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ステーブルコインの現状と展望:分類・仕組み・規制動向まで総合解説

導入

ステーブルコインとは、価格を特定の資産(多くは法定通貨)に連動させ安定化させることを目的とした暗号資産の一種です。例えば米ドルを基準資産とする場合、1ステーブルコイン=1米ドルの価値に保つよう設計され、発行後も1コインを1ドルで償還できるようになっています。この仕組みによりビットコインなど一般的な暗号資産に見られる激しい価格変動を抑え、暗号資産エコシステム内での決済手段や価値の保存手段として利用しやすくする狙いがあります。実際、BIS(国際決済銀行)の報告によれば、暗号資産市場ではステーブルコインが「参加者が価値を移転する手段」として定着しており、暗号資産間の取引に欠かせない存在となっています​。

もっとも「ステーブル(安定)」という名称ではありますが、その価値安定性は各コインの設計や裏付け資産に依存しており、万能ではありません。後述するように設計次第で破綻リスクも孕んでおり、実際に市場では大規模な崩壊事故も起きています。ステーブルコインには様々な種類があり、目的も暗号資産取引の基軸通貨から分散型金融(DeFi)での利便性向上国際送金の効率化まで多岐にわたります。本記事では、ステーブルコインの基本と種類、価格安定のメカニズムとリスク、市場での動向、各国の規制状況、そして将来の展望までを総合的に解説します。信頼できるデータや報告に基づき、一般の金融リテラシー層にも平易に理解できるよう努めます。

種類

ステーブルコインはその価値維持の仕組みや裏付け資産によって大きく3つに分類できます:

  • 法定通貨担保型(フィアット型): 現実の法定通貨(主に米ドルなど)を裏付け資産とするタイプです。発行量に見合う法定通貨資産を銀行預金や国債などで保有し、常に1コイン=1法定通貨単位での交換が保証されます。例として、USDT(テザー)USDC(USDコイン)が代表的です。発行者である企業がユーザーから法定通貨を受け取り、その同額分のトークンを発行します。預かった法定通貨は銀行口座や短期国債など安全資産で保全・管理され、定期的に準備資産の証明(監査報告)が行われます。多くの法定通貨担保型ステーブルコインは実質的に通貨当局の“カレンシーボード(通貨当局が通貨と外貨を固定レートで交換し通貨供給量を外貨準備で完全担保する制度)”に似た運営となっており、100%の準備資産と固定為替レートによる即時の兌換(だかん)を特徴とします。(注: テザー社のUSDTは準備資産に商業手形や社債なども含めており、マネー・マーケット・ファンド(MMF)的な性格を持つと指摘されています。これに対しUSDCなどはより安全性の高い資産で裏付けされています。)
  • 暗号資産担保型: 他の暗号資産を担保として発行されるステーブルコインです。スマートコントラクト上でユーザーが自ら暗号資産をロック(担保)し、その担保価値の一定割合までステーブルコインを借り出す形で発行されます​。価格変動リスクに備えて 担保評価額の100%以上(オーバーコラテライズ)の暗号資産を預ける必要があるのが通常で、担保価値が下落し一定比率を下回ると強制清算(担保売却)が行われてステーブルコインの価値維持が図られます。代表例として、分散型金融のプロトコルであるMakerDAOによるDAIがあります。DAIの場合、ETH(イーサ)などを担保として預け入れ、スマートコントラクトを通じてDAIを借り出します。その後ユーザーがDAIを返却すれば担保の暗号資産が戻される仕組みです。暗号資産担保型は発行が分散的に行われるため管理者不在の分散型ステーブルコインと言われ、中央管理者への信頼ではなくプログラム(スマートコントラクト)の設計と担保の過剰差し入れによって価値安定を担保しています。もっとも、極端な市場暴落時には担保価値が急落して清算が追いつかず、安定維持が揺らぐリスクがあります。
  • アルゴリズム型: 明確な外部資産の裏付けを持たず、プログラム上のアルゴリズム(算式)によって供給量を調節し、需要と供給のバランスで価値を安定させようとするタイプです。いわばシニョリッジ(鑑定益)式とも呼ばれ、独自に発行する別のトークン(「ステーブルコインを安定させるためのコイン」=シスタートークン)と連動させることで1コイン=1ドル等のペグ(固定)を維持しようとします。典型例としてかつて存在したTerraUSD (UST)があります。USTは関連トークンのLUNAと相互に交換・増減調整する仕組みで1ドル価値を維持しようとしました。具体的には、UST価格が1ドルより高い時はLUNAを焼却(消滅)してUSTを発行し、市場供給を増やして価格を下げる。逆にUSTが1ドルを下回る時はUSTを焼却し新たなLUNAを発行・売却することでUST供給を減らし価格を押し上げる――こうした裁定取引を促すプログラムで成り立っていました。しかしアルゴリズム型は内在的に不安定な構造を持ちます。USTの場合、価値の裏付けとなるLUNA自体に外部価値はなく、その信用はUSTへの信認に依存していました。このように基軸となる担保価値が内生的(endogenous)であると、ひとたび信認が揺らぐと負の連鎖に陥りやすいのです。

