
大阪府は関西圏の中心に位置し、人口約880万人(2020年国勢調査)を擁する日本有数の大都市圏です。東京都に次ぐ規模の経済圏であり、製造業からサービス業まで多彩な産業が集積しています。一方で、大阪府内には大阪市(政令指定都市)や堺市(政令指定都市)を筆頭に、中核市(例:東大阪市、枚方市など)、一般市、さらには町村(唯一の村である千早赤阪村を含む)まで、規模も性格も様々な基礎自治体が存在します。大都市から人口数千人規模の町村までが混在する状況は、大阪府の地域課題を考える上で特有の多様性となっています。
近年、大阪府全体としても人口減少と少子高齢化の波が押し寄せています。日本全体の人口構造変化の中で、大阪府も例外ではなく、出生数の減少と高齢者人口の増加が進行中です。また、都市圏構造にも特徴があります。大阪市に昼間人口が集中し、周辺のベッドタウンから大量の通勤・通学者が流入することで、府内各地域の昼夜間人口に大きな差が生じています。例えば、大阪市の昼間人口は約364万人と、夜間人口(居住人口)の約1.33倍にもなり、全国の主要都市で最も高い昼夜間人口比率となっています。逆に郊外の自治体では昼間に人口が減少し、地域内経済や公共サービス需要に影響を及ぼしています。
なぜ今、市区町村レベルの現状と課題を整理することが重要なのでしょうか? それは、人口減少や高齢化、防災リスクなどの諸課題が最終的に具体的な形で現れるのは市区町村という生活の単位だからです。自治体職員・議員の方々や、地域で活動するビジネスパーソンやNPOメンバーにとって、足元の現状を正確に把握し将来を見通すことは、的確な政策立案や地域づくりの第一歩となります。本記事では、大阪府内市区町村の現状と直面する課題、その背景要因をひもとき、解決に向けた取り組みや方向性を総合的に解説します。専門家でなくても理解できるよう平易な言葉でまとめていますので、地域課題に関心を持つ全ての方々にとって、明日からの行動を考えるヒントになれば幸いです。
大阪府内市区町村の現状
人口動態と社会構造
大阪府の人口は、戦後一貫して増加傾向にありましたが、平成以降は伸びが鈍化し、近年は横ばいから減少に転じつつあります。2020年の国勢調査によれば、大阪府の総人口は約883.8万人で、2015年比でごくわずかに減少しました。府全体としては横ばいに見えますが、地域ごとの人口増減には大きな差があります。大阪市は2015年から2020年の5年間で約6.1万人増と人口回復が顕著で、都心回帰の流れを受けて275万人超まで回復しました。北大阪地域(北摂エリア)でも吹田市が約1.1万人増、茨木市が約7千人増加するなど、阪急沿線やJR沿線のベッドタウンでは人口増を記録した自治体があります。島本町(高槻市に隣接する町)は人口増加率が約3.15%と府内トップになるなど、都心通勤圏の利便性や住宅開発が人口を押し上げた例も見られます。
一方で、人口減少に直面する自治体も少なくありません。堺市は5年間で約1.3万人減と府内最大の減少数を記録し、東大阪市(約8,800人減)、寝屋川市(約7,800人減)など大阪市郊外の成熟した都市で人口減が進みました。特に減少率が大きかったのは過疎傾向の町村部で、能勢町は5年で11%以上もの人口減少、千早赤阪村も約8.7%減となり、人口5千人を割り込んで大阪府内最少(約4,900人)となっています。これらの地域では若年層の都市部流出と少子化で急速に人口が縮小しており、コミュニティ維持にも支障が出始めています。
年齢構造を見ると、少子高齢化が一段と進んでいます。2020年時点で大阪府全体の65歳以上人口割合は27.6%に達し、4人に1人以上が高齢者という状況です【※】。15歳未満の年少人口は11.7%しかおらず、生産年齢人口(15~64歳)は60.7%と6割をかろうじて維持しています。この傾向は今後さらに進行すると予測されており、国立社会保障・人口問題研究所の推計では大阪府の総人口は2020年をピークに減少へ向かい、2040年には約760万人程度まで減少する可能性があります。高齢化率は2040年前後には3人に1人以上が65歳以上になると見込まれ、特に郊外部や町村部では高齢者が占める割合が一段と高くなるでしょう(南河内地域では2045年に高齢化率40%超との推計もあります)。また単身高齢者世帯の増加も顕著で、子どもが独立した後に独居となる高齢者が増えています。高齢夫婦のみ・独居の世帯が増えることで、介護が必要になっても家庭で支えられない「老々介護」「介護難民」の問題が懸念されています。
人口動態に関連して、昼夜間人口の差にも注目が必要です。前述のとおり、大阪市は周辺から通勤・通学者を集める働きで昼間人口が夜間人口より約33%多く、府全体でも昼間人口は夜間人口を上回っています(昼夜間人口比約1.044、つまり4.4%の流入超過)。これは大阪府が近隣府県(兵庫県、奈良県、京都府など)からも労働・学生人口を集める広域拠点であることを意味します。府内を見ると、大阪市や北摂の産業集積地では日中人口が膨らむ一方、ベッドタウンの多くは昼間人口が夜間人口を下回ります。例えば堺市の昼夜間人口比率は約0.93で、居住者の相当数が大阪市など外部へ通勤していることが分かります。このような人口移動は、日中の地域経済や行政サービス需要にも影響します。昼間に人が減る郊外地域では商店街の利用者減少や公共交通の乗客減につながり、一方で大阪市中心部では昼間人口増加によるインフラ負荷が課題となります。
経済・産業構造
大阪府の産業は、かつては「東洋のマンチェスター」と称された繊維産業に代表される製造業と、全国の商流を支えた卸売業が経済成長の両輪でした。その後、経済のサービス化が進む中で、現在では第三次産業(サービス業・小売業・不動産業・情報通信業など)が経済の大部分を占めています。2020年度の府内総生産ではサービス産業の比率が非常に高く、特に大阪市には企業の本社機能や金融・IT関連産業が集中しており、大都市型の産業構造となっています。大阪府全体で見ると、製造業もなお存在感があり、金属製品や機械、医薬品など大阪発祥の強みを持つ分野で全国有数の集積が続いています。ただ、雇用面では製造業従事者は長期的に減少傾向で、中小の町工場が多い東大阪市などでは工場の後継者不足や廃業が進みつつあります。
一方、地域差も明確です。大阪市や北摂都市部ではオフィス街や商業地が広がり、サービス業や専門職が多数を占める都市型経済です。梅田・なんばなど都心部は大規模商業施設や金融街が集積し、広域から買い物客や通勤者を集めています。これに対し、南河内や泉州の一部など府南部・山間部では農林業も営まれており、都市近郊農業(例:岸和田市の水ナス、南河内のぶどう・ワインなど)や林業が地域経済の一端を担っています。泉州地域の臨海部には堺泉北臨海工業地帯が広がり、鉄鋼・石油化学・エネルギー関連の大型工場や港湾物流拠点が立地しています。物流・輸送も大阪経済の特徴で、阪神港(大阪港・神戸港)は世界との貿易ゲートウェイですし、関西国際空港(泉佐野市・田尻町・泉南市)を擁する泉州地域では空港関連ビジネスや倉庫業が発達しています。
商店街と中小企業の状況も地域によって様々です。大阪市内や門真市・東大阪市などは中小企業の数が多く、「ものづくり中小企業」の町として全国的に知られる地域もあります。しかしこれらの中小企業は近年減少傾向で、背景には需要縮小や人手不足、経営者の高齢化による廃業が挙げられます。実際、大阪府内の中小企業数はピーク時から減り続けており、それに伴って市町村税収への影響も懸念されています。また、各市町村の駅前や旧来の商店街も、郊外型ショッピングセンターの進出やネット通販の普及、後継ぎ不足により空き店舗が目立つところが増えました。地域コミュニティの核であった商店街の衰退は、高齢者の日常の買い物環境や地域の賑わい低下につながる課題です。ただし、一部では若手事業者が入り新たな店舗を開く動きや、行政・商工会議所などが協力してイベント開催・空き店舗活用による活性化策を講じている例も見られます。
大阪府経済において忘れてはならないのが観光・インバウンド需要です。大阪市の中心地(ミナミ・キタ)やUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)、さらには豊かな食文化や歴史的名所(大阪城、四天王寺など)は、国内外から多くの観光客を引きつけてきました。特に2010年代後半には海外からの訪日旅行ブームで大阪府も恩恵を受け、2019年には大阪府を訪れた外国人宿泊客数が延べ1,500万人を超える勢いでした。しかし、こうしたインバウンド需要は地域によって濃淡があります。大阪市やホテルが多い都市部、関西空港周辺(泉佐野市のりんくうタウンやアウトレットモールなど)は旅行者で賑わいましたが、内陸部の町村などでは観光客増の効果は限定的でした。2020年以降はコロナ禍で観光客が激減し、一時的にインバウンド需要が途絶えましたが、2025年の大阪・関西万博に向けて再び観光客誘致を図る動きが強まっています。観光は地域経済を下支えする重要な柱となり得ますが、一極集中にならないよう府内各地域に旅行者を呼び込み、地元の産品や文化にお金を落としてもらう工夫が求められています。
