
日本の安全保障政策において、スパイ防止法(諜報活動防止法)制定が強く求められています。本法律案「スパイ行為等の防止及び国家機密保護に関する法律(案)」は、国家機密の 保護 と外国勢力による スパイ行為(諜報活動) の 防止 を目的に、憲法の定める基本的人権や 表現の自由・ 報道の自由 を尊重しつつ、国際人権規範に適合する内容を目指します。本法案は、米国の エスピオナージ法(1917年制定、18 U.S.C. §794 等)や英国の 公式機密法(1911年)および最新の 国家安全保障法2023年、韓国の 国家保安法 など諸外国の防諜法制の ベストプラクティス を比較検討し、諸外国と同水準の防諜体制を構築するものです。さらに、外国政府の不当な政治工作を抑止するため、英国で導入された 外国影響力登録制度 等も取り入れ、オープンな政治プロセスを守ります。本法案は 第三者機関による機密指定の監査 や サンセット条項(指定期間の制限) を盛り込み、国家機密の適正管理と濫用防止のガバナンスを強化します。機密漏洩の厳罰化と共に、 公益通報(内部告発) や正当な報道行為を処罰対象から除外し、民主主義社会の 知る権利 を保護する条項も明記しました。以上の観点から、本法律案の条文(全10章・約70条のフルスキームを25条に統合した簡素版)と逐条解説・立法理由を以下に示します。
第I章 総則
第1条(目的)
この法律は、外国のために行われるスパイ行為等を防止し、国家機密を保護するために必要な措置を定めることにより、国民の安全と国家の安全保障を確保するとともに、憲法の定める基本的人権を擁護することを目的とする。
〔逐条解説〕本条は、本法の目的を規定しています。本法の目的は二つあり、一つは外国勢力によるスパイ行為等を防止して国家の安全を守ること、もう一つは国家機密の適正な保護を図ることです。併せて、憲法が保障する国民の人権(表現の自由・知る権利等)に十分配慮することを明記しています。
〔立法理由〕日本にはスパイ活動そのものを直接禁止・処罰する包括的な法律が存在せず(※一部の機密漏洩は国家公務員法や特定秘密保護法で対応)、国際標準に照らし防諜法制の不備が指摘されてきました。本条は、1985年提出のスパイ防止法案(国家秘密法案)が「国家秘密」概念の曖昧さ等から表現の自由を脅かすとの批判で廃案となった経緯を踏まえ、民主主義社会の原則と両立するバランスを確保する目的を宣言しています。また、人権保障条項を目的規定に明示することで、本法運用にあたり国際人権基準(国際人権規約等)に適合させる趣旨です。
第2条(定義)
この法律において次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
- 「国家機密」 防衛、外交その他国家の安全保障に関する事項であって、公になっていないもの(文書、図画、電磁的記録その他の記録媒体や物件を含む)をいう。国家機密の範囲は別表に掲げる分野に属する情報に限られるものとする。
- 「スパイ行為」 外国又は外国のために行動する者の利益となるように、日本国の国家機密若しくは安全保障上重要な情報を探知し収集し、またはこれを外国に通報する一切の行為をいう。
- 「外国勢力」 外国政府、外国の諜報機関その他外国からの指示により活動する団体または個人をいう(外国のために行動する者を含む)。
- 「反国家組織」 日本国に対し武力行使またはテロその他重大な破壊活動を企図する政府・組織をいう。
- 「特定取得手段」 欺瞞、盗撮盗聴、不正アクセスその他社会通念上不当と認められる手段をいう。
- 「特別公務員」 自衛隊員、警察官その他安全保障上重要な機密情報を業務上取り扱う公務員をいう。
- 「適正手続」 公正な裁判所の審判および法律の定める手続によらなければ刑罰を科されないという原則(憲法第31条)の趣旨に則った手続きをいう。
〔逐条解説〕本条は本法における重要な用語を定義しています。第1号は「国家機密」を定義し、防衛・外交など安全保障に関わる未公開情報で特に秘匿の必要があるものを指し、その範囲を別表で限定しています。第2号の「スパイ行為」は、国家機密等を外国に不正に取得・漏洩する一連の行為を広く含む概念です。第3号「外国勢力」はスパイ行為の主体となり得る相手方を定義し、外国政府・情報機関だけでなくその指示を受ける個人・団体も含めます。第4号「反国家組織」は、日本国に敵対する武力・テロ集団等を指し、例えばテロ組織や宣戦布告なき侵略主体が該当し得ます。第5号「特定取得手段」はスパイが用いる不正手段の例示で、不正アクセス(ハッキング)や盗聴・盗撮など不当な方法を包含します。第6号「特別公務員」は、防衛省職員や警察等、機密を扱う公務員のことで、後の罰則規定で別扱いするため定義しています。第7号「適正手続」は刑事手続の基本原則であり、本法適用に際しても憲法31条の趣旨(デュープロセス)を厳格に守ることを確認するものです。
〔立法理由〕定義を明確化することで、処罰対象となる行為や情報の範囲を限定し、恣意的な拡大解釈を防ぐ狙いがあります。特に「国家機密」の概念を限定し、安全保障分野に限ることで、行政機関が恣意的に不都合な情報まで秘匿する懸念を払拭します。また「スパイ行為」の定義を包括的に示すことで、従来の刑法・自衛隊法等では網羅できなかった外国への情報漏洩行為を適切にカバーします。韓国の国家保安法や旧日本の国家秘密法案では「敵を利する一切の行為」にまで処罰範囲を広げて批判を受けた経緯があり、本法では対象を国家機密に限定しつつ、国際的に一般的な諜報行為概念を採用しました。さらに、不正手段や外国勢力の定義を示すことで、例えば単なる報道や正当な学術研究が処罰対象とならないよう境界を明確にしています。
第3条(基本原則)
国および地方公共団体は、この法律の運用に当たり、次の原則を尊重しなければならない。
- 表現の自由および報道の自由の尊重 – スパイ行為等の取締りは、憲法第21条が保障する正当な表現行為および報道・取材活動を不当に制限してはならないこと。報道機関や記者が公益目的で情報を収集・公開する行為は、本法の適用において可能な限り尊重されるものとする。