メカニズムとリスク

価格安定の仕組み: ステーブルコイン各種は上記のようにそれぞれ異なるメカニズムで1単位あたりの価格を安定させています。法定通貨担保型では発行体が裏付け資産として同額の法定通貨等を保持し、ユーザーからの交換(償還)要求に常に応じられるようにすることでペグを維持します。ユーザーは発行体(または指定の仲介業者)に1米ドルを渡せば1コインが発行され、逆に1コインを差し出せば1米ドルと交換できます。この1:1交換の約束こそが価値維持の担保です。発行体は信用力が重要となり、保有する準備資産が常に発行残高の100%をカバーしていること、流動性が十分確保されていることが求められます。発行体企業による定期的な監査報告や準備金証明(Proof of Reserves)の公開は、ユーザーの信頼を維持するため欠かせません。

暗号資産担保型では、スマートコントラクトによる自律的な担保管理と清算ルールが価格維持の鍵です。担保評価額に対する発行額の比率(例:担保価値の150%まで発行可能など)や清算の閾値が定められ、担保価値が急落して発行額を下回りそうになると自動で担保売却(オークション等)が行われステーブルコインが回収・焼却されます。こうしたオンチェーン上のアルゴリズム的な需給調整によってペグ維持が図られます。ただし、極端な暴落局面では清算が追いつかず担保不足に陥るリスクも指摘されています​。実際、2020年3月の暗号資産市場急落時にはDAIで担保不足が生じ、追加の清算メカニズムが議論されました。このように暗号資産担保型はある程度の自己安定性を持つものの、依然市場環境に脆弱な面を抱えています。

アルゴリズム型では需要と供給の調節機能そのものが唯一の価値維持手段です。価格がペグを下回れば供給を縮小(買い支え)、上回れば供給を拡大(売り増し)する仕組みですが、肝心の買い支えの原資がシステム内トークン(例:LUNA)の価値に依存している場合、信頼崩壊時には何の歯止めにもならなくなります。この構造上の弱点から、アルゴリズム型は「安定した暗号資産」というより「不安定な投機資産」に転化しうるリスクが常につきまといます。

破綻リスクと事例: ステーブルコインのリスクとして最も重大なのは、ペグが崩壊して価値が大きく乖離する「デペッグ(peg外れ)」です。中でも有名なのがTerraUSD(UST)の崩壊事件(2022年5月)です。USTは前述のアルゴリズム型ステーブルコインで、発行当初は「常に1UST=1ドル」を謳い高利回りの預け入れサービス(年利19.5%)によって規模を拡大させました。しかし5月上旬に大口投資家の売りなどを発端に価格が1ドルを割ると、裁定取引でUSTを焼却して発行されるLUNAの供給が急増し始めました。供給増によりLUNA価格が下落すると、USTの信用はさらに低下してパニック的な売りが殺到します。この悪循環(デススパイラル)に陥った結果、5月16日にはUST価格がわずか0.12ドルにまで暴落し、ステーブルコインとしての価値は失われました。最終的にUSTとLUNAは事実上ともに無価値となる破綻を迎え、約半兆円規模にも及ぶ暗号資産市場全体の損失を招いたと推計されています。このTerra/UST事件はアルゴリズム型の脆弱性を露呈し、市場に大きな衝撃を与えました。また事件を契機に各国規制当局がステーブルコインの安定性リスクに一層注目する転機ともなりました。