行財政の状況
大阪府内の市区町村は、その財政規模や財政力にも大きな開きがあります。まず政令指定都市の大阪市は一般会計だけでも予算規模が2兆円を超え、政令市である堺市も数千億円規模の予算を扱います。これに対し、人口数万人規模の市町村では予算規模が数百億円程度、最も小さな千早赤阪村では一般会計予算が数十億円規模に過ぎません。自治体の財政力を示す財政力指数(標準的な財源収入でどれだけ需要を賄えるかを示す指数)を見ると、やはり大都市と小規模自治体で差が見られます。大阪市は直近の財政力指数が概ね0.9前後で推移しており、ほぼ自前の税収で行政サービスを提供できる水準です。財政力指数1.0以上(不交付団体)は大阪府内では存在せず、堺市も大阪市と同程度で0.9弱、その他の市町村は0.5未満から0.8程度に分布しています。財政力指数が低い自治体ほど国の地方交付税に依存する割合が高くなります。例えば過疎地域に指定されている千早赤阪村や山間部の能勢町・豊能町などは財政力指数が0.3前後と低く、財源の約半分近くを交付税等に頼っている年もあります。
税収の伸び悩みと社会保障費の増加は府内自治体に共通する悩みです。人口減少や高齢化により、生産年齢人口が減って法人市民税や個人住民税などの収入が大きく伸びない一方で、高齢者向けの扶助費や介護保険・医療費の自治体負担分は年々膨らんでいます。特に後期高齢者医療や介護サービス給付に充てる費用は自治体予算に占める割合が高まっており、「福祉・社会保障関係経費」が財政を圧迫しつつあります。ある中核市では、高齢福祉・介護関連の支出がここ10年で倍増し、一般会計の2割以上を占めるまでになったとの報告もあります。今後も高齢者人口は増加が見込まれるため、このままでは自治体の自主事業に充てる投資的経費や子育て支援に振り向ける財源を確保するのが一段と難しくなると予想されます。
こうした中、府内のいくつかの自治体では将来の財政シミュレーションを実施し、公表し始めています。例えば泉南市では大阪府の支援を受けて15年間の中長期財政シミュレーションを作成し、人口減少・高齢化が市財政に与える影響を分析しています。このシミュレーションでは、歳入面で地方交付税等の増減や税収減を織り込み、歳出面では社会保障関係費の伸びや公共施設の維持更新費用を推計しています。その結果、現状のままでは15年後に財政収支が大幅な赤字に転落する可能性や、財政調整基金が枯渇するリスクが指摘されており、早めの手立てが必要と示唆されています。ほかの自治体でも、中期的な財政見通しを超えて長期視点で財政健全性を検討する動きが広がりつつあり、府内全市町村の約半数が中長期財政シミュレーションの策定に着手・完了しています(2024年時点)。これは、国や府が進める「見える化」施策の一環で、住民に財政状況を開示して理解を得る狙いもあります。
加えて、自治体の財政運営には公債(地方債)や基金の活用状況も影響します。大阪府内では大阪市や堺市など大都市が地下鉄整備や臨海開発などで巨額の地方債残高を抱えてきた歴史があり、現在も市債残高の圧縮や返済負担の平準化が課題となっています。小規模自治体でも上下水道事業の整備や公共施設更新で借金に頼らざるを得ない場合があり、将来世代への負担をどう抑えるかという悩みは共通です。経常経費が増える中で、投資的経費(インフラ整備やまちづくり予算)を確保できない自治体も増えています。結果として道路補修や学校改築などが先送りされ、老朽化が進行する悪循環も懸念されます。
このように、市町村によって財政条件は千差万別ですが、概して人口規模の小さい自治体ほど財政運営が厳しい傾向があります。財政力が弱い自治体では、住民サービス水準を維持するために国・府の支援や広域連携に頼る部分が大きく、「単独ではこれ以上の行政ニーズに対応しきれない」という声も出ています。2024年には大阪府議会で「基礎自治機能の充実及び強化に関する条例」が制定され、小規模自治体を中心に府が財政・人的に支援し、住民サービスの安定提供を下支えする仕組みづくりが進められています。府と市町村が一体となって行財政基盤をテコ入れし、将来世代に持続可能な財政を引き継ぐ努力が求められているのです。
生活環境・インフラ
大阪府内の生活インフラ整備状況は、都市部と郊外・町村部で大きな開きがあります。まず公共交通の面では、大阪市やその周辺都市には地下鉄・私鉄・JRが張り巡らされ、ほとんどの地域で駅やバス停へのアクセスが良好です。大阪市営地下鉄(Osaka Metro)や私鉄各線は、他都市に比べても路線網が充実しており、通勤通学のみならず高齢者の日常の移動も支えています。これに対し、南北に長い大阪府の端々、例えば北摂の山間部(豊能町・能勢町)や南河内の外れ(千早赤阪村など)では鉄道駅が存在しない、もしくはごく限られたエリアのみというケースもあります。そうした地域では路線バスやコミュニティバスが住民の足ですが、本数が少なく車がないと不便な場所も多いのが実情です。能勢町では町内を走る能勢電鉄こそあるものの、集落によっては駅から遠くバス頼みで、高齢ドライバーが免許返納すると「買い物や通院に行けない」という問題も起きています。大阪府全体として自家用車の保有率は都市部で低く郊外で高い傾向があり、郊外・町村部では車が事実上の生活インフラになっている地域もあります。しかしながら高齢化で運転できない高齢者(いわゆる交通弱者)が増えると、これまで以上に公共交通や住民ボランティア輸送などの手当てが必要になります。
道路網については、大阪府は高速道路・幹線道路が整備された地域です。名神高速や近畿自動車道、阪和自動車道など広域高速が通り、阪神高速道路網が府内都市部をカバーしています。主要幹線道路はおおむね整っているものの、市街地では慢性的な交通渋滞や老朽橋梁の補修問題も抱えています。また都市部では道路がよく整備され歩道も広い反面、山間部では未だに狭隘でカーブの多い生活道路が残り、災害時の孤立リスクや物流効率の課題となっています。府と市町村は協力して道路改良や橋梁補強を進めていますが、膨大なコストと時間がかかるため優先順位を付けつつ進捗させている状況です。
医療・福祉サービスへのアクセスにも地域差が見られます。大阪市をはじめ大都市部には高度医療を担う大病院が集中しており、救急医療体制も比較的充実しています。例えば大阪市内には府立病院や大学病院などがあり、患者は府外からも集まります。北摂や東部大阪の市でも中核病院が存在し、多くの自治体で市民病院や地域医療センターが設置されています。一方で、泉州南部や南河内などでは近隣に総合病院が少ない市町村もあります。特に町村部では病院の空白地帯があり、重病時には隣接市まで搬送しなければならないケースがあります。例えば千早赤阪村には村内に病院がなく、入院や専門治療が必要な場合は隣の富田林市の病院に依存しています。高齢者にとって遠方への通院は大きな負担となるため、こうした地域では訪問診療や巡回検診など地域包括ケアの取り組みが重要です。また医師や看護師の都市集中傾向があり、小規模自治体ほど医療従事者の確保に苦労しています。府全体では医師数・看護師数ともに人口当たりでは全国平均を上回りますが、地域偏在が課題となっています。
子育て支援・教育についても触れておきます。大阪府内の多くの自治体で待機児童の問題は徐々に改善してきましたが、大阪市や吹田市など若い世代が増えている都市では保育ニーズが高く、引き続き保育所整備や保育士確保が求められます。逆に郊外部では児童数減少で幼稚園・小中学校の統廃合を検討する自治体もあります。学校施設の老朽化と生徒数減に対応するため、例えば河内長野市では複数の小学校を適正規模化する議論がされています。また教育のデジタル化(オンライン授業やICT機器導入)は府内どの自治体でも推進されていますが、その進み具合は教育予算や人的リソースに左右されます。大都市の学校では一人一台端末環境が整い、デジタル教材も活用が進んでいる一方、財政が厳しい自治体ではインフラ整備に時間を要したり、教師の研修不足で活用が進まない例もあります。
現代生活に欠かせないデジタルインフラ(光ファイバー回線や携帯電話の通信網)については、大阪府は全国的に見ても整備水準が高いエリアです。ほぼ全域でブロードバンドが利用可能で、携帯電話の4Gはもちろん、5Gも大阪市内や主要都市でサービス開始済みです。ただし一部山間地域では電波が届きにくい「圏外」ポイントも残っており、府は携帯各社と連携して基地局整備を促進しています。また公共施設での無料Wi-Fi提供なども府内の多くの自治体で進められており、役所・図書館・観光施設などで誰でもネット接続できる環境が整いつつあります。デジタルインフラというハード面では都市部と地方部の差は以前より縮まっていますが、問題はそれを活用するデジタル人材・リテラシーの面です。高齢世代を中心にスマートフォンやPCを十分使いこなせない人もおり、行政サービスのオンライン化が進むほデジタルデバイド(格差)が表面化する懸念があります。小規模自治体では職員自体のICTスキル不足も指摘され、国の「デジタル田園都市国家構想」の補助金などを活用しながら職員研修や住民向け講習に取り組んでいるところもあります。
