
情報基準日:2026年8月22日
北方領土問題とは、北海道の北東にある択捉島・国後島・色丹島・歯舞群島の帰属をめぐる、日本とロシアの未解決問題です。
現在、北方四島ではロシアが行政を行い、実効支配しています。日本政府は四島を「日本固有の領土」と位置づけ、ロシアによる占拠には法的根拠がないと主張しています。
一方、ロシア政府は、第二次世界大戦の結果として南クリル諸島へのロシアの主権が確立したとの立場です。
1956年の日ソ共同宣言には、平和条約締結後に歯舞群島と色丹島を日本へ「引き渡す」と記されています。しかし、日露間の平和条約は現在も締結されていません。
この記事で分かること
この記事では、北方領土がどこにあるのか、なぜ日本とロシアの主張が食い違うのか、1945年に何が起きたのかを順番に説明します。
さらに、ヤルタ協定、サンフランシスコ平和条約、日ソ共同宣言の意味、北方領土が返還されない理由、元島民と現在の住民、2022年以降の交渉停止、2026年8月の最新動向まで取り上げます。
北方領土問題とは?5つの要点
- 対象となるのは、択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島です。
- 現在は、ロシアが行政管理・実効支配しています。
- 日本政府は四島を日本固有の領土とし、ロシア政府は第二次世界大戦の結果としてロシア領になったと主張しています。
- 1956年の日ソ共同宣言は、平和条約締結後に歯舞群島・色丹島を日本へ「引き渡す」と定めました。
- ロシア政府は2022年3月、日本との平和条約交渉を継続しないと表明しました。2026年8月22日時点で、交渉再開についての具体的な合意は公表されていません。
北方領土問題の基本データ
| 項目 | 2026年8月22日時点の整理 |
|---|---|
| 対象 | 択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島 |
| 場所 | 北海道本島・根室半島の北東、オホーツク海と太平洋の境界付近 |
| 現在の行政管理 | ロシア連邦が行政管理・実効支配 |
| 日本政府の位置づけ | 四島は日本固有の領土であり、日本が主権を有する島々。ロシアの占拠に法的根拠はないとの立場 |
| ロシア政府の位置づけ | 「南クリル諸島」と位置づけ、第二次世界大戦の結果としてロシアの主権下に入ったとの立場 |
| 現在の居住者 | 主としてロシア国民。日本外務省は約1万8,000人と説明 |
| 平和条約 | 日ソ共同宣言で戦争状態は終了し、国交も回復したが、日露平和条約は未締結 |
| 交渉状況 | ロシア側が2022年3月に交渉を継続しないと表明。再開についての具体的な合意は公表されていない |
| 最新更新 | 2026年8月22日 |
ここで重要なのは、「現在ロシアが管理している」という事実と、「法的にどちらの国へ帰属するか」という日露両政府の主張を分けることです。
実際の行政はロシアが行っていますが、日本政府が領有権の主張を取り下げたわけではありません。一方、ロシア政府は、領土問題は第二次世界大戦の結果によって解決済みとの立場を示しています。
北方領土はどこにある?
北方領土は、北海道の根室半島や知床半島から北東方向へ連なる島々です。
最も北海道に近いのは歯舞群島です。歯舞群島の一部である貝殻島は、納沙布岬から約3.7キロメートルしか離れていません。
国後島も北海道本島のすぐ北東にあり、択捉島は国後島のさらに北東に延びています。
「北方四島」は、四つの大きな島だけを意味する言葉ではありません。歯舞は複数の島からなる島群であり、択捉島、国後島、色丹島と合わせて「四島」と数えています。
北方四島を比較
| 日本語名 | 英語・ロシア語表記 | 面積の目安 | 北海道からの距離の目安 | 1945年8月15日の日本人居住者 | ロシア側人口 | 主な集落・施設の例 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 択捉島 | Iturup/Итуруп | 約3,166.6平方キロメートル | 納沙布岬から約144.5キロメートル | 3,608人 | 6,480人(2020年) | クリリスク、水産加工施設、空港、軍関連施設 |
| 国後島 | Kunashir/Кунашир | 約1,489.3平方キロメートル | 野付半島から約16キロメートル | 7,364人 | 8,566人(2020年) | ユジノクリリスク、空港、水産関連施設、軍関連施設 |
| 色丹島 | Shikotan/Шикотан | 約247.7平方キロメートル | 納沙布岬から約73.3キロメートル | 1,038人 | 3,319人(2020年) | マロクリリスコエ、クラボザボツコエ、水産加工施設 |
| 歯舞群島 | Habomai/Хабомаи | 主要5島合計で約93.3平方キロメートル | 貝殻島は納沙布岬から約3.7キロメートル | 5,281人 | ロシア統計上、居住者なし | 水晶島、秋勇留島、勇留島、志発島、多楽島など |