他方、法定通貨担保型であってもペグの一時的な崩れが起こる場合があります。2023年3月、米ドル連動型ステーブルコインUSDC(USDコイン)が米シリコンバレー銀行の破綻に直面し、一時1USDC=0.88ドル付近まで急落しました。これはUSDC発行主体のサークル社が準備金の一部(33億ドル)を同銀行に預けていたためです。銀行破綻で準備金欠損の懸念が広がり、週末にもかかわらず市場で大量の売却が起きた結果、通常1ドルで安定していた価格が10%以上も下振れしました。最終的に米金融当局の介入で銀行預金が全額保護される見通しとなり、USDC価格は速やかに1ドルに戻りました。しかし、市場関係者は「どんなに運営が健全でも、一度ペグ崩壊が起これば信認低下は避けられない」と指摘しており、法定通貨型であっても発行体の信用リスクやカウンターパーティーリスク(銀行預金先の破綻リスク等)にさらされている現実が浮き彫りとなりました。

これらの事例から明らかなように、ステーブルコインは種類ごとに異なるリスク要因を抱えます。法定通貨型では発行体の信用不安や準備資産の信用・流動性リスク、暗号資産型では担保となる暗号資産のボラティリティ(価格変動性)や清算メカニズムの限界、アルゴリズム型ではシステム設計そのものの信頼性と市場心理の急変といった点です​。2022年のUST崩壊は特に顕著でしたが、市場全体への波及も大きく、他のステーブルコインやDeFi資産価格を軒並み下落させる連鎖的なデレバレッジ(負債解消)を招いたことも報告されています​。こうしたリスクを踏まえ、各国当局はステーブルコインへの規制強化に乗り出しており、後述するように発行体への資金要件や償還請求権の法的保証など「安定した運用を確保するための枠組み作り」が進められています​。

市場動向

ステーブルコインは暗号資産市場のみならず、広く金融分野で活用可能性が議論されています。ここではDeFi(分散型金融)における役割、国際送金・決済での利用、中央銀行デジタル通貨(CBDC)との比較、さらに実用化の事例について動向を概説します。