- 知る権利の保障 – 国民の知る権利に配慮し、不当に広範な秘密指定によって行政運営の透明性が損なわれないようにすること。国家機密の指定は真に必要な場合に限定され、恣意的運用の防止措置を講じること。
- 適正手続の遵守 – 本法に基づく捜索・逮捕・起訴等の一切の手続は、令状主義その他の適正手続の原則に従い行われなければならないこと。
- 国際人権基準との整合 – 本法の解釈・適用は、自由権規約(ICCPR)など日本が締結した国際人権条約の義務に整合するよう行われなければならないこと。
- 濫用防止 – 本法の規定は、公権力が政治的反対勢力の弾圧や不都合な事実の隠蔽に利用してはならない。機密指定を行政の誤りや違法行為の隠蔽目的で行うことは固く禁止されるものとする。
〔逐条解説〕本条は本法運用上の基本原則を列挙しています。第1号は表現・報道の自由の尊重で、スパイ防止を理由に正当な言論活動が阻害されないよう求めています。報道機関による調査報道や公益目的の暴露は本法の対象外として最大限保護されるべき旨を示しています。第2号は知る権利の保障で、行政が情報を秘匿しすぎないよう秘密指定の必要最小限性と透明性確保を求めています。第3号は適正手続の遵守で、令状無しの捜索や秘密法廷など恣意的な権力行使を戒め、通常の刑事手続に則ることを明記します。第4号は国際人権基準との整合で、本法が国際的にも許容される国家安全保障上の制限に留まるよう、人権条約に適合した解釈を義務付けます。第5号は濫用防止で、本法がかつての治安維持法のように政治弾圧や隠蔽に悪用されないよう、明示的に禁止しています。また行政機関が自らの不正を隠すために恣意的に情報を特定秘密に指定することも禁じています(※現行の特定秘密保護法にも「違法行為の隠蔽目的の指定禁止」が運用基準で謳われています)。
〔立法理由〕1985年のスパイ防止法案が「取材・報道の自由や知る権利を脅かす」と強く批判され廃案になった経緯、および2013年の特定秘密保護法制定時にも「情報隠しにつながる」との国民懸念があったことから、本条ではそれら懸念に応える基本原則を明文化しています。特に報道・表現の自由については、米国のエスピオナージ法がメディアへの適用を極めて慎重に運用してきた(出版による秘密漏洩には起訴事例がない)との先例や、英国2023年国家安全保障法でジャーナリストの公益通報に一定の配慮が示されている点などを踏まえました。知る権利の確保と濫用防止については、日本弁護士連合会などから現行秘密保護制度への指摘を受け、本法案に独立監察や範囲限定の仕組みを盛り込む前提として基本理念を規定しています。適正手続と国際人権基準は、国家安全保障を理由とする制限立法に不可欠な要件であり、特に国連自由権規約19条(表現の自由)や21条(結社の自由)等で認められる「国家の安全」目的の制約も必要最小限であるべきことを確認するために設けています。
第4条(本法の適用範囲)
この法律は、日本国内で行われる行為および日本国外で行われる日本国の安全保障に対する侵害行為に適用する。日本国外で本法所定の罪を犯した日本国民および日本国に対して本法所定の犯罪行為を行った外国人については、刑法第2条の例に従うものとする。
2項 本法の規定は、自衛隊法(昭和29年法律第165号)第122条(防衛秘密の漏洩罪)その他安全保障関連法令に基づく犯罪の成立を妨げるものではない。ただし、同一の行為が本法の罪名と他の法律の罪名に該当する場合には、重い刑が定められている法を適用する。
〔逐条解説〕本条は本法の適用される地的・人的範囲および他法との関係を規定します。前段では、日本国内で行われるスパイ行為はもちろん、日本の安全保障を害する目的で海外で行われたスパイ活動についても本法の処罰対象とすることを明らかにしています。また、日本国外で犯罪を犯した日本人や、日本に対し犯罪を行った外国人にも本法を適用できる旨を定め、刑法2条(国外犯処罰)と同様の原則を規定しています。後段(2項)では、本法が他の法令(自衛隊法の防衛秘密漏洩罪など)との関係で特別法または包括法として働くことを示しています。同一行為が複数の罪に該当する場合は、原則として法定刑の重い方を適用し、一事不再理や二重処罰の禁止の観点からも適切に対処します。
〔立法理由〕スパイ行為は国境を越えて行われるため、国外での行為にも対応できる法整備が必要です。例えば日本の機密を海外で収集・漏洩するケース(国外拠点でのスパイ活動)も想定され、そうした行為を罰するため国外犯規定が求められます。韓国の国家保安法や米国の防諜法も自国民による国外でのスパイ行為や、外国人による自国へのスパイ行為を処罰可能としています。本法でも同様に国外犯を処罰範囲に含め、日本人スパイが国外で活動した場合や外国人スパイが国外から日本に危害を加えた場合も法の網をかける狙いです。また既存の防衛秘密漏洩罪(自衛隊法122条)などとの整合性を保つため、競合規定を設けています。特に、自衛隊員等による防衛秘密漏洩は現行法で10年以下の懲役ですが、本法の方が重罰規定がある場合には本法で処断し、二重処罰は避けつつ実効性を高めます。
第II章 罪状と罰則【出典】米国・英国・韓国の防諜法制との比較を参照
【第II章解説】本章では、スパイ行為等に該当する具体的な犯罪類型とその罰則を定めます。以下の条文にて、国家機密を対象とした伝統的なスパイ行為から、破壊工作、外国による政治干渉行為(外国代理人活動)まで、現代の安全保障脅威に対応する幅広い犯罪を網羅しています。罰則は諸外国の例にならい、行為の悪質性と結果の重大性に応じて死刑・無期懲役から軽懲役刑までを設定しています(下記【罰則表】参照)。ただし死刑適用は極めて限定的(例えば戦時中の敵対行為により多数の死傷を生じさせた場合等)とし、平時のスパイ行為では最高刑は無期懲役または長期の有期懲役に留めています。なお未遂や予備・陰謀についても処罰規定を設け、国家安全保障に対する重大な危険を未然に抑止する構成としています。また、自首(捜査機関への自主的通報)については刑の減免を可能とする規定を後述します(第14条)。以下、各犯罪類型ごとに条文と解説を示します。
【罰則表】
犯罪類型 | 行為の内容(要件) | 法定刑(最高刑) |