面積、距離、戦前の人口は、北方領土問題対策協会が公表している資料を基礎にしています。
同協会が掲載する2020年のロシア統計では、択捉島、国後島、色丹島の人口は合計1万8,365人です。日本外務省は現在の概数を「約1万8,000人」と説明しています。
ロシア側の最新統計は自治体単位で公表されることがあり、個々の島と行政区域が一対一で対応しない場合があります。このため、島別人口を比較するときは基準年を確認する必要があります。
2026年8月13日にプーチン大統領が択捉島を訪れた際、ロシア大統領府は、島内の水産加工施設「ヤースヌイ」などへの訪問を公式に発表しました。これは、現在のロシア側による経済・行政活動の一例です。
北方領土・千島列島・南クリルは同じ言葉ではない
| 用語 | 意味・注意点 |
|---|---|
| 北方領土 | 日本政府が択捉島・国後島・色丹島・歯舞群島を指すときに用いる名称 |
| 北方四島 | 択捉島・国後島・色丹島・歯舞群島。北方領土とほぼ同じ範囲を指す |
| 千島列島 | 地理用語と条約上の用語を分けて考える必要がある。1951年のサンフランシスコ平和条約で日本が放棄した「千島列島」の範囲が重要な争点 |
| 南千島 | 歴史的な日本語資料で、主に国後島・択捉島などを指して使われた例がある。現在の日本政府は、平和条約上の「千島列島」に北方四島は含まれないとしている |
| 南クリル | ロシア側が国後島・択捉島・色丹島・歯舞群島を含む地域について用いる名称 |
| 主権 | 国家がその領域について最高の統治権を持つ法的地位 |
| 帰属 | 最終的にどの国の領土であるかという問題 |
| 実効支配 | 現実に行政、警察、司法、軍事などの権力を継続的に行使している状態。法的な帰属と同じ意味ではない |
| 行政管理 | 現在どの政府が行政を行っているかを表す比較的中立的な表現 |
| 占領 | 軍事力によって地域を支配する状態や歴史上の行為。「不法占拠」は現在の日本政府が用いる法的・政治的評価 |
| 返還 | 元の権利者へ戻すという意味を含みやすい表現 |
| 引き渡し | 1956年の日ソ共同宣言が歯舞群島・色丹島について実際に使用している表現 |
| 平和条約 | 戦争後の領土や両国関係などを最終的に整理する国際条約 |
| 共同宣言 | 1956年の日ソ共同宣言は単なる報道声明ではなく、両国で批准され、法的拘束力を持つ国際約束として発効した文書 |
北方領土問題の歴史を年表で確認
北方領土問題を理解するには、1945年だけを見るのではなく、1855年の日魯通好条約、1875年の樺太千島交換条約、1951年のサンフランシスコ平和条約、1956年の日ソ共同宣言までを一本の流れとして見る必要があります。
| 年 | 何が起きたか | 北方領土問題に与えた影響 |
|---|---|---|
| 1855年 | 日魯通好条約を締結 | 択捉島と得撫島の間に日露国境を設定 |
| 1875年 | 樺太千島交換条約を締結 | 日本は樺太に対する権利をロシアへ譲り、得撫島以北の18島を取得 |
| 1905年 | ポーツマス条約を締結 | 日本が南樺太を取得。北方四島の境界自体は変更されず |
| 1941年 | 日ソ中立条約が発効 | 日本とソ連が相互の中立を約束 |
| 1945年 | ヤルタ協定、ソ連の対日参戦、ソ連軍による四島占領 | 現在の領土問題の直接的な出発点 |
| 1951年 | サンフランシスコ平和条約に署名 | 日本が「千島列島」を放棄。ただし、その具体的範囲と帰属先をめぐる解釈問題が残った |
| 1956年 | 日ソ共同宣言に署名 | 戦争状態を終了し、国交を回復。歯舞群島・色丹島を平和条約締結後に「引き渡す」と合意 |
| 1991年 | ソ連が解体 | 交渉相手がロシア連邦へ移行 |
| 1993年 | 東京宣言を発表 | 四島を具体的に列挙し、その帰属問題を解決して平和条約締結を目指す枠組みを確認 |
| 2001年 | イルクーツク声明を発表 | 1956年の日ソ共同宣言を交渉の出発点を定める基本的法的文書として確認 |
| 2018年 | シンガポール日露首脳会談 | 1956年の日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速することで合意 |
| 2020年 | ロシア憲法を改正 | 領土の割譲を目的とする行為を禁止。ただし、国境画定などの例外規定も存在 |
| 2022年 | ロシアによるウクライナ侵攻後、日露関係が悪化 | ロシア側が平和条約交渉を継続しないことや、四島交流などの停止を発表 |
| 2026年 | プーチン大統領が択捉島を訪問。北方四島周辺を含む地域でミサイル演習 | 日露双方の外交的応酬が強まり、交渉再開の環境がさらに厳しくなった |
1855年の日魯通好条約
1855年2月7日に結ばれた日魯通好条約では、択捉島と得撫島の間を日露の国境としました。
条約上、択捉島側が日本、得撫島側がロシアです。樺太については国境を定めませんでした。