  • DeFiにおける基軸通貨: ステーブルコインはDeFiエコシステムの基盤として重要な機能を果たしています。価格が安定しているため、分散型取引所(DEX)やレンディングプラットフォームでの交換媒介価値保存手段として用いられ、ボラティリティの高い暗号資産同士の取引を円滑にする潤滑油となっています。実際、暗号資産市場ではステーブルコインが取引の決済通貨として広く定着しており、BISも「ステーブルコインは暗号資産間で価値を移転する手段となっている」と報告しています。例えばユーザーはビットコインを直接ドルに換金する代わりに、一旦USDTやUSDCに替えて保有することで価値をドル相当に維持しつつ市場機会をうかがう、といった使われ方が一般化しています。またDeFiのレンディングでは、ステーブルコインを預けて利息を得たり、逆に借りて他の資産運用に回したりと、流動性の供給・需要双方でステーブルコインが重宝されています。その結果、主要ステーブルコインの発行額(時価総額)はここ数年で急拡大し、一時は合計で約1800億ドル(約25兆円)に達する規模となりました​。これはDeFiや取引所の需要がいかに大きいかを示しています。
  • 国際送金・決済への活用: ステーブルコインは24時間365日リアルタイム送金が可能である点から、国際送金や日常決済への応用も期待されています​。伝統的な国際送金は銀行ネットワーク(SWIFT)の利用で数日かかる場合がありますが、ステーブルコインであればブロックチェーン上で即時に低コスト送金が可能です。このメリットを生かし、国際送金大手のMoneyGramは一部地域でUSDコイン(USDC)の送金・現金受取サービスを試験導入しています。また、新興国の一部では自国通貨のインフレヘッジ手段としてUSDTなどのステーブルコイン需要が高まる例も報告されています(例えばトルコやアルゼンチンでの利用はインフレ対策的なドル預金代替として語られることがあります​※ただしエビデンスは限定的)。日常決済に関しても、決済事業者がステーブルコインの導入を進めています。PayPalは2023年8月に自社の米ドル連動ステーブルコイン「PayPal USD(PYUSD)」を発行開始し、自社ネットワーク内での送金・決済手段として利用可能にしました​。PYUSDは米国の信託会社によって発行され、米ドル預金や短期国債で100%裏付けられた規制準拠のステーブルコインとなっています。このように大手フィンテック企業が参入したことで、ユーザーが日常的にステーブルコインを触れる機会も増えつつあります。またクレジットカード大手のVisaやMastercardも、一部決済プロセスでステーブルコインを活用する実証実験を行うなど、決済インフラへの統合を視野に入れた動きが見られます。
  • CBDCとの比較: 各国の中央銀行が研究・発行を進める中央銀行デジタル通貨(CBDC)とステーブルコインは、いずれもデジタルな法定通貨代替として機能し得る点でしばしば比較されます。大きな違いは発行主体と信用にあります。CBDCは中央銀行が発行し政府の信用によって裏付けられる法定通貨そのものですが、民間発行のステーブルコインは発行体企業や仕組みに対する信用で成り立つ私的通貨と言えます。この違いから、金融当局はステーブルコインが急拡大して法定通貨に代替する事態には警戒感を示す一方、技術革新としての利便性には注目しています。BISは2023年の報告で「ステーブルコインの主張する利点(例えば安価な国際送金やプログラム機能)は、既存の決済インフラの改善やCBDCによって代替可能」と指摘しました。実際、国際送金の高速化については各国の即時決済網の接続強化や、多国間のブロックチェーン決済ネットワーク(例:プロジェクト・ジュラやmCBDCブリッジ)など、公的セクター主導の取り組みが進んでいます。またプログラム可能なデジタルマネーという点では、CBDCにスマートコントラクト機能を持たせる研究も行われています。一方で、民間の創意工夫によるサービス展開という観点ではステーブルコインの方が柔軟でユーザーニーズに適応しやすいとの意見もあります​。例えばステーブルコインはブロックチェーン上で他のDeFiサービスと組み合わせた高度な金融商品を生み出すことができますが、CBDCは公共性ゆえに慎重な設計が求められ機能が限定される可能性があります。このように競合と補完の関係があり、今後は「ガードレール(安全網)を設けたイノベーション」として両者のバランスを取る政策が模索されるでしょう​。
  • その他の導入事例: JPモルガン銀行は独自のステーブルコインであるJPM Coinを開発し、主に機関投資家間の決済に利用しています。JPM Coinは1コイン=1米ドルとして米銀大手が発行する預金トークンとも位置づけられるデジタル通貨で、2020年に正式運用が開始されました。イーサリアムの企業向けブロックチェーン上で動作し、JPモルガンの顧客企業間で24時間リアルタイムの大口送金を可能にしています。JPモルガンによると、当初は主に送金の即時性に注目が集まりましたが、近年はプログラム可能性(支払いを自動化する条件付き決済など)により利用が拡大し、2024年時点で一日の取引額が数十億ドルに達することもあるといいます​。実際、ドイツの大手企業シーメンスは産業機械の自動代金支払いにJPM Coinを活用した最初の事例となりました​。このように伝統的金融機関も独自のブロックチェーン決済網にステーブルコイン技術を取り入れ始めており、将来的には銀行預金をトークン化した「デポジットトークン」が商業銀行によって発行される構想も現実味を帯びています。

規制と法的側面

ステーブルコインの急拡大を受けて、各国でその法的枠組み整備と規制強化が進んでいます。本節では日本および米国における最新動向を中心に、代表的な規制の枠組みを解説します。

日本: 日本は世界に先駆けてステーブルコインの包括的な法規制を導入した国の一つです。2022年6月に資金決済に関する法律等の改正案(改正資金決済法)が成立し、2023年6月から施行されました。この改正法では、まずステーブルコインの定義が明確化されています。改正法上「ステーブルコイン」は「法定通貨による裏付けで価格が安定されるよう設計されたデジタル通貨」と定義されました。ここで注目すべきは、日本の規制が「法定通貨担保型(デジタルマネー類似型)」に限定されている点です​。金融審議会の報告ではステーブルコインを (1)法定通貨と連動し発行時と同額で償還を約する「デジタルマネー類似型」と、(2)それ以外の「暗号資産型」に大別していますが、改正法では前者のみを「電子決済手段」として位置付け規制対象としました​。つまり暗号資産担保型やアルゴリズム型は法律上は通常の暗号資産として扱われ、改正資金決済法上のステーブルコインには該当しないのです。

