国際 経済 金融

2025年トランプ関税への各国の反発と米国債売却という「外交カード」の現実性

トランプ政権の2025年関税政策概要

2025年に米トランプ政権は、大規模な関税措置(いわゆる「トランプ関税」)を発表しました。その内容は、全ての輸入品に一律10%の基本関税を課し、さらに各国ごとの関税・非関税障壁の水準に応じて追加関税を上乗せするというものです。具体的な国別関税率は、日本向けが合計24%、EU(欧州連合)向けが20%、イギリス向けが10%と設定されました。中国に対しては既存の20%関税に加えて34%を追加し、合計54%にも及ぶ関税率を課す強硬策となりました。対象国・地域は約60に上り、4月初旬より段階的に発動されました。

トランプ大統領はホワイトハウスでの発表で「これは米国に対する独立宣言だ。我々は何十年も略奪されてきた」と述べ、巨額の貿易赤字は国家の緊急事態であると強調しました​。今回の関税措置により米国の全輸入品に対する平均関税率は 2.5%(2024年)から22% へ急上昇し、1910年以来の高水準に達すると指摘されています​。フィッチ・レーティングスの米国担当調査責任者は「米国経済のみならず世界経済にとってゲームチェンジャーだ。長期化すれば多くの国が景気後退に陥る可能性が高い」と警鐘を鳴らしました。実際、発表直後から世界の金融市場は動揺し、米国株は急落、為替市場ではドル安が進行し、安全資産であるはずの米国債までも売られる異例の展開となりました​。

各国の反発理由と取った対応策

この前例のない関税強化に対し、世界各国は強く反発しました。主な国・地域の反対理由と対応策を見ていきます。

  • 中国:最大の標的となった中国は「不公正な貿易報復だ」と猛反発しました。中国経済への打撃が甚大であることに加え、米国の一方的な措置はWTOルールにも反するとして強く抗議しています。対抗措置として、中国財政省は全ての米国製品に34%の追加関税を課すと発表し(4月10日発動)、その後報復関税率を84%から125%へ引き上げるとエスカレートさせました​。これは事実上「報復の上限」であり、中国政府は声明で「米国がさらに関税を引き上げても経済的意味はなく、世界経済の笑いものになるだけだ」と非難し、これ以上の関税合戦には応じないと表明しました。もっとも、中国は他の形の報復措置をとる余地は残しており、「最後まで米国と戦う」という強硬姿勢も鮮明にしています。実際、中国政府は各国に対し米国の関税措置に反対する共同歩調を呼びかけ、国内でも「決して屈服しない」との世論を喚起するなど、外交・内政両面で対抗しました​。
  • 欧州連合(EU):同盟国であるEUも例外なく標的とされたため、「多国間主義や自由貿易体制への重大な挑戦だ」と批判しました。欧州向け関税20%は自動車など主力輸出産業に打撃を与えるため、EUは強い懸念を表明しています。フランスのマクロン大統領は「欧州各国は対米投資を一時停止すべきだ」と述べ、米国への圧力強化を主張しました。欧州委員会も米国に対して即時撤回を求める声明を出し、必要ならWTOへの提訴や対米報復関税も辞さない構えです。またドイツなどEU主要国は、米国の措置が世界経済に与える悪影響に言及し、「貿易戦争の勃発」への懸念を各国と共有しました。もっとも、EUは直ちに追加関税を課すよりもまず外交交渉により米国を翻意させる道を模索し、4月中旬には中国や日本と協調してWTOルール尊重を訴える共同声明を出す調整も進めました(※報道)。
  • 日本:日本政府は「同盟国にも一律関税を課すのは極めて遺憾だ」とする立場です。日本からの輸出品に24%もの関税が課されれば、自動車産業をはじめ在米日系企業の利益が圧迫され、日本経済にもマイナス影響が避けられません。岸田政権は米国に対し外交ルートで強い懸念を伝達しつつ、直ちに報復措置は取らず対話を優先しました。これは、同盟関係を重視するとともに、米国側が協議に応じる姿勢を見せたためです。実際トランプ大統領は「多くの国が交渉の構えを示している」と述べ、日本や中国と協議する用意があると明言しました。その結果、日本や欧州に対する追加関税は発動後わずか半日で90日間の適用停止が決定され、まずは協議の猶予期間が与えられました。日本政府内では一部与党議員から「報復として米国債を売却すべき」との極端な意見も出ましたが、加藤勝信財務相は「為替介入の備えとして保有する米国債を外交カードに使う考えはない」と明確に否定しました​。この発言は、米国債売却による報復は現実的でないとの日本政府の立場を示すものです。
  • イギリス:英国はEU離脱後、米国との自由貿易協定を目指してきただけに、同盟国にも関わらず関税10%を課されたことに困惑しています。英国政府は「遺憾」を表明しつつも、対米経済協定の交渉継続に努める姿勢です。英国の外相は「米国と経済協定を結ぶために取り組んでいる」と述べ、対話での解決を図る考えを示しました。英国としては報復関税で対抗するより、外交交渉で関税免除や緩和を勝ち取る方針とみられます。
  • カナダ・メキシコ他:カナダとメキシコは米国とUSMCA協定を結んだばかりですが、多くの製品で既に25%の関税を課されており、今回新たな追加関税こそ免れたものの、米国の保護主義強化に強い懸念を共有しています。カナダ政府は「関税措置は誰の利益にもならない」とする声明を発し、メキシコも「建設的対話で解決したい」とコメントしました(※報道)。両国とも地理的・経済的に米国と密接なため即座の対抗措置は控え、協調関係維持を図りつつ、水面下ではWTO提訴の検討や他の同盟国との連携を模索しています。

