
認知症は予防できる可能性があります。近年の研究では、適切な対策により認知症の発症を大幅に減らせることが示唆されています。本記事では、高齢者本人から介護者、医療従事者、専門家まで役立つよう、2024~2025年の最新科学的知見に基づく認知症予防法を解説します。The Lancet委員会の最新報告やNIH・ラッシュ大学・スタンフォード大学などの研究を踏まえ、修正可能なリスク要因とその管理方法、運動・食事・社会活動など具体的な生活アプローチ、ワクチン接種の効果、新薬開発の進展、そして有望なサプリメントについて紹介します。科学的根拠に基づいた信頼性の高い情報をわかりやすくまとめましたので、ぜひ日々の実践にお役立てください。
最新研究が示す「認知症は予防できる」可能性
世界的な高齢化に伴い認知症患者は増加していますが、最新の研究は認知症の約40~45%が予防可能であることを示しています。2024年のLancet委員会報告では、新たに未治療の視力低下と高LDLコレステロールがリスク要因に加えられ、14項目の修正可能なリスク要因をすべて対処すれば認知症の45%を遅らせたり防いだりできる可能性があると報告されました。これは2020年時点の40%から更に改善された推計です。
この報告によれば、中年期(およそ45~65歳)にリスク要因へ対処する効果が特に大きいことが示されています。例えば、中年期に高血圧や難聴を適切に管理すれば、後年の認知症発症を大幅に減らせる可能性があります。また初期教育の不足は若年期からのリスクとして重要で、高齢期(65歳以降)では社会的孤立や大気汚染、視力低下の影響が大きいこともわかりました。これらの知見は、「認知症は運命ではなく、人生を通じたリスク管理で予防できる部分が大きい」ことを示唆しています。
さらに米国NIHやスタンフォード大学など各研究機関も、生活習慣の改善による認知症リスク低減に注目しています。例えばスタンフォード大学の専門家は「我々はアルツハイマー病のリスクに大きく働きかけることができる。できるだけ早く健康的な生活習慣を取り入れるべきだ」と指摘しています。実際、運動・食事・認知刺激など複数の生活因子を組み合わせた介入(例:フィンランドのFINGER試験など)では、高齢者の認知機能低下を有意に遅らせる成果が報告されており、各国で同様の多領域介入研究(米国 POINTER試験など)が進行中です。こうしたエビデンスの蓄積により、「認知症は予防できる病気」という認識が広がりつつあります。
以下では、医学的根拠に基づいた具体的な予防策を項目別に詳しく見ていきましょう。
修正可能なリスク要因とその管理法
最新研究で明らかになった14の修正可能なリスク要因について、それぞれリスク内容と管理法を紹介します。これらを知り対策することが、認知症予防の第一歩です。
- 低い教育歴(幼少期) – 幼少期~青年期に十分な教育を受けていないことは後年の認知症リスクを高めます。対策: 生涯学習の推進や知的活動の習慣化で脳に予備力(コグニティブリザーブ)を蓄えましょう。例えば読書や趣味で新しい知識・技能を身につけることは、有効な脳刺激になります。
- 難聴(中年期) – 中年期の聴力低下は認知症リスクの一つです。対策: 定期的に聴力検査を受け、難聴があれば補聴器の装用を検討します。補聴器による介入は認知機能低下を緩やかにする可能性があります。実際、高度難聴の高齢者に補聴器を提供した臨床試験では、認知機能低下の速度が約50%も低下しました。聴力をケアすることは安全で手軽な認知症予防策といえます。
- 頭部外傷(中年期) – 若年~中年期に脳に外傷を負う(例:事故による脳震盪や怪我)と、将来認知症になりやすいことが分かっています。対策: ヘルメット着用、自動車のシートベルト着用、転倒防止策などで頭部外傷のリスクを減らしましょう。スポーツ時の適切な防具の使用や、安全な生活環境の整備も重要です。
- 高血圧(中年期) – 中年期における高血圧は認知症リスクを高めます。対策: 40代以降は収縮期血圧130mmHg以下の維持を目指すことが推奨されています。減塩や適度な運動、必要に応じた降圧薬の服用で血圧管理を徹底しましょう。実際、高血圧に対する降圧治療は現在までのところ認知症予防に確実に有効と認められている唯一の薬物療法です。
