
引っ越しを終えたあと、管理会社から届いた退去費用の請求書。「壁紙の全面張替え」「クリーニング一式」などが並び、預けた敷金に加えて数万円、数十万円を求められると、どこから確認すればよいのか迷います。
退去費用が高いと感じたら、まず明細を取り寄せ、傷や汚れの原因、補修する範囲、設備の経過年数、契約の特約を項目ごとに確認しましょう。 支払期日が迫っている場合は、確認中の項目を伝え、回答予定日と期限の扱いを相談します。
原状回復では、普通に暮らして生じる傷みと、故意や不注意などによる損傷を分けて考えます。国土交通省のガイドラインと公的相談窓口の案内を基に、請求書の見方から問い合わせ文例まで整理します。
※一般的な居住用賃貸住宅を想定した解説です。個別の負担は契約内容や使用状況などによって判断されます。制度・公的資料の確認日:2026年9月29日。
退去費用が高いと感じたら、最初にそろえるもの
最初に、請求額の合計だけでなく、その計算に使われた資料を集めます。手元にない書類は管理会社や貸主に写しを求めましょう。
- 賃貸借契約書、特約、重要事項説明書
- 原状回復の見積書、請求書、敷金の精算書
- 入居時・退去時の写真や動画、室内の状態を記録した確認書
- 入居時に支払った清掃費などの領収書・明細
- 設備の故障や水漏れなどを連絡したメール、管理会社とのやり取り
あわせて、請求を受けた日、回答を求められている日、支払期日を控えます。電話で説明を受けた場合も、日時・担当者名・説明内容をメモし、確認事項をメールで送っておくと話が整理しやすくなります。
国民生活センターも、納得できない原状回復費用については、貸主側に明細などの説明を求め、負担について話し合うよう案内しています。全国の消費生活センター等に寄せられた原状回復トラブルの相談は、2025年度に1万4,711件でした。これは2026年5月31日までの登録分で、消費生活センター等からの経由相談を除いた件数です。
出典:国民生活センター「賃貸住宅の原状回復トラブル」、2026年2月17日の注意喚起
原状回復の基本は「何が原因で傷んだか」
民法621条は、借主の原状回復義務から、通常の使用による損耗と経年変化を除いています。借主に責任のない原因で生じた損傷も、原則として借主の負担対象には入りません。
例えば、日光による壁紙の変色と、家具を運ぶ際につけた深い傷は、負担の考え方が異なります。まず原因を分け、そのうえで補修範囲や金額を検討する順番です。
国土交通省のガイドラインは、こうした原状回復の一般的な基準を示す資料です。法律そのものではなく、契約と実際の室内の状態を照らし合わせて話し合う際の参考になります。通常の負担範囲を広げる特約については、後述する内容・説明・合意の確認も必要です。
出典:国土交通省「住宅の賃貸借契約に関連する民法改正」、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について
通常の使用による傷みと、借主負担になり得る損傷
次の表はガイドラインに沿った一般的な整理です。有効な特約や損傷の程度によって、具体的な負担は変わります。
| 状態・原因 | 負担を考える際の目安 |
|---|---|
| 日照による壁紙や畳の変色 | 経年変化・通常損耗として、原則貸主側 |
| 家具を置いたことによる床やカーペットのへこみ | 通常損耗として、原則貸主側 |
| 冷蔵庫やテレビの後ろの壁の電気ヤケ | 通常損耗として、原則貸主側 |
| 下地の張替えが不要な程度の画鋲・ピンの穴 | 通常損耗として、原則貸主側 |
| 引っ越し作業でつけた傷、下地の張替えが必要なねじ穴 | 借主負担になり得る |
| 飲み物をこぼしたあとに放置して広がったシミ・カビ | 手入れ不足による損傷として、借主負担になり得る |
| ペットによる傷や臭い、喫煙によるヤニ・臭い | 損傷の範囲や程度に応じ、借主負担になり得る |
| 通常の清掃を怠ってこびりついた台所の油汚れ | 借主負担になり得る |
カビは、建物の構造や雨漏りなどが関係する場合もあります。発生場所だけで判断せず、原因、管理会社への連絡、日常の手入れ、その後の広がり方を確認しましょう。入居中に送った相談メールや修繕依頼の記録が、経緯を説明する材料になります。
出典:国土交通省・ガイドライン第1章「損耗・毀損の事例区分」等