このように、各国はそれぞれの立場からトランプ関税に反対しました。共通しているのは、「貿易戦争の激化は世界経済に深刻な打撃を与える」との懸念です。実際、IMFのゲオルギエワ専務理事は「今回の関税は低迷する世界経済見通しに対し明確なリスクとなる」と警告し、米国に対し貿易緊張の緩和と不確実性低減を呼びかけました​。米国の同盟国も敵対国も、足並みを揃えてトランプ関税に懸念を示し、「極めて破壊的な影響を及ぼす」と軒並み非難したのです。

米国債売却は報復カードとなり得るか?

トランプ関税への対抗策として、一部で取り沙汰されたのが「米国債の売却」です。これは米国の資金調達を揺るがす 外交カード として注目されましたが、その現実性について検証します。

まず各国の米国債保有状況を最新データから見てみると、日本が約1兆0793億ドルと最大の米国債保有国であり、次いで中国が約7608億ドルと続きます(いずれも2025年1月時点)。この他、イギリス:約7402億ドル、カナダ:約3508億ドルを保有するなど、欧州主要国や近隣諸国も多額の米国債を持っています​。米国債は世界の基軸通貨ドル建ての安全資産として各国が外貨準備や年金基金で運用してきた経緯があり、米政府にとって外国中央銀行や政府による米国債購入は巨額の財政赤字を賄う上で不可欠です。

こうした状況下で、関税への報復手段として米国債を売却する可能性が取り沙汰されました。理論上、中国や日本など主要保有国が米国債を大量売却すれば、米国の金利上昇やドル安を招き、米政府に大きな打撃を与え得ます。しかし、各国のスタンスは慎重です。