日本政府がこの条約を重視する理由は、北方四島が戦争によってロシアから奪った地域ではなく、日露双方が合意した最初の国境の日本側に位置していたと説明できるためです。
ただし、現在の領有権がこの一つの条約だけで自動的に確定するという意味ではありません。ロシア政府は、その後の第二次世界大戦の結果によって領土状況が変更されたと主張しています。
また、近代国家間の国境画定以前から、北海道、千島列島、樺太周辺には、アイヌ民族を含む人々の移動、交易、生活の歴史がありました。
1855年を「島の歴史の始まり」と考えるのは適切ではありません。近代条約は日本とロシアという国家間の国境を定めた文書であり、先住民族の歴史そのものと同一ではない点にも注意が必要です。
1875年の樺太千島交換条約
1875年、日本は樺太についてロシア側に権利を譲る代わりに、得撫島から占守島までの18島を取得しました。
ここで重要なのは、択捉島や国後島などは、1855年に確認された国境ですでに日本側に位置しており、1875年の交換対象となった18島とは別に扱われていたという点です。
日本政府はこれを、1951年に放棄した千島列島には北方四島が含まれないとする説明の一つに用いています。
1905年のポーツマス条約
日露戦争後の1905年に締結されたポーツマス条約では、日本が北緯50度以南の樺太を取得しました。
北方四島そのものの日露国境を新たに変更した条約ではありません。
日ソ中立条約と1945年のソ連対日参戦
日ソ中立条約は1941年4月13日に署名され、同年4月25日に発効しました。
ソ連は1945年4月、条約を延長しない意思を日本へ通知しました。ただし、日本政府は条約が1946年4月まで有効だったとの立場から、1945年8月のソ連による対日参戦を条約違反と位置づけています。
1945年8月8日、モスクワ時間でソ連が日本に宣戦を通告し、日本時間の8月9日から軍事行動を開始しました。
日本は8月15日にポツダム宣言受諾を国民に発表し、9月2日に降伏文書へ正式に署名しました。
日本外務省によると、ソ連軍は日本がポツダム宣言を受諾した後の8月28日から、遅くとも9月5日までの間に北方四島を占領しました。
四島へのソ連軍進出は、日本の降伏受諾公表後から正式な降伏文書調印後までにまたがっています。そのため、「終戦後」という一語だけで時系列や法的評価を処理せず、具体的な日付を確認することが重要です。
ヤルタ協定とは何だったのか
1945年2月11日のヤルタ協定は、米国のフランクリン・ルーズベルト大統領、英国のウィンストン・チャーチル首相、ソ連のヨシフ・スターリン首相の三者間でまとめられた対日参戦条件に関する合意です。
文書には、南樺太をソ連へ戻すことや、「千島列島をソ連へ引き渡す」ことが盛り込まれました。
ただし、日本はヤルタ協定の当事国ではありません。
日本政府は、日本が参加していない米英ソ間の合意だけによって、日本の領土処分が法的に確定することはないとの立場です。
一方、ロシア側は、ヤルタ協定を含む連合国間の戦後処理合意と第二次世界大戦の結果を、自国の主張を支える重要な根拠として扱っています。
したがって、「ヤルタ協定に書かれたから自動的にロシア領になった」「日本が署名していないため、ヤルタ協定にはまったく意味がない」という両極端な説明は適切ではありません。
政治的な戦後処理の重要文書である一方、日本自身の同意を示す対日平和条約ではないという二つの側面を分けて考える必要があります。
サンフランシスコ平和条約で日本は北方領土を放棄した?
1951年9月8日に署名されたサンフランシスコ平和条約第2条(c)で、日本は「千島列島」と、1905年のポーツマス条約によって取得した南樺太に対するすべての権利、権原、請求権を放棄しました。
ところが条約本文は、「千島列島」が具体的にどの島までを含むのかを、島名を挙げて定義していません。
さらに、放棄した地域をソ連領とすることも明記していません。ソ連自身もサンフランシスコ平和条約に署名しませんでした。
日本政府の現在の見解は、条約で放棄した千島列島は、1875年にロシアから取得した得撫島以北の島々を指し、択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島は含まれないというものです。
ただし、歴史的に無視できない論点もあります。
1951年10月の国会審議では、当時の外務省条約局長・西村熊雄が、国後島と択捉島を「南千島」と呼ぶ趣旨の答弁をしています。
政府は2006年の国会答弁書で、この1951年10月19日の答弁が存在することを確認する一方、平和条約上の「千島列島」には北方四島を含まないという現在の政府見解を改めて示しています。
つまり、「1951年当時から用語の使い方にまったく揺れがなかった」とするのも、当時の一つの答弁だけで現在の領有権問題が完全に決着したとするのも正確ではありません。
条約本文、当時の政府答弁、その後に示された政府の統一見解を分けて理解する必要があります。
日本とロシアの主張はどこが食い違う?