- 肥満(中年期) – 中年期にBMI30以上の肥満であることもリスク要因です。対策: 食事療法や運動により適正体重への減量を図りましょう。肥満解消は高血圧・糖尿病など他のリスク因子の改善にもつながり、一石二鳥です。
- 過度の飲酒(中年期) – アルコールの過剰摂取は脳に有害で、認知症リスクを高めます。例えば週に20杯以上の飲酒は要注意とされています。対策: 節度ある飲酒を心がけ、できれば週当たりの飲酒量を減らしましょう。ガイドラインでは「男性1日2杯・女性1日1杯まで」などとされますが、それ以上飲んでいる場合は減酒が賢明です。
- 喫煙(後年期) – 喫煙は脳血管を痛め酸化ストレスを増やし、認知症リスクを高める明確な因子です。対策: 禁煙あるのみです。何歳であっても「遅すぎる」ということはありません。禁煙することで日々脳へのダメージを減らし、将来の認知機能低下リスクを下げられます。
- うつ病(後年期) – 高齢期のうつ状態・抑うつ症状もリスク要因の一つです。対策: 放置せず専門家に相談し、カウンセリングや必要な薬物療法でメンタルヘルスを適切に管理しましょう。うつの治療により意欲や活動性が改善すれば、間接的にも他の生活習慣改善につながります。
- 社会的孤立(後年期) – 人付き合いが乏しく社会から孤立していると認知症リスクが上がります。対策: 趣味のサークルに参加したり、友人知人と定期的に会うなど意識的に社会交流の機会を増やしましょう。研究でも社交的な高齢者ほど認知症発症が遅く、最も社交的な群では最も孤立した群に比べ発症が約5年遅れるとの結果が報告されています。また社交頻度の高い人は認知症リスクが約38%も低いことも示されました。家族や地域との交流、ボランティア活動への参加など、孤立しない工夫が大切です。
- 身体的不活動(後年期) – 運動不足も重大なリスクです。対策: 後述するように、定期的な有酸素運動や筋力トレーニングを日常に取り入れましょう。運動習慣は直接的に脳を刺激するだけでなく、高血圧・糖尿病・肥満・抑うつ・社会的孤立など複数のリスク因子を一度に改善できる「万能薬」です。
- 糖尿病(後年期) – 2型糖尿病はアルツハイマー病発症リスクを1.5~2倍に高めるとの研究もあります。対策: 血糖コントロールを適切に行いましょう。食事療法・運動療法や必要に応じた薬物治療(経口薬やインスリン)でHbA1cを目標範囲に保つことが重要です。糖尿病管理は心血管病予防だけでなく脳の健康維持にも直結します。
- 大気汚染(後年期) – PM2.5など大気汚染への長年の曝露もリスク要因とされています。個人レベルでできる対策は限られますが、対策: 大気汚染が深刻な地域では外出時にマスクを着用する、空気清浄機を活用する、屋外の運動を空気のきれいな時間帯に行う等が考えられます。また社会的にはクリーンエネルギー推進など政策面での改善が望まれます。
- 視力障害(後年期) – 白内障など未治療の視力低下も新たに注目されたリスクです。高齢期に視覚情報が低下すると脳への刺激が減り、認知機能低下に繋がる可能性があります。対策: 定期的な眼科検診で視力をチェックし、白内障があれば適切な時期に手術で治療しましょう。研究では白内障手術を受けた高齢者は受けなかった人より認知症発症リスクがおよそ30%低下したとの報告があります。眼鏡の処方や緑内障治療など視覚のケア全般も怠らないようにしましょう。
- 高コレステロール(中年期) – 高LDLコレステロール血症も2024年に新たに加わったリスク因子です。コレステロールと脳の関係は複雑ですが、動脈硬化を通じて脳血管性認知症リスクを高めるほか、アルツハイマー病の病変形成にも影響する可能性があります。対策: 食事改善(飽和脂肪の制限や食物繊維摂取の増加)と脂質低下薬の適切な使用でコレステロール値を管理しましょう。特に中年期からコレステロールが高めと言われている方は放置せず医師と対策を相談してください。