防災・減災と老朽化対策
大阪府は南海トラフ巨大地震のリスクを抱える地域です。政府の想定では、今後30年以内に高い確率でマグニチュード8~9クラスの南海トラフ地震が発生するとされ、その際には大阪府沿岸も大きな揺れと津波に襲われる可能性があります。大阪市の湾岸部や堺市・泉州沿岸地域では、津波浸水や液状化、工業地帯での石油コンビナート火災など複合災害の懸念があります。実際、2018年の台風第21号(チェービ)では大阪湾岸で高潮被害が発生し、関西空港が冠水・孤立する深刻な事態となりました。この経験から、沿岸自治体では防潮堤や水門の点検強化、災害発生時の広域連携計画の見直しなど減災対策が進められています。
また大阪府内には活断層も分布し、上町断層帯・生駒断層帯などが横たわっています。2018年には大阪北部地震が発生し、高槻市や茨木市など北大阪地域で震度6弱の揺れを記録しました。この地震ではブロック塀倒壊による痛ましい事故も起き、学校や住宅地の老朽危険ブロック塀の撤去が一気に進められる契機となりました。府内各市町村では、南海トラフ巨大地震への備えだけでなく直下型地震への対策(耐震化、水や食料の備蓄、避難所運営計画など)も重要課題です。特に大阪市や堺市の一部には木造住宅密集地域があり、地震時の火災発生や倒壊リスクが高い区域として重点的に防災街区整備(耐震改修助成や建替え促進、防火水槽設置など)を進めています。
水害リスクも無視できません。大阪府は淀川や大和川など大河川の下流に位置し、流域面積が広大です。近年の集中豪雨では内水氾濫や中小河川のはん濫も目立ち、2018年の大阪北部地震の直後に発生した豪雨(西日本豪雨)では枚方市で土砂災害が起きました。都市部では下水道や排水路の整備率が高いものの、想定を上回る豪雨には対応しきれず道路冠水が発生するケースもあります。各自治体ではハザードマップを更新し、洪水・土砂災害時の避難体制強化に努めています。加えて、温暖化による台風の大型化・頻発化に伴い、淀川・大和川での大規模洪水に備えた広域避難計画も府主導で策定が進みました。
防災と並んで見過ごせないのが、インフラや公共施設の老朽化です。高度経済成長期に集中的に整備された道路・橋梁・上下水道管・学校施設などが、一斉に更新時期を迎えています。大阪府管理のインフラでは、供用開始から50年を超える橋梁の割合が年々高まっており、市町村が管理する施設でも同様です。総務省の調査によれば、府内市町村が保有する公共施設の維持管理・更新経費は現状で年間約1,200億円に上りますが、今後さらに増加すると見込まれています。多くの自治体で公共施設等総合管理計画を策定し、個別施設の長寿命化計画を立ててはいるものの、更新費用の財源不足や人手不足で計画通り進まないケースもあります。
例えば学校施設では、耐震化はほぼ完了したものの築40年以上の校舎が大量に残っており、雨漏り・設備不具合などが頻発する学校も出ています。だが児童生徒数が減っているため、単純な建替えではなく統廃合も視野に入れた再編が必要です。上下水道管も更新が追いつかず、老朽管からの漏水事故や道路陥没の報告が増えつつあります。特に下水道は高度成長期に急ピッチで整備された地域ほど老朽化が集中しており、大阪市などでは破損リスクの高い管路から優先的に改修を行っています。こうしたインフラ更新の遅れは日常生活に支障を及ぼすだけでなく、大規模災害時に被害を拡大させる要因にもなりかねません。市区町村にとって、限られた予算・人材の中でインフラ老朽化対策をいかに計画的に進めるかが大きな課題となっています。
市区町村が直面している主な課題の整理
共通する横断的な課題
大阪府内の全ての自治体に共通して見られる、横断的・構造的な課題としては以下のようなものが挙げられます。
- 人口減少・少子高齢化による税収減と社会保障費増: 働き手世代の減少で市税収入の伸びが鈍る一方、高齢者向けの介護・医療・年金等の支出(自治体負担分含む)が膨張し、自治体財政を圧迫します。人口規模が縮小すると経済規模も縮小しやすく、地域内消費や投資が減ってさらなる税収減につながる悪循環も懸念されます。
- 行政ニーズの多様化と職員数・専門人材の不足: 子育て支援や高齢者福祉、障がい者支援、外国人住民対応、DX推進など行政サービスの領域が広がる中、現場を担う職員数は財政制約から大幅に増やせず、一人当たり業務量が増えています。専門知識を要する業務(ICT、語学、都市計画、防災など)に対応できる人材確保も難しく、特に小規模自治体では「何でも屋」の職員に負担が集中しがちです。
- 公共施設の老朽化と過剰ストック問題: 前述のとおり、建設から数十年経つ公共施設が多く、耐震化や設備更新が必要です。同時に人口減少で利用者が減った施設(学校、集会所、図書館など)があり、統廃合や用途転換を検討せざるを得ません。愛着のある公共施設を廃止・集約する際には住民合意形成も難しく、先送りされるケースも見られます。
- デジタル化の遅れとデジタル格差: 行政手続のオンライン化や業務のICT化は国の後押しもあり徐々に進んでいますが、自治体間で進捗に差があります。財政や人材に余裕のある自治体は独自システム導入やAI活用など先進的ですが、人員が限られる自治体では未だに紙とハンコ文化が根強く残る部分もあります。また住民側のITスキル格差もあり、高齢者や低所得層への支援策なしにデジタル化を進めると行政サービスにアクセスできない人が出る恐れもあります。
- 地域コミュニティの希薄化と住民参加の低下: 核家族化や近所付き合いの減少、転入転出の頻繁化などで、かつての地縁血縁に基づく地域社会の結びつきが弱まっています。自治会・町内会への加入率は低下傾向にあり、祭りや清掃活動など伝統的な地域行事も担い手不足です。その結果、地域課題を住民同士で話し合ったり助け合ったりする機会が減り、行政への依存が高まる傾向があります。コミュニティ力の低下は防災時の共助にも影響するため、いかに住民参加を促し地域力を維持するかが共通の課題です。
自治体タイプ別の課題
大阪府内の自治体はその性格に応じて、上記の共通課題に加えて固有の課題を抱えています。大きく分けると、(1)大阪市・堺市などの大都市部、(2)北摂・中河内など人口が比較的安定している都市部、(3)南河内・泉州など人口減少が進む郊外地域・町村部、の3タイプに分類できます。それぞれの典型的な課題を整理します。
大都市部(大阪市・堺市など)の課題
大阪市と堺市は政令指定都市として、行政規模も役割も他の自治体と一線を画します。まず、都市インフラの更新負担が大きな課題です。大阪市は日本最古の地下鉄網を持ち、水道・下水道や都市高速道路も戦前~高度成長期に整備されたものが含まれます。老朽化したインフラの改修や更新には莫大な費用がかかり、計画的に進めなければ将来の市民生活に支障が出ます。例えば大阪市は老朽下水道管の更新に数千億円単位の費用を見込み、複数年にわたる改修計画を策定しています。また、大阪市中心部では都市の高密度化に伴う課題もあります。都心部への人口回帰で高層マンションが林立し、都心居住者が増えた一方、保育園・学校・公園など生活インフラの整備が追いつかず、地域コミュニティが形成されにくいとの指摘もあります。超高層マンションでは住民同士のつながりが希薄になりがちで、防災時の助け合いや孤立死防止などに不安が残るとの声もあります。
再開発と住宅政策も大都市特有のテーマです。大阪市では空洞化していた都心部に人を呼び戻すため都心部再開発(うめきた2期開発など)を進めていますが、一方で郊外住宅地では空き家増加や高齢化が進行しています。堺市でもニュータウンや団地の老朽化と住民高齢化が課題になっています。都市内部での人口や需要のアンバランスに対応するため、大都市では住宅政策(都心部の適正住宅供給、老朽住宅の建替え支援、郊外住宅地のリノベーション促進など)が重要となります。また、外国人住民や観光客への対応も大都市ならではの課題です。大阪市生野区や西成区などは在日コリアンをはじめ外国にルーツを持つ住民が多く、多文化共生のための日本語学習支援や生活相談が求められます。近年は中国・東南アジア出身の新しい外国人労働者や留学生も増えており、行政サービスの多言語対応や子どもへの教育支援など手が足りない分野もあります。堺市でも製造業研修生など外国人労働者が増えつつあり、文化や言語の違いによる地域課題が顕在化し始めています。