改正法に基づき、ステーブルコイン発行者には厳格な要件が課されます。発行主体は銀行、信託会社、資金移動業者といった一定の許可・登録を受けた法人に限定され​、発行には金融庁への事前届出が必要です。またステーブルコインを流通・管理する事業者(交換業者やウォレット事業者など)も「電子決済手段等取扱業者」として登録制となり、マネロン対策上の本人確認やトランザクション記録の義務が課されています​。ユーザー保護策としては、発行者に対して償還請求権を法的に保証させる規定や、準備資産の分別管理義務(信託保全等)、1枚あたりの価値を法定通貨建てで固定すること(変動制禁止)などが盛り込まれています​。さらに海外発行のステーブルコインを国内で流通させる場合にも、日本の代理業者を通すことや事前届出など一定の条件が課されました​。このように日本では実質的に法定通貨で100%裏付けられたステーブルコインのみが合法的に流通可能となり、投資家保護と安定運用を図る枠組みが構築されています​。一方で、この規制の結果、暗号資産型のステーブルコイン(例えばDAIやかつてのUST)の国内での流通は認められない形となり、民間のイノベーション促進とのバランスについては引き続き議論があるところです。

米国: アメリカではステーブルコインに関する統一的な連邦法は未整備であるものの、近年議会や規制当局による精力的な議論と法案提出が相次いでいます。2021年11月には金融当局の合同チームである大統領作業部会(PWG)が報告書を公表し、ステーブルコインの発行体を銀行に限定すべきとの提言を行いました。これは法定通貨担保型ステーブルコインを銀行預金に類似するものとみなし、発行者に銀行並みの厳格な規制(自己資本要件や預金保険など)を適用すべきだという趣旨でした。この提言を受けて議会でも複数の法案が検討されます。代表的なものに、2022年にパット・トゥーミー上院議員(当時)が提出したStablecoin TRUST法案があります。Stablecoin TRUST Actは、銀行以外の企業にも連邦政府の下でステーブルコイン発行を認める代わりに、発行者に対し3つの形態のライセンス制を設ける内容でした(州送金業者としての登録、OCC〔通貨監督庁〕による新設の「限定用途ステーブルコイン発行会社」免許、もしくは連邦預金保険銀行として発行)​。加えて、発行体に**準備資産の開示・保有義務(常に発行額の100%以上の法定通貨または流動資産で裏付け)を課し、消費者が常に1:1で償還できる権利を保障することなどが盛り込まれていました。もっとも同法案は審議未了となり、トゥーミー議員の退任もあって成立には至りませんでした。

その後も米議会では超党派でステーブルコイン規制の議論が続いており、2023年には具体的な法案が委員会レベルで可決される進展がありました。2023年4月には下院金融サービス委員会が「Stablecoin Transparency and Accountability for a Better Ledger Economy(通称STABLE法案)」を32対17の賛成多数で可決しています。この法案は決済用ステーブルコインの発行体に対し、適切な償還準備と透明性を確保しつつ、非銀業者にも発行を認める連邦フレームワークを構築しようとするものです​。具体的には発行体の登録制、準備金の質・量の規定、毎月の監査報告や開示義務、利用者の償還請求権の明示、州規制との調整メカニズムなどが盛り込まれていると報じられています。また同月には上院銀行委員会でも「GENIUS法案」(Guiding and Establishing National Innovation for US Stablecoins)が18対6で可決されました​。こちらは発行体に対し担保資産の厳格な基準(フル・コラテラリゼーション)やAML(マネロン対策)法令順守を義務付ける内容とされています​。これらはいずれもまだ法案段階であり、2024年以降の成立を目指して調整が続いています。

規制当局レベルでは、米証券取引委員会(SEC)が一部ステーブルコインを証券とみなす可能性に言及するなど管轄権を主張する動きもありますが、基本的には決済システムとしての安定性確保を重視する金融当局(財務省や連邦準備制度)主導で制度設計が議論されています。2021年のPWG報告やその後の金融安定監督評議会(FSOC)の見解では、ステーブルコインが適切に規制されない場合、銀行の預金流出や決済システム混乱など金融安定上のリスクになり得ると警鐘が鳴らされています。このため「同じ機能・リスクには同じ規制を」とのFSB方針に沿い、銀行並みの規制やステーブルコイン発行体専用の連邦免許創設などで公的監督下に置く方向性が強まっています​。もっとも規制が厳しすぎれば米国内のイノベーションが阻害されかねないとの懸念もあり、議会では連邦と州の二元的な規制調和(例: 厳格な連邦基準を満たす場合は州ライセンス発行体も認める)などバランスを取った案が検討されています​。いずれにせよ米国では今後1~2年で法的枠組みが整備される可能性が高く、発行体の資格要件・準備金規制・開示義務・消費者保護といった観点で明確なルールが定まっていく見通しです。