  • 日本の立場:日本政府は明確に米国債売却を交渉カードに使わない方針を示しました。加藤財務相は「米国債は将来の為替介入に備えるもので、外交的な目的ではない」と述べ、報復目的の売却を否定しています​。自民党内でも外交手段としての米国債活用は慎重論が支配的で、政権幹部の小野寺五典氏も「同盟国として意図的な売却は考えるべきでない」とNHK番組で明言しました。日本が米国債を売れば、それは円を買い戻す為替介入と同義であり円高を招いて自国経済を損ねるため、「慎重どころか愚策だ」という認識です。実際、日本は為替安定の観点から米国債を積み増してきた経緯があり、報復カード化すれば本末転倒になりかねません。
  • 中国の立場:中国は公には米国債売却に言及しないものの、潜在的な「核オプション」として市場が注目しています​。中国は世界第2位の米国債保有国ですが、2018年以降、その保有残高を徐々に減らしてきました(2023年には約13年前の水準まで低下)。これは貿易戦争や対立激化を睨んだ分散投資・ドル依存低下策とされ、実際近年は金準備の増強やデジタル人民元推進など「脱ドル化」の動きも見られます。一方で急激な売却は自国の外貨資産価値を毀損し、市場混乱で中国経済も打撃を受けるため、中国政府も慎重だと考えられます。ただし2025年4月には、米国債市場で異例の売り圧力が生じ、長期金利が数十年ぶりの急騰を演じた際に「中国政府が関与したのでは」との観測が飛び交いました​。SMBC日興証券のストラテジストは「中国が報復として米国債を売却しているのかもしれない」とのリポートを出し、もしそうなら「グローバル市場の大混乱も厭わない姿勢の表れだ」と分析しています。このように、中国が密かに米国債売却で揺さぶりをかけた可能性も指摘されましたが、公式には確認されていません。中国政府の取引は厳重に秘匿され臆測の域を出ませんが、市場では常に「中国がいつ米国債という外交カードを切るか」が注目されています。
  • その他の国:イギリスや欧州諸国、カナダなども米国債を保有していますが、これらの国が報復として売却に動く可能性は低いと見られます。英国は保有額こそ大きいものの、その多くはロンドン市場を通じた他国の資金や民間投資家の分も含まれ​、政府主導で売却する構図にはありません。また欧州各国の外貨準備は米国債以外にも分散されており、外交カードとして使う発想自体が米欧同盟国には薄いです。カナダも自国通貨カナダドルが基軸でない以上、米ドル資産保有は経済安定に必要であり、報復売却すれば自国経済に跳ね返るリスクがあります。

以上から、米国債売却を外交カードとして実行する現実性は総じて低いと言えます。日本が明言したように「慎重さが必要」​であり、中国も実行すればブーメラン効果を覚悟しなければなりません。まさに「諸刃の剣」「自爆的な核オプション」です​。各国とも、金融市場・自国経済への副作用が大きすぎるため、米国債売却を直接の報復措置として公式に用いることは躊躇しているのが実情です。

米国債を大量売却した場合の市場・経済への影響

仮に主要国が報復として米国債を市場で大量売却した場合、国際金融市場には甚大なインパクトが及びます。そのシナリオを考えてみます。

まず米国債価格の急落・金利急騰が起こります。需要と供給のバランスが崩れ、債券価格が下落すれば長期金利が急上昇します。2025年4月の市場では、実際に米国債の大規模売りが発生した際、30年債利回りがコロナ禍以降最大の上昇幅を記録しました。米10年債利回りも急騰し、投資家の間で「米国債はもはや絶対的な安全資産ではない」との見方が広がりました​。安全通貨であるはずのドルも下落し、同時に株式や商品市場も大荒れとなるなど、安全資産とリスク資産の垣根を超えた同時売りが発生しました​。これは投資家心理が極度に不安定化し、パニックに陥った結果です。

市場金利の上昇は、米国のみならず世界の金利水準を押し上げます。米国政府にとっては借入コスト増大となり、財政赤字の利払い負担が重くなるでしょう。米国債利回りが上昇すれば、企業や消費者の借入金利も連動して上がるため、米国内経済も冷え込みます。まさに「世界経済の減速」を招く恐れが高いのです。

為替市場では、ドル安圧力がかかる可能性があります。外国政府が米国債を売る際、通常はドル資産を手放すことになるため、需給的にドル売り・自国通貨買いが発生します。例えば中国が米国債を売ればドルを受け取り、それを人民元など他資産に換えようとするでしょうから、ドル相場は下押しされます。日本が売れば円高圧力となります。実際に2025年4月の市場では、ドルは主要通貨に対して急落し、一時1ドル=142円台まで円高が進む局面もありました(それまで160円近かった水準から大きく反発)。ドル安・自国通貨高は、米国から見れば輸出競争力の低下要因となり、輸入物価を下げインフレ抑制にはつながりますが、輸出企業には逆風です。他方で、報復措置をとった国(売り手)にとっては自国通貨高は輸出産業に打撃であり、自国経済を痛める副作用となります。