壁紙は6年、床は別の扱い。経過年数と補修範囲を確認する
借主に責任のある傷や汚れでも、費用の計算では、部材の経過年数と必要な施工範囲が問題になります。
壁紙の「6年」は、張替えからの年数
ガイドラインでは、壁紙(クロス)は6年で残存価値が1円となる考え方を用い、借主の負担割合を算定します。確認するのは、原則として最後に張り替えてから退去までの年数です。
入居時にすでに3年使われていた壁紙なら、自分の入居期間だけを数えると、実際より新しい壁紙として計算されてしまいます。張替え時期、入居時の状態、計算に使った年数を管理会社に確認しましょう。
6年を過ぎても、故意や不注意で損傷させ、使用できていた壁紙を復旧する必要が生じた場合には、工事費などの負担が問題になることがあります。請求に工賃が含まれる場合は、必要な工事と年数の反映方法を具体的に尋ねます。
一か所の傷から、どこまで張り替えるのか
補修は、施工できる最小限の範囲を基本に考えます。壁紙は傷の部分を含む壁一面が対象となる場合もあるため、「一面」がどの壁を指すのか、図や写真で確認すると分かりやすくなります。
部屋全体の張替えが計上されていたら、全体に傷や汚れがあるのか、一部の色合わせのためなのかを確認しましょう。広範囲にヤニや臭いが付着したケースと、一か所だけ傷があるケースでは、必要な範囲が異なります。
出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」に関する参考資料・壁紙の事例
フローリングや畳表に、壁紙と同じ計算を当てはめない
| 対象 | 経過年数・補修範囲の主な考え方 |
|---|---|
| 壁紙(クロス) | 6年で残存価値1円となる考え方。必要な張替え範囲を確認 |
| フローリングの部分補修 | 原則として経過年数を考慮せず、必要な補修範囲を確認 |
| フローリング全体の損傷により必要となる全面張替え | 建物の耐用年数を用いて経過年数を考慮 |
| 畳表・襖紙・障子紙 | 借主が傷めた場合は、原則として枚数単位。経過年数は考慮しない |
畳表なども、通常の使用による傷みだけなら原則貸主側です。表の年数の扱いは、まず借主が負担すべき損傷があると判断された場合の話です。また、畳の表面である「畳表」と、芯の部分である「畳床」は別に扱われるため、明細の品名まで確認してください。
出典:国土交通省・ガイドライン第1章「賃借人の原状回復義務等負担一覧表」
退去費用の見積書は、6つの項目に分けて読む
「原状回復工事一式」とだけ書かれている場合は、何を、どの範囲で、いくらで直すのかが分かる明細を求めます。
| 確認する項目 | 管理会社・貸主に尋ねること |
|---|---|
| ① 損傷の場所と原因 | どの傷や汚れを、借主負担と判断していますか |
| ② 補修の範囲 | どの壁・床が対象ですか。全面交換が必要な理由は何ですか |
| ③ 数量と単価 | 面積、枚数、単価を教えてください。材料費と施工費はどう含まれていますか |
| ④ 経過年数と負担割合 | 設置・張替え時期はいつですか。借主の負担割合はどう計算していますか |
| ⑤ 特約による費用 | 契約書のどの条項に基づく請求ですか。作業範囲はどこまでですか |
| ⑥ 敷金・支払済み費用の精算 | 預けた敷金や前払いした費用は、今回の精算にどう反映されていますか |
工事の単価は、材料や施工方法、現場の条件などで変わります。インターネットで見つけた単価と比べる際は、材料費だけなのか、施工費込みなのか、税込みなのかをそろえる必要があります。
また、部屋の床面積と壁紙の施工面積は別の数字です。「部屋が20㎡なのに壁紙が60㎡」という点だけでは、面積の誤りとは判断できません。どの面を測った数字かを確認すると、話し合いが具体的になります。
架空の請求明細で、確認する順番を考える
以下は、読み方を説明するために作成した架空の例です。金額は相場や適正価格を示すものではなく、すべて税込みとします。 貸主側が次の金額を借主に請求した場面を想定しています。
| 請求項目 | 計算・金額 |
|---|---|
| 壁紙張替え | 60㎡ × 1,320円 = 79,200円 |
| 室内クリーニング | 38,500円 |
| エアコンクリーニング | 11,000円 |
| 諸経費 | 8,800円 |
| 請求額の合計 | 137,500円 |