以上のように、多岐にわたるリスク要因がありますが、裏を返せばこれだけ多くの面から認知症予防にアプローチできるということです。自分に当てはまる項目がないかチェックし、今日からできる対策を始めましょう。
生活習慣の改善による認知症予防
日々の生活習慣を見直すことは、認知症予防の柱です。運動や食事、睡眠、知的活動など、どれもすぐに始められる実践的アプローチばかりです。それぞれ最新の知見と共に具体策を紹介します。
運動習慣:定期的な身体活動で脳を守る
運動は最も効果的な予防法の一つです。定期的な運動習慣がある人は認知症になる確率が低いことが数多くの研究で示されています。例えばアルツハイマー協会による16研究の解析では、定期的な運動を行う人は認知症全体の発症リスクが28%減り、アルツハイマー型認知症に限れば45%も低減したと報告されています。運動によって脳由来神経栄養因子(BDNF)などが増えシナプスが強化されるほか、脳への血流改善や抗炎症作用も認められています。
どんな運動が効果的か? エビデンスによれば、有酸素運動(ウォーキング、ジョギング、水泳、自転車など)と筋力トレーニングの両方が推奨されます。週に3日以上、中等度~ややきつい強度で身体を動かす習慣が理想的です。また日常生活で座りっぱなしの時間を減らし、こまめに体を動かすことも大切です。
具体的な行動提案: エレベーターではなく階段を使う、バス停や駐車場はあえて遠くにする、散歩や家事で体を動かすなど、日常の中で「あと+10分」多く体を動かす工夫をしてみましょう。余裕があればジムやフィットネスクラブに通い、専門家の指導のもとトレーニングするのも効果的です。ポイントは無理なく長期間続けられる運動を選ぶことです。仲間とウォーキングするなど楽しみながら取り組めると長続きします。
食事と栄養:脳に優しい食習慣を取り入れる
「脳に良い食事」として近年注目されているのが、地中海食やDASH食を取り入れたMIND食(マインドダイエット)です。野菜(特に緑葉野菜)や果物(特にベリー類)、全粒穀物、魚、オリーブオイル、ナッツ、豆類、鶏肉を積極的に摂り、赤肉やバター・菓子類などは控えめにする食事パターンで、これをよく守っている人は認知機能低下のリスクが有意に低いことが報告されています。例えば2024年の大規模コホート研究では、MIND食スコアが高い人ほど認知機能障害を起こしにくいとの結果が得られました(人種に関係なく同様の傾向)。このような関連性は因果関係を直接証明するものではないものの、脳に良い食習慣の重要性を示唆しています。
具体的には、ほうれん草やケール等の葉物野菜を毎日食べる、ベリー類を週に2回以上、魚を週1回以上、ナッツを毎日一握り、オリーブオイルを料理の主油に使う、などが推奨されます。一方で加工食品や糖分の多いお菓子、揚げ物、赤身肉(牛・豚など)は頻度を減らすことが望ましいとされています。
加えて、特定の栄養素にも注目が集まっています。オメガ3脂肪酸(DHA/EPA)は抗炎症作用や神経保護作用があり、魚介類の摂取量が多い人は認知症発症率が低いとの疫学研究があります。また抗酸化物質(ビタミンEやポリフェノール類)やビタミンB群(葉酸・B12など)、ビタミンD、コリンといった栄養も脳機能維持に重要です。例えば卵はコリンやルテイン、良質なたんぱく質を含む食品ですが、ラッシュ大学の研究で「週1個以上の卵を食べる高齢者は、全く食べない人よりアルツハイマー発症リスクが約半分になる」との報告がありました。卵に含まれるコリン摂取が脳に好影響を及ぼす可能性が示唆されています。
具体的な行動提案: 今日の食事に野菜をもう一品追加してみましょう。例えば夕食にブロッコリーやほうれん草のソテーを足す、間食にポリフェノール豊富なベリーやナッツを摂る、魚を週2回は献立に入れる、といった工夫です。料理にオリーブオイルを使ったり、サラダにナッツや豆をトッピングするのも良いでしょう。外食中心の方は塩分や脂肪の少ないメニューを選ぶよう意識してください。継続することで味覚も変わり、健康的な食品を美味しく感じられるようになります。
社会的・知的な活動:脳を使い、人と交流する
脳は使えば使うほど鍛えられます。 年齢に関係なく、新しいことに挑戦したり人と交流したりすることで脳内に新たな神経回路が作られ、認知症に対する「認知予備力」が高まります。