大都市はまた、都市災害リスクも相対的に高いです。大阪市は高層ビル群や人口密集地区を抱え、地震火災や大規模停電、水害時の地下街浸水など複合的なリスク管理が必要です。地下鉄ネットワークや超高層ビル群の防災強化、帰宅困難者対策など、大規模都市ならではの危機管理計画が欠かせません。さらに、大阪市・堺市は行政規模が大きく職員数も多いとはいえ、扱う行政領域も幅広く、行政改革による効率化も常に課題です。大阪市ではこれまで区への権限委譲や民営化(市営地下鉄の民営化など)を進めてきましたが、依然として二重行政の解消や組織スリム化、AI・データ活用による業務効率化など改善の余地があります。堺市も指定都市移行後に増えた業務を支えるための職員体制整備が課題で、財政とのバランスを取りながら質の高い行政サービスを維持する努力が続いています。
人口が比較的安定している都市部の課題(北摂・中河内など)
北摂(吹田市、豊中市、箕面市、高槻市、茨木市など)や中河内(東大阪市、八尾市、枚方市、寝屋川市など)の都市部は、大阪市のベッドタウン・衛星都市として発展したエリアです。これらの多くは人口規模も中~大程度あり、近年も人口がほぼ横ばいか微増で推移している自治体が目立ちます。しかし、安定しているように見えるこれらの都市部でも内実は世代構成の偏りや都市インフラ老朽化など課題が潜在しています。
典型的なのが、ニュータウンや大規模団地の高齢化と再生問題です。吹田市・豊中市にまたがる千里ニュータウン(日本初の本格ニュータウン、1960年代造成)や、茨木市・高槻市の安威川流域に広がる団地群、東大阪市の高井田団地など、かつて若いファミリーで賑わった住宅地が、入居から半世紀経って住民の高齢化が進んでいます。これらの地域では子どもが独立して夫婦のみ世帯や高齢単身世帯が増え、商店街やスーパーも閉店が相次ぎ「買い物難民」的な状況が懸念されています。また建物自体も老朽化し、エレベーターのない団地の高層階に高齢者が取り残される問題や、空き住戸が増えてコミュニティが希薄になる問題もあります。自治体は、老朽住宅の建替え支援やエレベーター設置補助、また福祉サービスの重点投入(移動販売車の巡回や見守り活動など)で対応していますが、根本的には若年世代を呼び戻す取り組みが欠かせません。箕面市などではニュータウン再生のために子育て世帯向けの優遇措置(住宅取得補助や保育施策充実)を講じ、実際に若い夫婦の転入増加につなげた例もあります。
これら都市部では昼夜間人口の差も課題となります。大阪市への通勤率が高く、昼間は地元に人がいないベッドタウンでは、地域経済が外に流出しがちです。日中は静かな住宅街も、朝夕のラッシュ時だけ交通が混雑するなど、インフラ需要も時間帯によって偏ります。さらに、近年テレワーク普及で在宅勤務が増えたことで郊外住宅地の平日日中人口がやや戻りつつあるという新たな動きもあります。これは地元消費を促す好機である一方、従来と異なる生活パターンに合わせて地域サービスを見直す必要も生じています。例えばカフェやコワーキングスペースを駅前に誘致し、在宅勤務者が地元で働ける環境を整える取り組みを始めた市もあります。
都市インフラの維持管理も、これら中核市に共通の悩みです。上下水道や道路、公園、学校といった都市基盤は概ね整っていますが、前述の通り老朽化が進んでいます。財政にある程度余裕のある自治体でも、更新費用すべてを自前で賄うのは難しくなっており、民間活力の導入や近隣市との共同事業による効率化が模索されています。東大阪市・八尾市・大阪市の3市共同でごみ処理工場を建設・運営してコストを削減するといった広域連携の例も出てきました。また、北摂地域では大阪モノレールの延伸計画(箕面市から京都方面へ路線延長)や新名神高速の開通などインフラ拡充も進んでおり、それに合わせた土地利用計画や交通結節点の再開発も課題です。都市部では、交通渋滞や環境対策(大気汚染・ヒートアイランド)といった都市型問題も引き続き取り組みが必要でしょう。
人口が安定している都市部では、逆に言えば今後本格化する人口減への備えが遅れがちになるリスクもあります。現状に大きな危機感がないうちに、いかに将来の人口減少局面を見据えてまちづくりの転換を図れるかがカギです。住宅開発可能な土地が減りきった都市も多く、無秩序な拡張はもう起こらない反面、成熟社会に合わせたコンパクトな都市構造への転換や施設統廃合など、次の一手を打つ時期に来ています。
人口減少が進む地域や町村部の課題(南河内・泉州など)
大阪府南部の南河内地域(富田林市、河内長野市、太子町、河南町、千早赤阪村など)や、泉南・泉佐野市以南の泉州地域南部(阪南市、岬町など)は、府内でも特に人口減少と高齢化が進行しているエリアです。これらの地域では若年層の都市部流出が顕著で、大学進学や就職を機に大阪市や府外へ出た若者が戻らず、そのまま定住人口が減っていく傾向があります。結果として、地域の人口構成は高齢者が占める割合が非常に高くなりつつあります。例えば南河内郡太子町や河南町では65歳以上人口割合が既に30%を超え、2040年には40%前後に達する見通しです。現役世代が少なくなると地域の活力が低下し、商業や公共交通の維持も難しくなります。
医療・福祉・買い物など生活サービスへのアクセスは、過疎化する地域の深刻な課題です。富田林市や河内長野市といった中核的な市には総合病院がありますが、周辺町村には病院がなく、高齢者はバスや車で市内の病院まで行かねばなりません。特に千早赤阪村では村内にコンビニも含め日常的な買い物施設がほとんどなく、隣接する市まで遠出する必要があります。これに対応するため、村では移動販売車を走らせたり、高齢者向けの送迎サービスをNPOと連携して実施したりしていますが、抜本的な解決には至っていません。買い物難民や交通難民をどう支えるかは、こうした人口希薄地の行政にとって深刻なテーマです。
また、地域産業の維持も課題となります。南河内は歴史的に農業が盛んで葡萄や梅などの果樹栽培、泉州南部では漁業(阪南市や岬町)や地場の繊維産業が営まれてきました。しかし、農家の後継ぎ不足や漁業者の高齢化で、一次産業の担い手が減少しています。耕作放棄地が増え、里山の管理が行き届かなくなると景観悪化や獣害の増加にもつながります。自治体やJAなどは新規就農者への支援やブランド農産品のPRに取り組んでいますが、若者が定着しにくい構造を変えるのは容易ではありません。観光振興も一策で、歴史資源(古墳群や寺社)、自然(葡萄狩りやハイキング)、温泉などを活かして交流人口を増やす努力がされています。例えば太子町・河南町・千早赤阪村では聖徳太子ゆかりの史跡群や、近つ飛鳥博物館などを観光資源として磨き上げ、ハイキングイベントを企画するなど協調して地域の魅力発信を行っています。ただし宿泊施設や交通アクセスなど課題も多く、大阪市内や有名観光地に比べ観光客誘致は苦戦しています。
小規模自治体の行財政運営にも特有の課題があります。人口1万人に満たない町村では、限られた職員で膨大な行政分野をカバーしなければなりません。一人の職員が複数の担当を兼務することも日常茶飯事で、専門性の高い課題(例えばICT化や都市計画、防災計画策定など)への対応に苦慮するケースもあります。財政的にも、自主財源が乏しく固定的な経費が多い中、さらに人口減で税収が減ると職員の確保や公共サービス維持も難しくなります。過疎債など国の支援策はあるものの、それだけに頼っていては持続性に不安が残ります。
こうした町村部では、自治体の垣根を越えた広域連携や合併の検討が現実味を帯びます。実際、南河内地域では太子町・河南町・千早赤阪村の「2町1村」で将来の在り方を協議する場が設けられ、広域で行政サービスを共有したり、場合によっては合併も選択肢に議論されています。人口規模をある程度確保することで行政の効率化や人材確保を図る狙いです。泉州南部でも阪南市・岬町などで包括的な連携による共助モデルが模索されており、小規模自治体が単独で抱える課題を広域で分かち合う動きがでてきています。
課題の背景にある構造的要因の分析
前章で述べた様々な課題の背後には、日本全体の潮流と大阪府特有の事情が交錯しています。それら構造的要因を整理することで、課題の本質がより明確になります。
まず基本にあるのが、日本全体を覆う人口・経済構造の変化です。少子高齢化による人口減少は全国共通の課題で、出生率低下(大阪府の合計特殊出生率は近年1.4前後で推移し全国平均並み)や若年人口の都心集中が要因です。大阪府でも高度成長期には地方から人が流入し人口が増えましたが、1990年代以降は出生数減と国内他地域への転出増で自然減・社会減の局面に入りました。特に東京圏への一極集中は大阪からも若い人材を吸い上げ、大阪圏の相対的地盤沈下を招いたと指摘されます。実際、2000年代に大阪府は継続して東京圏に転出超過となり、大学進学や就職で東京へ移った若者が戻らないケースが多く見られました。ただ2010年代後半には、大阪市中心部の再開発や経済復調もあって転出超過幅が縮小し、一時的に社会増へ転じた年もありました。いずれにせよ、長期的には大阪府も全国同様に人口減少は避けられず、それを前提に地域の形を考える必要があります。