最も大きな対立点は、1945年以前の条約で確認された国境を現在の法的出発点と見る日本と、第二次世界大戦の結果によって主権問題は決着したと見るロシアとの違いです。
サンフランシスコ平和条約の「千島列島」の範囲や、1956年の日ソ共同宣言の意味も、この根本的な違いにつながっています。
| 論点 | 日本政府の主張 | ロシア政府の主張 | 確認できる文書・出来事 | 現在も争いが残る点 |
|---|---|---|---|---|
| 1855年の国境 | 択捉島と得撫島の間が国境で、四島は日本側だった | 歴史的国境より第二次世界大戦後の領土変更が現在の基礎 | 日魯通好条約 | 戦後処理によって以前の国境がどう変わったか |
| 千島列島の範囲 | サンフランシスコ平和条約で放棄した千島列島に四島は含まれない | 四島を南クリル諸島として扱う | 樺太千島交換条約、サンフランシスコ平和条約 | 条約上の「千島列島」の具体的範囲 |
| 第二次世界大戦 | ソ連による四島占拠には法的根拠がない | 戦争の結果として合法的にロシア領となった | 1945年の軍事行動 | 戦後領土処理の法的評価 |
| ヤルタ協定 | 日本は当事国ではなく、日本を法的に拘束しない | 連合国間の戦後処理合意の一部として重視 | 1945年ヤルタ協定 | 日本に対する法的効果 |
| サンフランシスコ平和条約 | 四島は放棄対象外。ソ連も条約に署名していない | 日本がクリル諸島を放棄した事実を重視 | 第2条(c) | 放棄範囲と、その後の主権の帰属 |
| 1956年日ソ共同宣言 | 歯舞群島・色丹島の引き渡し合意は有効。四島の帰属問題は残る | 共同宣言を法的文書として認めつつ、主権や引き渡し条件の解釈で日本と異なる | 第9項 | 「引き渡し」と主権、平和条約との順序 |
| 四島の帰属 | 四島は日本に帰属すべき | 南クリル諸島へのロシアの主権は確立している | 東京宣言など | 最終的な帰属 |
| 平和条約 | 四島の帰属問題を解決して締結 | 2022年以降、現在の状況では日本との交渉を継続しないとの立場 | 日ソ共同宣言、2022年ロシア外務省声明 | 交渉再開の前提条件 |
日本政府はなぜ「日本固有の領土」と主張する?
日本政府は、主に次の点を根拠としています。
- 1855年の日魯通好条約で、択捉島と得撫島の間に国境が平和的に設定されたこと
- 1875年に日本が取得した「千島18島」は得撫島以北であり、北方四島とは別だったこと
- 北方四島が戦争によってロシアから取得された地域ではないこと
- 1951年のサンフランシスコ平和条約で放棄した「千島列島」に、北方四島は含まれないと解釈していること
日本政府は現在も、「北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する」という基本方針を掲げています。
なお、「日本固有の領土」「不法占拠」という言葉は、この記事が独自に国際法上の判決として認定しているものではありません。いずれも日本政府が使用している公式用語・公式見解です。
ロシア政府はなぜロシア領だと主張する?
ロシア政府は、南クリル諸島へのロシアの主権は、第二次世界大戦の結果として成立し、国際法上確立しているとの立場です。
ロシア側は、主に次の点を強調しています。
- ヤルタ協定などの連合国間の戦後処理合意
- 日本がサンフランシスコ平和条約でクリル諸島を放棄したこと
- ソ連が1945年に島々を占領し、その後ロシアが行政を継続していること
- 第二次世界大戦後に形成された領土秩序
2026年8月18日のロシア外務省声明でも、南クリル諸島に対するロシアの主権と管轄権を疑問視することはできないとの立場を改めて示しました。
ただし、「第二次世界大戦の結果としてロシア領になった」という説明は、国際裁判所による本件の確定判決ではなく、ロシア政府の公式見解です。
事実・政府の主張・分析を3層に分ける
北方領土問題は、次の三つの層を分けると理解しやすくなります。
1.条約や史料で確認できる出来事
1855年に択捉島と得撫島の間に国境が設定され、1945年にソ連軍が四島を占領しました。1951年に日本は「千島列島」を放棄し、1956年の日ソ共同宣言には歯舞群島・色丹島の「引き渡し」が記されました。
2.日本政府とロシア政府の異なる主張
日本政府は、北方四島は放棄した千島列島に含まれず、日本に帰属すると主張します。ロシア政府は、第二次世界大戦の結果として南クリル諸島の主権はロシアに属すると主張します。
3.解決を難しくしている政治・安全保障上の要因
オホーツク海とロシア太平洋艦隊、日米安全保障条約、ロシア国内政治、2020年のロシア憲法改正、ウクライナ侵攻と対露制裁、現在の住民、元島民の高齢化、2022年以降の交渉停止などが重なっています。
この三つを一つの文章に混ぜないことが、北方領土問題を正確に理解するポイントです。
なぜ北方領土は返還されない?