社会的活動: 友人とのおしゃべり、家族との団らん、地域活動やボランティアへの参加など、人との交流は単純に楽しいだけでなく脳への刺激となり、認知症予防に重要です。上述したように社交的な高齢者は孤立した高齢者に比べ認知症リスクが大幅に低いことが明らかになっています。具体的な行動提案: コロナ禍で途絶えてしまった趣味の集まりに再参加してみる、地元のサークルやカルチャースクールに入会する、遠方の旧友に電話してみるなど、小さな一歩から社会との関わりを増やしましょう。自治体のシニア向け講座や交流イベントに参加するのもお勧めです。
知的活動・趣味: パズルやクロスワード、読書、書道、楽器演奏、ガーデニング、料理、新しい言語の学習など頭や手先を使う趣味も脳の健康に寄与します。定年後も趣味や学習を続けている人は認知症になりにくい傾向が報告されています。何か新しいスキルを学ぶことは脳に新鮮な刺激を与え、ニューロン同士のつながりを強化します。「最近何か新しいことを始めたか?」と自問してみて、思い当たらない場合はぜひ興味のある分野に挑戦してみましょう。それが脳の老化を遅らせる一助となるかもしれません。
質の良い睡眠:脳の休息とメンテナンスを促す
睡眠不足や睡眠障害も認知症リスクと関連しています。慢性的な睡眠不足は脳の老廃物排出を妨げ、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβの蓄積を促す可能性があります。一晩ぐっすり眠った後は頭が冴えて記憶力も向上する経験があるでしょう。それは睡眠中に脳内で情報の整理とゴミ掃除が行われているためです。
対策: 1日7時間前後の質の高い睡眠を目標にしましょう。寝る前のスマホ・PC使用を控え、就寝・起床時刻を一定に保つ、寝室の温度や明るさ・騒音を調整する、といった睡眠衛生の工夫が有効です。また、いびきや無呼吸がある方は睡眠時無呼吸症候群の可能性があるため医療機関で相談してください。無呼吸症の治療(CPAP装置の使用など)により日中の眠気が改善するだけでなく、長期的な認知機能低下リスクの軽減も期待できます。
ストレス管理: 強いストレスも睡眠やメンタルヘルスを乱し、結果的に認知症リスクを高めます。適度な運動やリラクゼーション(ヨガ、瞑想、呼吸法)、趣味の時間確保、人に悩みを話すなど、ストレス発散法を持つことも大切です。心身は相互に影響し合うため、脳だけでなく体と心をトータルで健康に保つライフスタイルが認知症予防につながります。
予防接種と健康管理による脳の保護
健康長寿のためには予防医療も活用しましょう。特に近年、インフルエンザや肺炎球菌などの予防接種(ワクチン)が長期的に認知症リスクを下げる可能性が報告されています。
定期的な予防接種の推奨
驚くことに、インフルエンザワクチンを接種した高齢者は、接種しなかった人に比べアルツハイマー病発症率が約40%も低かったとの大規模研究結果があります。さらに帯状疱疹ワクチン(ゾスターバックス等)接種者は25%、破傷風・ジフテリア・百日咳(Tdap/Td)ワクチン接種者は30%程度、認知症発症リスクが低減していたとの報告も出ています。これらはいずれも観察研究であり、ワクチン接種が直接認知症を防ぐ因果関係を証明したわけではありません。しかし複数のワクチンで一貫してリスク低下が見られることから、ワクチン接種による全身の免疫活性化が脳の健康を守る効果を持つ可能性があります。
特にインフルエンザや肺炎は高齢者に多大なダメージを与え、罹患後に認知機能が低下するケースもあります。ワクチンでこうした重症感染症を予防すること自体が、間接的に「認知症の一因となる脳へのダメージ」を防ぐことにつながるでしょう。実際、専門家はワクチンによって「免疫システム全体に好影響を及ぼし、アルツハイマー病発症リスクを下げている可能性がある」と指摘しています。
具体的な行動提案: 毎年のインフルエンザ予防接種は欠かさず受けましょう。加えて、65歳以上では肺炎球菌ワクチンの定期接種、50歳以上では帯状疱疹ワクチンの任意接種なども検討してください。これらは自分自身の健康を守るだけでなく、周囲の人への感染拡大を防ぐ公衆衛生上も重要な行動です。主治医と相談の上、適切な予防接種スケジュールを立てましょう。