---|---|---|
基本的スパイ罪 (第5条) | 国家機密を不正に収集・取得し、外国に通報した場合 | 無期または3年以上の懲役 |
加重スパイ罪 (第4条) | 国家機密を収集し外国に通報して著しく国害を生じさせた場合 | 死刑または無期懲役 |
内部者スパイ罪 (第5条第2項) | 業務上知り得た国家機密を外国に通報(職務違反) | 無期または3年以上の懲役 |
加重内部者スパイ罪 (第4条第2項) | 特別公務員等が国家機密を外国に通報し著しく国害 | 死刑または無期懲役 |
予備・陰謀 (第13条) | 上記各犯罪の実行を予備・共謀した場合 | 7年以下の懲役 |
未遂 (第12条) | 上記各犯罪の未遂行為 | 各本犯と同等 |
扇動・教唆 (第13条第5項) | スパイ等の犯罪をそそのかし又は扇動した場合 | (共犯として本犯と同等) |
外国軍等に対する通敵罪 (第6条) | 軍事上の秘匿事項を敵対勢力に通じた場合 | 2年以上の有期懲役 |
破壊活動支援罪 (第7条) | 外国勢力の指示で重要インフラ等に損害を与える行為 | 無期または10年以下の懲役 |
外国代理人未登録活動罪 (第10条) | 外国からの指示による政治活動を無届けで行った場合 | 5年以下の懲役または罰金 |
虚偽申請罪 (第10条第4項) | 外国影響力登録に際し虚偽の情報を申請した場合 | 3年以下の懲役または罰金 |
秘密漏洩罪 (第8条) | 正当な権限なく国家機密を漏洩・窃用した場合 | 10年以下の懲役 |
秘密漏洩未遂・過失罪 (第8条第3項等) | 国家機密の漏洩未遂、または重大過失による漏洩 | 5年以下の懲役(未遂は処罰、過失は特定の場合のみ) |
職権濫用秘密指定罪 (第9条) | 不正な目的で国家機密に指定し又は指定を維持した場合 | 5年以下の懲役 |
【量刑フローチャート】重大な被害をもたらすスパイ行為には無期刑等の厳罰が科され、未遂や自首の場合は減免措置があります(図表:量刑判断の流れ参照)。

量刑 流れ 手順 解説 図: スパイ罪の成立から刑の決定までの判断フロー(重大性・未遂・自首による刑の変化)
※各犯罪の詳細は以下の条文で規定。量刑フローチャートは、犯罪の重篤度(戦時・平時、被害の大きさ)、実行の程度(既遂・未遂・予備)、および犯行後の対応(自首の有無)に応じた処遇の概略を示しています。例えば、著しい国害を生じさせたスパイ行為は極刑も含め検討されますが、実行前に検挙された場合(予備・陰謀)や自首した場合には刑が減軽または免除され得ることを図示しています。
第5条(スパイ行為の罪)
次の各号の一に該当する者は、無期又は3年以上の懲役に処する。
- 外国に通報する目的をもって、または特定取得手段により、国家機密を探知し、収集し、または取得した者で、その取得した国家機密を外国に通報したもの。
- 国家機密を取り扱う業務上の地位にある者または過去にあった者で、その職務により知得しまたは領有した国家機密を外国に通報したもの。
〔逐条解説〕本条はいわゆる基本的なスパイ行為を処罰する規定です。第1号は外部の者によるスパイ行為を対象とし、「外国に通報する目的」あるいは「不当な方法(特定取得手段)」で国家機密を収集・取得し、実際に外国に漏洩した場合を処罰します。ここでいう「外国」には外国政府やその代理人が含まれます(第2条第3号参照)。第2号は内部者(公務員等)が職務上知り得た秘密を外国に漏らした場合で、内部告発ではなく外国への通報である点がポイントです。両号とも法定刑は無期懲役または3年以上の有期懲役という重罰で、これは米国防諜法(18 U.S.C. §794)で平時のスパイ行為に最高終身刑が科されうる点や、韓国刑法98条で敵に国防上機密を提供した者に死刑・無期・7年以上を定めるのに倣ったものです。
〔立法理由〕外国に国家機密を流出させる行為は国家安全保障を直接侵害する重大犯罪であり、現行法では外患誘致罪(刑法81条等、最高刑は死刑)や防衛秘密漏洩罪(自衛隊法122条、最高10年)で部分的にしか対応できません。本条により、平時・戦時を問わず広範なスパイ行為を網羅的に処罰可能とし、抑止力を高めます。罰則水準は諸外国と均衡を図り、例えば米国では平時のスパイで最高終身刑(10年×複数罪併科)、英国でも新法でスパイ行為に最大14年刑が規定されます。本条では無期刑も選択肢とすることで、日本も同等以上の厳しさを示しつつ、下限を3年とすることで事案の軽重に応じた量刑幅を設けました。なお内部者による漏洩も、国外勢力への提供は単なる内部告発とは異質であり、背信性の高さから外部スパイと同等に厳罰としています(※内部告発の適法保護については後述の第11条で規定)。
第4条(加重スパイ行為の罪)
次の各号の一に該当する者は、死刑又は無期懲役に処する。
- 第5条第1号に掲げる行為を行った者であって、その通報した国家機密により日本国の安全に対し著しく重大な損害を生じさせたもの。
- 第5条第2号に掲げる者であって、その通報した国家機密により日本国の安全に対し著しく重大な損害を生じさせたもの。
〔逐条解説〕本条は第5条の基本的スパイ罪を加重し、結果の重大性によって極刑も含め処断するものです。「著しく重大な損害」とは、例えば防衛計画が露見して国家の防衛力が決定的に低下した場合や、スパイ行為が原因で人的被害(紛争誘発やテロによる死傷者)が発生した場合など、国家の存立や国民の生命に深刻な危害が及ぶ事態を指します。第1号は外部スパイによる場合、第2号は内部者スパイによる場合で区分しています。法定刑は死刑または無期懲役で、特に戦時下・有事における通敵的スパイ行為など極めて悪質なケースを想定しています。ただし死刑適用には厳格な立証と適用基準(例えば複数人の死亡被害等)が必要となるでしょう。