| 敷金からの充当 | −70,000円 |
| 追加の支払請求額 | 67,500円 |
この場合は、壁紙の79,200円から確認を始めます。損傷箇所の写真と60㎡の対象範囲を照らし合わせ、張替え時期と負担割合を尋ねます。請求された施工費の総額と、借主が負担する金額が同じ計算になっている理由も確認しましょう。
続いて、室内とエアコンの清掃について、特約に書かれた作業の範囲、個別に請求する根拠、前払いの有無を見ます。諸経費は、作業内容と算出方法を尋ねます。
このように、先に「いくらまで値下げしてほしい」と決めるより、項目ごとに根拠を確認すると、合意できる部分と追加説明が必要な部分を整理できます。修正があった場合は、新しい明細と最終的な精算額を文書でもらいましょう。
なお、退去時の請求書には、未払家賃、解約に関する費用、鍵の紛失費用などが並ぶ場合もあります。これらは壁紙や床の修繕費と分け、それぞれの契約上の根拠を確認します。
クリーニング特約・敷金の精算は、契約書と照合する
特約は「負担する内容」と「合意した経緯」を見る
通常損耗などを借主に負担させる特約では、その必要性や合理性に加え、借主が通常より広い負担を理解し、明確に合意していたかが確認点になります。
クリーニング費用なら、部屋全体の清掃なのか、エアコン内部の洗浄まで含むのか、費用や算定方法がどう定められているかを見ます。特約に基づく清掃費の負担は、退去前に自分で掃除したかどうかとは別に確認が必要です。
「原状回復は借主負担」という記載だけでは範囲が分からない場合、通常の使用による傷みも対象にする合意だったのか、契約時にどのような説明を受けたのかを整理します。特約の効力に疑問があるときは、契約書全体を相談窓口に見せましょう。
入居時にも清掃費を払っていたら、何の代金だったか確認する
入居時の領収書に清掃費がある場合は、「退去時の清掃代を先に払ったもの」なのか、「入居前の清掃に対する別の費用」なのかを、契約書と初期費用の明細で照合します。
そのうえで、今回の作業と重複する部分や、前払いの反映漏れがないかを尋ねます。「入居時清掃費」「退去時清掃費」という名称だけで決めず、いつ、どの作業に対して支払う約束だったかを確認するのがポイントです。
国民生活センターは、入居時と退去時の両方でエアコンクリーニング代を求められた相談を紹介しています。公表されているのは相談事例なので、同様の請求が一律に違法と判断されたものとして読むことはできません。
敷金は、負担すべき費用を差し引いて精算する預け金
民法622条の2では、賃貸借が終了し、部屋を明け渡した場合、敷金から賃貸借に基づく借主の債務を差し引いた残額を返す仕組みが定められています。
敷金の額は、借主が負担する費用の上限ではありません。負担すべき費用が敷金を上回れば追加請求が生じ、下回れば残額が返還されます。敷金ゼロの契約でも、原状回復や有効な特約に基づく費用は確認が必要です。
敷金の一部を返さない「敷引き」「償却」の条項がある場合は、その対象を確認します。別に請求された清掃費や修繕費と、契約上どのような関係にあるのかも説明を求めましょう。
出典:国土交通省「住宅の賃貸借契約に関連する民法改正」・敷金の説明
管理会社への確認は、質問を絞って文書で送る
問い合わせでは、請求書の項目名を使い、分からない点を具体的に伝えます。次の文例は、該当する質問だけを残して使ってください。
件名:退去費用の明細と負担根拠の確認について(物件名・部屋番号)
退去費用の請求書を受領しました。内容を確認して精算について協議するため、以下の点をご説明いただけますでしょうか。
・壁紙張替えの対象箇所と面積、借主負担と判断された傷や汚れの内容
・張替え時期、経過年数、借主負担割合の計算方法
・全面張替えが必要とされる理由と、確認に用いた写真等の資料
・室内・エアコンの清掃費の根拠となる特約と、それぞれの作業範囲
・諸経費の内訳、敷金および入居時に支払った費用の精算方法
現在、上記の項目を確認しています。回答予定日と、確認が終わるまでの支払期日の扱いについてもご相談させてください。
氏名/連絡先
添付する写真には、「居室の窓側の壁」「入居時に管理会社へ報告した床の傷」など、場所と時点が分かる説明を付けると伝わりやすくなります。
説明を求める連絡だけで支払期日が延びるわけではないため、期限について合意した内容もメールなどに残してください。回答が得られない場合や、説明を受ける前に支払いを強く求められる場合は、期日前に消費生活センターへ相談します。