慢性疾患の管理と定期検診
認知症予防のためには、他の生活習慣病や慢性疾患をしっかり管理することも不可欠です。高血圧、糖尿病、高コレステロール血症、心房細動など放置すると脳卒中や血管性認知症につながり得る病態は、定期検診で早期発見し適切に治療しましょう。例えば中年期から血圧や血糖をコントロールすることで、将来の認知症発症リスクを大きく減らせます。
また、前述のとおり感覚器のケアも重要です。聴覚については加齢による難聴がある場合、補聴器の使用でコミュニケーションを改善し社会参加を維持できます。研究でも補聴器装用者は非装用者に比べ認知機能低下が緩やかでした。視覚についても同様に、白内障があれば早めの手術で視力を回復させ、脳への刺激量を維持することが推奨されます。耳や目が不自由なままだと運動や社会活動もしづらくなり、他の予防策の実践にも支障が出ます。ぜひ積極的に治療・補助具を活用してください。
具体的な行動提案: 年に1回は健康診断を受け、血圧・血糖・コレステロール・肝腎機能などをチェックしましょう。数値に異常があれば放置せず、生活習慣の見直しや医師の指導を仰いでください。かかりつけ医を持ち、気になる症状は早めに相談する習慣も大切です。「ちょっと物忘れが増えたかな?」と感じた時も、専門外来で軽度認知障害(MCI)の検査を受ければ、リハビリや薬物療法で進行を遅らせる手立てが取れる場合があります。早期発見・早期対応こそが予防の鍵です。
新薬開発の最前線:認知症予防・治療に向けた希望
近年、アルツハイマー病の進行を遅らせる新薬が相次いで登場し、大きな話題となっています。根本治療薬の開発は認知症克服の重要な柱であり、将来的には予防的に薬を使うことで発症自体を防ぐ可能性も期待されています。
抗アミロイドβ抗体薬による進行抑制
アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβタンパクを脳内から除去する抗体医薬が開発され、2020年代に入って飛躍的な成果を上げています。代表的なのがレカネマブ(製品名:レケンビ)とドナネマブです。レカネマブは2023年に米国FDA承認を取得した抗体薬で、臨床試験で認知機能低下速度を27%減少させました。続いてドナネマブも2023年に大規模後期試験(TRAILBLAZER-ALZ 2試験)の結果が発表され、早期アルツハイマー患者の認知症進行を35%程度抑制する有効性が示されました。ドナネマブ投与群では1年間治療後に47%の患者で症状進行が見られなかったとの報告もあり、専門家は「アルツハイマー病治療の転換点」と評価しています。
日本国内でもこれら抗アミロイド薬の承認・適用が進んでおり、「軽度認知障害(MCI)や軽度アルツハイマー病」で脳内にアミロイドが蓄積している方を対象に使用され始めています。注意点として、これらの薬はすでに脳に生じた変性を完全に元に戻すものではなく、あくまで進行を遅らせる(発症を先送りにする)作用であることです。それでも「認知症の始まりを数年遅らせられれば、その間に別の画期的治療が登場するかもしれない」という希望にもつながります。
次世代治療薬の開発と展望
抗アミロイド薬に続き、タウタンパク質(もう一つの脳内異常タンパク質)を標的とした治療法や、炎症・酸化ストレス経路を抑える新薬なども盛んに研究されています。スタンフォード大学のグループは脳内免疫を暴走させるタンパク質(TREM1)のブロックが老年性炎症や認知機能低下を防ぐ可能性を示しました。また、脳代謝を改善する薬剤の研究も進んでいます。
その中で注目の開発候補薬の一つがトロリルゾール(Troriluzole)です。これはグルタミン酸の神経毒性を抑える経口薬で、アルツハイマー病の初期段階での使用を想定して研究が行われています。2024年の動物実験では、遺伝子改変マウスにトロリルゾールを投与すると過剰な興奮性神経伝達を抑制し、記憶・学習能力の改善が見られたと報告されました。つまり「アルツハイマー病のごく初期からシナプスの過剰興奮を抑えれば、病変蓄積を防げる可能性がある」という画期的な知見です。現在トロリルゾールは米国で臨床試験が行われており、良好な結果が得られれば数年以内に実用化も見えてきます。