米国債売却の市場リスクとしてもう一つ重要なのは、売却国自身の残存保有資産の価値も下がる点です。大量売却によって米国債価格が暴落すれば、売り手がまだ保有している米国債の価格も下落し、評価損を被ります。例えば中国が保有全額を一度に売ろうとすれば、市場価格が暴落するため想定よりもはるかに安い価格でしか売れず、自ら巨額損失を出しかねません。流動性リスクも高く、米国債市場と言えどパニック時には買い手が付かずに取引が薄くなる可能性があります。このように、自国の外貨準備を減らし金融安定を損なうリスクを各国は十分認識しています。

さらに、米国債の信用低下はグローバル金融システム全体の不安定化に繋がります。米国債は各国の銀行や機関投資家にとって担保資産でもあり、その価格急落は金融機関のバランスシートを傷つけかねません。結果的に、リーマンショック級の信用収縮やリスクオフが起き、世界同時不況すら招きかねないのです。

総じて、米国債売却という報復措置は「核兵器」のようなもので、その破壊力は米国だけでなく全当事者に降りかかります。そのため現実には使いにくいのですが、いざ市場でその兆候が現れると米国側も無視できません。事実、2025年4月に米国債が急落した際、米財務長官やFRB当局者は市場安定化策を協議し、トランプ大統領も急遽関税措置の90日停止を表明するに至りました​。報道によれば、アジア市場での米国債“大量売り”が中国による売却との憶測を呼び、これがトランプ政権に大きな圧力となって「相互関税」の一時停止を余儀なくされたとの指摘もあります。つまり、米国債市場の動揺は米政権の政策判断を左右するほどのインパクトを持ちうるのです。

もっとも、その「核オプション」を本当に使ってしまえば、自らも被曝する(経済的損失を被る)リスクが高く、現実には互いに「使えない兵器」として睨み合う状況と言えるでしょう。米中双方が米国債を相互確証破壊のカードとして暗黙裏に保有しつつ、実際には行使を避けている構図です。

米国債を外交手段に用いた過去の事例

過去に実際、米国債保有を戦略的に調整した例もあります。その代表がロシアです。ロシアは2014年のクリミア危機以降西側との関係が悪化する中、米国債の保有を徐々に減らし、2018年には保有額をほぼゼロにまで激減させました​。2018年4月に米政府が対ロ追加制裁を発表すると、ロシア中銀は保有していた米国債約966億ドルを一挙に487億ドルへ半減させ、その後も売却を続け主要保有国リストから消えるほどに縮小しました​。その資金は主に金の購入などに振り向けられ、ロシアは対米金融エクスポージャーを意図的に減らしました。この動きは「米国のドル制裁に備えた防衛策」と解釈され​、実際2022年のウクライナ侵攻に際して米欧がロシアの外貨準備を凍結した際も、ロシアは既に米国債をほとんど保有していなかったため直接的影響は限定的でした。ロシアの場合、自国経済が資源輸出によるドル収入で支えられていたため、米国債を手放しても貿易面でのドル取引がすぐになくなるわけではありませんでしたが、それでも金利収入放棄というコストを払い、ドル離れを選択したわけです。

中国もまた徐々にではありますが、「米国債売り」のカードを実質的に行使してきたとも言えます。前述の通り、2010年代初頭に1兆3000億ドル以上あった中国の米国債保有額は、2023年には約8200億ドルと14年ぶりの低水準になりました​。この背景には、中国人民銀行が人民元の下支え(為替介入)に米国債を売却・活用したことや、外貨準備の分散投資(ユーロ圏債券や自国企業への出資など)戦略があるとされています。中国政府は公式には「市場動向に応じて外貨準備を運用している」と説明し、政治的意図は否定してきました。しかし米中対立が先鋭化するにつれ、中国国内では「米国債への過度な依存はリスク」との声も強まり、米国債を減らしておくことで対米報復カードの余力を蓄える狙いもあったと見られます。実際、2025年の関税戦争エスカレーション時に「中国は既に必要最小限しか米国債を持っていないので、売却しても影響は限定的」という見方も市場で聞かれました(※市場関係者談)。