北方領土が返還・引き渡されない理由は、「ロシアが返したくないから」という一つの理由では説明できません。
大きく分けると、法律・条約、安全保障・地政学、国内政治・外交の三つの問題が重なっています。
法律・条約上の対立
第一は、サンフランシスコ平和条約の「千島列島」の範囲と、第二次世界大戦後に四島の主権がどのように処理されたのかについて、日露の解釈が一致していないことです。
1956年の日ソ共同宣言は、歯舞群島・色丹島の引き渡しを明記しました。しかし、択捉島・国後島の最終的な帰属は解決しませんでした。
1993年の東京宣言では、択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島を具体的に列挙して、帰属問題を交渉対象としました。
2001年のイルクーツク声明や2018年のシンガポール日露首脳会談でも交渉は続けられましたが、最終合意には達しませんでした。
安全保障・地政学上の問題
千島列島は、オホーツク海と太平洋の間に位置しています。
安全保障分野の分析では、オホーツク海はロシア太平洋艦隊、特に戦略原子力潜水艦などの活動と密接に関わる海域であり、千島列島の島々や海峡には大きな軍事的価値があると指摘されています。
ロシアは択捉島や国後島を含む地域で、軍事施設や装備の強化を進めてきました。
日本外務省は、次のような動きを確認しています。
- 2016年の択捉島・国後島への地対艦ミサイル配備
- 択捉島の空港の軍民共用化
- 択捉島へのSu-35戦闘機配備
- 択捉島・国後島へのS-300V4地対空ミサイル配備
- 北方領土に所在する部隊の戦車更新
- 北方四島と周辺海域での軍事演習
日米安全保障条約も長年の論点です。
日ソ共同宣言後の1960年、ソ連は歯舞群島・色丹島の引き渡しについて、日本から外国軍隊が撤退することを新たな条件として提示しました。日本政府は、日ソ共同宣言の内容を一方的に変更することはできないと反論しています。
ただし、軍事的価値が高いことと、法的にどちらの国の領土であるかは別の問題です。
戦略的重要性は交渉を難しくする政治・軍事的な要因であり、それ自体が領有権の法的根拠になるわけではありません。
国内政治・外交上の問題
2020年に改正されたロシア憲法第67条2.1項は、ロシア領土の一部を割譲することを目的とする行為を原則として禁止しました。
ただし、条文には、隣接国との国境画定、境界標定、再境界標定に関する例外も記されています。
そのため、「ロシア大統領は憲法上、どのような場合でも領土を動かせなくなった」と断定するのは正確ではありません。
一方、ロシア政府が北方四島をすでにロシア領と位置づけている以上、島の扱いを変更することをロシア国内で説明する政治的な難度が高まったのは確かです。
憲法改正は、法的な問題だけでなく、「領土を譲らない」という政治姿勢を国内に示す象徴的な意味も持っています。
状況をさらに悪化させたのが2022年です。
ロシアによるウクライナ侵攻を受けて日本が制裁を実施すると、ロシア外務省は2022年3月21日、次の措置を発表しました。
- 日本との平和条約交渉を継続しない
- ビザなし交流や自由訪問を停止する
- 北方四島での共同経済活動に関する対話から離脱する
日本政府は、ロシア側の対応を「日本側に責任を転嫁するもの」と批判しています。その一方で、日本政府は北方四島の帰属問題を解決して平和条約を締結するという基本方針を維持しています。
日ソ共同宣言の「二島引き渡し」とは
1956年10月19日に署名された「日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言」は、日ソ間の戦争状態を終了させ、外交関係を回復した文書です。
第9項には、平和条約交渉の継続と、歯舞群島・色丹島の扱いが記されています。
重要なのは、公定訳が「返還する」ではなく、「引き渡す」と書いていることです。
また、実際の引き渡しは、「日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後」と条件づけられています。
そのため、「1956年に二島返還が完全に確定し、ロシアが単純に約束を破っている」とだけ説明するのは不十分です。
共同宣言には歯舞群島・色丹島を引き渡す合意が記されていますが、平和条約締結という条件があります。また、四島全体の主権や帰属をどのように整理するのかについて、日露の理解は一致していません。
2018年11月のシンガポール首脳会談で、安倍晋三首相とプーチン大統領は、「1956年共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させる」ことで合意しました。
ただし、この合意自体が「歯舞群島・色丹島だけで最終決着する」と明記したものではありません。
元島民と現在の住民はどうなっている?
1945年8月15日時点で、北方四島に住んでいた日本人は1万7,291人でした。
内訳は次のとおりです。
- 択捉島:3,608人
- 国後島:7,364人
- 色丹島:1,038人
- 歯舞群島:5,281人
ソ連は1946年に四島を一方的に自国領へ編入し、1948年までに日本人住民は四島から退去させられました。
北海道によると、2026年3月末時点で生存している元島民は4,785人まで減り、平均年齢は90歳を超えています。
領土交渉が長期化するなか、故郷への墓参や記憶の継承には、時間的な切迫性があります。
現在の四島には、日本外務省の概数で約1万8,000人のロシア国民が暮らしています。水産業や水産加工業などが主要な産業です。
日本政府も、将来北方領土問題を解決する際には、現在四島で暮らしているロシア人住民の人権、利益、希望を十分に尊重する考えを公式に示しています。
北方領土問題の解決は、地図上の国境線を一本動かすだけでは済みません。
元島民の権利や故郷への思いと、現在そこで生活する住民の生活、財産、法的地位を同時に考える必要があります。
2026年8月更新:北方領土をめぐる最近の動き
2026年8月13日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が択捉島を訪問しました。
ロシア大統領府は、水産加工施設「ヤースヌイ」などを訪れたことを公式に発表しています。プーチン氏にとって、北方四島への初めての訪問と報じられました。
同日、日本政府はニコライ・ノズドリェフ駐日ロシア大使を外務省に呼び、強く抗議しました。
外務省は、プーチン大統領の訪問について、北方領土に関する日本の立場と相容れず、「極めて遺憾」と表明しました。
8月18日には、ロシア外務省が武藤顕・駐ロシア日本大使を呼び、日本側の発言に抗議しました。
ロシア側は、南クリル諸島へのロシアの主権と管轄権には疑問の余地がないとの立場を改めて示しています。
さらに8月20日、ロシア国防省が北方四島周辺を含む地域でのミサイル演習の映像を公開したと報じられました。
ロシア太平洋艦隊の発表では、地対艦ミサイルシステム「バスチオン」が「クリル諸島の一つ」からミサイルを発射したとされています。バスチオンは択捉島に配備されていることから、複数の報道機関は択捉島から発射された可能性が高いと伝えています。
演習では、原子力潜水艦やミサイル巡洋艦も参加し、300キロメートル以上離れた目標への攻撃訓練が行われたと報じられました。
日本政府は、北方四島や周辺海域でのロシアによる軍備強化は、日本の立場に反するものとして抗議しています。
2026年8月22日時点で、日露平和条約交渉を再開する具体的な合意は公表されていません。
ロシア側は2022年に平和条約交渉を継続しないと表明した立場を維持し、日本政府は四島の帰属問題を解決して平和条約を締結するという基本方針を維持しています。
北方墓参・四島交流はどうなっている?