他にも、ワクチンによる認知症予防も研究段階にあります。例えばアミロイドβやタウに対するワクチン療法を中年期から受けることで将来の発症を防ぐ試みなどが検討されていますが、こちらはまだ臨床応用には至っていません。
総じて、認知症領域の創薬はかつてないスピードで進歩しています。2020年頃まで有効な治療法がほとんどなかった状況から一転、今後5〜10年で次々と新しい治療・予防薬が登場する可能性があります。「認知症は治せない」という時代は終わりつつあり、早期診断して早期治療介入することで“もはや認知症にならずに寿命を全うできる”未来も現実味を帯びてきました。
現時点ではこれら新薬を使うには対象となる病状(MCI段階など)であることや、副作用管理のため専門医の評価が必要ですが、治療を受ける選択肢があること自体が希望です。読者の皆様も「物忘れがひどくなってきたが年だから仕方ない」と諦めず、ぜひ専門医に相談してみてください。適切な検査でアルツハイマー型認知症のごく初期と判明すれば、上記のような新しい薬による治療で進行を食い止め、将来の自立した生活期間を延ばせる可能性があります。
認知症予防に役立つサプリメント紹介
最後に、日常的に取り入れやすいサプリメントで認知症予防に役立つ可能性が示唆されているものを紹介します。サプリメントはあくまで補助であり、「これだけ飲めば大丈夫」というものではありませんが、不足しがちな栄養素を補給する手段として賢く利用できます。
- オメガ3脂肪酸(DHA/EPA)サプリメント: 魚を十分食べない方におすすめです。魚油由来のDHA/EPAサプリは手軽に購入でき、脳の抗炎症作用や血流改善に寄与します。高オメガ3食は神経変性疾患リスク低減と関連するとの研究もあり、魚油サプリで不足を補うことは理にかなっています。品質の高いフィッシュオイル製品を選び、1日あたりEPA+DHAが合計1g程度摂れる用量を目安に取り入れてみてください。(※魚油サプリは比較的安全ですが、抗血栓薬との併用時は主治医に相談)
- ビタミンDサプリメント: ビタミンD不足は認知症リスク上昇と強く関連します。ある遺伝学的研究では、ビタミンD欠乏状態(血中25(OH)Dが25nmol/L未満)を解消すれば認知症発症を最大17%減らせる可能性が示されました。日光に当たる機会が少ない人や高齢者ではビタミンD不足が多いため、サプリで補うメリットは大きいです。安価で入手しやすいビタミンD3サプリを毎日摂取し、血中ビタミンD濃度を正常域(50nmol/L以上)に維持することを目指しましょう。骨の健康にも有益です。(※過剰摂取は高カルシウム血症の恐れがあるため1日上限量に注意)
- ビタミンB群(葉酸・ビタミンB12・B6)サプリ: 葉物野菜や肉・魚が不足するとこれらビタミンB群が不足し、結果としてホモシステインという血中物質が上昇します。高ホモシステイン血症は脳萎縮や認知機能低下と関連するため、適切に補給することが重要です。特に葉酸とビタミンB12不足は高齢者で起こりやすく、貧血や神経障害の原因にもなります。サプリメントでB群を補えばホモシステイン値を下げ、MCI(軽度認知障害)の進行を遅らせたという報告もあります。市販のビタミンBコンプレックス製品や葉酸サプリを活用し、栄養バランスを整えましょう。
- マルチビタミン・ミネラルサプリ: 複数のビタミンやミネラルをまとめて補給できる総合サプリは食事の偏りが気になる人の保険として有用です。実際、米国で2年以上にわたり高齢者2,200名以上を追跡したCOSMOS-Mind臨床試験では、1日1錠のマルチビタミン剤を服用したグループでプラセボ群よりも有意に認知機能低下が少なく、認知テスト成績が向上したことが報告されました。研究者らは「さらなる検証が必要だが、公衆衛生上大きな意義を持つ可能性がある」とコメントしています。忙しくて食生活が乱れがちな方や、栄養状態に不安がある高齢者は、ドラッグストアで買えるマルチビタミンサプリを試してみても良いでしょう。(※ただしサプリ摂取はあくまで補助であり、まずは食事改善が基本です。)