〔立法理由〕他国の立法例でも、戦時スパイや重大な利敵行為には極刑を含む厳罰を科す規定があります。米国18 U.S.C. §794(b)では戦時下で敵を利するスパイに死刑が可能であり、韓国刑法98条でも敵を利する行為に死刑を含めています。日本でも万が一戦時に近い状況や、重大な防衛秘密漏洩によって国家存亡の危機が生じた場合には、最高刑として死刑適用を排除しないことで国家と国民を守る強い意志を示す必要があります。ただし、平時の通常のスパイ事件において乱用されることがないよう、「著しく重大な損害」発生という厳格な要件を課しています。このように加重処罰規定を設けることで、スパイ行為による結果の重大性に見合った量刑の幅を確保し、抑止効果を高めます。
第6条(外国通報目的の探索行為等の罪)
次の各号の一に該当する者は、2年以上の有期懲役に処する。
- 外国に通報する目的をもって、国家機密を探知し、収集し、又は取得した者(第5条第1号に該当する者を除く)。
- 前条(第4条)各号または第5条各号に該当する者を除き、国家機密を外国に通報した者。
〔逐条解説〕本条はスパイ行為の予備的段階や結果未発生の場合を処罰する規定です。第1号は、実際には外国に通報しなかったが、その目的で国家機密を収集・探索した段階(いわば 未遂 の一歩手前)を処罰します。第5条第1号との関係で、「外国に通報する目的で収集したが、まだ通報していない者」が該当します。第2号は、基本スパイ罪(第5条)に該当しないケースで国家機密を外国に通報した者をカバーしています。例えば、通報の目的や手段が「不当」とまでは言えないケースや、たまたま機密を入手して通報したが故意が立証困難な場合などです。これにより、第5条から漏れる行為も幅広く網羅します。本条の法定刑は2年以上の懲役で、基本スパイ罪(3年以上)より下限が緩和されています。
〔立法理由〕スパイ行為の抑止には、実行段階の手前(予備行為)での対処も必要です。諸外国でもスパイの予備罪を設けており、例えば英国公式機密法では機密探索行為自体を処罰可能です。日本でも過去のスパイ事案で「機密を探ったが漏洩に至らず無罪」になったケースは対処が難しく、本条でその穴を埋めます。また第2号により、故意や手段の要件を満たさないが結果的に機密を外国に渡した行為(例えば善意だが結果的に外国スパイに情報提供してしまったケース)も一定の処罰対象とし、国家機密保全の実効性を高めます。他方で、下限刑を3年から2年に緩和することで、未遂段階等では裁量ある量刑を可能にし、行為の重さに見合った処罰を可能にしています。
第7条(外国のための破壊活動等の罪)
外国又は外国勢力の指示若しくは要請を受けて、日本国の安全保障に関わる重要施設、インフラ、情報システムその他の資産に損害を与える行為を行った者は、無期又は10年以下の懲役に処する。未遂の場合も罰する。
〔逐条解説〕本条は、いわゆるサボタージュ(破壊工作)を処罰する規定です。外国勢力のために重要インフラ等を破壊・妨害する行為は、直接の情報漏洩ではなくとも国家安全に重大な影響を与えるため、本法でカバーしています。具体例として、外国から指示を受けて通信ネットワークや発電所を破壊・停止させる、サイバー攻撃を仕掛ける、軍事施設への侵入破壊などが該当します。法定刑は無期または10年以下の懲役で、スパイ罪に準じた重さとしています。実行未遂も処罰対象です。
〔立法理由〕英国国家安全保障法2023では、新たにサイバー攻撃等を含む妨害行為罪を創設し、終身刑も科しうる重罰を規定しました。日本でも、サイバーテロや破壊工作の脅威が高まる中、こうした 非伝統的スパイ行為 への対処が急務です。現行法では破壊活動は刑法の一般犯罪(例えば現住建造物等放火罪など)で処罰可能ですが、外国の指示によるものについては国家安全保障上の脅威として特に厳しく対処する必要があります。本条により、外国勢力の関与を要件に加えることで一般の器物損壊等と区別し、国家の安全に対する犯罪として重い法定刑を設定しました。また終身刑も含め得ることで、極めて悪質なケース(例えば人命が失われた場合や戦争を誘発しかねない破壊行為)に対処できるようにしています。

機密 書類 小型 カメラ 写真: 機密書類上に置かれた小型スパイカメラ(外国勢力への情報収集ツールの例)
第8条(国家機密の漏洩の罪)
正当な権限がない者が、国家機密を取得し、又はこれを漏えいしたときは、10年以下の懲役に処する。
2項 業務上国家機密を取扱う者が、その業務に関して知り得た国家機密を、正当な理由なく、公表し、漏えいし、又は利用したときも、前項と同様とする。
3項 前2項の罪の未遂は、罰する。業務上取扱う者による前項の行為が重大な過失によるときは、5年以下の懲役に処する。
〔逐条解説〕本条は、外国に通報する目的ではなくとも国家機密を不正取得・漏洩した行為全般を処罰するものです。第1項は非公務員等の外部者が無権限で機密を取得・漏洩した場合、第2項は公務員等の内部者が職務上知り得た機密を正当理由なく漏らした場合を対象としています。いずれも「外国に通報」という目的までは要しないため、例えば金銭目的で第三者に売却したケースや、好奇心で不正閲覧したケースも含まれます。法定刑は10年以下の懲役で、特定秘密保護法違反(最高10年)と同水準です。第3項前段は未遂処罰規定、後段は内部者が重大な過失で機密漏洩した場合の処罰で、こちらは懲役5年以下と軽減しています。
〔立法理由〕本法は主にスパイ行為(外国への提供)を対象としていますが、それ以外の漏洩行為も国家機密保全の観点から看過できません。現行の特定秘密保護法では、公務員等が特定秘密を漏洩した場合に10年以下の懲役を科しています。本条第2項はこれを継承・統合するもので、外国目的でなくても機密漏洩には厳正に対処する姿勢を示します。一方で、内部告発など正当な公益目的がある場合は「正当な理由」条項により処罰しない余地を残しています(後述第11条も参照)。過失漏洩についても、現行法上は防衛秘密等で処罰規定がありますが(自衛隊法122条の2は5年以下)、本法でも重大な過失による漏洩は5年以下で処罰し、公務員の高度な注意義務を促すものとしています。
第9条(秘密指定権濫用の罪)
行政機関の長その他国家機密の指定権限を有する者が、法の定める要件に該当しない情報を国家機密に指定し、又はその指定を不当に維持したときは、5年以下の懲役に処する。