今後の展望

ステーブルコインを取り巻く今後の展望として、大手金融機関の本格参入、中央銀行の関与、技術の進化、そして金融市場への影響が注目されます。

まず大手民間金融機関の参入拡大です。既に紹介したJPモルガンのJPM Coinはその先駆けですが、他のメガバンクも独自のデジタル通貨構想を打ち出しています。例えば三菱UFJ銀行はプログマコイン(Progmacoin)構想を掲げ、円建てステーブルコイン発行プラットフォームの開発を進めています。また複数の信託銀行が改正資金決済法に基づく円建てステーブルコイン発行(電子決済手段)の準備を表明しており、2024年前後にも国内初の銀行系ステーブルコインが誕生する可能性があります。米国でも商業銀行が預金トークンの概念実証を行っており、近い将来銀行預金の一部がブロックチェーン上で流通するといったシナリオも考えられます。こうした伝統金融のプレーヤー参入は、ステーブルコイン市場に信頼性の高い新たな供給をもたらすと期待されます。一方で、民間主導の暗号資産由来のステーブルコイン(USDT等)との競合や共存関係がどうなるかも注視点です。銀行発行のステーブルコインは規制遵守や信用力で勝る反面、用途が限定的(自社ネットワーク内など)になる可能性もあり、オープンな公共ブロックチェーン上で流通する既存コインと住み分けが起こるかもしれません。

次に中央銀行の関与強化です。各国中央銀行は自らCBDCを発行するか否かの検討と並行し、民間ステーブルコインの監督にも乗り出しています。FSB(金融安定理事会)は2023年にグローバル・ステーブルコイン(GSC)規制の勧告を最終化し、主要国に対しステーブルコインの発行・管理について既存の金融規制を遜色なく適用するよう促しました​。また英国やEUでは大規模ステーブルコインの準備金を中央銀行に預けさせる仕組みも検討されています​。英国では重要なステーブルコインの準備金をイングランド銀行(中央銀行)に無利子で置くことを義務付ける案が出ており、EUのMiCA規則でも準備金の一部を複数の銀行に分散して保管するルールが盛り込まれました​。こうした動きは、ステーブルコインを事実上マネーマーケットの一部として組み込み、中央銀行がその安定性に目を光らせる体制が構築されつつあることを意味します。今後、中央銀行がステーブルコイン発行体に対し口座開設を認め直接的に法定通貨を供給する(いわゆるシンセティックCBDC的なモデル)可能性も議論されています。例えば、米連邦準備制度理事会(FRB)は2023年に銀行のステーブルコイン発行に関するガイダンスを出し、連邦銀行がステーブルコイン関連事業を行う際の報告義務などを定めました。中央銀行が関与することで、ステーブルコインへの信頼度向上や金融政策への影響管理が期待できる一方、市場の民間活力が損なわれないよう官民の適切な役割分担を探る必要があります。

技術面の進化も見逃せません。現在主要なステーブルコインはイーサリアムやトロンなどパブリックチェーン上で発行されていますが、利用拡大に伴うスケーラビリティ(処理容量)や手数料の課題があります。これに対し、レイヤー2(Layer 2)技術や他の高速ブロックチェーンへの展開が進んでいます。例としてUSDCはイーサリアムのレイヤー2ネットワークであるArbitrumやOptimism上でも発行され、送金手数料の大幅低減と即時性向上を図っています。またステーブルコイン同士の交換や異なるチェーン間の移転をスムーズにする相互運用プロトコルの開発も活発です。加えて、スマートコントラクトによるプログラマブルマネーとしての活用も広がりつつあります。JPM Coinの事例ではないですが、支払い条件をコード化して自動執行する「スマート契約付き支払い」は、産業IoTやサプライチェーン金融での応用が期待されています。技術の進化により、ステーブルコインは単なる価値の容れ物から金融サービスのプラットフォームへと昇華していく可能性があります。