- その他のサプリメント: イチョウ葉エキス(ギンコ・ビロバ)やウコン由来クルクミン、ビタミンEやCの抗酸化サプリ、MCTオイル、フェルラ酸など数多くのサプリが認知症予防・改善目的で市販されています。中には「記憶力維持を助ける」と謳う製品もありますが、現時点で医学的に有効性が確立されたものはありません。プラセボ効果も含めて多少の記憶力改善を感じる人もいますが、根拠が弱いものも多いため注意が必要です。ただし高品質なサプリを適量使う限り大きな害は少ないため、食事で補えない栄養素を補充する目的で上手に活用すると良いでしょう。購入の際は信頼できるメーカーの商品を選び、過剰摂取にならないよう表示用量を守ってください。
結論:今日から始める認知症予防
認知症予防は「今この瞬間」から取り組める健康習慣の積み重ねです。最新の研究は、認知症の発症リスクが決して自分ではどうにもできないものではなく、自分自身の努力や社会的な働きかけで大きく低減できることを示しています。運動ひとつ、食事ひとつ、人との会話ひとつが将来の脳の健康に繋がっています。
記事で紹介したように、高血圧や難聴を放置しない、毎日体を動かす、バランスの良い食事を楽しむ、交友関係を広げる、睡眠と休養をしっかり取る、ワクチンや健診を活用する…できそうなことからぜひ始めてみてください。それらの積み重ねが「認知症になりにくい脳」を育む土台となります。また科学の進歩によって、予防効果の高い薬や方法がこれからどんどん実用化されるでしょう。その恩恵を最大限受けるためにも、健康寿命を延ばしていくことが大切です。
認知症予防は人生100年時代を豊かに生き抜くための自己投資です。今日からできる一歩を踏み出し、将来の自分や家族の笑顔を守りましょう。その積み重ねが、「たとえ80歳を過ぎても自分らしく暮らせる」明るい未来につながるはずです。
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1. Fermented Foods and Health Benefits – Meta-Analysis Evidence (2024) Several recent systematic reviews and meta-analyses have evaluated the health effects of fermented foods (FFs) on various outcomes: Metabolic Health (Diabetes/Prediabetes): Zhang et al ...
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食料品消費税0%の提案を多角的に分析する
なぜ今「食料品消費税0%」が議論されるのか 日本で食料品の消費税率を0%に引き下げる案が注目されています。背景には、物価高騰と軽減税率制度の限界があります。総務省の統計によると、2020年を100とした食料品の消費者物価指数は2024年10月時点で120.4に達し、食料価格が約2割上昇しました。この価格上昇は特に低所得世帯の家計を圧迫しています。 現在の消費税は標準税率10%、食料品等に軽減税率8%が適用されていますが、軽減効果は限定的です。家計調査の試算では、軽減税率8%による1世帯当たりの税負担軽減は ...
賃貸退去時トラブルを防ぐための完全ガイド
はじめに賃貸住宅から退去する際に、「敷金が返ってこない」「高額な修繕費を請求された」といったトラブルは珍しくありません。国民生活センターにも毎年数万件の相談が寄せられ、そのうち30~40%が敷金・原状回復に関するトラブルを占めています。本ガイドは、20代~40代の賃貸入居者や初めて退去を迎える方、過去に敷金トラブルを経験した方に向けて、退去時の手続きや注意点、法律・ガイドラインに基づく対処法を詳しく解説します。解約通知から敷金返還までのステップ、退去立ち会い時のチェックポイント、契約書の確認事項、原状回復 ...