大阪府特有の都市圏構造としては、中心市への集中と周辺部の周縁化があります。大阪市は近隣市町村との合併をほとんど行わず、狭い市域(人口密度は政令市中トップクラス)に多くの人口と機能を抱えています。そのため、大阪市の外側に中核市・衛星都市がドーナツ状に連なり、行政境界をまたいで一体の都市圏を形成しています。例えば東大阪市・八尾市・松原市など中河内地域は大阪市と連続した市街地で、経済的・社会的には一つのメガシティとも言えます。一方で南部の町村部や北部山間部は都市圏のフリンジ(縁辺)に位置し、交通網も張り巡らされた鉄道網から外れてしまうと、急速に都市圏の経済循環から取り残される構造があります。大阪府の交通インフラ発達は鉄道路線沿線に人口を集中させましたが、逆に鉄道空白地は過疎化に歯止めがかからない要因ともなっています。戦後、府域内で進められた宅地開発や産業配置も、結果的にメリハリのある形になりました。北摂・泉北ニュータウンなど計画的に開発されたエリアは高い居住水準を誇りましたが、一方で旧来からの農村集落は開発圧から外れたためにそのまま高齢化が進みました。
産業構造の変化も地域課題の背景にあります。大阪府は昭和期までは「産業のデパート」と呼ばれるほど多様な産業が各地に分散していましたが、平成に入り製造業の空洞化やバブル崩壊による地盤沈下を経験しました。製造業は海外移転や他府県への工場集約が進み、中小企業も廃業やリストラで従業員を減らしました。その代わりに増えたサービス業は、多くが大阪市中心部や繁華街に立地するため、雇用機会が都市部に偏るようになりました。郊外のベッドタウンでは昼間に働く場が少なく、住民は大阪市や他都市に働きに出る構図が固定化されました。近年はインターネット環境の発達で、一部の知識労働者はテレワークで場所を問わず働けるようになりましたが、まだ全体から見れば限定的です。しかし将来的にはリモートワークの普及が進めば、都心に毎日行かずとも郊外で暮らし続けられる人が増えるかもしれません。これは郊外や町村部にとって人口定住のチャンスにもなり得ますが、そのためには地域に高速通信網を整えたりコワーキングスペースを整備したりといった受け入れ環境が要ります。
観光やインバウンドに関しても構造的変化がありました。2010年代の訪日観光客激増で大阪は恩恵を受けましたが、その中心は大阪市内や有名観光スポットでした。観光消費は繁華街の大手量販店やホテルチェーンに落ちる割合が大きく、中小の土産物店や郊外地域には波及効果が及びにくい状況でした。つまり、大都市圏の中でも稼げるエリアと稼げないエリアの格差が広がりました。コロナ禍で一時観光消費が途絶えたことは、大阪経済にとって痛手でしたが、その反省から「観光による地域活性化」の重要性が再確認されました。現在は府内各地でマイクロツーリズム(近場観光)や長期滞在型の体験観光など、新しい旅行需要を掘り起こす工夫がされています。産業構造変化に柔軟に対応できる地域は、時代の波に乗って経済を維持できますが、対応力のない地域は衰退してしまうため、行政が知恵を絞って地域の稼ぐ力を伸ばす支援が求められます。
行財政制度も市区町村運営に影響を及ぼす重要な枠組みです。地方交付税は財源の乏しい自治体を支える仕組みですが、その原資となる国税も少子高齢化で先細りが予想されます。今後、国全体で扶助費が増大し社会保障費が国家財政を圧迫すれば、地方への手当も削減圧力がかかるかもしれません。また、大阪府では大阪市と大阪府の二重行政問題が長らく議論されてきました。いわゆる「大阪都構想」は住民投票で否決されましたが、都構想で目指した広域と基礎自治の役割分担は引き続き検討課題です。大阪市・堺市は指定都市として府から権限移譲を受けている分野(保健所運営や都市計画など)がありますが、今後も府と大都市、市と市の間で広域連携を強めることが効率化につながるでしょう。すでに府内では、ゴミ処理や水道事業などで複数自治体が共同事業体をつくるケースや、一部事務組合で消防・救急を広域化している例があります。国土交通省や総務省も広域連携や自治体間連合を推奨する政策を打ち出しており、大阪でもそれを活用する動きが加速しています。
最後に、各自治体で共通する課題の背景として、住民ニーズの高度化も見逃せません。現代の住民は、従来型の画一的な行政サービスだけでなく、多様化するライフスタイルに即した対応を行政に期待します。例えば、子育てしながら働きやすい環境を求めて保育の充実を強く望む層、環境問題に関心が高く脱炭素の先進都市を目指して欲しいと訴える層、あるいはコロナ禍を経て健康志向が高まり公園やスポーツ施設の充実を求める声など、ニーズは複雑です。SNS等で行政への意見を気軽に発信する市民も増え、首長や議会には迅速で丁寧な対応が迫られます。このような行政需要の高度化に、各自治体は限られたリソースで応えなければならず、創意工夫と優先順位付けがますます重要になっています。
解決に向けた方向性と具体的な取り組み
上記のような現状と課題を踏まえ、次に解決に向けた方向性と具体的な取り組みを探ります。解決策は一つではなく、自治体の内側での改革と、自治体間・住民や企業との協働、さらにはデジタル技術の活用や他地域の事例からの学びなど、多角的なアプローチが必要です。以下では、大きくカテゴリー分けしてそれぞれの方向性を解説します。
自治体内部の取り組み
行政のDX推進
行政サービスのデジタルトランスフォーメーション(DX)は、住民の利便性向上と行政事務の効率化を同時に達成できる重要な方策です。大阪府内でも、多くの市区町村が窓口手続のオンライン化や行政情報のオープンデータ化などDX推進に乗り出しています。具体的には、住民票や税証明のオンライン申請・コンビニ交付、子育て関連手当の電子申請など、従来は役所に出向く必要があった手続きを自宅からスマホやPCで完結できるようにする動きです。2020年のコロナ禍では非接触で手続できるニーズが高まり、一気にオンライン申請が普及しました。現在もマイナンバーカードを利用した電子証明やマイポータル連携で、転出入や児童手当など複数の行政手続きをワンストップ化する試みが進んでいます。
自治体内部でも、従来紙とハンコで行っていた決裁や稟議を電子化する「ペーパーレス庁内業務」が広がっています。大阪市など大規模自治体では既に庁内グループウェアで決裁を完結させる仕組みを導入済みで、押印廃止も実現しました。小規模自治体も総務省の支援を得てクラウド型行政システムに移行する例が増えています。これにより、職員がテレワークで在宅勤務したり、出先からタブレットで業務処理したりすることも可能となりつつあります。DX推進のメリットは、業務効率化と人手不足緩和、そして住民サービスの時間的・空間的な制約緩和にあります。24時間いつでも申請ができ、遠隔地からでもサービスにアクセスできることは、高齢者や多忙な子育て世代にも好評です。
しかし、DX推進には課題も伴います。まず初期投資コストです。システム導入や機器整備には費用がかかり、財政に限りがある自治体には国の交付金や補助が不可欠です。また、職員のITスキルも課題です。新しいシステムを導入しても、職員が使いこなせなければ効果は出ません。このため大阪府や大阪市では職員向けのデジタル研修や人材育成プログラムを強化しています。加えて、行政サービスのデジタル化が進むと、それについていけない住民をどうサポートするかも重要です。高齢者などには従来通り窓口や電話での対応も維持しつつ、希望者にはスマホ教室やデジタル相談窓口で支援するといった包摂的なDXが求められます。
大阪府は府内全自治体のデジタル格差をなくすため、広域データ連携基盤を構築し、自治体間でシステムを共用したりデータを相互活用できる環境整備に乗り出しています。これにより小さな町村でも高度なICT基盤にアクセスでき、コスト削減と水準向上の両立が期待されます。行政DXはゴールではなくプロセスであり、絶えず技術革新に追随しながら、住民目線で便利で優しい行政を目指す姿勢が大切です。
職員の専門性強化と人材確保
直面する行政課題が高度化・専門化する中、自治体職員のスキルアップと人材確保は死活的に重要です。まず取り組まれているのが職員研修の充実です。大阪府や各市町村では、ICT研修、政策法務研修、語学研修、ファシリテーション研修など、多岐にわたる講座を用意し、職員が必要な専門知識を身につけられるようにしています。特にデジタル人材育成には力が入っており、一部自治体では若手職員を民間企業のIT部門に派遣し実地研修させる制度も導入されました。