一方、日本は過去に米国債を外交カードとして用いた例はありません。むしろ日米関係においては、日本が米国債を安定的に購入・保有し続けること自体が「金融面での日米同盟関係」を象徴してきました。1980年代の貿易摩擦期にも、日本が米国債売却で報復するといった事態は起こらず、逆にプラザ合意後の円高是正のための協調行動では日本が米国債を積極的に買う場面もありました。近年でも、リーマン危機後やコロナ危機時に米国債市場が混乱すると、日本や中国が保有額をむしろ増やして市場安定に寄与したという分析もあります(※米財務省データ)。日本にとって米国債は政治的な「攻撃」手段ではなく、防衛的な通貨政策手段であり続けています​。

このように、米国債を外交カードとして活用した稀な例としてロシアや(ある程度)中国のケースが挙げられます。ただ、ロシアは経済規模が小さく米国債市場への影響も限定的、中国は慎重に時間をかけて減らす戦術でした。急激かつ露骨な米国債売却で報復した前例は皆無であり、各国とも極力このカードを使わずに済む道を選んできたのが現状です。

日本が米国債を世界最大保有国である理由

上記のように、日本は米国債を報復手段どころか積極的に蓄えてきた国です。2020年代に入り中国を抜いて日本が一貫して米国債最大保有国となっている背景には、いくつかの日本固有の事情があります。

  • 対米貿易黒字とドル資金の再投資先:日本は長年、対米貿易黒字国であり、自動車や電機製品の輸出で稼いだ巨額のドルを手にしてきました。そのドル資金を安全かつ流動性の高い運用先に置く必要があり、最適解が米国債への投資でした。結果として、日本企業・機関投資家・政府の合わせた米国債保有が累積的に増加しました。特に政府の外貨準備は貿易収支のみならず、為替介入によるドル買いでも増強されてきました。円高是正のために政府・日銀が市場で円を売りドルを買う際、その買ったドル資金で米国債を購入するケースが多かったのです​。こうした為替介入の副産物として、日本の米国債保有高は膨らんできました。
  • 為替介入と安全弁としての外貨準備:日本は自国通貨円の急騰を防ぐために度々介入を行ってきました。例えば2022年には歴史的な円安に歯止めをかけるため、逆に円買い・ドル売り介入も行いましたが、それ以前の円高局面(例えば2011年など)では大規模な円売り・ドル買い介入を実施しています。そうした介入で購入したドルの多くが米国債という形で外貨準備に蓄積され、「有事の備え」として保持されています​。為替平穏期にも日本は米国債を売却せず保持する傾向があり、これは将来再び円高になった際に備えていつでもドルを放出できるようにするためです。つまり日本にとって米国債は、「相場安定のための実弾」としての意味合いが強く、容易に手放せない理由となっています。
  • 安全資産・運用利回りの観点:日本国内は超低金利が長く続き、機関投資家(年金基金・保険会社など)にとって国内債券だけでは運用利回りを確保しづらい状況でした。そのため相対的に利回りの高い米国債は魅力的な投資対象でした。とりわけ為替ヘッジをつけなくても運用できる層(外貨建て資産を許容する投資家)は、米国債を大量に購入しました。日銀の超低金利政策も相まって、たとえ為替変動リスクがあっても米国債の利息収入を得たいという需要が日本には根強くあります​。また米国債市場の規模・流動性は群を抜いており、巨額の資金を運用する際にもマーケットインパクトが小さい点も、大口投資家に選好される理由です。日本の公的年金(GPIF)や郵貯なども分散投資先として米国債を一定割合組み入れており、民間部門も含めた日本全体の米国債保有残高を押し上げています。
  • 日米同盟と政治的信頼:日本が米国債を買い支えることは、外交面でも日米同盟の絆を強める作用があります。米歴代政権は日本や中国に対し自国債の安定保有を歓迎してきました。日本側も、米国との良好な関係維持のために米国債を売却しないという不文律を守ってきた面があります。実際、岸田首相や財務省高官が米国債保有について「適正水準を超えて多すぎるとは考えていない」と国会で答弁するなど​、日本政府は巨額の米国債保有を基本的に是認しています。これは経済合理性だけでなく、日米の信頼関係に裏打ちされた戦略とも言えます。米側からすれば日本が米国債を最大保有してくれることは財政的な安心材料であり、日本側もそれを外交カードには使わないと約束しているわけです。この暗黙の了解が、日本が最大保有国であり続ける背景にあります。