最後に金融市場への影響についてです。ステーブルコインが拡大すると、マクロ経済や金融システムにも影響が及び得ます。例えば、銀行預金からステーブルコインへの資金シフトが進めば、銀行の融資原資である預金が減少し信用創造に影響を与える可能性があります​。一方で、余剰資金がステーブルコイン経由で国債など安全資産に滞留すれば、短期金融市場(マネーマーケット)に新たなプレーヤーが加わることになります。事実、米ドル建てステーブルコインの多くは準備金として米国債を大量保有しており、市場ではステーブルコイン発行体が無視できない国債買い手となっているとの分析もあります。また、ステーブルコインの発行・償還を通じて市場流動性が高速に変動し得る点も重要です。例えば市場ストレス時にステーブルコインから法定通貨への大規模な償還(いわゆるラン:取り付け騒ぎ)が発生すれば、発行体は準備資産の売却を余儀なくされ市場に下落圧力を与えるでしょう。これは既存のマネー・マーケット・ファンド(MMF)と類似のリスクであり、実際2022年のUST崩壊時には一部ステーブルコイン発行体からの償還急増が見られました。各国規制当局がこうしたシナリオを念頭に、発行体に対し流動性資産の保持やストレステストを義務付けようとしているのはそのためです​。総じて、ステーブルコインが金融システムに組み込まれるほど、その影響は無視できなくなり、公的管理と市場イノベーションの両立という難題に取り組むことが不可避となるでしょう。

参考文献・ソース

  1. 金融安定理事会(FSB) (2020):「Regulation, Supervision and Oversight of ‘Global Stablecoin’ Arrangements: Final Report and High-Level Recommendations」(G20向け最終報告) – ステーブルコインの定義やグローバル規制勧告を示したFSB報告書。ステーブルコインを「特定資産に対して安定的価値を維持することを目指す暗号資産」と定義。各国に“同じリスク・同じ規制”の原則で包括的な規制枠組み構築を促している。
  2. 香港金融管理局 (HKMA) (2022):「An Event Study on the May 2022 Stablecoin Market Crash」(2022年5月ステーブルコイン市場の暴落に関するイベント研究)​ – 2022年5月のTerraUSD暴落イベントについて分析した調査報告。ステーブルコインをアルゴリズム型・法定通貨型・暗号資産担保型の3種に分類し、それぞれの設計・安定化メカニズムを詳細に解説。Terra崩壊が他の暗号資産市場に波及した様子や、準備資産の質が高いステーブルコインほどラン(取り付け)の圧力に強いことを示唆する分析結果を報告。
  3. 淵田 康之 (2022):「ステーブルコインは本質的に悪貨なのか?」『野村資本市場クォータリー』2022年春号– 野村資本市場研究所によるレポート。Libra構想を契機とした国際的なステーブルコイン規制論議や、米国PWG報告の発行体を銀行限定案​、各国の対応状況を概説。FSBによるステーブルコイン定義​や、日本の規制上の課題も論じている。民間通貨競争のメリットと中央銀行デジタル通貨(CBDC)導入議論との関係について考察。
  4. アビームコンサルティング (2022):「ステーブルコインの可能性~改正資金決済法における定義と想定ユースケース~」– 2022年の日本資金決済法改正に関する解説記事。改正法でのステーブルコインの定義(「法定通貨による裏付けで価格が安定するデジタル通貨」)とデジタルマネー類似型/暗号資産型の分類を紹介。電子決済手段としての規制内容(発行者・仲介業者の区分やAML要件等)について図表を用いてわかりやすくまとめている。日本におけるステーブルコイン活用のユースケース(地方創生や送金効率化)にも触れており、国内動向を把握するのに有用。
  5. Elizabeth Howcroft 他 (2023)「Circle assures market after stablecoin USDC breaks dollar peg」(Reuters, March 11, 2023) – 米大手ステーブルコインUSDCが銀行破綻に伴い一時的にペグ崩壊した出来事を報じた記事。USDCが0.88ドルまで下落し、週明けに銀行営業再開でほぼ回復した経緯を説明。専門家コメントとして「ペグ崩壊は信認を根本から損なう」との指摘を掲載​。ステーブルコイン市場規模(当時USDC時価総額370億ドル)や過去の小幅乖離事例にも触れており​、安定資産と見なされるステーブルコインでも起こり得るリスクを示した。
  6. David Krause (2025)“Algorithmic Stablecoins: Mechanisms, Risks, and Lessons from the Fall of TerraUSD” (SSRN Working Paper)​ – テラUSDの崩壊からアルゴリズム型ステーブルコインの教訓を論じた学術論文。UST事件により市場ボラティリティへの脆弱性、不十分なリスク管理、システミックリスクが露呈したと分析​。アルゴリズム型の利点(資本効率や非中央集権性)も認めつつ、信頼回復にはハイブリッド型(部分担保)モデルやガバナンス強化などの改善策が必要と提言。分散化と安定性のバランスや規制上の課題にも言及し、将来的にユーザー信頼を得るには透明性向上と規制整備が不可欠と結論付ける。アルゴリズム型のみならずステーブルコイン全般の安定性議論に示唆を与える論考。
  7. Cointelegraph (2023):「Crypto, DeFi may widen wealth gap, destabilize finance: BIS report」– BIS(国際決済銀行)の暗号資産と安定性に関するレポート(2023年4月)の内容を伝える記事。暗号市場が「臨界質量」に達しつつあり、規制当局は金融安定性確保に注力すべきと警鐘​。ステーブルコインについて、暗号経済圏内の価値移転手段となっている現状​や、準備資産要件・償還保証の重要性を指摘。さらに米下院でのSTABLE法案可決(32-17票)や上院のGENIUS法案通過にも触れ、米国規制の動きを紹介している。BISの視点と米国立法動向を併せて把握できる記事。
  8. Ledger Insights (2024):「JP Morgan says JPM Coin transactions have ‘exploded’ because of programmability」​– JPモルガンのデジタル通貨JPM Coinに関する2024年5月の記事。JPM Coinが2020年に正式稼働開始し、当初は24/7決済に注力したが近年はプログラム可能な支払い(自動化)が利用拡大の原動力になっていると報じる。オンデマンドの小口取引が増え、1日あたり数十億ドル規模の取引高になる日もある​。シーメンス社による産業機械への自動支払い適用例など、企業ユースケースを紹介​。また他行の動向やシンガポールのブロックチェーンプロジェクトへの参画にも言及。大手銀行によるブロックチェーン活用とステーブルコイン(預金トークン)展開の先端事例として参考になる。