〔逐条解説〕本条は、行政側による機密指定の濫用行為を罰するものです。具体的には、本来秘密指定すべきでない情報(例えば違法行為の隠蔽や過度に広範な情報)を国家機密に指定したり、その指定延長の期限を超えてなお不当に秘密指定状態を維持する行為が該当します。法定刑は5年以下の懲役で、公務員の職権濫用の一種として比較的重めの刑を設けています。
〔立法理由〕行政機関が情報を秘密指定できる権限は、その濫用によって国民の知る権利を侵害する恐れがあります。本法では第三者機関の監督等でチェックしますが、抑止策として悪質な権限濫用には刑事罰を設けました。これにより、公務員が恣意的に情報を秘匿し続けるインセンティブを下げ、情報公開とのバランスを図ります。特に公益通報を封じる目的の秘密指定は許されないとの趣旨を徹底するため、刑罰規定で担保しています。この規定は国民へのアカウンタビリティ確保にも資するものであり、適正手続と並んで本法の濫用防止策の一環です。
第10条(外国影響力活動の事前登録)
外国政府その他の外国勢力の指示を受けて、政治・選挙活動、世論形成活動、政策提言その他日本国の公共の意思決定に影響を与える活動(以下「政治的影響活動」という)を行おうとする者は、あらかじめ内閣総理大臣の指定する機関にその旨を登録しなければならない。
2項 前項の登録は、外国勢力との間の当該指示に係る契約または合意の日から 30日以内 に、定められた様式により行わなければならない。
3項 登録義務者は、登録した内容に虚偽または重大な欠落があってはならない。
4項 第1項の規定に違反して未登録のまま政治的影響活動を行った者、または第3項に違反して虚偽の登録を行った者は、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
5項 次の各号に掲げる者は、第1項の登録義務を負わない。
一 日本国政府および地方公共団体並びにそれらの機関
二 外国の外交使節団および領事機関、その職員ならびにこれに準ずる国際機関
三 日本国内で報道機関として認められる法人または組織(当該政治的影響活動が報道・報道支援目的の場合)
四 日本国弁護士会に所属する弁護士または法律事務所(当該活動が正当な法律業務として行われる場合)
五 その他政令で定めるやむを得ない事由がある者
〔逐条解説〕本条は、外国からの指示によって日本の政治・世論に影響を与える活動(外国影響力活動)を行う際の登録制度を定めています。第1項で、外国勢力からの指示(命令・依頼で実質的支配下にあること)を受けて政治的影響活動を行う者に事前登録義務を課しています。これにより、外国代理人(エージェント)の活動を透明化しようとするものです。第2項は登録の期限(合意後30日以内)を定め迅速な届出を求めます。第3項は虚偽登録の禁止です。第4項では未登録活動や虚偽登録に対する罰則を規定し、5年以下の懲役または罰金刑としています。第5項は登録義務の例外で、外交官や報道機関、弁護士の正当業務など公的・公益的性質を持つ者を除外しています。
〔立法理由〕昨今、他国による政治介入工作が問題化しており、英国では国家安全保障法2023において 外国影響力登録制度(FIRS)が導入されました。本条はそれを参考に、日本版の外国代理人登録制度を設けるものです。これにより、外国政府の資金・指示によってロビー活動や世論工作を行う個人・団体を事前に届け出させ、透明性を確保します。登録内容の一部は公開されることで(英国制度では公開情報あり)、国民が誰が外国の影響下で活動しているか知ることができます。例外規定を設けたのは、真の報道・法律活動まで対象にすると萎縮効果が大きいためで、英国FIRSでも報道機関や弁護士は免除されています。罰則付きの義務とすることで実効性を担保し、違反者には刑事罰を科すことで抑止します。これにより、日本においても外国のスパイ・エージェントによる隠れた影響工作を摘発しやすくし、政治的独立を守ります。
(※参考:英国制度では「政治的影響活動」の登録(28日以内)や、特定国指定の場合の拡張登録などがあり、不登録は犯罪。)
第11条(公益通報等に関する特則)
次の各号のいずれかに該当する行為については、第5条から第8条までの規定による処罰を行わない。
- 報道機関の職員または報道の目的で活動する者が、専ら公益を図る目的で国家機密に係る情報を取得し、又は公表した行為。ただし、その行為が外国勢力のために行われたと認めるに足りる証拠がある場合を除く。
- 国家機密に該当する情報について、当該情報が違法行為又は重大な人権侵害その他公益侵害行為を含む場合に、当該情報を行政機関若しくは国会に通報し、又は公開した行為(いわゆる公益通報)。
- 前2号に掲げるもののほか、その行為について公益性が著しく高く、処罰することが公共の利益に反すると明らかに認められる場合。
〔逐条解説〕本条は、公益通報(内部告発)や公益報道についての刑事罰適用除外規定です。第1号は報道機関・ジャーナリストによる取材・報道行為で、国家機密に属する情報であっても純粋に公共の利益のために取得・公開した場合は処罰しないことを明確にしています。ただし背後に外国の指示や利益供与があるような場合(つまり実質的にスパイ行為となる場合)は除外されません。第2号は官民問わず内部告発で、国家機密に該当する情報であっても、それが政府の不法行為や重大な公益侵害を示す場合に、適正な通報先(監督官庁や国会等)に知らせたり公にした場合は処罰しないとしています。第3号は包括的な条項で、上記以外でも明らかに公共の利益が優先すべき場合には処罰を免れる余地を残します。
〔立法理由〕秘密保護と表現の自由・知る権利のバランスを図るため、欧米諸国でも公益通報者保護(ホイッスルブロワー保護)や報道の公的擁護が議論されています。英国の新国家安全保障法では記者の報道に対する配慮規定は明確でないものの、FIRSでは報道目的の活動が登録免除となっています。米国では防諜法が厳格に適用されても、メディアによる秘密公開にはこれまで直接適用が避けられてきた歴史があります。本法案でも、政府の違法や腐敗を暴く目的での内部告発・報道は民主主義社会の健全性に不可欠であるとの立場から、処罰対象から除外しました。特に2013年特定秘密保護法で内部告発者保護規定がなかったことが批判され、本法では明文でそれを補っています。これにより、公務員等が公益のために違法行為を暴露した場合に不当に刑罰を受けることを防ぎます。ただし、外国に通報する意図で偽装工作として公益を装うケースなどを除外するため、外国勢力の関与が明らかな場合は適用除外としません。本条は、国家機密の保護と透明性確保の調和点として重要な安全弁となります。
