡の緊張などを背景に、日中関係の悪化シナリオは決して空想とは言い切れません。本記事では「日中関係が崩壊し国交断絶した場合に起こり得る影響」を多角的に分析します。仮想シナリオとして慎重に扱い、現時点では起きていない想定であること、不確実性が伴う予測であることをあらかじめ強調しておきます。また、特定の国家や民族への憎 ...

国際情勢 経済・ビジネス

2025/12/22

日中関係の悪化—現状と今後のシナリオ予測

2020年代半ば、アジア太平洋の秩序を揺るがす日中関係の緊張が高まっています。尖閣諸島周辺での中国公船の活動常態化や台湾海峡を巡る軍事的圧力、経済安全保障をめぐる制裁合戦など、両国間の摩擦は安全保障から経済、人的交流にまで及びます。日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、また安全保障上も米中対立の焦点に位置するため、この関係悪化が与える影響は国家戦略から企業経営まで広範囲に及びます。本稿では2023~2025年の動向を踏まえ、今後12~24か月(~2027年初頭)の複数シナリオを定量・定性的に分析します ...

国際情勢 経済・ビジネス

2025/12/22

台湾有事シミュレーション最新総まとめ(2025年版)

結論サマリー: 中国による台湾への大規模な軍事行動(「台湾有事」)のシミュレーション結果は、一見対照的なシナリオでも共通して膨大なコストとリスクが伴うことを示しています。全面侵攻シナリオでは、米日台側は辛くも台湾を守り切る一方、艦船・航空機・兵員に甚大な損失を出し、台湾の経済基盤も壊滅的打撃を受けます。一方で封鎖シナリオは一見侵攻より緩和策に見えますが、長期化すればエスカレーション圧力が高まり、いずれ全面戦争に発展する危険を孕みます。限定的な離島占拠シナリオも台湾世論を硬化させ米軍介入を誘発しかねず、中国 ...

国際情勢

2025/12/22

ネパール抗議デモはなぜ拡大したのか──最新動向・背景・今後を徹底解説

更新日: 2025年09月12日(現地) 要約: ネパールで2025年9月に発生した若者主導の大規模抗議デモ(いわゆる「ジェネレーションZ(Gen Z)抗議」)は、政府によるSNS一時遮断を契機に全国へ拡大しました。数日間で主要政府施設や高級ホテルが放火され、KPシャルマ・オリ首相が辞任。軍が治安を掌握し外出禁止令が敷かれる異例の事態となっています。本記事では最新の死傷者数・治安措置の現状(~2025年9月12日)、抗議の引き金と背景にある汚職・世襲への若者の不満、過去数年のデモ抑圧の経緯、そして今後の政 ...

-国際情勢
-, , , ,