以上のような理由から、日本は米国債を手放すどころか「手元に抱え込む」傾向を示してきました。それは報復手段ではなく、自国経済の安定装置であり、同盟国アメリカへの信頼投票でもあるのです。

米国債保有のメリットとリスク:金利収入・為替リスクなど

米国債を保有し続けることには、経済的なメリットとデメリットの両面があります。日本や中国など主要保有国のケースを念頭に、その収益面とリスク面を評価します。

●メリット(収益面・安全性):最大のメリットは安定した金利収入を得られることです。米国債は基本的に元本と利息の支払いが保証された信用度の高い資産であり、期限まで保有すれば額面金額が返ってきます。特に近年は米FRBの利上げにより米国債利回りが上昇し、例えば10年債利回りは2021年の1%台から2023~2025年には3~4%台へと上がりました​。そのため、保有国にとっての利息収入は増加傾向にあります。日本が保有する約1.08兆ドルの米国債から得られる年間利息は、仮に平均利回り3%とすると300億ドル強(4兆円超)にもなり、これは日本の国家歳入にとって無視できない規模です(実際には米国債利息は外貨準備特別会計に計上)。中国にとっても米国債からの利息は対米貿易黒字で得たドルを運用する利益源となっています。さらに米国債は流動性が高いため、いざという時に売却して現金化しやすい利点もあります。外貨準備として有事の緊急資金に転用できる信頼性は、他の外貨建て資産(社債や株式等)にはない魅力です。またドル建て資産を持つこと自体が、自国通貨急騰への抑止力や為替介入余力となる点も見逃せません。日本にとって米国債は、有事の保険でありつつ、平時には地味に利息を稼いでくれる資産という位置づけです。

●デメリット(リスク面):一方で、為替変動リスク金利変動リスクがデメリットとなります。米国債はドル建てですから、円や人民元など自国通貨建てに評価すると、その価値は為替レート次第で増減します。例えば日本の場合、近年は円安が進行したため外貨準備高の円換算額は増えました(評価益)が、将来円高に振れれば評価損が生じます。実際、過去に急激な円高局面では日本の外貨準備に含み損が発生し問題視されたこともあります。しかし日本政府は外貨準備は簿価で管理し基本的に売却しない方針のため、評価損益はただの含みで実現しない限り問題ないとの立場です。つまり為替リスクは認識しつつ「長期保有で乗り切る」戦略と言えます。他方、中国は自国通貨をドルに連動させるために米国債を活用(売却してドルを市場に放出し元を買い支える)してきた側面があり、為替介入の弾として米国債を使うと自国準備が減るジレンマを抱えます。

金利変動リスクとしては、市場金利が上がると債券価格は下がるため、途中で売却しようとすると損失が出る点です。昨今のように米金利が上昇局面では、保有国が過去に低利回りで買った米国債の時価は下落しています。しかしこれも満期まで保有すれば額面は回収できるため、評価損に過ぎません。ただ、仮に為替介入などで途中売却を余儀なくされると損失が確定してしまいます。日本が2022年に31年ぶりの円買い介入を行った際、保有するドル資産の一部を売却しましたが、その時点で米国債価格が低迷していれば日本は売却差損を被った可能性があります(もっともその介入は短期資金で賄ったとの見方もあり詳細不明)。このように、必要なときに思うような価格で売れないリスクは存在します。

さらに、機会費用の問題もあります。巨額の資金を米国債に固定しているため、他にもっと有利な投資機会があっても活用できないという点です。例えばインフラ投資や経済対策に使えば国内経済にプラスかもしれない資金が、米国債という形で塩漬けになっているとの指摘もあります。しかしながら、外貨準備はあくまで対外支払いと金融安定の備えであり、国内向けに転用するのは本末転倒との反論があります。また米国債の利息が付くとはいえ、為替ヘッジを行わない限り円建てではリターンが不確実です。この点、日本の場合は外貨準備を円に換えて国内で使うには日銀が市中の円を回収しなければならず、財政資金化は簡単ではありません。要は、「米国債保有=儲かるのか?」との問いに対しては、「名目上は利息で利益が出ているが、自国通貨ベースでは変動もあり、一概に大儲けとは言えない」というのが正直なところでしょう。少なくとも、日本政府は外貨準備について利益追求より安定性重視のスタンスで運用しています​。