第III章 捜査及び手続
第12条(未遂罪・予備罪・陰謀罪)
第4条から第10条までの罪の未遂は、これを罰する。第5条、第7条および第10条第4項の罪の予備または陰謀を行った者は、7年以下の懲役に処する。第8条第1項および第2項の罪の共同謀議を行った者は、5年以下の懲役に処する。
〔逐条解説〕本条は未遂犯・予備罪・陰謀罪の処罰規定です。第1項で、本法の主要犯罪について未遂も処罰することを明示しています。第2項では、重大な犯罪類型(スパイ罪(第5条)、破壊活動(第7条)、外国影響活動の違反(第10条第4項))の予備・陰謀を7年以下、比較的軽い類型(秘密漏洩(第8条))の陰謀を5年以下と定めています。これにより、犯罪実行前の段階でも組織的関与を取り締まれます。
〔立法理由〕国家安全に対する犯罪は着手前から取り締まる必要があり、各国とも陰謀罪などを整備しています。米国はスパイの共謀でも重い刑が科され、韓国も国家保安法で団体結成や陰謀を処罰しています。日本でも実際に被害が出る前にネットワークを摘発する必要から、未遂・予備・陰謀の段階で介入可能とします。特にスパイ組織の構成員同士の謀議(陰謀)は、実行がなくても重大な脅威とみなし処罰することで抑止します。量刑は実行犯よりは軽く設定しつつ(7年、5年以下)、計画段階からの摘発を法的に裏付けるものです。
第13条(教唆及び扇動)
第4条から第8条までの罪を犯すことを教唆した者は、当該各本条の例による。第5条から第8条までの罪を犯すことを扇動した者は、3年以下の懲役に処する。
〔逐条解説〕本条は他者にスパイ等の犯罪を実行させようとする働きかけに対する規定です。「教唆」は特定の相手に犯罪実行を唆す行為で、共犯の教唆犯として本犯と同等に処罰します。これは刑法総則の教唆犯規定を確認的に述べたものです。「扇動」は不特定または多数に向けて犯罪決行を煽る宣伝行為などで、こちらは独立の犯罪とし、3年以下の懲役刑を科します。例えば「機密を暴露せよ」と扇動するビラ撒き等が想定されます。
〔立法理由〕敵対勢力が直接手を下さず、扇動を通じて国内の者にスパイや破壊活動を行わせることも考えられます。こうした煽動行為も看過できないため処罰規定を設けました。教唆犯については刑法が原則処理できますが、敢えて本法で言及することで防諜法制として包括的にカバーする意思を示しています。扇動罪は表現の自由との兼ね合いで慎重さが必要ですが、ドイツなどでも反国家的扇動の処罰規定が存在します。日本でも公共の安全に直接危害を及ぼす煽動(単なる政治批判でなく具体的なスパイ・テロ教唆)は限定的に処罰すべきと判断しました。
第14条(自首による刑の減免)
第4条から第9条までの罪を犯した者が、その犯行を自主的に捜査機関に通報したときは、裁判所は、その刑を減軽し、又は免除することができる。
〔逐条解説〕本条は自首した者の減免規定です。本法のスパイ等の犯罪を犯した後、捜査が及ぶ前に自発的に当局に申し出た場合、裁判所の裁量で刑を減軽または免除できます。例えばスパイ組織の一員が良心の呵責等で自首した場合に適用されます。
〔立法理由〕防諜の観点では、犯罪者からの自発的な情報提供は大きな意味を持ちます。自首によってスパイ網全体を摘発できたり、被害を食い止められることもあるため、動機付けとして減免制度を設けました。1985年法案でも自首減免規定が存在しました。これにより、関与者が自首しやすくなり、潜伏スパイの洗い出しに資することが期待されます。
第15条(証拠開示と秘密保全手続)
本法による犯罪の捜査および公判において、証拠として国家機密に係る情報を取り扱う必要がある場合、検察官は、当該情報を適切に要約しまたは秘密部分をマスキングした資料を提出する等、裁判所の許可の下で秘密保全手続を取ることができる。裁判所は被告人の防御権を不当に制限しない範囲で、秘密に配慮した公判手続の実施を決定できる。
〔逐条解説〕本条はスパイ事件の公判における機密情報の扱いについて定めています。スパイ事件の証拠そのものが国家機密である場合、そのまま公開の法廷に提出すると二次被害として機密漏洩が起こりかねません。そこで検察官は内容要約版の提出や、一部黒塗りなどを行える秘密保全の措置を認めています。ただし裁判所の許可が必要で、被告人の防御権を損なわないよう調整されます。裁判所も必要に応じ非公開審理等を決定できます。
〔立法理由〕アメリカでは機密情報手続法(CIPA)があり、公判での秘密証拠の取り扱い方を定めています。日本でも類似の制度がないと、機密保持と公正な裁判の両立が困難です。本条により裁判所の管理下で証拠秘密を守りつつ審理を進める仕組みを導入します。これにより、検察が起訴を断念する(機密が出るくらいなら起訴しない「グレイメーラー対策」)事態を防ぎ、適正な訴追を可能にします。ただし被告人の知る権利(反証のための証拠アクセス)は確保し、人権と安全保障の調和を図っています。
第IV章 機密情報の管理と監督
第16条(国家機密の指定と解除)
各行政機関の長は、その機関の所掌事務に関し、別表に定める事項であって国家機密に該当する情報について、特定秘密保護法(平成25年法律第108号)第3条に準じて特定秘密として指定することができる。本法施行後、新たな国家機密の指定は本条の定める手続によるものとし、既存の特定秘密(特定秘密保護法に基づき指定されたもの)は本法における国家機密とみなす。
2項 行政機関の長は、指定した国家機密について、指定の 有効期間を5年 とし、継続の必要がある場合は5年ごとに更新するものとする。ただし、更新は総理大臣の承認を得て一回に限り行うことができ、原則として 通算10年 を超えて国家機密に指定してはならない。やむを得ず10年を超えて秘密指定を存続させる必要がある場合は、第20条の独立監察委員会の承認および国会への報告を条件として、さらに延長できるものとする(ただし 最大30年 を上限とし、30年経過後は自動的に機密指定が解除される)。