また、中途採用・外部人材登用も広がっています。かつて自治体職員は新卒一括採用が中心でしたが、近年は民間でのキャリアを積んだ人材を係長・課長級で採用したり、任期付きの政策スタッフとして招聘するケースが見られます。例えばデータ分析の専門家や、企業のマーケティング経験者、弁護士資格者などを登用し、行政には不足しがちなスキルを補っています。大阪市ではスタートアップ支援や国際観光戦略の策定に民間出身者を起用し、新風を吹き込んでいます。小規模自治体でも、地域おこし協力隊制度などを活用して都市部から意欲ある人材を受け入れ、地域の課題解決に従事してもらう動きがあります。
さらに、職員間の交流と広域人事も注目されます。大阪府内では府職員と市町村職員の相互派遣研修が行われており、府庁で広域行政に携わった市町村職員が帰庁後にその経験を役立てる例があります。また、隣接自治体間で人事交流を実施し、ノウハウ共有や将来的な職員不足に備える試みも出てきました。IT担当者など専門職は一自治体でフルタイム雇用するほど業務量がない場合、複数自治体で共同雇用することも考えられます。現に長崎県の離島自治体などでは、複数町で一人の獣医師やICT担当をシェアするといった例があり、大阪でも過疎町村で検討の余地があります。
自治体が魅力的な職場であり続けるためには、働き方改革も必要です。長時間残業の是正や休暇取得促進、テレワーク導入などは民間同様に重要です。これらを進めることで、育児中の職員や介護中の職員も離職せず働け、人材の定着につながります。組織に多様な人材がいることは行政サービスの質向上にも資します。女性管理職登用や障がい者雇用の推進などダイバーシティにも配慮し、誰もが能力を発揮できる職場環境を整えることが、人材確保の観点からも重要です。
公共施設マネジメント
増え続ける維持管理コストに対処し、将来世代に負担を先送りしないために、公共施設マネジメントの徹底が避けられません。大阪府内の全自治体は「公共施設等総合管理計画」を策定済みで、それぞれの市町村が保有する施設の現状と将来見通しを把握しています。この計画に基づき、具体の統廃合・複合化・長寿命化策が検討されています。
一つの方向性は施設の統廃合です。人口減少で明らかに過剰となった施設(例えば過去に児童数増で建てた分校が今は不要、など)については、思い切って廃止・集約する決断が必要です。大阪府内でも、利用の少ない公民館や集会所を廃止し、代わりに拠点となる大規模施設へ機能移転する例があります。学校統合も各地で議論されています。保護者の理解を得るのは容易でありませんが、将来の教育環境維持のためクラス数適正化や老朽校舎整理は避けて通れません。
次に複合化・多機能化です。一つの建物に複数の公共サービスを入れることで、建設コストや維持費を抑え、利用者の利便性も高めます。例えば和泉市では市立図書館と生涯学習センターを一体化した複合施設を新設し、運営の効率化を図りました。また茨木市では市役所支所と子育て支援センターを同じ建物に置き、ワンストップサービスを提供しています。複合施設は人の集まるハブとなりやすく、地域コミュニティ活性化にも貢献します。
民間活用(官民連携)も公共施設マネジメントの重要な柱です。直営では費用対効果が低い施設でも、民間ノウハウを入れることで収益を上げながら運営できるケースがあります。指定管理者制度を用いて、体育館・プール・道の駅などを民間事業者に任せている自治体は多いです。さらに進んで、施設の建設・維持管理・運営を民間に一括委託するPFI方式も広がっています。大阪府内では、箕面市が新庁舎と図書館のPFI整備を行った例や、大阪市が水道施設運営権を民間コンソーシアムに売却(コンセッション方式)した例などがあります。民間の資金力や経営手法を取り入れることで、老朽施設の更新をスムーズにし、サービス向上とコスト削減を両立することが期待されます。
ただし公共施設は住民の思い入れが強い資産でもあるため、マネジメントを進める際には丁寧な住民合意形成が肝要です。施設の廃止や用途変更には反対意見も出やすく、情報公開と説明責任を尽くして理解を求める姿勢が欠かせません。将来世代に負担を残さない持続可能なまちづくりのため、今痛みを伴う決断をする意義を、行政と住民が共有する努力が必要です。
大阪府・広域連携・近隣自治体との協働
一つの自治体だけでは解決困難な課題に対して、広域的な連携や大阪府の支援を活用することは非常に有効です。大阪府は府市町村局を設置し、府と市町村のパイプ役を担いつつ、広域施策の企画調整を行っています。
まず、医療・福祉の広域連携です。高度医療施設や専門病院は各市にあるとは限らず、府域全体で医療体制を整える必要があります。大阪府は救急医療情報センターを通じて府内全域の病院情報を共有し、救急患者の受け入れ調整をしています。またドクターヘリを大阪府立病院機構で運航し、府内の離れた地域からでも重篤患者を迅速に搬送できる体制を敷いています。福祉分野でも、障がい者支援施設や児童相談所などはブロックごとに集約配置されており、市町村は府と連携し不足サービスを補っています。介護保険施設についても、広域入所が進む中、府が地域偏在を調整する役割を期待されています。
交通やインフラの広域協力も重要です。例えば公共交通では、鉄道路線延伸やバス路線維持に府や周辺自治体が協調して取り組むケースがあります。北大阪急行線の延伸(豊中市~箕面市)では沿線自治体と府が負担を分担し合いました。コミュニティバスの運行を隣接市と相互乗り入れすることで効率化した例もあります(八尾市・東大阪市など)。また道路整備では、一つの市内で完結しない広域幹線道路(大阪外環状線など)の整備促進に府が音頭を取って国との折衝を進めています。
防災面でも、広域協力は不可欠です。大規模災害時には被災自治体だけでの対応は難しく、近隣自治体や府による広域支援が前提となります。大阪府は市町村間の応援協定を推進し、物資融通や応急復旧支援の仕組みを整えています。近年では近隣府県(兵庫、京都、奈良など)とも相互応援協定を結び、関西広域連合の枠組みでも防災訓練を実施しています。災害に強い地域を作るためには、個々の自治体の垣根を超えたプランニングと連携が鍵です。
広域連携の枠組みとして注目されるのが、複数自治体による将来ビジョンの共有です。先述した「南河内地域2町1村未来協議会」では、太子町・河南町・千早赤阪村の将来人口や財政推計を共有し、広域で望ましい行政サービスの姿を議論しています。また「泉州南未来像研究会」では、泉佐野市・泉南市・阪南市・熊取町の3市1町が広域まちづくりの方向性を検討しています。それぞれ、将来を見据えて合併も含む大胆なオプションを議論する場となっており、府がファシリテーター役を務めています。このようにデータに基づき地域の未来予測を共有することで、住民にも問題意識を持ってもらい、自治体同士がエゴを捨てて協力する素地ができることが期待されます。
大阪府自身も、広域行政と基礎自治の役割分担を見直す動きを進めています。2024年施行の条例「基礎自治機能充実強化基本方針」に基づき、府が市町村の人材育成支援や財政シミュレーション支援、共同事業提案の受け皿になるとされています。例えば、少人数の町村では困難なDX施策について府がモデル事業を実施し、成果を水平展開する。あるいは保育士確保やごみ処理広域化で府が調整役となり、市町村間のマッチングを促す。こうしたメタガバナンス的な役割が府に期待されており、府と市町村が対等なパートナーシップを築く時代に入りつつあります。
もちろん、広域連携を進める上では自治体間の信頼関係が大前提です。それぞれの自治体が自助努力もした上で協力体制に入ること、公平なコスト負担とメリット享受の仕組みを作ることがポイントとなります。大阪は歴史的に自治体数が多く競争心も強い土壌ですが、逆に言えば切磋琢磨しつつ必要なところでは手を結ぶことで、新しい自治のモデルを示すことができるでしょう。
住民・企業・NPOとの協働
地域の課題解決には、行政だけでなく地域住民や民間企業、NPOなど多様な主体との協働が欠かせません。自治体はプラットフォーム役となり、地域ぐるみで問題に取り組む仕掛けを作ることが求められます。
まず、コミュニティづくりと住民参加の促進です。各地で町内会・自治会をはじめとする地縁組織への参加率低下が課題となっていますが、逆に新しい形のコミュニティ活動も生まれています。大阪府内では、空き家を改装した地域交流拠点(カフェ兼サロン)を住民有志が運営したり、SNSで緩やかに繋がったママ友グループが子育てイベントを自主企画するといった動きがあります。自治体はこうした自発的活動を支援するため、補助金や公民館の場の提供、人材紹介などソフト面でバックアップしています。また地域課題を行政と住民で話し合う「ワークショップ型」の取り組みも増えました。まちづくり協議会や地区円卓会議を開催し、そこで出たアイデアを行政計画に反映させる仕組みです。堺市では地域教育協議会が学校統廃合や子ども見守り活動について住民と行政の協働を進めています。こうした住民参加の場づくりは、地域のつながりを再生し、課題解決力を底上げする効果があります。