四島交流、自由訪問、北方墓参などは、新型コロナウイルス感染症の流行と、2022年以降の日露関係悪化により、2020年以降通常どおり実施できない状態が続いています。
ロシア政府は2022年9月、自由訪問や四島交流に関する合意の効力を停止する措置も取りました。
2026年度も、島内にある墓地への北方墓参を再開する見通しは立っていません。
そのため日本側では、元島民や家族らが北方四島を望む海域から慰霊する「洋上慰霊」が実施されています。
2026年度の洋上慰霊は、7月25日から9月3日までに全6回が予定されています。第4回は8月18日から19日にかけて実施され、国光あやの外務副大臣も参加しました。
北海道は2026年度、船舶による洋上慰霊に加え、元島民の身体的負担を抑えるため、航空機による上空からの慰霊も予定しています。
なぜ返還されないのかを3層で整理
| 層 | 主な問題 | なぜ難しいのか |
|---|---|---|
| 法律・条約 | 千島列島の範囲、サンフランシスコ平和条約、日ソ共同宣言 | 日露で条約解釈と戦後処理の前提が異なる |
| 安全保障・地政学 | オホーツク海、太平洋艦隊、ミサイル、日米安全保障条約 | ロシアにとって軍事的価値が高く、日本は日米同盟を安全保障政策の基礎としている |
| 国内政治・外交 | 2020年ロシア憲法、対露制裁、ウクライナ侵攻、世論、現在の住民 | 両政府が大幅な譲歩を国内で説明しにくく、日露関係そのものも悪化している |
この三層は、条約本文や両政府の公式発表、安全保障分野の研究を踏まえた編集部による整理です。
ロシア憲法改正で「絶対に返せない」は正しい?
正確には、「法的・政治的なハードルが大幅に高まった」と説明するのが適切です。
2020年に改正されたロシア憲法は、ロシア領土の一部を割譲することを目的とする行為を禁止しています。
しかし、第67条2.1項には、隣国との国境画定、境界標定、再境界標定に関する例外があります。
どのような日露合意がこの例外に該当し得るかは別の問題ですが、条文上の例外を無視して「どのような場合も憲法上100%不可能」と断定することはできません。
一方、ロシア政府自身が四島をロシア領と位置づけているため、領土や国境の変更をロシア国内で説明する政治的な難度は極めて高くなっています。
北方領土問題の解決策はある?