総括

ステーブルコインは暗号資産のボラティリティ問題を解決する架け橋として生まれ、ここ数年で市場に定着・拡大してきました。その現状を見ると、主要なステーブルコインは暗号市場やDeFiの円滑化に不可欠なインフラとなりつつあり、利便性の高さから国際送金や決済分野でも実利用が進み始めています。一方で、その安定性は決して保証されたものではなく、裏付けの信頼が崩れれば急速に価値が揺らぐリスクと隣り合わせであることも実証されました。TerraUSDの破綻はアルゴリズム型の構造的欠陥を示し、市場に大きな混乱をもたらしました。また法定通貨型であっても、発行体やカストディ先金融機関のリスクが表面化すればペグ維持が脅かされる可能性があることがUSDCの事例で明らかになりました。こうしたリスクを踏まえ各国は規制のネットを整備・強化し始めています。日本は世界に先駆けて厳格な法制度を施行し、米国や欧州も発行体の資本要件や開示義務などガードレールを設ける方向です。

将来を展望すると、ステーブルコインにはまだ大きな可能性が秘められています。大手銀行や決済企業の参入は信用力の高いステーブルコイン供給につながり、国際送金や企業間決済の高度化を促すでしょう。技術面でもブロックチェーンのスケーラビリティ向上や相互運用性の拡大により、より安全で使いやすい形で社会に溶け込むことが期待されます。中央銀行デジタル通貨(CBDC)との関係も、競合しつつ相互補完的にデジタル通貨エコシステムを形成していく可能性があります。とはいえ課題も残ります。信認の確立、規制とイノベーションの両立、金融システムへの影響管理といった問題に答えを出し、ユーザー・市場双方から信頼される仕組みを築く必要があります。ステーブルコインはその名の通り「安定したコイン」を目指す試みですが、その安定を真に担保するためには技術・運用・制度の三位一体となった進化が求められていると言えるでしょう。今後の展開次第では、ステーブルコインはデジタル経済における新たな基盤通貨となり、私たちの金融取引や経済活動の在り方を大きく変革するポテンシャルを秘めています。その光と影を直視しつつ、賢明な発展を図っていくことが今後の課題となるでしょう。

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2025/4/25

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2025/4/23

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