3項 行政機関の長は、国家機密を指定したときは、直ちに当該情報の内容の概括、指定日、指定理由等を記録し、管理簿に登載するとともに、第20条の独立監察委員会に報告しなければならない。指定解除または期間満了による失効の場合も同様とする。
4項 行政機関の長は、国家機密に指定した情報について、指定の必要がなくなったと認めるとき、または指定期間が満了したときは、速やかに当該指定を解除しなければならない。
〔逐条解説〕本条は国家機密(特定秘密)の指定と解除の手続きを規定します。第1項では、現行の特定秘密保護法と同様に各省庁長官が安全保障上重要情報を「特定秘密」に指定できることを定めています。ただし新規指定は本法施行後はこちらに従うこととし、既存の特定秘密も引き継がれます。第2項は指定の有効期間を5年単位・原則10年まで、最大延長30年とするサンセット条項です。延長には独立監察委承認と国会報告を条件付け、漫然と秘密が延命されない仕組みとしています(現行法では最長60年ですが本法は厳格化)。第3項は指定の際の記録・報告義務で、独立監察委員会への逐次報告を課しています。第4項は不要になれば速やかに解除する義務規定です。
〔立法理由〕特定秘密保護法での課題として、秘密指定の恣意的運用や長期化が懸念されました。本法では第三者監察や期間制限を強化し、例えば米国の情報分類が一定年限で自動解除される運用にならう形としています。現行法の60年上限を30年に短縮したのは、より透明性を高めるためです(多くの情報は時の経過で秘匿の必要性が薄れます)。また指定自体の記録・監視を厳格化し、秘密の数や内容を把握して国会にも説明可能とすることで民主的統制を及ぼす狙いです。以上により、国家機密の指定が真に必要な場合に限られ、しかも無期限に秘密が隠され続けることのないバランスを確保します。
第17条(国家機密取扱者の適正評価)
行政機関の長は、その職員その他国家機密を取り扱う業務に従事する者に対し、身上経歴、信用状況等について適正評価(security clearance)を実施し、安全な取扱者を選定しなければならない。適正評価の具体的項目および手続は別に法律で定める。
〔逐条解説〕本条は、機密情報を扱う人員に対する信頼性チェック制度を定めています。各機関は職員や契約者について、例えば背後関係に外国の影響がないか、借金等で脅迫されやすい状況にないか等を調査(適正評価)して、必要に応じて機密へのアクセス許可を制限することができます。詳細は別法に委ねていますが、現行の特定秘密保護法でいう「適性評価」に相当します。
〔立法理由〕スパイ活動の防止には 人的防諜 が重要であり、各国は職員へのクリアランス制度を運用しています。日本でも特定秘密保護法で適性評価制度が導入されましたが、範囲が限定的でした。本法ではそれを継続・強化し、重要ポストにつく職員は事前審査を経る原則を明示しています。これにより内部からのスパイを予防し、機密管理の厳格化を図ります。
第18条(国家機密の管理義務)
国家機密を取り扱う公務員および国家機密の提供を受けた適合事業者(防衛産業等の契約企業)等は、当該国家機密を厳重に管理し、その漏洩防止に必要な措置を講じなければならない。国家機密の取扱基準や管理措置の詳細は政令で定める。
〔逐条解説〕本条は、公務員や機密取扱許可を受けた民間事業者に対し、機密管理の義務を課すものです。具体的には施錠設備での保管、通信暗号化、アクセス制限、持出し記録など適切な対策を取ることを求めます。怠った場合、懲戒処分等の対象になります(刑事罰は別途第8条の過失漏洩罪等あり)。
〔立法理由〕人的・物的セキュリティ対策を徹底させることで、スパイ行為の機会を減らします。特に防衛産業企業などへの機密提供時にガイドラインを守らせる必要があり、過去の技術流出事件(例:産総研の技術漏洩事件)でも協力企業での管理不備が問題となりました。本条により、関係者全てに管理責任を明示し、注意義務を促します。
第19条(秘密指定等の不服申立て)
何人も、自らに関係する情報が不当に国家機密に指定されたことにより権利侵害を受けたと考える場合、独立監察委員会に対し当該指定の見直しを求める申立てを行うことができる。独立監察委員会は必要に応じて当該情報の指定の適否を審査し、行政機関の長に対し解除等適切な措置を勧告することができる。
〔逐条解説〕本条は、市民や団体が自身の知る権利などが侵害されたと感じた際に秘密指定の妥当性をチェックしてもらう手続きを定めます。独立監察委員会は苦情申立てを受理し、秘密の内容を非公開で精査し、問題があれば指定解除を勧告できます。
〔立法理由〕行政の秘密指定が不服である場合の救済として、情報公開・個人情報保護の仕組みに似た不服申立て制度を用意しました。これにより、一方的な秘密指定に対して市民が異議を唱えられ、第三者的立場で再検討される道が開かれます。民主的コントロールを強化する一環です。
第V章 監察・監督体制
第20条(独立機関による監察)
国家機密の指定および運用状況を継続的に監視するため、内閣府に国家機密管理独立監察委員会(以下「独立監察委員会」)を置く。委員会は、国会の同意を得て内閣総理大臣が任命する委員5名で構成され、そのうち少なくとも2名は司法・法律の有資格者、1名は報道または人権擁護の有識者でなければならない。委員の任期は5年とする。
2項 独立監察委員会は、国家機密の指定・解除手続の運用状況を監察し、各行政機関に対し必要な報告を求め、また必要と認めるときは国家機密の指定の妥当性について調査し勧告を行う権限を有する。
3項 独立監察委員会は、毎年、その活動状況および国家機密の指定数、期間、監察の結果等を取りまとめた報告書を作成し、内閣総理大臣を経由して国会に提出し、公表するものとする。
〔逐条解説〕本条は独立した監察委員会の設置と権限を定めます。委員会は第三者機関として各省の秘密指定をチェックし、適正を欠く場合に是正勧告ができます。構成は政治から独立性・中立性を担保すべく国会同意人事とし、法律家・報道人材を含めています。報告書提出により国会による監督も受けます。