2026年8月22日時点で、日露間で正式に合意された新たな解決案はありません。
以下は、過去の合意や交渉で論じられてきた考え方を比較したものです。
| 案 | 概要 | 根拠・過去の経緯 | 日本側の主な課題 | ロシア側の主な課題 | 2026年時点の注意点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 四島の日本への帰属確認 | 四島の日本への帰属を確認し、実際の返還時期・態様を別途調整 | 日本政府の基本方針 | 帰属確認まで交渉が長期化する可能性 | ロシアは四島に対する自国の主権を主張 | 現在の日露関係では主張の隔たりが極めて大きい |
| 二島先行引き渡し | 歯舞群島・色丹島を先に引き渡す | 1956年の日ソ共同宣言 | 択捉島・国後島の扱いや請求をどう残すか | 主権、米軍、引き渡し条件をどう整理するか | 「二島返還が確定している」という意味ではない |
| 二島引き渡し+継続協議 | 歯舞群島・色丹島を扱い、択捉島・国後島の協議を続ける | 日ソ共同宣言と、その後の交渉で論じられた案 | 残る二島の協議が続く保証 | ロシアが追加協議を受け入れるか | 現在の日露間で正式に合意された案ではない |
| 段階的解決 | 時間を分けて帰属、行政、交流、住民の法的地位を整理 | 国境紛争一般で考えられる方式 | 国内で「問題の先送り」と批判される可能性 | 主権問題が再燃する可能性 | 強い政治的信頼と長期的な制度設計が必要 |
| 共同経済活動 | 主権に関する双方の立場を害さない形で共同事業を行う | 2016年以降の日露協議 | 法制度や適用法をどう設計するか | 日本の対露制裁と関係悪化 | ロシアは2022年に対話から離脱 |
| 主権と行政管理を段階的に分ける | 主権の確認と実際の施政移行を別の段階にする | 外交上考えられる制度設計 | 国内合意、住民の権利、法制度 | ロシア国内法、世論、軍事上の懸念 | 現在の日露両政府の公式合意ではない |
| 現状固定 | ロシアの行政管理が続き、平和条約を締結しない | 現在の事実上の状態 | 日本の領土問題が未解決のまま残る | 日本との平和条約を欠く | 解決策というより、問題が長期化する状態 |
2018年には、1956年の日ソ共同宣言を基礎とした交渉が再び活発化しました。
しかし、2022年以降は交渉を支えていた政治環境そのものが大きく変化しています。過去に論じられた「二島先行」や「共同経済活動」を、現在も進行中の案として紹介するのは適切ではありません。
北方領土問題でよくある誤解
「サンフランシスコ平和条約で四島をすべて放棄した」
そこまで単純ではありません。
サンフランシスコ平和条約は、日本が「千島列島」を放棄すると定めていますが、その範囲を島名で定義していません。
日本政府は、北方四島は放棄した千島列島に含まれないと主張しています。一方、1951年当時の国会答弁には、国後島・択捉島を「南千島」と呼んだ例もあり、この点が議論を複雑にしています。
「日ソ共同宣言で二島返還が完全に確定した」
日ソ共同宣言には、平和条約締結後に歯舞群島・色丹島を日本へ引き渡すことが記されています。
ただし、「返還」という言葉ではなく、平和条約の締結が条件です。主権や残る二島をどう扱うかについても、日露の理解は一致していません。
「ロシア憲法改正で法律上100%返還できなくなった」
ロシア憲法には領土の割譲を目的とする行為の禁止がありますが、国境画定、境界標定、再境界標定に関する例外もあります。
「交渉の法的・政治的なハードルを大きく高めた」と説明するのが、より正確です。
「北方領土には現在誰も住んでいない」
誤りです。
日本外務省は、現在四島に約1万8,000人のロシア国民が住んでいると説明しています。ただし、ロシア統計上、歯舞群島には居住者がいません。
「日本とロシアは今も戦争状態にある」
誤りです。
1956年の日ソ共同宣言で戦争状態は終了し、外交関係も回復しました。
現在締結できていないのは、戦争状態の終了そのものではなく、領土問題を含む両国関係を最終的に整理する平和条約です。
「国際司法裁判所がすでに日本領と認定した」
そのような確定判決はありません。
北方四島の帰属問題は、1956年の日ソ共同宣言、1993年の東京宣言、2001年のイルクーツク声明などを通じて、日露間の外交交渉で扱われてきました。
北方領土問題に関するFAQ
Q.北方領土問題とは簡単に言うと何ですか?
日本とロシアが、択捉島・国後島・色丹島・歯舞群島の最終的な帰属について合意できていない問題です。
現在はロシアが行政管理していますが、日本政府は四島を日本固有の領土と主張し、ロシア政府は第二次世界大戦の結果としてロシア領になったとの立場です。
Q.北方領土は現在どこの国が管理していますか?
現在、行政管理・実効支配しているのはロシアです。
ただし、日本政府は北方四島への主権を主張しています。「ロシアが現在管理している」という現状と、「法的にどちらの国へ帰属するのか」という日露間の対立は分けて考える必要があります。
Q.北方四島とはどの島ですか?
択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島です。
歯舞は一つの島ではなく、複数の島からなる島群ですが、外交上はほかの三島と合わせて「北方四島」と呼ばれます。
Q.北方領土には現在誰が住んでいますか?
主としてロシア国民が約1万8,000人住んでいます。
水産業や水産加工業などが主要産業です。日本政府は、領土問題を解決する場合にも、現在の住民の人権、利益、希望を十分に尊重する方針を示しています。
Q.日本政府はなぜ日本の領土だと主張しているのですか?
1855年の日魯通好条約で、択捉島と得撫島の間に日露国境が定められ、北方四島が日本側に位置していたことなどを根拠としています。
日本政府は、1951年のサンフランシスコ平和条約で日本が放棄した「千島列島」に、北方四島は含まれないとも主張しています。
Q.ロシア政府はなぜロシア領だと主張しているのですか?
ロシア政府は、南クリル諸島が第二次世界大戦の結果としてソ連、後のロシアの主権下に入ったと主張しています。
ヤルタ協定などの連合国間合意や戦後処理を根拠に挙げ、現在のロシアの主権には疑問の余地がないとの立場です。
Q.ソ連はいつ北方領土を占領したのですか?
1945年8月28日から、遅くとも9月5日までの間に四島を占領しました。
日本がポツダム宣言受諾を公表したのは8月15日、降伏文書へ正式に署名したのは9月2日です。ソ連軍による四島への進出は、その前後にまたがっています。
Q.サンフランシスコ平和条約で日本は北方領土を放棄したのですか?