高齢者福祉の分野では、地域包括ケアシステムの構築がキーワードです。これは医療・介護・予防・生活支援・住まいが一体となって高齢者を地域ぐるみで支える仕組みです。大阪府内の全市町村に「地域包括支援センター」が設置され、ケアマネジャー等が中心となって高齢者宅を巡回訪問したり、必要なサービスをコーディネートしています。このシステムが機能するには、行政だけでなく民生委員、ボランティア、NPO、介護事業者、かかりつけ医など多様な主体の連携が重要です。例えば河内長野市では「生活支援コーディネーター」を配置し、買い物代行や話し相手ボランティアなど住民発の支援活動と専門機関を結び付けています。また、認知症サポーター養成講座を全地域で開き、住民誰もが見守り手となる体制づくりも進めています。地域包括ケアは地域コミュニティの力なくして成り立たないため、自治体は縁の下でそれを繋ぐ役割を担っているのです。
空き家活用や商店街活性化も官民協働の典型例でしょう。増加する空き家は放置すると防犯・防災上の問題となりますが、逆に活用すれば新しい住民や店舗を呼び込めます。大阪府内でも各自治体が「空き家バンク」を運営し、空き家情報をウェブ公開して移住希望者や起業家とマッチングしています。例えば能勢町では田舎暮らしを望む都市住民に古民家を安く貸し出し、農業体験付きの移住を促進しています。商店街では、行政が空き店舗リノベーション補助を出し、そこに若い起業家や芸術家を誘致する取り組みが各地で行われています。大阪市内の一部商店街ではシェアキッチンやコワーキングスペースを設け、日替わりで店主が変わるような新業態で賑わいを取り戻した例もあります。これらは行政単独ではできず、商店街組合や金融機関、NPOなどと連携して実現しています。民間の発想や活力を引き出すため、自治体は資金面の支援だけでなく規制緩和や広報支援などにも努めています。
企業との協働も重要です。大阪には地元密着の中小企業からグローバル企業まで多数存在し、CSR(企業の社会的責任)活動や地域貢献に熱心な企業も少なくありません。自治体は企業とのマッチングを進め、例えば里親制度的に公園の維持管理を引き受けてもらったり、部活動のスポンサーになってもらうなどウィンウィンの関係を築いています。大阪府は「みどりの里親制度」で企業や団体が公園管理に参加できる仕組みを作りました。また教育分野では、小中学校に地元企業からゲスト講師を招いてキャリア教育を行うなど、子どもたちへの貢献も広がっています。企業は人材・資金・技術を持ち、行政にはない柔軟な発想があります。それらを地域課題に結びつけるのが自治体のコーディネート力です。
PPP/PFIといった官民連携スキームも活用が進んでいます。先述の公共施設管理だけでなく、観光開発や都市再開発でもPPPは威力を発揮します。例えば大阪市の「うめきた2期」開発では公園と民間ビルを一体整備する手法が採られ、民間負担で大規模な緑地が整備されます。堺市でも堺東駅前地区の再開発に民間デベロッパーを巻き込み、市庁舎移転と商業施設整備を同時に進めています。こうした官民パートナーシップは、行政のリスクを減らしつつ民間のノウハウを取り入れ、地域に新たな価値を生み出す手法として今後ますます重要になるでしょう。
デジタル・イノベーションの活用
急速に発展するデジタル技術や革新的サービスを地域課題解決に取り入れることで、小規模自治体でも飛躍的な改善を実現できる可能性があります。大阪府・市町村でも、スマートシティやSociety5.0に向けた実証事業が動き始めています。
例えば、大阪スマートシティ戦略では府内各地でIoTやAIを活用した取り組みが展開されています。MaaS(マース)と呼ばれる次世代モビリティサービスの実証として、大阪市や堺市では公共交通とタクシー、シェアサイクルを一つのアプリで乗り継げるサービスを試験導入しました。高齢者が迷わず目的地まで移動できるよう経路案内や予約決済をスマホ一つで行える仕組みで、今後郊外にも広げる構想です。また、自動運転バスの実験も茨木市や箕面市で行われており、ニュータウン内を無人バスが走る未来も現実味を帯びています。交通弱者対策としては、AIを使ったデマンド型乗合交通(乗客の予約に応じてルートを変えるバスサービス)も富田林市などで導入が検討されています。
キャッシュレス決済の普及も地域経済の活性化につながります。大阪市内の繁華街では外国人観光客に対応するため電子マネーやQRコード決済が当たり前になりましたが、府内の中小商店でも補助金を活用して決済端末を導入する店が増えました。商店街が地域ポイントカードを導入しキャッシュレス化すると同時に顧客データを分析して販促に活かすなど、DXの波は小売レベルにも及んでいます。自治体も独自のキャッシュレスポイント還元事業を展開し、消費喚起とデジタル体験推進を図った例があります(例:堺市のキャッシュレス決済ポイント還元キャンペーン)。
オンライン診療・オンライン教育もポストコロナで一気に身近になりました。箕面市などでは離れた病院の専門医と地域の患者をオンラインで繋ぐ遠隔診療をトライアルしており、通院困難な高齢者の負担軽減に繋げようとしています。学校教育では、休校時のオンライン授業だけでなく、通常時にも遠隔会議システムを使った交流学習(他校の生徒とディスカッション)や、一部科目のオンライン補習など、新たな学びの形が広がっています。過疎地域では、スクールバスで遠方の高校に通う代わりに自宅からリモート受講する仕組みも可能になるかもしれません。
こうしたデジタル・イノベーションの活用は都市部だけでなく、むしろ人手不足に悩む小規模自治体こそ恩恵が大きいです。AIチャットボットで役所の問い合わせ対応を自動化すれば職員負担が減りますし、ドローンで山間部の見回りや物資輸送を行えば高齢化集落の支援が容易になります。現に、能勢町ではドローンを活用した過疎集落への医薬品配送の実証実験が行われました。災害時には被災現場をドローンが即時に空撮し、AIが被害判定する技術も開発中です。
しかし、小規模自治体ほどデジタル導入のハードルも高いのが実情です。人的リソースや予算の制約から、先端技術を積極的に試す余裕がない、ITベンダーとの交渉力が弱い、といった問題があります。ここで有効なのが、府や国の支援、そして自治体間連携です。大阪府は「デジタル田園健康特区」として府内の過疎地域を指定し、先端技術実装に国からの規制緩和や補助を得る枠組みを検討しています。また、技術を持つ大学・企業とのマッチングも積極的に進めています。例えば大阪大学や関西大学はスマートシティ関連研究で自治体と連携協定を結び、フィールド実験を自治体内で行っています。企業も、自社技術の実証のために自治体との協働を求めており、うまくニーズが合致すればWin-Winの関係が築けます。
重要なのは、デジタル・イノベーションを単なる流行りとして終わらせず、住民の幸福(QoL)向上や行政効率化という目的に即して活用することです。技術ありきではなく、課題解決の手段としてテクノロジーを選択する視点が求められます。そのためには職員自身がテクノロジーに明るくなる必要があり、専門家と住民の橋渡し役を務めるスキルも重要です。大阪府はそのような人材を「スマートシティ推進人材」として養成するプログラムを計画しており、府内全体でイノベーションを駆使できる土壌づくりが始まっています。
他地域・海外事例からの示唆
大阪府内の市区町村が抱える課題は日本全国どこでも見られる共通課題でもあります。他の都道府県や海外の事例から学び、良い取り組みを大阪に応用することも有効でしょう。
まず国内他地域の事例として、富山県富山市のコンパクトシティ戦略は有名です。富山市は公共交通沿線に都市機能や居住を誘導し、郊外の効率の悪いインフラを縮減する政策を進めました。具体的にはLRT(次世代型路面電車)を中心市街地に整備して高齢者も移動しやすくし、郊外団地の一部住民には中心部への住み替えを支援しました。結果、公共交通の利用者が増え、市中心部の地価下落が止まるなど一定の成果を上げました。この事例は、郊外化が進んだ都市圏である大阪にも参考になります。大阪の郊外自治体でも、拠点駅周辺に住環境とサービスを集約し、徒歩や自転車で暮らせる街区を再編成する動きが考えられます。すでに箕面市や高槻市では主要駅前で子育て支援施設・商業・住宅を一体開発し、便利な都市居住を促しています。富山のように、行政が明確に将来像を示し誘導することで、民間投資を呼び込みながら無秩序な市街地拡大を抑制できるでしょう。
福岡市の取り組みも示唆に富みます。福岡市は若者人口の流入が盛んな都市で、「スタートアップ都市ふくおか」と銘打って起業支援に積極的です。創業支援施設の整備や、アジアの人材を呼び込むためのスタートアップビザ発給など、先駆的な政策を行っています。大阪市も近年、梅田地区や大阪イノベーションハブでスタートアップ支援を強化していますが、福岡のスピード感とトップセールス力は学べる点があります。スタートアップ支援は単に企業誘致だけでなく、若い世代が「この街でチャレンジしたい」と思える魅力づくりです。堺市や東大阪市など製造業の地盤がある都市では、スタートアップと地元中小企業を結び付け、新製品開発やDXの共創を促す取り組みも期待できます。