〔立法理由〕特定秘密保護法でも「独立公文書管理監察官」の設置等が検討されましたが、十分独立した監視とは言い難いとの批判がありました。英国では独立審査官が年次報告する制度があります。本法ではそれを参考に、より強力な独立監察委員会を設置し、行政による秘密指定に歯止めをかけます。委員会の国会報告により、立法府が行政権の秘密運用を監視できます。これにより透明性と説明責任を確保し、秘密保護と民主主義の調和を図ります。

秘密 保護 監視 体制 図: 内閣・各省による秘密指定を独立監察委員会がチェックし、国会に年次報告するガバナンス体制概略図
第21条(国会による審査)
衆議院および参議院に、それぞれ本法に基づく国家機密およびスパイ防止施策を所管する特別委員会を設置することができる。政府は、当該委員会の要求があったときは、国家機密の指定・解除の状況、スパイ事犯の検挙状況その他本法の施行状況について報告しなければならない。
〔逐条解説〕本条は国会における監督の仕組みです。必要に応じて衆参に特別委員会(例えば情報監視特別委員会)を設け、政府に対し定期報告や資料提出を求めることができます。これにより立法府が本法の運用状況をチェックします。
〔立法理由〕国会による監督は民主的統制の要です。特定秘密保護法施行後、国会の情報監視審査会が設置されました。本法もそれを引き継ぎ強化します。政府が秘密を盾に国会審議を逃れないよう、きちんと報告義務を課しました。立法府の監視下に置くことで、行き過ぎ防止と国民代表への説明責任を果たします。
第22条(施行状況の評価と見直し)
政府は、この法律の施行後5年以内ごとに、本法律の運用状況、スパイ行為の発生動向および本法律が国民の権利に及ぼす影響等について評価を行い、その結果を国会に報告するとともに、必要に応じて本法律の見直しに関する措置を講ずるものとする。
〔逐条解説〕本条は定期点検条項です。施行後5年毎に、本法がうまく機能しているか、人権侵害はないかなどを政府が総括・評価し、国会へ報告、必要なら法改正等に着手する義務を定めます。
〔立法理由〕安全保障環境や社会情勢は変化しうるため、法律の妥当性も見直しが必要です。また万一この法律運用で問題が生じた場合、放置せず早期に改善する仕組みを入れておくことが望ましいとの観点です。これは一種のサンセット的見直し条項であり、国民の監視下で常に改善され続ける法律とする趣旨です。
第VI章 罰則
(※本章は第II章各罪状の罰則を既に各条で規定しているため、省略)
第VII章 補則
第23条(他法令との調整)
(略)本法施行に伴い、特定秘密の保護に関する法律(平成25年法律第108号)は廃止する。国家公務員法第100条(守秘義務)違反等については、本法第8条の適用を優先する。その他本法と他の法令の規定が抵触する場合には、本法の規定が優先する。
第24条(施行期日)
この法律は公布の日から起算して6か月を経過した日から施行する。
第25条(経過措置)
(略)現に指定されている特定秘密は、第16条に基づき国家機密として指定されたものとみなす。
以上が法律案の本文です。次章では、他国法との比較および本法案に関する主要なQ&Aを示します。
Continue to Part 2(未定)
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参考文献 — 一次資料(Primary Sources)
【日本法令・国会資料】
# | 資料 | 掲載元・URL |
---|---|---|
1 | 日本国憲法(昭和21年11月3日公布) | https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=1946-11-03-1 |
2 | 特定秘密の保護に関する法律(平成25年法律第108号) | elaws.e-gov.go.jp |
3 | 自衛隊法(昭和29年法律第165号)第122条ほか | e-Gov 法令検索 |
4 | 国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案(衆法第30号・1985)提出議事録 | kokkai.ndl.go.jp |
5 | 同法案反対請願一覧(第103回国会 衆議院内閣委員会第6号 1985‑12‑10) | kokkai.ndl.go.jp |
6 | 中曽根康弘首相「スパイ天国を放置してよいのか」答弁(第104回国会 衆議院本会議第24号 1986‑04‑25) | kokkai.ndl.go.jp |
7 | 参議院本会議会議録(第104回国会第6号 1986‑03‑10)― スパイ防止法関連討議 | kokkai.ndl.go.jp |
8 | 衆議院 国家安全保障特別委員会(第185回国会第15号 2013‑11‑19)― 特定秘密保護法審議 | kokkai.ndl.go.jp |
9 | 防衛秘密漏洩事例ガイド(防衛省コンプライアンス教育資料 2019) | 防衛省 |
10 | 職務違反事例集(防衛省資料 2019) | 防衛省 |
11 | 経済安全保障推進法(令和4年法律第43号) | https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=504AC0000000043 |
【外国一次資料】
# | 資料 | 掲載元・URL |
---|---|---|
A | 18 U.S.C. § 794 – Espionage Act(米国) | 法律情報研究所 |
B | Official Secrets Act 1911(英国) | legislation.gov.uk |
C | National Security Act 2023(英国) | legislation.gov.uk |
D | National Security Act(韓国)英語版 | elaw.klri.re.kr |
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