日本政府は、北方四島を放棄していないとの立場です。
条約第2条(c)は、日本が「千島列島」を放棄すると定めていますが、具体的な島名は示していません。現在の日本政府は、北方四島をこの「千島列島」の範囲外と解釈しています。
Q.日ソ共同宣言の「二島引き渡し」とは何ですか?
平和条約締結後に、ソ連が歯舞群島と色丹島を日本へ「引き渡す」とした1956年の合意です。
公定訳は「返還」ではなく「引き渡し」としており、平和条約締結が条件です。主権や残る二島をどう扱うかについては、日露の解釈が一致していません。
Q.なぜ日本とロシアは平和条約を結んでいないのですか?
最大の理由は、北方四島の最終的な帰属について合意できていないためです。
1993年の東京宣言などに基づいて交渉を続けてきましたが決着せず、2022年3月にはロシアが日本との平和条約交渉を継続しないと発表しました。
Q.北方領土が返還される可能性はありますか?
2026年8月22日時点で、具体的な返還・引き渡し合意はありません。
1956年の日ソ共同宣言という法的文書は存在しますが、2022年以降は交渉が止まり、2026年にはプーチン大統領の択捉島訪問やミサイル演習によって緊張が高まりました。
将来を「絶対に返還されない」「必ず返還される」と断定できる状況ではありません。
Q.2026年現在、日露の北方領土交渉は再開していますか?
2026年8月22日時点で、平和条約交渉再開についての具体的な合意は公表されていません。
ロシア側は2022年以降の交渉停止方針を維持し、日本政府は北方四島の帰属問題を解決して平和条約を締結するという基本方針を維持しています。
Q.北方領土問題を国際司法裁判所で解決できないのですか?
日本またはロシアの一方が提訴するだけで、自動的に国際司法裁判所が判断するわけではありません。
国際司法裁判所が国家間の紛争を審理するには、原則として関係国が裁判所の管轄権を受け入れている必要があります。2026年8月22日時点で、日露両国が北方領土問題を共同で国際司法裁判所へ付託するとの合意は公表されていません。
まとめ
北方領土問題とは、単に「日本とロシアが四つの島を取り合っている」というだけの問題ではありません。
確認できる歴史上の出来事として、1855年に択捉島と得撫島の間に日露国境が定められ、1945年にソ連軍が北方四島を占領しました。
1951年に日本はサンフランシスコ平和条約で「千島列島」を放棄し、1956年の日ソ共同宣言では歯舞群島・色丹島の「引き渡し」が定められました。
しかし、日本政府は、放棄した千島列島に北方四島は含まれないと主張しています。一方、ロシア政府は、第二次世界大戦の結果として南クリル諸島に対するロシアの主権は確立したと主張しています。
この法的・歴史的な解釈の違いに、オホーツク海の軍事的重要性、日米同盟、ロシア国内政治、2020年のロシア憲法改正、2022年以降の日露関係悪化、元島民の高齢化、現在の住民の生活などが重なっています。
2026年8月13日にはプーチン大統領が択捉島を訪問し、その後、北方四島周辺を含む地域でミサイル演習が行われ、日露間の外交的応酬が続きました。
2026年8月22日時点で、平和条約交渉再開についての具体的な合意は公表されていません。
今後は、平和条約交渉再開の有無、北方墓参・自由訪問・四島交流の再開、ロシア政府高官による四島訪問、四島周辺での軍事演習や装備配備、最新の人口統計などを継続して確認する必要があります。
主な参考資料・外部リンク
日本政府・公的機関
- 外務省「北方領土問題とは?」
- 外務省「北方領土問題に関するQ&A」
- 外務省「北方領土問題の経緯」
- 外務省「日ソ・日露間の平和条約締結交渉」
- 外務省「日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言」
- 外務省「ロシア基礎データ」
- 外交青書2025「北方領土問題と平和条約締結交渉」
- 外務省「プーチン・ロシア連邦大統領の北方領土訪問について」
- 外務省「国光外務副大臣の根室訪問・令和8年度第4回洋上慰霊参加」
- 北方領土問題対策協会「北方領土の位置・面積・人口」
- 北海道「北方領土~繋ぎ続ける記憶と願い」
- 衆議院「千島列島の範囲に関する質問に対する答弁書」
条約・海外政府資料
- サンフランシスコ平和条約全文(データベース「世界と日本」)
- 米国務省歴史局「ヤルタ協定」
- ロシア大統領府「Vladimir Putin visited Iturup island」
- ロシア外務省「2026年8月18日の日本大使に対する抗議」
- ロシア外務省「2022年3月21日の対日措置」
- ロシア連邦憲法・英語版
- 国際司法裁判所「Basis of the Court’s jurisdiction」
歴史・安全保障・最新報道
- 九州国立博物館「ロシアが見たアイヌ文化」
- CSIS「Russia’s Militarization of the Kuril Islands」
- The Guardian「Russia’s missile tests around disputed islands anger Japan」
- 日本テレビ「Russia conducts missile drills near Japan-claimed Northern Territories」
- Nippon.com・時事通信「Russia Conducts Missile Drill near Japan-Claimed Islands」
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