合併によるスケールメリットという視点では、平成の大合併で成功した自治体も参考になります。例えば福島県南相馬市は複数の町村が合併し、財政基盤を強化するとともに行政サービスの一体化を図りました。大阪府は平成の大合併では大きな市町村合併がほとんど起きませんでしたが、今後人口が一層減少する中で、合併が現実的な選択肢となる地域もあるでしょう。合併そのものは手段であって目的ではありませんが、住民サービスの維持や行財政基盤強化に資するならば前向きに検討すべきです。その際、合併特例債など国の支援策をうまく活用し、住民負担を抑えつつ円滑に組織統合することが重要です。過去の事例から、合併後の職員融和や地域間均衡に配慮すること、旧自治体単位で地域協議会を置いて声を拾うことなどが成功のポイントとして挙げられます。
海外に目を向ければ、北欧諸国の地方自治改革は参考になります。例えばデンマークは2007年に大規模な自治体合併を行い、約270あった基礎自治体を98に統合しました。これにより各自治体の人口規模が大きくなり、専門行政職員を配置しやすくなったと言われます。大阪府の市町村数は43(大阪市と堺市除く)で、デンマークと同程度ですが、人口当たりの職員数や組織規模には違いがあります。欧州では合併が困難な場合、自治体連合(広域連合のようなもの)で共同サービス提供する例もあります。フランスのコミューン(基礎自治体)は非常に数が多いですが、インターコミュナリテと呼ばれる自治体連合でごみ処理や都市計画を合同で行っています。大阪でも、合併せずとも一部事務組合や共同設置などで事実上の連合体をつくることは可能であり、そのような手法を柔軟に使うことで住民のアイデンティティを尊重しながら効率化することができるでしょう。
また、エストニアなど電子政府先進国の事例も興味深いです。エストニアは国全体で行政のデジタル化を推し進め、住民はほとんど全ての行政手続きをオンラインで完結できます。地方自治体もITで結ばれており、書類提出や待ち時間といった概念がほぼなくなりました。大阪府内でも行政デジタル化は進めていますが、エストニア並みの思い切った改革(法制度や意識改革まで含めて)はまだ道半ばです。もちろん国情の違いはありますが、「やればここまでできる」という先進例として学ぶことができます。
海外都市の都市政策では、ニューヨーク市の都市再生やロンドンの公共交通改革などがよく引き合いに出されます。大阪市も、かつての工業地帯や空洞化した下町の再生においてニューヨークのソーホー地区のようなアーティストコミュニティ創出を目指したり、ロンドンのバス路線網に学んで市内交通の利便性向上に取り組むなど、世界の潮流を取り入れています。大阪は2025年に万博開催とIR(統合型リゾート)誘致が予定されており、世界中から注目が集まります。海外の成功事例を大阪流にアレンジして取り入れることで、課題解決だけでなく都市のブランド価値向上にもつながるでしょう。
重要なのは、他地域の事例をそのまま真似るのではなく、大阪の文脈に合わせてカスタマイズすることです。住民性や文化、産業構造は地域によって異なります。例えば北欧のように自治体数を減らすことが難しいなら、フランス型の自治体連合でもいいかもしれません。富山のようにLRTを新設するのが現実的でなければ、既存鉄道の活用やBRT(バス高速輸送)の導入を考えても良いでしょう。他山の石を活かしつつ、大阪らしい創意工夫で課題解決策を編み出すことが、地元の当事者には求められます。
大阪府の市区町村にとっての今後の展望とまとめ
以上、現状と課題、そして多方面からの解決策の方向性を見てきました。大阪府内の市区町村は、それぞれ異なる条件下にありますが、共通する課題に直面しつつ、自助・共助・公助の力を総動員して未来に向けた変革に取り組んでいます。その姿は決して悲観すべきものではありません。確かに人口減少や高齢化は避けがたい現実です。しかし、その現実に正面から向き合い、地域の強みを活かし、弱みをみんなで補い合うことで、新しい時代にふさわしいまちづくりができるはずです。
大阪府は古くから商人のまち・ものづくりのまちとして栄え、人のエネルギーと創意工夫に満ちた土地柄です。そのDNAは各地域にも受け継がれており、地域の課題を逆にチャンスと捉えて前向きに挑戦する気風があります。例えば過疎の村だからこそできる自然体験観光や、人口減だからこそ空きスペースを使ったゆとりある暮らしの提案など、発想次第で可能性は広がります。また、デジタル技術やネットワークを活用すれば、地理的ハンデを超えて世界とも繋がれます。大阪の各自治体が互いに知恵を出し合い連携することで、府全体としても持続可能性と活力を維持できるでしょう。
これからの大阪府内自治体に共通して必要なのは、将来を見据えた戦略と覚悟です。人口や財政がピークを過ぎた今、従来通りの延長線上では立ち行かない場面が増えます。だからこそ長期ビジョンを描き、「今何をすべきか」「何を選択し、何を諦めるか」を住民とともに考えることが重要です。その際、大阪府が提供するデータやシミュレーションは有用なツールとなるでしょう。エビデンスに基づく政策立案(EBPM)を徹底し、効果検証もしながら施策を磨いていくことで、限られた資源を最大限に活かすことができます。
読者の皆さん(自治体職員・議員、地域リーダー、関心ある市民)は、ぜひ自分事として地域の課題と未来像を捉えてください。本記事で述べたような取り組みは、一人ひとりの行動や意識にも支えられています。例えば、地域のイベントに参加してみる、SNSでまちの魅力を発信してみる、自治体のパブリックコメントに意見を寄せる、若手職員に知恵を貸す、シニアの経験をコミュニティで活かす——できることは数多くあります。行政も住民も企業も、それぞれの持ち場で一歩踏み出すことで、地域は確実に変わっていきます。
大阪府内の市区町村は、困難な課題を抱えながらも、その解決策を見出す力と情熱を持っています。かつて大阪は幾多の困難(戦災、震災、不況など)を乗り越えてきました。そのたびに人々は助け合い、新しい工夫で繁栄を取り戻してきた歴史があります。今まさに、人口減少・少子高齢化という大きな転換点に立っていますが、これを「未来への転機」と捉えて、現実に目を背けず、しかし希望を持って挑戦し続けましょう。悲観に陥る必要はありません。現実を直視し、英知を結集すれば、きっと次の世代に誇れる地域を創り上げることができる——大阪の市区町村にはそのポテンシャルがあります。明日からできる小さな一歩を積み重ね、10年後、20年後に「この街に住んでいて良かった」と心から思える大阪府であり続けるために、共に前進していきましょう。
参考文献
- 大阪府総務部統計課、「令和2年国勢調査 大阪府基本集計結果(概要版)」2021年、大阪府
- 国立社会保障・人口問題研究所、「日本の地域別将来推計人口(令和5年推計)」2024年10月、国立社会保障・人口問題研究所
- 大阪府政策企画部企画室計画課、「大阪府の将来推計人口について」2018年8月、大阪府
- 大阪府総務部市町村課、「府内市町村の課題・将来見通しに関する研究報告書」2018年4月、大阪府
- 大阪府市町村局振興課、「市町村の将来や地域の未来のことを考えましょう」2025年7月、大阪府(Webページ)
- 大阪府総務部市町村局振興課、「泉州南未来像研究会」2025年10月、大阪府(Webページ)
- 総務省統計局、「令和2年国勢調査 従業地・通学地別人口・昼夜間人口比率 結果の概要」2022年7月、総務省
- 大阪府、「2023年度版 なにわの経済データ」2024年9月、大阪府
- 内閣府地方創生推進事務局、「デジタル田園都市国家構想総合戦略(令和4年度)」2022年、内閣府
- 富山市、「富山市コンパクトシティ戦略(富山市都市マスタープラン)」2014年、富山市
大阪府の市区町村を取り巻く状況
大阪府は関西圏の中心に位置し、人口約880万人(2020年国勢調査)を擁する日本有数の大都市圏です。東京都に次ぐ規模の経済圏であり、製造業からサービス業まで多彩な産業が集積しています。一方で、大阪府内には大阪市(政令指定都市)や堺市(政令指定都市)を筆頭に、中核市(例:東大阪市、枚方市など)、一般市、さらには町村(唯一の村である千早赤阪村を含む)まで、規模も性格も様々な基礎自治体が存在します。大都市から人口数千人規模の町村までが混在する状況は、大阪府の地域課題を考える上で特有の多様性となっています。 近年 ...
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