今後の展望:国際関係と金融市場への影響

最後に、2025年の関税紛争と米国債問題を受けた今後の国際関係・金融市場の展望を述べます。

まず国際関係面では、保護主義の台頭とブロック化のリスクが高まりました。トランプ政権の強硬関税によって米中対立は一段と深まり、貿易のみならず金融・通貨の分野でも「デカップリング(経済切り離し)」が進む可能性があります。中国は今後も米国債保有を慎重に減らしつつ、石油取引の人民元建て推進やBRICS諸国との金融協力など、ドル依存脱却の戦略を強めるでしょう。米国にとってこれは自国債券の需要低下につながり、中長期的には国債金利の上昇圧力となり得ます。ただ、ドルに代わる決済通貨や米国債に代わる流動性資産は直ちには見当たらないため、徐々に進行する緩やかな変化となりそうです。

一方、日本や欧州など米国の同盟国は、関税問題に関しては米国と協議を通じた解決を図り、一定の譲歩や妥協点を見出す公算が大きいです。実際、2025年7月までの90日間で日本・EUは米国と集中的な交渉を行い、自動車分野などで米国側に追加関税の撤回を促す見込みです。米国も同盟国との摩擦が長引けば安全保障面で不協和音が生じかねず、ある程度の軟着陸を模索するでしょう。こうした中で、日本や欧州が米国債を売却するといった過激なカードを切る可能性は低く、むしろ金融面では従来通り米国債を安定保有する姿勢を続けると予想されます。実際、日本政府は「外貨準備高は適切に維持運用していく」と繰り返し表明しており​、2025年に入っても米国債を純買い増ししています(1月に約200億ドル増加)。

金融市場への影響としては、貿易摩擦→金融不安→政策修正という2025年前半に見られたパターンが今後も繰り返される可能性があります。つまり、貿易面で対立が激化すると市場が動揺し、株安・債券安・ドル安という形で各国経済に跳ね返り、結果的に政治的圧力がかかって事態が多少改善する、という循環です。今回は米国債市場の混乱がトランプ政権にブレーキをかけた面がありました​が、今後も市場は各国政府の出方を敏感に織り込んで反応するでしょう。特に米国債については、主要国の保有動向(月次のTICデータなど)がこれまで以上に注目され、「どの国が買った/売った」といった報道が相次ぐ可能性があります。例えば中国の保有額が大きく減れば市場は過剰反応するかもしれず、当局は情報管理に神経をとがらせるでしょう。

また、米国の財政状況そのものも影響を受けます。外国勢が米国債購入を絞れば、米金利上昇やドル安定性低下を招きかねず、米国は国内投資家や他の資金源に頼らざるを得なくなります。これはドル覇権の徐々な弱体化につながる懸念もあります。ただ現実には、依然として米国債は「最後の貸し手」とも言うべき安全資産であり、地政学リスクや世界経済の先行き不透明感が高まるほど、逆に資金が米国債に逃避する現象も起こり得ます​。実際、関税紛争が小康状態になると米国債利回りは低下に転じ、依然として逃避先として機能する場面もみられました(※市場データ)。

総じて、米国債売却の外交カード化は現実的には抑制されるものの、各国は長期的視点で「ポートフォリオ多様化」を進め、万一の対立激化に備えると考えられます。2025年のトランプ関税劇は、従来経済と金融を分けて考えていた国際秩序に一石を投じ、「金融兵器化」のリスクを再認識させました。日本が米国債を売らず抱え続ける背景には、そうした不安定な情勢下でも自国経済を守り同盟を維持するしたたかな戦略があります。一方で中国は必要最小限にとどめつつ静かにカードを研ぎ澄ませています。今後の展望として、関税政策と金融カードが交錯する複雑な駆け引きが続くでしょう。ただし最終的には各国とも自国利益を最大化するため、「報復の連鎖」ではなく妥協点を探る現実路線に落ち着く可能性が高いと言えます。