話し合いが進まないときの相談先
最初の相談先は、消費者ホットライン188
消費者ホットライン「188」は、最寄りの消費生活相談窓口などにつながる番号です。相談は無料ですが、窓口につながったあとの通話料はかかります。
相談時には、請求総額、特に疑問のある項目、契約の特約、退去時の状態、これまでのやり取りを伝えます。「総額が高い」という説明に、具体的な疑問を一つ添えると相談を始めやすくなります。
例えば、「居室の壁一面に傷があると言われ、全室の壁紙張替え代が請求されている。面積の根拠を尋ねたが回答がない」と整理できます。
特約の効力や合意書の判断が必要なら、法律相談へ
特約が有効か、署名した書面で何に合意したことになるか、支払済みの費用について返還を求められるかといった問題は、具体的な書類を基に法律相談を利用すると整理できます。
法テラスでは、収入・資産などの条件を満たす人を対象に無料の法律相談を行っています。対象条件と予約方法を確認し、契約書や精算書などを用意してください。
解決しない場合は、調停や訴訟の選択肢を相談する
当事者同士の協議で解決しない場合には、裁判所の民事調停なども選択肢になります。民事調停は、裁判官と調停委員が間に入り、話し合いで解決を目指す手続です。
また、敷金返還など、60万円以下の金銭の支払いを求める場合は、原則1回の審理で解決を図る少額訴訟を検討できます。相手方の申出や裁判所の判断などで通常の訴訟に移る場合もあるため、請求内容と証拠に合った手続を確認しましょう。
裁判所から支払督促や訴状が届いたときは、管理会社との交渉中でも、書類の期限を確認して速やかに法律相談につなげてください。 支払督促を放置すると、仮執行宣言が付され、強制執行に進む場合があります。
退去費用についてよくある疑問
退去の立会いでサインしてしまいました。相談できますか?
署名した書面を用意して相談できます。まず、傷や汚れの状態を確認した書面なのか、具体的な費用負担まで合意した書面なのかを確かめます。金額や負担を了承する文言がある場合は、その内容と説明を受けた経緯を相談先に伝えてください。
これから立ち会う人は、署名欄だけでなく本文を読み、確認できた内容と疑問が残る内容を伝え、書面の控えを受け取っておきましょう。
入居時の写真がありません。何を用意すればよいですか?
入居時のチェックシート、傷や故障を報告したメール、修繕の履歴などを探してください。管理会社が保管する入居時の記録についても、確認に必要な資料として提示を求めます。写真の有無にかかわらず、借主負担とする理由と計算方法を尋ねるところから始められます。
退去前に自分で補修すれば、費用を抑えられますか?
補修する前に、方法と範囲を管理会社や貸主へ相談してください。壁紙の品番や床材が合わず、やり直しになることも考えられます。通常の掃除を進める一方で、傷を隠すための塗装や張替えは、承諾と仕上がりの条件を確認してから判断しましょう。
参考:国民生活センター・賃貸住宅の原状回復トラブルに関する注意喚起
「家賃の何か月分」なら妥当と考えてよいですか?
家賃との比率だけでは、個別の請求の妥当性は分かりません。同じ家賃でも、部屋の広さ、材料、損傷、特約によって確認すべき内容が変わります。総額の目安を探す前に、負担の理由と計算が分かる明細をそろえましょう。
手元の請求書で説明が足りない項目に印を付け、契約書と写真を並べてみてください。そのうえで管理会社に質問を送り、返答を受けても疑問が残る場合は、その資料を持って相談窓口につなぐ。そこまで準備すると、何について話し合う必要があるのかが明確になります。
インフレと金利上昇で変わる「持ち家 or 賃貸」選択【2025年版】
1. マクロ環境の現状 2025年時点、日本のマクロ経済環境はコストプッシュ型インフレと長期金利の上昇が同時進行しています。総務省の最新統計によれば、5月の全国消費者物価指数(生鮮食品除くコアCPI)は前年同月比+3.7%と加速し、約2年ぶりの高い伸び率を記録しました。特に食料品ではコメ価格が前年比+101.7%と異例の上昇を示し、物価高の主因となっています。エネルギーや原材料価格の高騰、円安の影響による輸入品価格上昇が家計に重くのしかかり、コストプッシュインフレが定着しつつある状況です。 一方、金融市場 …