関税戦争と金融市場の不安定化という二正面のリスクを前に、主要国は改めて協調と対話の重要性を痛感しています。米国債という外交カードは切らずに済むなら切らない――それが2025年現在の各国の本音であり、世界経済の安定にとっても望ましいシナリオでしょう。今後も「トランプ関税」「米国債売却」「経済影響」「外交カード」といったキーワードが飛び交う局面はあるかもしれませんが、最終的には理性的な落とし所を見出すことが期待されます。各国の動向と市場の反応を注視しつつ、国際協調による解決への道筋を模索していく局面が続くことになりそうです。

参考資料・出典:トランプ政権発表および各国政府・中央銀行の公式発表、米財務省・日本財務省データ、Bloomberg・Reuters・Financial Times・日本経済新聞など信頼できる報道​jp.reuters.comreuters.comreuters.comreuters.com他。各種統計は2025年時点の最新公表値に基づきます。

Food Science

2025/4/25

Fermented Foods and Health: Recent Research Findings (2023–2025)

1. Fermented Foods and Health Benefits – Meta-Analysis Evidence (2024) Several recent systematic reviews and meta-analyses have evaluated the health effects of fermented foods (FFs) on various outcomes: Metabolic Health (Diabetes/Prediabetes): Zhang et al ...

文化 社会

2025/4/25

日本に広がるインド料理店:ネパール人経営の実態と背景

日本のインド料理店市場の推移とネパール人経営の現状 日本各地で見かける「インド料理店」は、この十数年で急増しました。NTTタウンページの電話帳データによれば、業種分類「インド料理店」の登録件数は2008年の569店から2017年には2,162店へと約4倍に増加しています​。その後も増加傾向は続き、一説では2020年代半ばに全国で4,000~5,000店に達しているともいわれます​。こうした店舗の約7~8割がネパール人によって経営されているとされ、日本人の間では「インネパ(ネパール人経営のインド料理店)」と ...

介護

2025/4/25

全国の介護者が抱える主な困りごとと支援策(2025年4月現在)

身体的負担(からだへの負担) 介護者(家族介護者・介護職員ともに)は、要介護者の介助によって腰痛や疲労を抱えやすく、夜間の介護で睡眠不足になることもあります。例えばベッドから車いすへの移乗やおむつ交換などで腰に大きな負担がかかり、慢性的な痛みにつながります。在宅で1人で介護する家族は休む間もなく身体が疲弊しやすく、施設職員も重労働の繰り返しで体力の限界を感じることがあります。 公的サービス: 介護保険の訪問介護(ホームヘルプ)を利用し、入浴や移乗介助など体力を要するケアをプロに任せることができます。またデ ...

制度 政策 経済

2025/4/25

食料品消費税0%の提案を多角的に分析する

なぜ今「食料品消費税0%」が議論されるのか 日本で食料品の消費税率を0%に引き下げる案が注目されています。背景には、物価高騰と軽減税率制度の限界があります。総務省の統計によると、2020年を100とした食料品の消費者物価指数は2024年10月時点で120.4に達し、食料価格が約2割上昇しました。この価格上昇は特に低所得世帯の家計を圧迫しています。 現在の消費税は標準税率10%、食料品等に軽減税率8%が適用されていますが、軽減効果は限定的です。家計調査の試算では、軽減税率8%による1世帯当たりの税負担軽減は ...

不動産 住まい

2025/4/25

賃貸退去時トラブルを防ぐための完全ガイド

はじめに賃貸住宅から退去する際に、「敷金が返ってこない」「高額な修繕費を請求された」といったトラブルは珍しくありません。国民生活センターにも毎年数万件の相談が寄せられ、そのうち30~40%が敷金・原状回復に関するトラブルを占めています。本ガイドは、20代~40代の賃貸入居者や初めて退去を迎える方、過去に敷金トラブルを経験した方に向けて、退去時の手続きや注意点、法律・ガイドラインに基づく対処法を詳しく解説します。解約通知から敷金返還までのステップ、退去立ち会い時のチェックポイント、契約書の確認事項、原状回復 ...

-国際, 経済, 金融
-, , , , , , , , , , ,